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闇に飛ぶ鳥  作者: トウリン
カワセミ

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35/60

目的地

「え……? 南都に、行くのですか……?」

 宿を出て間もなくカラスから聞かされた目的地に、巴は目を丸くした。呆気に取られている彼女の横で、トビが声を上げる。

「そりゃ、ずいぶん遠いね。この子連れてちゃ一年かかったりして」

 そんな彼に、カラスが氷の一瞥をくれる。

「お前について来いとは言っていない」

 嫌ならさっさとどこかへ行けと言わんばかりのカラスの口調に、トビが眉を下げた。

「ホント、つれないなぁ」

 どう思う? とトビが巴を見下ろしてきたけれど、彼女はそれに答えるどころではない。


 この国は南北に長く伸びており、その全容は天に昇ろうとする龍の姿にたとえられる。頭にあたるのが北都ほくと、心臓の辺りに位置するのがあらゆる意味でこの国の中心でもある天都あまつ、臍の辺りに商業で盛んな西都さいとがあり、尾の先端に南都なんとがある。

 今巴たちがいる場所は、天都と西都の中間辺りだ。やや逆『く』の字でもあるので、天都から西都までは西に向かう形になるが、そこから先は南下することになる。


 西都には国内のあちらこちらをつなぐ港があって、巴は、カラスはそこを目指しているのだと思っていた。もしかしたら、そこで彼と別れることになるのではないだろうか、と。

 天都からどころか自分の屋敷からも殆ど出たことのない巴が一人放り出されても、路頭に迷うだけかもしれない。

 けれども、いつまでも自由なカラスの足枷であり続けるわけにはいかない。道を分かつ場として、西都が一番相応しい気がしていた。

 西都には懇意にしている人がいるけれど、小早川の屋敷を出奔した身で彼に頼るわけにはいかない。いや、巴ももう十二になったのだ。誰かにすがって生きていくのは、もう終わりにすべきだろう。


 商業の都である西都であれば働き口も見つかるに違いない。きっと、一人でも生きていける。

 ――頭の隅で、そう覚悟を決めていたというのに。

(南都……)

 カラスはそこに行くつもりなのだ。巴を連れて。

 西都の更に向こう、南の果ての果て。

 巴には、想像もつかない。けれど、少なくともそこに着くまでは、カラスといられるのだ。

 それが、とても、嬉しい。


 南都については、昔、兄のように慕っている人から貿易の要だと教えてもらった。絢嗣あやつぐという名のその人は父方の遠縁で、巴が引き取られる少し前から祖父のもとに身を寄せていた。そうなった理由をはっきり聞いたことはないけれど、両親と馬が合わなかったのだと彼が呟いたことがある。

 二年ほど共に暮らし、絢嗣が十八になったとき、祖父の口利きで貿易商の養子になった。今は忙しく世界中を飛び回っていて、毎年秋には必ずお土産を山ほど抱えて小早川の屋敷を訪れてくれるのだ。

 夏頃から体調を崩していた祖父をとても案じてくれていたけれど、絢嗣なくして商いは回らない。短い滞在で屋敷を去るとき、彼は、何度も「何かあったら必ず言うように」と念押しをしていった。


 この国からどれだけ離れたところにいたとしても、祖父が亡くなった報せは、もう届いている筈だ。


 けれど、巴のことはどうだろう。


(絢嗣兄さまも、もう、このことを知ってしまったかしら)

 行方知れずと聞かされたのか、あるいは、死んだと聞かされたのか。

 いずれにせよ、悲しませてしまうに違いない。


 知らずうつむいた巴に、前を歩いていたカラスがふいに振り返る。

 巴のことなど見ていなかったはずなのに、まるで、彼女の暗い気持ちを嗅ぎ取ったかのようだった。

 カラスは巴を見るなり眉根を寄せる。

「どうした」

 唐突に問われて巴は目を白黒させる。

「え」

「腹でも痛いのか」

「いえ、あの――大丈夫です」

 かぶりを振った巴を、カラスはジッと見つめてくる。

 心配してくれることが、嬉しい。

 誰かの気を病ませてしまうことなど喜んではいけないと思うけれど、カラスが巴のことを想ってくれるその気持ちが、彼女を温めてくれる。


「大丈夫です」

 巴はさっきよりも明るい声で繰り返し、微笑んだ。

 カラスは何故かムッと唇を引き結び、また前を向いて歩き出す。巴はトトッと小走りで彼の隣に並んだ。


「カラスは南都に行ったことがあるのですか?」

「何度かな」

「どんなところですか?」

「人が多い」

「天都よりもですか?」

「知らん」

 巴はしばし考え、次の質問を投げかける。

「とつくにの人々がいると聞いたことがあります」

 絢嗣は、外国からの船は全て南都にある港に入らなければならないのだと教えてくれた。言うなれば、この国の玄関だ。それ故、かの都では様々な国の者が行き交っているのだという。

「そうだな」

「外の国と行き来する船はとても大きいのでしょう?」

「ああ。デカい」

「五十人くらいは乗れるのでしょうか」

「桁が違う」

 つまり、数百人ということだろうか。

 巴は目をしばたたかせる。


「そんなに、ですか? 船が沈んでしまわないのですか?」

「だからデカいんだ」

「想像できません……」

「見ればわかる」


 と、突然トビが噴き出した。


「?」

 目を丸くして見上げると、トビがヒィヒィと笑っている。

「すごいや。カラスがくだらない会話してる」

 くだらない、とはどういう意味か。

「ああ、ごめんね。カラスが雑談に応じるところなんて見たことがなかったから。ふぅん……やっぱり君は『特別』なんだな」

 最後の方は呟き声で、独り言に近かった。


 会話をすることのどこが特別なのだろうと首を傾げた巴の前に、突然、カラスの手が突き出される。

 危うくそれにぶつかりそうになって、巴は多々羅を踏む。

「カラス?」

 呼びかけたが、彼は巴を無視して前を見据えていた。

 何だろう、とカラスの視線が向けられている方へと目を移したその先に立っていたのは、一人の女性だ。まず目を奪われたのは、その髪の色だった。鮮やかな翡翠色の美しさに、巴は息を呑む。

「今度はあいつかぁ」

 無言のカラスの代わりにトビがこぼした呟きが、彼女の耳に届いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 目的地とか、どうするとか、どうしたじゃなくてただの雑談してるのは確かに珍しい。気遣いとも違う、なんて言うかカラスが『人』してる感じ。まあ返し方は素っ気ないというかぶつ切りというか味気ないけ…
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