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白薔薇の聖女。

 その瞬間、光が弾けた。気がした。


 こちらを見て微笑んでくれるお兄様のお顔がフラッシュバックしたかと思うと、その後大量の記憶が頭の中に流れ込んできた。


 わたくしが今まで生きてきた人生なんて、たかだか七年しかないはずなのに。

 うん、そう。

 まだ子供なのにねってそんなふうに考える。


「これで勝ったと思うなよ聖女よ! 我は何度でも蘇る! いや、蘇ってみせる!」


 あれは。


 わたくし、いいえ、あたしが封じた魔王の最後のセリフ。


 暗黒の魔王石、魔水晶を展開し。


 勇者アレクの最後の力を振り絞った一撃で、ううん、あの人の命をかけた最後の一撃でも倒すことが叶わなかった魔王ダルクエル。

 そんなダルクエルの頭上に展開した魔水晶は、それでもなんとか弱った魔王を封印することに成功したのだ。

 封印される寸前、あたしをギロっと睨みつけ、あの最後のセリフを叫んだ魔王。


 あたしは最後の魔力を振り絞り、その魔水晶を異界と呼ばれる別次元に飛ばし、そのまま倒れ込んだ。


「ごめん、アレク。あなただけでも助けたかったけど……」


 最後の瞬間。


 あたしは、

 アレクだけでも助けるため、彼を蘇生し人間界へ跳ばすか、

 この多分最後のチャンスに賭け、魔王を封印し、異界に飛ばすか、


 そのどちらかで悩んだけれど。


「ツェツィーリア、後は頼んだ」

 そう叫びながら最後の力を振り絞り魔王に切り掛かった彼の、その志は無にできなかった。



 この機会を逃したら、人間側にはもう勝ち目が無い。


 魔王さえ封じてしまえば後の配下達には次元を超える力はまだ無いはず。


 だから。






 あたしが死んでも。

 きっと、人の世界は護られる。


 だから——







 多分、わたくしはその後あそこで魔王の配下の魔物たちに、身体中を引き裂かれ死んだのだ。

 魔王を奪われたことに対する復讐と言わんばかりの憎しみを浴びせられ。

 あたし、聖女ツェツィーリアの肉体は潰えたのだ。


 そのまま。


 ああこれで、天に還るんだと。

 大霊(グレートレイス)に還って、その大海原のような広大な宇宙の意志に混ざり溶け、輪廻の輪に戻るのだ、と。


 そう思った筈だった。

 そうなるはずだった。


 でも。


 《嫌だ》


 そう思ってしまった。


 《このままアレクを忘れるのは嫌だ》


 と。


 《この恋を、この恋心を無くしてしまうのは嫌だ》


 そう。

 そんな執着。未練。


 そのせい?

 あたしが、ううん、わたくしが、こんなふうに生まれ変わったのは。


 それも、よりにもよって諦めたくないとあれほど思った恋人の勇者アレクの魂を受け継いだ人、デュークフリード・ヴァインシュタインの、まさか妹に生まれ変わるなんて!!


 どうしてよ!! どういうことなのよ! ねえ、神様!!



 ♢ ♢ ♢



 わたくし、セシーリア・ヴァインシュタイン公爵令嬢は、その日、自身の7回目の誕生日に少し浮かれていた。


 花のようなふわふわフリフリなシフォンドレスに身を包み、白金の艶のある髪をふわりと靡かせる。


 自分が可憐な容姿に見えるという自覚はあった。

 何せ、両親はもちろんお付きの侍女侍従それに、大好きなお兄様がいつも、


「僕のセシーリアは天使のようにかわいいね」


 そう微笑んでくださっていたから。


 皆からかわいい可憐だと言われ続けて七歳になり。

 物心がついた今となってはもう自分がこの世の中で一番かわいいのだと、そう認識するに至り。


 自信も、もちろんそれなりにあった。


 だって、本当にわたくしはかわいいのだもの。

 わたくし以上にかわいい少女など、今までの人生で見たことも会ったことも無かったのだもの。


 もちろん周囲の同じ高位貴族の令嬢たちとおはなしする機会も何度もあったし、綺麗なお姉様やかわいい年下のお子さまもいっぱい見てきたけどそれでも。

 自分以上に可愛くて可憐で、あの素敵なお兄様にふさわしい容姿家柄のものなど居ない、そう信じて疑っていなかったのだ。


「わたくし、大きくなったらお兄様のお嫁さんになるの!」


 そういうわたくしを微笑ましく見守るお父様とお母様。


「じゃぁ、僕がセシーリアを幸せにしてあげるよ」


 そう優しく頭を撫でてくれるお兄様の満面の笑顔。


 それが、大人が子供の言うことを只々微笑ましく思っているだけだとは、思わなかったんだもの。

 小さいうちは誰でもそう言うものだ、なんて思ってるだなんて、知らなかったんだもの。


 そう、この時のわたくしはまだ、現実というものをしっかり把握していなかった。

 お兄様はお兄様。どこまで行ってもお兄様、だなんて。

 この頃のわたくしは思いもしなかったのだわ。



 そんな優しいお兄様にエスコートされるまま、公爵家の敷地内にある大広間のひな壇まで真っ赤なベルベットの絨毯の上を歩くわたくし。


 幸せ。

 まだ七歳で人生の全てを知っている訳ではなかった筈なのに、この時のわたくしは本当に幸せだと今が一番幸せだと、そう感じて浮かれていたのだ。

 まさかこの先に絶望が待っているだなんて考えもしていなくて。


 最近は、一足早く貴族院に入学したお兄様が昼間いなくて寂しい思いをしていたわたくし。

 でも、もう七つ。来年にはわたくしも貴族院初等科に通うことになるのですもの。

 これでずっとお兄様と同じところにいられるのだわ、と。

 そう期待に胸を膨らませて。


 今日はわたくしの誕生パーティ。

 ひな壇に用意されたまるで王様が座るような豪華な椅子にちょこんと腰掛け、そうして大勢の人々が祝ってくれるのを心地よく受け止めて。


 ありがとうございます、ありがとうございますと笑顔で答えていたわたくし。


 仲のいいグリーンデン公爵家のフレデリカがそばにきてくれてお話をしているときに、ふっとお側にお兄様がいないことに気がついた。


 さっきまでずっとわたくしの横にいてくださったんだけどな。

 どこに行ったんだろう。


 そう広間を見渡すと。


 スミの方に、ちょうどお兄様の同級の方々がお見えになっていて、そこにいらっしゃったお兄様。

 仲がいい方達なのだろうか、いつもにない笑顔にも見える。

 いつもの優しい笑みではなく、どこか、遠慮のない屈託のない笑顔をその人たちに向けるお兄様。


 ああ。

 あれはわたくしに向けられるはずの笑顔、なのに。

 昔はいつもわたくしに一番に向けてくれていた笑顔、だったのに。


 心の中に、もやっと黒いものが浮かぶ。


 そして、お兄様の視線の先に、わたくしは見つけてしまったのだあの女を。


「ねえデリカ。あそこにいる方、貴女はご存じかしら?」


「あら、リアったら嫉妬? ふふ、大好きなお兄様、取られちゃうカモですものねー?」


「そんなんじゃないわよ! お兄様があんな女選ぶわけないわ!」


「もうほんと処置なしね。貴女のブラコンもいい加減にしなきゃぁ」


「ふざけないで。で、貴女、知ってるの知らないの?」


「あらあら怖い怖い。ふむむ、あの方、確かマウアー男爵家のフローラ様じゃなかったかしら。白百合の聖女と呼ばれている才媛だって評判の方よ。大昔の伝説になっている白薔薇の聖女様と対になるくらいのお力を持っていらっしゃるって、噂されていたわ」


 カチン


 頭の中で何かが弾けた。


 白薔薇の聖女?


 それって。


 それって!!




 わたくしの《あたしの》ことだわ!!


 頭の中で。


 光が弾けた。気がした。

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