ACT・10~EPILOGUE
ACT・10(光の妖精)
「…本当に…いいのか…?」
宝石の様に美しい髪と瞳をもつ人々を前に、黒髪の青年は気後れしてしまう。
「構いません」
リオ達の帰りを待っていた人々は、心からの笑みを彼等に向ける。
ディリオンは、白き民と黒き民の混血児…
凌辱によって生まれた事は後に知らされた。
事情を聞いた今、誰も彼を拒みはしない。
「一緒に食事しましょう」
言って、青年の痩せた手を掴んだのはミーナであった。
彼女に引かれて建物の中へと入ってゆく彼の後に、ゾロゾロと他の人々もついて歩く。
そうして食堂に入り、料理が運ばれてきた時、七千年間生きてきた青年の身体の異常が知れた。
「ずっと不死の霊薬ばっかり飲んでたって?」
目の前のシチューやパンやサラダ等に手をつけられず、躊躇する彼
事情を聞いたリオが、思わず大声を上げた。
「…それじゃ、食事出来ないの?」
配膳を済ませた盆を抱え、ミーナがディリオンの顔を覗き込む。
「…いや、生きてる状態で飲んでいるから、食べられる筈なんだが…」
人差し指で頬を掻きながら呟く彼は、どうしても料理を口に入れられない。
「拒食症…ですね」
医者代わりのエレアヌの一言。
七千年もの断食は半端ではなく、胃袋が正常な働きをしなくなっていた。
「無理やり食ってみたら、何とかなるんじゃねーか?」
無茶な事を言うのはシアル。
「…とりあえず薄いスープから始めていけば、そのうち食べられるようになりますよ」
エレアヌの助言がせめてもの救い、そしてディリオンの懸命な努力が始まる…
それから数日後、前世の記憶をもつ少年は、本来居るべき世界へ帰る事になった。
「…行ってしまうのですか…?」
緑の葉を茂らせる大樹の下、見送る人々の思いは同じ。
「なあ、ずっとこっちに居られないのかよ?」
その代表ともいえる、シアルが問うた。
「大丈夫、必ず戻ってくるから」
人なつっこい笑みを浮かべ、転生者の少年は言う。
「いつか…時が流れて、僕が僕としての生を終えたら、今度はこっちに生まれてくるよ。といっても、向こうとこっちでは時間の流れが違うらしいから、いつになるかは分らないけど…」
その場にいる全員に視線を巡らせ、リオは最後にエレアヌに目を向ける。
…遠い昔、恋人であったという魂…
優美な青年は、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「…随分、髪がのびてしまいましたね…」
無造作にのびた黒髪に触れると、彼は言う。
「よろしければ切って差し上げましょうか?」
「いいよ、このままで」
時折あどけない表情を見せる少年は、口元に笑みを浮かべて答える。
「…これは、僕がこの世界で時間を過ごしたという、確かな証だから…」
風が、その髪を柔らかくなびかせた。
「じゃ、行こうか」
そして、リオは大樹を見上げる。
「承知しました」
穏やかな物腰の青年は応え、生命の木の根元に座り込んだ。
…そして、肉体を離れて現れる精神体…。
足首までのびた黄金の髪と、淡い緑の瞳をもつ中性的な美貌の青年に導かれ、役目を終えた少年はエルティシアから旅立つ…
「…そういえば、時間の流れが違うんだっけ…まさか向こうに着いたら何十年も経ってたなんて事、ないよね?」
緑柱石色の空間に入り、彼はふと気になる事を問うた。
『心配いりませんよ。ちゃんともとの時間にお送りいたします』
幻像のエレアヌが答える。
「…そっか…」
しばし目を伏せた後、リオはまた問うた。
「…あのさ…エレアヌの転生者は、向こうの世界に居るかな?」
少々意外な問いに、淡い緑の瞳が丸くなる。
それから、リオの魂を愛する存在は、心の底からの微笑みを浮かべた。
『…いますよ…』
低く深みのある声で答えを返し、エレアヌは実体の無い手を愛しい者へとのばす。
『…私は、いつもあなたの傍に居ます…』
実際に触れはしないが、リオは確かに抱き締められた気がした。
―――そして永年の月日の果て、若き夫婦の間に生まれし子、白き肌と黒き髪の嬰児の、開かれし瞳は聖なる青。
妖精の友たるその子供、風を呼び、大地を潤し、人々の希望の光とならん…―――――
「古谷っ!」
出た途端、いきなり久しぶりに名字で呼ばれる。
「お前、何ともないのか?」
菩提樹の根元に佇む少年に、悪友二人が駆け寄った。
「…本田、鈴木…ひっさしぶりだなぁ~」
「はあ?」
思わず口をついて出た言葉に、二人は首を傾げる。
「どーでもいいけど、何だよお前、いつ着替えた?」
ボサボサ髪の少年が言う。
「それに何か、髪と背のびたんじゃないか?」
眼鏡小僧も問うた。
「ま、気にしない気にしない」
「気にするよっ」
飄々として言う彼に、二人の声がハモる。
「教えろ、コラッ、行方不明の三十分、一体何やってたんだよっっ」
ボサ髪少年がくらわすヘッドロック。
しかしリオは、ただ笑ってみせただけ。
「こら! そこで何しとる!」
その時、嗄れた声がして、管理人の老人が走ってきた。
「げっ、また出たっ」
「おい、逃げるぞ古谷っ」
悪友たちが、怪物でも見たかのように言う。
しかし、三十分だけ行方不明だった少年は、逃げようともせず老人を迎えた。
「おじさんゴメン!」
「は?」
怒鳴るより先に謝られ、管理人はとぼけた声を上げる。
「この木に呼ばれて、ちょっぴり不思議体験させてもらったんだ」
悪びれる様子もなく、笑顔で言う彼に、老人も悪友達もしばし呆然となった。
EPILOGUE(生命の木)
―――どこにいる…?
探しても見つからない…
いつも傍にいると言った大切な魂
僕は、ここにいるよ…―――
緑の葉を茂らせる菩提樹の下、一人の青年が佇む。
漆黒の長髪を、風が優しく揺らす…
「…風の妖精…」
低く、深みのある声は、誰にも聞かれずに大気に溶けた。
「…どうして…出てこない…?」
菩提樹に背を凭せ掛け、青年はその根元に腰を下ろす。
「何じゃ、またお前さんか」
声をかけられ、青年はそちらに目を向けた。
「今日は、大学は休みか?」
声の主は、図書館の管理人。
既に馴染みとなっているのか、その口調は穏やかであった。
風に髪を揺らしながら、青年は軽く笑む。
「どうじゃ、探し人は見つかったか?」
「全然」
老人の問いに、青年は肩をすくめた。
「…生まれ変わり…とか言っておったな?それは人間だけかのぅ?」
どっこいしょ、と隣に座り込み、小柄な管理人はスラリとした体躯の青年を眺める。
「…違う…この世の全てのものは皆、輪廻の流れの中にある…。生まれ変わるのは人だけじゃなく、鳥も、獣も、草木も、みんな生命の輪を描き、有から無、無から有へと渡ってゆくんだ…」
空を見上げた青年の瞳が、一瞬青く染まる。
現実離れしたその話を、老人は普通に聞いている。
「じゃあ、お前さんの探し人は、人間以外になっておるかもしれんな」
深い皺が刻まれた顔に温和な笑みを作り、老人は嗄れた声で言った。
「…だとしたら見つけられない…。人間だけでも一苦労なのに、鳥や動物だったら…」
溜め息を漏らす彼の髪を、風が柔らかく揺らす。
「…なあ、儂は思うんじゃが…」
老人も青く澄んだ空に目を向け、ぽつりと意見を述べる。
「その探し人っちゅーのは、いつもお前さんの傍にいると言っておったんじゃろう?」
その言葉に耳を傾けようと、青年が視線を移した。
老人も目を合わせ、それから背後の大木を眺め、言葉を続ける。
「…この菩提樹、お前さんがそこにおる時、いつも葉や枝を揺らしておる…。それも、お前さんの居る方向にだけ…。何を言おうとしとるか分るな?リオ」
そこで青年は立ち上がり、緑の葉を茂らせる大樹へと歩み寄った。
指先で木の幹を軽く撫で、小さく低く穏やかな声で何か呼びかける。
呼応する様に、大樹はその葉を震わせた…。
―――時は流れ、魂は異なる地へ渡りゆく。
過去も現在も未来も、すべて
いつか見た、夢の伝説にかえて…―――
END




