序
僕は臆病者だ。
それは、自分でもよく判っている。
だから気配を消して、遠く離れたところから『標的』に狙いを付けて、引き金を絞る。
銃声。
吹き出す血と共に倒れる、僕と『同じカタチ』をしたモノ。
それは僕ではないけれど、ピクリとも動かなくなったその身体を見ると、どうしても、そこに僕自身を重ねてしまう。
あんなふうに死にたくない。
嫌だ。
怖い。
そんな気持ちで頭の中がはち切れそうになりながら、僕は大事な相棒を丁寧に布で包む。
舶来ものの小銃に更に改良を重ねたそれで、遥か彼方から獲物を狙う。四半里離れた相手でも、僕は外したことがない。
僕には殺す相手に近寄ることなんてできやしないから、相手の目鼻も見えない距離から『仕事』を成し遂げさせてくれるこれは、心強い相棒だった。
『標的』に触れるなんて、真っ平だった。
その目を見てしまったら、絶対に『仕事』なんて無理だ。
カワセミのように、強がることなんてできない。
モズのように、楽しむようになるなんて、まず有り得ない。
二人はいつも平然と『仕事』を果たす。
けれど、どちらも、やっぱり、弱い証拠なのだと思う。きっと強がったり面白がったりして、怖さをごまかそうとしているだけなのだ。
本当に強いわけじゃない。
だから僕は、カラスのようになりたかった。
高揚することも無く、忌避することも無く、ただ淡々と『仕事』をこなせるカラスのように。
カラスは、強い。僕のように、悩んだりはしない。何も感じたりはしない。きっと、カラスなら、何があっても己を変えることはしないだろう。
僕の姿なんて、カラスの視界の隅にも引っかからない。でも、それでもいい。ただ僕が勝手に焦がれているだけなんだ。
『仕事』を終えて帰ってきた時に、彼の姿を見ることさえできれば、いい。
だけど。
そんなカラスが、『伏せ籠』から消えてしまった。
三日ほど姿が見えなくて、どこか遠方での『仕事』を命じられているのかと思っていたのだけれども。
七日経っても、帰ってこなかった。
カラスはどうしたのかとモズに訊いてみたら、凄くイヤそうな顔で、「女と逃げた」と言われて。
僕がいない間に彼が受けた仕事の『獲物』と、行ってしまったのだと。
そんなバカな、と、思った。
彼は、何事にも動かない――動かされない人の筈なのに。
信じられない思いで愕然としていた僕は、八咫様に呼ばれて、そして、彼の代わりに『仕事』を完遂するように指令をいただいた。
『標的』は少女だ。
カラスを連れて行った、少女。
何故、カラスはその子と行ってしまったのだろう――その子を殺せば、カラスは帰ってくるのだろうか。
不意に手のひらに痛みを覚え、僕はいつの間にか拳を強く握りこんでいたことに気付いた。
手を開けば、掌に並ぶ、爪の痕。
――その日遅く、僕は相棒を手に、『伏せ籠』を出た。
 




