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闇に飛ぶ鳥  作者: トウリン
カワセミ

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39/60

苛立ち

 黙々とカラスと巴が足を進める間、カワセミの気配はつかず離れずで終始まとわりついてきていた。トビも同様だ。二人ともあれ以来ふつりと姿を現さなくなっているが、ついて来ているのは間違いない。

 恐らく、カラスの隙を狙って巴を奪うつもりでいるのだろうが、万が一にも彼がカワセミに後れを取るなど、あろうはずもない。その危惧はなかったが、うっとうしいことには変わりがなかった。トビと言い、カワセミと言い、姿が見えたら見えたで不快だが、見えずに気配だけが付きまとうというのは更に不快だった。


 トビの時のようにいっそ襲ってきてくれれば、返り討ちにしてやれるというのに。

 カラスは苛々とそんなことを考える。


ってしまえば楽なんだがな)

 巴がそれを嫌がるのは、明らかだ。

 彼女に知られないようにすれば、とも頭をよぎるが、何かの拍子に知られてしまった時のことを考えると、あまり良い手のように思えなかった。殺すのは拒むとしても、しばらく動けなくさせるくらいのことは許容するだろう。


 カラスは傍らの巴を横目で見遣る。と、その視線に気づいたように、彼女が顔を上げた。

「何か?」

 小首をかしげる巴に、カラスは目をすがめる。

 結局、巴がどうしたいと思っているのかという問いの答えは、まだ返されていなかった。そんなことなど訊かれもしなかったかのように、彼女はカラスの横を歩いている。だが、あれ以来、カラスには不可視の薄い壁が二人の間にあるように感じられてならなかった。

 カラスが突き破ろうとすれば、多分、それは容易に叶うだろう。だが、そうする気になれない。


 もしも再びカワセミが彼らの前に立ち、もう一度『帰る』という選択肢を巴に与えたら、彼女はどう答えるのだろう。

 もしも、カラスがいないところでその誘いがあれば。

 拒むのか――応じるのか。


 ふと気づいたら、巴がいなかった。


 そんなことが、起こり得るのか。


 カラスはムッと眉間にしわを刻む。何だか、やけにムカムカする。悪いものでも食べてしまったかのように。

「カラス? どうかしましたか?」

 問うてきた巴の鼈甲色の目は、案じる色で曇っていた。

 カラスは巴をジッと見下ろす。


 カワセミは、依頼が変わったと言っていた。巴を無傷で連れ帰ることになったのだと。

 罠、だろうか。そう言ってカラスを油断させ、巴を殺すつもりだったのだろうか。

 だが、『伏せ籠』がそんなセコイ策を弄したことなどいまだかつてなかったはずだ。カラスと引き離すつもりはなかったようだから、道中で巴を殺すという意図もなかったに違いない。まさかすぐ傍にいる彼を出し抜けるとは、カワセミは欠片も考えてはおるまい。

 となると、あの言葉は真実なのか。

 カワセミでは、カラスが守る巴を殺せるはずがないと、上の者も重々承知のはず。彼女を差し向けたということが、巴の命を奪うつもりはないという意思表示でもあるのだろう。


 鳥たちにとって八咫からの指令は絶対だ。特にカワセミはその傾向が強い。忠実だからではなく、恐れているからだ。

 巴を傷付けるなと言われているならば、ほんのかすり傷でも負わせられることはないだろう。


 カラスの腹は、すぐに決まった。

「休憩する」

「え?」

「夕飯を探してくるから、少し待ってろ」

「カラス? でも、今日は次の宿場町まで行くのだと言ってませんでしたか?」

「日が暮れるまでに間に合いそうにない。火を起こすから番をしていろ」

「わかりました……」

 頷きはしたが、巴は顔いっぱいに困惑の色を浮かべている。そんな彼女の視線を振り払うように踵を返し、野営に向く場所を探そうと歩き出したカラスだったが。

「あの!」

 意を決して、という勢いの巴の声で引き留められる。

「なんだ」

 肩越しに振り返ったカラスを、両手を胸の前で握り合わせた巴が見上げてきた。

「何か、心配なことがあるのですか? 気に病んでいることが……?」

「――は?」

 カラスの辞書に『心配』という言葉は刻まれていない。

 眉をしかめた彼に、巴が答える。

「この間から、お顔が優れません」

 そう言ってから彼女は口ごもり、わずかな逡巡ののちに続けた。

「――あの人に会ってから……――カラスは……本当は……」

 尻すぼみの声と共に、巴の顔がだんだん伏せられていく。心許なげなその風情に、カラスは無意識のうちに彼女に向けて手を伸ばそうとしていた。触れる寸前、己の行為に気づいてハッと引っ込める。

 何故か解らないが、巴がこういう態度を見せると無性にカラスのみぞおちの辺りが疼くのだ。虫か何かでも入り込んだかのようにムズムズして落ち着かなくなって、今のように、そうしようと思ったわけでもないのに彼女に触れそうになる。


 うつむいた巴の丸い頭のてっぺんを見下ろし、カラスは苛々と息をついた。と、彼が怒っているとでも思ったのか、巴の細い肩がビクリと震える。


 別に、怒ってはいないのだ――苛立っては、いるが。


 それにしたって、その矛先は、巴自身に向けたものではない。

 じゃあ誰に――何に向いているのかと問われても、答えは出てこないのだが。


 巴と出会うまで、カラスの世界はこの上なく単純だった。迷うことも、考えることも、必要なかった。


 なのに、今は。


 巴が何を言いたいのかが解らない。

 カラスにどんな言葉を求めているのかも判らない。


(クソ)


 カラスは胸の内で罵り、もう一度荒く息を吐きかけ、やめる。また巴が身をすくませるところなど、見たくはなかった。

「……すぐに戻るからおとなしく待っていろ」

 そう告げると、強張っていた巴の肩が微かに和らいだように、カラスには見えた。


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