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闇に飛ぶ鳥  作者: トウリン
トビ

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20/60

鉄火場

 建物の中だというのに、人が二人並んで通れるかどうかというほどの狭い廊下は、やけに入り組んでいた。薄暗い中、カラスは巴の手を取ったまま案内の男の後を追う。何も言わずについてくる彼女のその小さな手はいつもよりも冷たく、カラスは何となくそれを掌の中に握り込んだ。

 男が言った『鼻』とは花札の事で、これから行くところは博打場だ。多少手間と時間はかかるが、力尽くで金を奪うのがダメだと巴が言い張るなら、仕方がない。


 軋む廊下を進みながら、カラスはチラリと隣の巴を見下ろした。彼女はピタリと彼にくっついて、緊張しているのか、怯えているのか、その唇は一本の線になるほどに引き結ばれている。

 武家の箱入り娘は博打のことなど知らないはずだ。多分、さっぱり状況を呑み込めてないのだろう。

 彼女の不安は目に見えるように感じ取れたが、全く知らないことを一から説明してやるのも面倒で、カラスはそのまま歩き続けた。


 やがて辿り着いたのは、窓一つない、いかにも人目を忍んでいるのが明らかな一室だった。広さは十畳ほどか。熱気の立ち込めるそこに二十人ほどが詰め込んで、彩り鮮やかな札を前に相対している。所々から、呻き声やら口笛やらが聞こえてきた。

 カラスは、しばらくは黙って男達の打ち方を観察する。

 ちまちまとカスを集めて着実な勝ちを手に入れようとする者、役を揃えて一発逆転を目論む者、様々だ。共通しているのは、皆、呆れるほどに表情を読み易いということか。自分が狙っていた札を取られれば目を剥いて呻き声を上げているし、自分が望んだ札が出てくればにんまりとしている。実に判り易い。

 堅実派と大穴狙い派であれば、相手にするのは後者の方がいい。花札に必要なのは運と観察眼だ。伏せてある山札から次にどんな札が出るかは運次第だが、手札を出すのは互いに相手の出方を見ながら決める。相手がどんな役を揃えようとしているのか、それを阻止しながら自分の札を揃えるのだ。


「あの……」

 しげしげと彼らを眺めていたカラスに、下から遠慮がちな声が掛けられた。

 見れば巴が大きな目を更に大きくして彼を見上げている。薄暗がりの中でろうそくの光を反射し、それは本物の黄金のように煌めいた。

 ふと、カラスは思う。

 確かに、売ればいい金になるだろうな、と。

 まだ使い物にならないだろうが、あと数年のうちには引く手数多になるだろう。

 もう少し大人になった巴が、豪奢な着物を着て首筋に白粉をはたいて男にしなだれかかる――と想像しかけて、何故かカラスの胸の中には不快な気分が込み上げてきた。

 カラスもこれまで数多くの商売女に触れてきたが、別に彼女達に嫌悪感を抱いたことはない。だが、巴がその身になると思うのは、何故か気に入らない。


 ムッと眉間に皺を寄せたカラスに、巴はたじろいだように微かに顎を引いた。

「あの?」

「何だ」

 同じ言葉を繰り返した彼女に、カラスは短く返す。

 自分が声をかけたから彼が不機嫌になったとでも思ったのか、巴はためらいがちに続ける。

「その……ここは何をなさるところなのでしょうか? カルタのように見受けられますが……」

「賭場だ」

「とば?」

 簡潔に答えたカラスに、巴は首をかしげる。

 屋敷の奥で暮らしていた彼女は、やはりこういった場所があることを知らなかったのだろう。

 カラスは顎をしゃくって説明を付け加えた。

「あいつらがやっているのは花札ってヤツだ。あれで勝負をして、勝った方が金をもらえる」

「まあ」

 声と共に、巴が目と口を丸くする。

「お金を手に入れる方法には、色々あるのですね」

 単純に、彼女は感心しているようだ。賭博が違法であることは、黙っておいた方が無難だろう。カラスは肩を竦めて返す。

「まあな」

 と、そこで男の一人が声をかけてきた。


「おう、兄ちゃん、一人どいたぜ? やらねぇのかよ」

 見れば、男が主のいない座布団を指差している。その向かいに座っている男は順調に勝っているのか、やけに晴れ晴れとした顔をしていた。

 少し考え、カラスは頷く。

「やろう」

 そうして、巴の手を引いてその場に近付いた。座布団をずらして横に避けると、畳に直接胡坐をかく。

「何だよ、座れよ?」

 突っ立ったままの巴を促すと、彼女はカラスの顔と座布団を一往復させ、微かに頬を染める。丸い頬に薄紅がさす様は白桃のようで、彼は何となく美味そうだな、と思った。齧ってみたくなるのをごまかすように、ぶっきらぼうに急かす。

「早くしろ」

「はい……」

 巴はコクリと頷いて、座布団の上に膝を揃えてきちんと正座した。真っ直ぐに背筋を伸ばし、腿の上に小さな両手を置いた彼女を見て、向かいの男が締まらない笑みを浮かべる。

「おい、何だよ、借金の形を持ってきてんのかよ」

 ここでも、同じ反応だった。場違いな少女の姿に、目の前の男からだけでなく周囲から野卑な目が向けられる。

 男の台詞も気に食わないが、何よりもその目付きが気に入らず、カラスは無言で男に視線を返した。と、瞬時に男の顔から笑いが消え失せ、同時にさっと血の気が引く。他の者もそわそわと自分の手札へと目を落とした。

「始めろ」

 そのまま無言で、男は伏せられた札から一枚を取る。

 カラスの手の中の札は五月の菖蒲、男は十月の紅葉――カラスの先攻だ。

 彼は全身から周囲を威圧する空気を醸し出しつつ、手札を一枚場に投げた。


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