第2話 目立ちたい母、目立ちたくない母
「という訳で、貴女に直接、尋ねてみるわ。どうやったら私の彼女になってくれる?」
「……頭おかしいんじゃないの、貴女」
翌日の昼休み、軽薄なお母さんは、図書室にいた黒髪のお母さんを見つけて隣の席に座っていた。会話は小声で、そうすれば図書室からは追い出されないと計算している辺り、髪を染めたお母さんは中々に小賢しい。
黒髪のお母さんは、席を変わる気はないようで、ため息をつきながらも小声の会話に付き合っている。ただ逃亡を諦めているだけにも見えるが、私には分かる。黒髪のお母さんは、そこまで相手を(つまり、しつこく追いかけてくる方のお母さんを)嫌っている訳ではないのだ。むしろ、気持ちは、その逆であると私は良く知っていた。
「別に難しい話じゃないでしょ? 貴女、私のことを嫌ってないもの。そして貴女には今、特定の相手はいない。なら私と付き合ってくれてもいいじゃない」
髪を染めたお母さんも、野生の勘で(だろうか?)、自身への好意を見抜いているのだから侮れない。この野性的なお母さんは理屈を省略して、肝心の結論を手に入れることが多い。『だって貴女、私のことを好きなんでしょ?』という直観だけがあって、この場合、その考えは当たっているのだった。
黒髪のお母さんは、頬を紅潮させて何も言わない。これは半ば、好意を自白したようなもので、不器用な性格なのだなぁと私は思う。黒髪のお母さんが黙っているので、野性的なお母さんは小声での話を続けた。
「貴女が、私と恋人になってくれない理由は何? 私に複数の彼女ちゃんがいるから? それとも恥ずかしいから? 恥ずかしさを感じているとしたら、それは誰に、何に対して? 両親や学校? それとも社会全体?」
野性的なお母さんは、何も考えてないように見えるが、そんなこともなかった。同性が付き合うことを好ましく思わない人は、常に一定数がいる。少数派は迫害されることも珍しくなくて、この髪を染めたお母さんが野性の勘を身に付けたのは、厳しい社会で生き延びるための必然だったのかもしれない。
「……とりあえず、貴女が複数の恋人を持ってて、その状態で私にアプローチしてくるのが嫌」
「あー、具体的に拒絶の理由を教えてくれたわね。嬉しいなぁ」
少し、事態が前進した。前進したのだろうか? 前に進んだというより、もっと二人の仲が険悪になっただけのように見えた。髪を染めたお母さんは能天気に喜んでいて、黒髪のお母さんは律儀に小声での回答を続けてくれる。
「……それに貴女が言った通り、恥ずかしいからよ。色々な意味でね。私は同性のパートナーを世間に喧伝する趣味は無いの。そうしたいと思ってる人を否定はしないけど、私は世間から否定されることが怖い。目立ちたくない、暗い性格のつまらない女子が私なのよ」
「じゃあ、何? いつまでも世間を気にして、恋人を作らないまま一生を終えるつもり? 本当に結ばれたい相手との関係を諦めて、ウジウジしてるのが貴女の幸せ?」
「嫌な言い方をしないで。貴女、目立ちすぎるのよ。髪を染めて、簡単に複数の女の子と仲良くなってて。そんな人が教室で、私を晒し者にするみたいに『愛してるー』なんて軽ーい口調で語尾を伸ばしながら言ってくる。目立って目立って、たまらないわ」
黒髪のお母さんが、軽いお母さんを睨みつける。髪を染めた方のお母さんはニコニコしていて、黒髪のお母さんは目を逸らして俯いた。机の上の教科書に視線を向けているけれど、顔が赤くなっていて、黒髪のお母さんは勉強どころじゃないようだ。
「うん、ごめんね。貴女が目立つのを嫌ってて、私の行為が貴女に迷惑をかけているのは分かったわ。貴女が恥ずかしがり屋で、私のことを好きなのも良ぉく分かった」
髪を染めたお母さんは納得顔だ。黒髪のお母さんは、茹でダコみたいになっている。黒髪のお母さんは黙っていて、髪を染めたお母さんは話を続けた。
「でもね、私は黙りたくない。誰かを愛してるのなら、その愛は伝えるべきよ。世間の都合に合わせて、大人しく黙ったままで居たら、いつまでも同性愛者の存在は無視され続けるわ。だから私は、軽ーく声に出して愛を伝え続けるのよ。その結果、ちょっと彼女ちゃんが増えちゃったけど」
「……簡単に増やし過ぎなのよ。乾燥ワカメじゃあるまいし」
「あはは! その表現、面白いなぁ!」
乾燥ワカメは、水で戻すと十二倍に増えるそうだ。私は料理の経験がないから、ちょっと良く分からない。髪を染めたお母さんが大声で笑って、その結果、二人のお母さんは図書室から一緒に仲良く追い出された。