本の虫。
それからの日々は、しばらくもう何も手につかなくて。
体調が悪いと言い訳をし、ひたすらベッドに潜り込んで過ごして。
さんざん泣き腫らしたけれど、気持ちは治らず。
失恋?
ううん、まだ何もしてない。
諦めて次の恋を探す?
そんなことができるくらいだったら、あたしはこんなふうに生まれ変わることなんてなかったはず。
もう一度死んでみる?
そんなの。
もう今でも死んでいるようなものだ。
叶うことのないこの思いを引きずったまま、デューク兄様に恋人ができるのをただみているなんて。
そんなこと。
あたし。
我慢、できるわけがないもの。
きっと。
今までだってそうだ。
兄様に悪い虫がつくなんて、許せなかったから。
今でも覚えてる。
まだもっと小さい頃。
「わたくし、大きくなったらお兄様のお嫁さんになるの!」
と言った時の。
「じゃぁ、僕がセシーリアを幸せにしてあげるよ」
そう優しく頭を撫でてくれたお兄様の満面の笑顔。
でも、お兄様に言い寄る令嬢は後を立たずで。
お兄様はわたくしのだ。
ぽっとでの女なんかにわたすものか。
どうすればいい? そう思って幼いながらも試行錯誤したわたくし。
トカゲを捕まえてドレスの中に入れてみる。
木の上に隠れて、上から毛虫をおとしてみる。
ねこに頼んで、ひっかかせる。
そんなかんじで、近寄ってくる令嬢たちにはもう二度とうちのお屋敷には来たくないとおもわせるように頑張った。
お兄様には過去の前世の記憶はないのだろう。
それはそうだ。
普通はみな人の魂の還る場所、大霊に飲まれてしまえばそこで溶けて混ざって自我なんかどこかに消え去って全く違う魂となって再生するのだろうから。
わたくしみたいにこうして溶け混ざるのを拒否し、生まれ変わることができたとしたら。
それはやっぱりそれだけ未練があったから。
にほかならない。
お兄様は勇者だっただけあって、その魂もふつうじゃないほどの強さがあったんだろう。
溶けても混ざらずそのまま勇者の魂の色のまま、こうして転生したのだ。
でも。
自我は溶けてしまったのかな。
記憶まで、今世に持ってこれなかったのかな。
それとも。
まだ記憶が眠っているだけなのだろうか。
もしかしたら、わたくしのことも思い出してくれる日がくるのだろうか?
記憶がない状態であってもこうしてわたくしのことは愛してくれているお兄様。
もちろん、それが兄として妹を想う気持ちから逸脱していないことは十分わかっているけれど。
だとしても。
今はまだ。
お兄様はわたくしのことを妹としてしか認識できていないはず。
どれだけわたくしがお兄様を愛していたとしても、それは妹としてとしか。
あーん、ジレンマだ。
わたくしが邪魔をしなければお兄様にわるい虫がついてしまう。
お兄様も、その女のことが好きになってしまうかもしれない。
たとえお兄様の記憶が戻ったとしても、それでも兄と妹だ。
結婚なんかできないって、お兄様だってそう考えるかもしれない。
でもそれでも。どうしても我慢ができないのだ。
お兄様の幸せを願う?
愛しているなら、あたしが邪魔をしちゃいけない?
でも、だって。
やっぱりダメ。
ダメなんだもの。
そこで思考がループする。
もうどうしていいか、自分ではわからなくなっていた。
一週間くらいして流石に起きなきゃいけなくなった後。
あたしは屋敷の図書室にこもって本に逃避することにした。
頭をまっさらにして本を読んでいるときだけ、そういったいろんなことを考えなくても済んだから。
お母様も、まだ貴族院に入る前なのに随分と勉強を頑張っているのね。だなんて言って。
あたしが図書室に篭るのを反対しなかった。
だから。
あたしはしばらくは本の虫になっていたのだった。




