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勇者アレク。

 屋敷の図書室は広い敷地の最奥にあった。

 どうしてこんなところに?

 そんなふうに不思議に思ったものだ。

 まるで何かを隠すかのようにそんな奥にある。

 ヴァインシュタイン公爵家のご先祖様? が数多の御本を収集なさって造られた書庫だという話だったけど、それならそれでもっと便利な場所にお造りになればよかったのに、とか思う。

 あたしのお部屋からここまで毎日通うのは、ちょっと遠くて不便だってだけだけどね。


 あたしのお父様、カルロス・ド・ヴァインシュタイン公爵は今の国王陛下ウイリアムス様の弟、元々は王弟だった。

 そんなお父様はヴァインシュタイン家の長女ローズマリー(お母様ね?)と恋に落ち、結婚して公爵位を継いだのだった。

 っていうか元々ヴァインシュタイン公爵家は初代からして王族の血を引いているし、王位継承権を保持した王族のスペアである筆頭公爵家だったから、お父様が王弟の立場で新たな公爵家を起こすよりはお母様と結婚する方が手っ取り早かったっていうのもあったのかな? よくわかんないけど。

 公爵家には嫡男としてフェルディナント様って方がいらっしゃったらしいけど、その方は病弱で。あたしが生まれる前にはお亡くなりになっていたらしい。

 そういう意味でも公爵家の後継にお父様は都合が良かったって誰かがおっしゃってた気がする。


 まあね。

 要するにお兄様であるデュークフリード・ヴァインシュタインは、王子シャルル殿下の歳上従兄弟で王位継承第三位。このままシャルル様に兄弟ができない場合かつ若くして何かあったりなんかした場合、王太子にだってまつりあげられかねない立場なわけで。

 そんな兄様だもの。婚約者候補にも事欠かない。

 ううん、そんな兄様にあたしみたいなのがお邪魔虫でついてていいの?

 そんなふうに卑下して、でもって頭を振ってリセットするの繰り返し。

 頭を空っぽにしようと思ってこうして図書室に来てるのに、ついつい思考がそっちに行っちゃう。

 ダメだダメ。

 こんな恋、叶うことはないのだもの。

 今生でアレクと添い遂げるのは、不可能に近いもの。


 悲しいけどこれが現実。

 アレク。どうして貴方はお兄様に転生なんかしたのよ。

 そう恨み言も漏れる。

 時系列の順番で考えたらあたしの方が後な訳だから、悪いのはあたしなのに。




 あたしの前世は聖女だったけれど、聖女になる前はただの孤児だった。

 貴族でもなんでもなく、孤児院の前に捨てられた赤子、それがあたしだったそうだ。

 五歳の神参りの日にあたしの中に聖女の加護が見出され。魔力特性値(マギアスキル)の数値も1000を超えていることが発覚したあたし。

 そのまま聖女宮に連れて行かれ、それからは魔王に対抗しうる聖女になるように修行の日々を送って。

 人類の駒となるように。

 ただただ人々の礎となるように。

 そう期待されて育てられたあたし。


 唯一の救いが、アレクの存在だった。


 孤児院で一緒に育ったアレク。

 幼い頃、いつも一緒だった彼が。


 ♢ ♢ ♢


 あたしは孤児院のシスターたちからはシアと呼ばれていたけど、聖女宮で大聖女様に、

『聖女ツェツィーリア』

 という名前を頂いた。

 なんだかすごく豪勢な名前だなって、名前負けしちゃうって、そんなふうに思ったものだった。

 大聖女カッサンドラ様はよく仰ってた。

「この世界には勇者の星の元に生を受けたものがいる。貴女は立派な聖女となって、勇者様をお助けしなさい」

 って。

 聖女の修行っていうのはあんまり楽しいものじゃなかったけれど、あたしはそんないつか会えるかもしれない勇者様のお姿を夢見て。日々頑張って過ごしてきたのだった。


 勇者を助け魔王を封印する。

 遠くない未来にそういう刻がくる。

 大聖女様と一緒にお祈りをするとそんなビジョンが頭の中に降ってくるようになったのは、あたしが十五歳になった時のことだった。


 ♢


「ねえシア。どうして魔王を倒さなきゃなんないの?」

「そんなの。世界を護るためでしょう?」

「魔王って、神様だったんでしょ?」

「でも、魔王がいたら、この世界は終わっちゃうんだよ? あたしたちもみんな、死んじゃうんだよ?」

「でもさ、この世界を創ったのが神様だってはなしで、そんでもって世界を壊すのも神様なら、しょうがないんじゃないの?」

「しょうがないって……」

「どうせ生きてたっていいことなんかないもん、お母さんだって死んじゃったもん。もう僕、生きていたってしょうがないもん……」

「バカ! アレクのばか! あんたが死んじゃったらあたしが悲しい。いやだよアレク。そんなふうに考えないで!」

「シア……?」

「あんたがお母さんがいなくなっちゃって悲しいのはわかる。でも」

 あたしは涙をいっぱいに溜めて、アレクに抱きついた。

「寂しいのは、いや。悲しいのも、いや。アレクがいなかったらあたしが寂しい。だから」



 まだ聖女宮に引き取られる前の孤児院で、大好きなアレクに抱きついてそう懇願したあたし。

 あたしの方が数ヶ月お姉さんだったから、アレクのことは弟ができたみたいに思ってたんだと思う。

 まさかそんなアレクと王宮で再会することになるなんて、信じられなかった、けど。

「シア!!」

 子犬みたいに飛び掛かってきてあたしを抱きしめるアレク。

「アレク? どうして?」

「俺、勇者になった」

「え?」

「だから、俺、勇者になったんだって。シア。君を護るために俺は勇者になったんだよ」


 勇者との顔合わせ。

 そういう説明を受け王宮までやってきたあたしを出迎えてくれたのは、成長して立派になったアレク。


 ニコニコと微笑む彼。


 あたしは悟った。



 結局あたしたちはこの世界を護るための捨て駒だ。

 素質のある子供を教育し、魔王にあたらせる。

 あたしたちはそのためだけに育てられたんだって。


 勇者アレクサンドライト。

 神に与えられた勇者の加護を持つ、少年。


 この10年。

 ここまでくる道のりは大変だったんだろう。

 すっかりたくましくなった彼。

 魔王に対抗しうる人類の希望。



 絶対に、

 この子だけは護ってみせる。


 世界を救う?

 ううん、そんなことはもうどうでもいいの。

 この子だけは、絶対に救う。

 アレクだけは、絶対に死なせない。


 あたしはこの時、そう誓ったのだったのに。

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