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後悔なんてしたくない。

 夕方になると西日が差し込む。

 窓にあたった光がちょうど赤い色合いのカーテンのように、お部屋のほこりをちらつかせている。

 そんな光景が、あたしに聖女宮に併設されていた図書館で過ごした時のことを思い出させて。


 あの頃はただひたすら世界の不思議を知りたくて。

 ただひたすらと、そこにあった本を読み耽って。

 右から左に順番に読破する、そんな真似をしたこともあった。

 興味を引く本を見つけると、もう嬉しくて。

 本の知識を取りこぼすのが勿体無くて、ここにある本を全て読み尽くすことが叶わないのだという事実に悲しくなって。


 紙の匂い、表紙の手触り、全てが好きで。本を読んでいられる時間が至福だった。


 魔王を倒す。


 そのためだけに生きている。


 そんなあたしだったけど。


「そうね。貴女のそういうところは大昔の大聖女様と似ているのかもしれないわ」


 そう、カッサンドラ様はおっしゃってくれて。あたしがそうして図書館に入り浸るのを黙認してくださった。

「聖女として生きるためには知識はいくらあってもいいものよ」

 と、周囲にもそうおっしゃってくれて。

 修行の時間以外はそうして本を読んで過ごすことができていたから。


 今、こうしてセシーリアとして生まれ変わった後にも、こんなふうに本を読むことができる環境にあるというのは幸いだった。


 あたしの前世のあの時代からは、もう1000年以上が過ぎているらしい。

 それは歴史の本を読んで知った。

 もしかして別の世界、別の国に転生したのかも? 

 そんな想像もしたけど、ここが以前ベルクマール聖王国と呼ばれたあの国であるのは間違いなさそうだ。

 今の国名はカロリング王国。

 王家が代わり、国名も変わっているけれど。

 技術的にも進歩しているのかしらと色々記憶と比較してみたけれど、そのあたりはまだよくわからない。

 市井に出られればもっと色々わかるだろうけど、まだ七歳のこの身じゃぁ、黙ってお外に出るわけにもいかないしね。

 とりあえず今はこうしていろんな御本を読んで、知識を増やさなきゃ。そう思って読書に励む。


 一冊、また一冊と読み終わり、さあ次はどの御本にしようかしらと書棚を見渡して。


 ちょうどあたしの手が届くか届かないかギリギリのところの端っこに、なんだか他の御本とはちょっと違う作りの本を見つけて。


「んーー!」


 なんだかすごくそれに興味を惹かれたあたし、一生懸命手を伸ばすけど。

 うん、届かない。


 どこかに踏み台はないかしら。

 それとも。


 魔法を使ってしまおうかしら?

 今ならちょうどどなたも見てはいらっしゃいませんし?


 見渡すと、片時もあたしのそばを離れることのなかった侍女のメアリもちょうどいない。


 じゃぁ。

 そう思って心のゲートを開こうと、したところだった。

「僕が取ってあげるよ。セシーリア」


 背後からそう声をかけてくれたのは、お兄様。デュークフリード・ヴァインシュタイン。アレク、だった。



「お兄様!」


 黄金色にキラキラと輝く光を纏い、こちらをみてふんわりと笑みを浮かべるお兄様。

 ああ。

 そうだよね。魂の色とかそういうのばっかり最近は考えてしまっていたけど、そうじゃない。

 幼いセシーリアは運命とか前世とかそういうのに囚われていたばっかりじゃなくって、この素敵なお兄様が大好きだったんだもの。


「どうしたの? セシーリア。僕の顔に何かついてる?」


「ああ、ごめんなさいお兄様。ううん、お兄様はやっぱり素敵だなぁって、そう見惚れてしまっていたのですわ」


 お兄様から目が離せない。

 だって、やっぱりあたし、ずっとお兄様を見ていたいんだもの。


「ふふ。セシーリアはかわいいね。僕のだいじなお姫様」


 ああああ。

 甘々なそんなセリフにあたしの心は溶けた。

 溶けて蕩けてもう何も考えられなくって。


 ♢ ♢ ♢



 その夜はお布団の中で一晩中本を読んで過ごした。

 お兄様がとってくださったのは、今流行りのロマンス小説の御本だった。

 貴族同士の恋愛、婚約、秘められた恋、婚約破棄、そして悪役令嬢もの。

 今まであんまりそういう御本は読んだことがなかったのもあるけど、内容がもっぱら恋愛に関するものばかりだったのも興味深くて。

 一途な恋に殉ずる女性のお話ばかりでとても勇気づけられ、一気に読み進めた。



 そう、だよね。

 あきらめよう、とか、兄妹だから、とか、世間が許さないから、とか、そんなものもうどうでも良くなって。


 結局。

 あたしのこのセシーリアという人生は、このお兄様の為だけにある。

 他の生き方なんか要らない。

 世間がどうとかそんなのやっぱり関係ない。

 あたしはお兄様の為だけに生きる。


 もう絶対に諦めない。お兄様に近づく恋敵の邪魔だっていくらでもしてあげる。もしそれでロマンス小説のような悪役令嬢とかいう悪名がついたってかまわないわ。

 もう二度と、後悔なんてしたくないんだもの。


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