遺言
二人が居なくなった自室にて、すっかり冷めたお茶を口に含む。
緊張からか口の中はカラカラに乾いている。今のでほんの少しマシになった。
向き合うのは、一つ。
ノートに挟んであった、たった一つの手紙。
ノートは…………うん。大事だけど、肝心な所は何も無かった。
「――っ」
正直な話、何が書いてあるのか、確認するのが怖い。
でも、これを見なければ何も始まらないし、何も出来ない。
意を決して封を切る。
手紙はそう多くは無い。
精々2、3枚位。一番うしろの紙にも、なにか書いてあったから、3枚か。
手紙に余分の紙を付けるのは、返信用に付けるというのが、一般的な理由だ。
それが無いということは、返答を受ける気がないという事だろう。
悠真は自己満足、エゴと言った。
それがどういう事なのか、それは書いてあるのだろうか。
綺麗に折りたたまれた紙を開く。
ここで紙が視認できる限り、一切ズレてないあたりが如実に性格を表しているように思える。
――冠省
――早速ですが、この度私があなたとの関係を断つという結論に至った経緯を記載させて頂きます。
「――いや、ちょっと待って」
まさかのガチの手紙である。
冠省って、拝啓とかと同じ位置に置いて、時候の挨拶とか省略する時の奴でしょう?
思わずツッコんでしまい、脳内のシリアスさが吹っ飛んだ。
いや、でも、仮にも友人への手紙でこれ……?
まあ、良い。
読み進めよう。
――昨年、私達が中学一年の冬頃の交通事故にて、私の姉は死去いたしました。
――その事故は、当時の記録や犯人の経歴やその者の人間関係を一通り調べた限り、事件であると推測されます。
――おそらく犯人を唆した者が存在し、その者が私と因縁の深い相手であると思われます。
――ボイスレコーダーを用意して録音したにも関わらず、その際の記録だけが紛失しておりますが、当人さえも認めています。
――ですが、決定的な証拠は残っておりません。
これは、私達が関わることが一気に減った原因とでも言えるものだ。
悠真のお姉さんが亡くなった。
その時の悠真は本当に見てられなかった。
けれど、私にはなんて声を掛けていいか分からなかった。
共感は示せない。家族を亡くしたことは無いから。
慰めも出来ない。それこそ、何を言うことも出来ない。
そのまま、結果的に半ばお互いに無視するような状態になってしまった。
――また先日、学校にて私と少なからず交流があった生徒が一人、屋上からの落下にて亡くなりました。
――その際の記録も、防犯カメラ含めて存在しておりませんが、私は見ました。
――遠方からではありましたが、確かに彼女は、件の犯人を唆した人物の手で落とされました。
多分、事実だろう。
悠真は、視覚的な人の判別を比で行う。
上半身と下半身。
胴と腕。
全身の縦横比。
それらの比率から、下手な機械よりも正確に、遠くから人物を判別できる。
悠真曰く、家族なら200m先から、ある程度の交流のある者なら100m先からの判別が可能との事。
しかも、悠真は動作の癖すら数値的に記憶するため、悠真と関われば関わるほど、例え身体の比で判別できなくとも、そこにいるのが誰なのかは簡単にわかるようになる。
実際に私は、悠真が琥珀を150m位離れた状態で見つけたのを見たことがある。
そんな悠真が見たと言ったのだ。
因縁の深い相手を。
それは、どんな高性能カメラよりも正確な情報だ。
でも、刑事事件の証拠にはなり得ない。
――私は、その落下させた人物を法的に裁くに足り得る証拠を探そうと思っております。
――ですが、その間に相手が何をするかが分かりません。
――その為、周囲との関わりを全て断つこととしました。
多分、悠真的にもやりたくはなかったんだと思う。
少し、ほんの少し、他の誰も気付けないほどだろうけど、字が歪んできている。
――私の事情の話はこのようなところで切り上げて、ここからは、瑠璃、君についての話だ。
「――ぇ…………」
驚いた。結構形式とかを重んじる人間であった悠真が、形式を崩した。
今まで敬語表現のままだったものが一転、急に砕けた。
そして、それが私についてだと書いてあるのだから、余計にだ。
――今までありがとう。
――君の朗らかな笑みにはいつも救われていた。
――最初は、半分仕方がなくで訪れていた道場に、向かうのがいつしか楽しみになっていたんだ。
そうだ。
そうだった。
私的には、身近に新しい格上の存在、それも技も体系も分からないような、が現れて、有頂天になっていた。
でも、当初悠真は、割と面倒くさそうだった。
多分心の中だと、コイツウゼェな、とか思ってたんだと思う。顔にはあんまり出てなかったけど。
私が誘う(半ば強制)場合以外来なかったのが、段々と悠真自身から家に来るようになっていった。
その時くらいからか、悠真は良く笑う様になっていった。
ただし、不敵な笑みを。
――君との打ち合いの最中、楽しくてしょうがなかったんだ。
――君があまりにも楽しそうに笑うから、釣られたように俺も笑っていた。
琥珀やお母さんが偶に言う。
私はバトルジャンキーであると。
だからこそ笑っていたんだろう。
本当に楽しかったから。
全くの未知数、予測出来ない攻撃の数々、こっちの事を完璧に読み切ったような戦い方。
全てが新鮮で、得難いものだった。
――重ね重ねになるが、ありがとう。
段々と、視界が歪んでいく。
端々がぼやけて、手紙が読みにくくなる。
――最後に、一つだけ。
――これは、本当に余談と言うか半分我が儘のようなものだが、
――君には、これからも誰かに笑顔を届けて欲しいんだ。
――多くの人でなくとも、それどころか明確には数えられなくとも、それで救われる人は居るはずだ。
――君の笑みに救われた俺のように。
―― 敬具
―― 穂村 悠真
――親愛なる友 太刀上 瑠璃様
ぽたり、ぽたりと手紙に雨が降る。
手紙が汚れると分かっていても、止められない。
「…………悠真ぁ………………!」
あの時、私が飛び出さなかったら、どうなっていたのだろうか?
あの時、脚を壊してでも動き続ければ、どうなっていたのだろうか?
最早意味のないタラレバが私の心を、ギシギシと締め付ける。
私はこれから生涯にかけて、この後悔を手放せないし、手放さないだろう。
ふとした瞬間に考えて、泣きたくなるかもしれないけれど、私は――
「笑うよ……! この身体が止まるその時まで、ずっと誰かを…………!!」
最後の一雫が、小さく音を立てて零れ落ちた。
お読み頂きありがとうございます。
今後も読んでくださると幸いです。
ちょっと長くし過ぎましたかね……。
と言うか、新年一発目がシリアス一直線になるとは。




