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闇に飛ぶ鳥  作者: トウリン
カワセミ

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31/60

 フクロウに、呼び出された。


 仕事だ。

 前回の任務からひと月になるから、そろそろ声がかかる頃合いだとは思っていた。


 廊下を歩いていたカワセミの足がふと止まる。

(カラスが消えてからも、ひと月近くになるんだわ)

 カラスに続いてトビもいなくなったが、カワセミにとって重要なのはカラスだけだ。


 カラスは、強い。

 身体だけでなく、心も。

 その強さゆえにカワセミはカラスを手に入れたくてたまらなかったが、どれだけ誘いかけても、彼は落ちてこなかった。いっそ、憎たらしくなるくらいに、視界の隅にも入れようとしなかった。

 カラスは常に飄々としていて、誰も寄せ付けず、誰にも近寄ろうとしない。『伏せ籠』の鳥たちは基本皆そんな感じではあったが、その中でも、カラスの泰然自若たる佇まいは際立っていた。烏という群れる鳥の名をもらいながら、まるで鷹のように孤高の存在だった。

 ずっとそうだったから、カワセミは、彼が手に入らなくても仕方がないと受け入れた。カラスは誰のことも求めず必要とせず、誰のものにもならないのだから、と。


 なのに。


 カワセミは絹の手袋の上からキリリと爪を噛む。

 あの小娘に出逢って、カラスは変わってしまった。

 まさか、カラスが『伏せ籠』を抜けるだなんて。

 女とも言えないような子どもに、たぶらかされてしまうだなんて。

 そんなバカげたことが起こるとは、カワセミは、夢にも思っていなかった。


 穴が開いてしまいそうな手袋を口から離し、カワセミはグッと手を握り込む。しばらくそうしていてから、ゆっくりと歩き出した。


 カワセミが八咫のもとに赴くと、八咫、フクロウの他に、もう一人いた。

 洋装の男だ。年の頃は三十手前か。スッと切れのいい眦に、瞳は黒曜石を思わせる。同じ色をした髪は、肩の上で切りそろえられていた。

 通った鼻筋に薄い唇。

 怜悧な容貌は感情を露わにしてはいなかったが、その場に満ちる空気から、男が怒りを漲らせていることが伝わってくる。


 『伏せ籠』に仕事を頼む者は、何らかの欲を抱いていることが殆どだ。

 そう、『欲』であって、『感情』ではない。ただ相手憎しだけで手が出せるような依頼料ではないのだ。依頼が果たされた後にそれなりの利益が見込める場合に、彼らはここを訪れる。

 そんな依頼人からは、まるで全身から伸びてくる無数の手さながらに、妄念が見えるものだ。

 欲しい、欲しい、と、渇望する声が、呪詛のように聞こえるものだ。

 しかし、静かに座するその男からはギラギラした欲は微塵も感じられず、ただ、津々と、満ちていく怒りだけがあった。


 フクロウの後ろにカワセミが膝を折るのを待って、八咫が口を開く。

「それで、貴方の依頼だが」

「彼女の保護と首謀者の駆除だ」

 八咫の台詞を奪うように発せられたその声は、表情同様淡々としたものだった。まるで、『駆除』するものが取るに足らない小虫か何かであるかのように。

 八咫は男を見返し、答える。

「殺しはともかく、人探しと保護は我が『伏せ籠』の仕事ではない」

「金ならば望むだけ出そう」

 そう言って男が差し出したのは、分厚い札束だ。相場の倍はある。

「彼女にはかすり傷一つ付けるな。同伴者の生死は問わない」

 八咫は札束をしばし見つめた後、手を伸ばし、それを自分の膝まで引き寄せた。


「期限は?」

「可及的速やかに。特にあの子の身柄は一刻も早く確保したい」

 『彼女』『あの子』と口にしたときのみ、男の声に温もりが宿る。そのことにまた、カワセミのみぞおちがキリリと痛んだ。


 この場に呼ばれたということは、自分がこの任務に当たるのだろう。


 もしも、もしもカワセミがしくじったら。

 しくじって、あの小娘が命を落とすようなことがあったら。


 ――きっと、自分は処分されるだろう。

 『伏せ籠』に無能な鳥は必要ないのだから。


 けれど。

 けれども。


 視界に翡翠色の髪が入った。その色が、己の身体のことを、誰とも歩めぬこの身のことを、否が応でも突き付けてくる。

 カワセミは、それをギュッと握り締めた。


 目の前の男と、カラスと。


 たとえその果てに何があろうとも、彼らから特別に想われる巴という少女を、カワセミは傷付けてやりたいと思った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 次はカワセミか。任務と私情とでどう動くか全然分かんないから楽しみ。危険な手段を敢えてとって巴を傷つけようとか思うのかな。 カワセミ、トラブルに巻き込まれて巴に庇われて、巴が傷付いて依頼を…
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