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闇に飛ぶ鳥  作者: トウリン
トビ

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21/60

苛立ち

 予想外の儲けになった。

 元々、カラスは花札が得意だ。相手の考えを読むことができれば、そこそこの勝ちは手に入る。

 だが、今日は、それに加えて面白いほどに良い札が手元に来てくれて、まさに入れ食い状態で次から次へと役が揃っていったのだ。


(まあ、取り敢えず、当分は宿に泊まれるな)

 カラスは隣を歩くともえを見下ろして内心でそう呟く。

 彼一人なら野宿だろうがなんだろうが別に構わないのだが、巴にはそうさせたくない。固い石の転がる地面に寝かせておいたらあの薄い皮膚は破れてしまいそうだったし、どんなに彼がしっかりと包み込んでやったとしても、この寒空では碌な肉がついていない細い身体はあっという間に冷え切ってしまいそうだったから。


 道端で年端もいかない浮浪児がそんなふうにしているのを見ても、別にどうとも思わない。『伏せ籠』に入れられる前は、カラスの生活も似たようなものだった。口に何か物が入るのはせいぜい二日に一度。ガリガリに痩せこけた身体に拾った穴だらけのむしろを巻き付け、辛うじて雨を防げる軒下を見つけることができたら上出来だった。それすら、後から来た宿なしに蹴り出されることがしばしばだったのだが。


 もしも、巴が同じような日々を過ごしていたら。


 カラスは、記憶の中の自分を彼女に置き換えてみる。


 ――非常に、不快だ。無性に、腹立たしい。


 自身に起きていた時にはどうということもなかったことだというのに。


 チ、と舌打ちをしたカラスは、見るともなしに隣に眼を向けた。向けて、眉根を寄せる。

「?」


 ない。


 巴の姿が。


 振り返ると、遥か後方にそれを見つけた。相変わらず、巴はもたもたと歩いている。いや、彼女にしてみたら懸命に脚を動かしているつもりなのだろうが。

 カラスと目が合うと、大きな琥珀の目が瞬いた。そして、そこに浮かんでいた切羽詰まったような色が失せる。

 その様に、また、彼は苛立ちを覚えた。


(何か言えよ)

 置いていくなとか、待てとか、何とか。


 カラスは小さく息をつき、追いついてきた巴に向けて無言で左手を差し出した。

 それを見つめて、一瞬後、彼女はホッと緩むような笑みを浮かべる。微かだが、嬉しそうで幸せそうな笑みを。

 それを見下ろし、カラスは思う。


 何故、巴はこうやって、彼に向けて笑うのだろう、と。

 何故、彼女は自分の手を取るのだろうか。それも、ただそうするのではなく、喜びとか、陽性の感情を伴って。


 幾日か彼女と共に過ごして、そんな疑問がカラスの胸中をよぎるようになった。

 確かに、巴をあの屋敷から連れ出したのは彼だ。それは、単に彼自身が連れて行きたいと思ったからだ。単純に彼の欲求を満たす為で、彼女の為を思ってのことではない。巴が死ぬのが嫌だと思ったのは、そうなれば彼が楽しくないからだ。ついてくるかどうか、彼女の意見も碌に訊かなかった。

 あくまでも、自分の為。そう、カラスは彼自身のことしか考えたことがない。

 だが、それなら、何故、自分は巴をつらい目に遭わせたくないと思うのだろう。

 そして巴は、何故そんな彼についてくるのだろう。


 無表情な顔の裏でそんな疑問を並べ立て、カラスは手のひらに触れた巴の指先を握り込む。

 その手は、あまりに小さい。

 何もかもが弱々しげで、カラスが指先で小突けばいとも軽く吹き飛びそうなほどだ。

 それなのに、時折、妙に――頑固になる。

 カラスの一言でしおれ、ちょっとした仕草で喜ぶ。まるで彼という風に吹かれて揺れ動く一輪の花のようなのに、何かをきっかけに、樫の大木のようになるのだ。

 その『何か』が何なのか、カラスは無性に知りたくなる時がある。

 このちっぽけな少女の中に詰まっているものを、知りたくなるのだ。


 その心の動きは理解不能で、それもまた、カラスの中に苛立ちを掻き立てる。

 だが、奇妙なことに、その苛立ちは、不快ではなかった。


「行くぞ」

 短くそう声をかけると、巴はコクリと頷いた。


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