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令嬢、慰められる3

(特効薬だなんて、そんなに上手くいくものなのかしら…)


部屋に戻りアイリーシャに給仕しながらエレノアはドアの外で先程アルバートと交わした会話を思い返していた。


(アルバート様は、特効薬と言うけれども、劇薬の方が適切じゃないかしら。毒にも薬にもなる諸刃の剣。確かに、失恋の傷を癒すには新しい恋を始めるのが一番の特効薬ではあると聞くけれども、上手くいかなかったら再びお嬢様は傷付いてしまうわ……)


そんな、もやもやした思いがエレノアの胸の中で燻っていた。


目の前では、アイリーシャが、手紙の返信を書こうとミハイルからの手紙を手に持ち内容を読み返している。


ふと思い出し、エレノアはアルバートが最後に告げたようにアイリーシャが手に持っているミハイルからの手紙の便箋を注意深く眺めてみた。


すると、エレノアはある事に気がついたのだった。


(成程……アルバート様はコレに気付いていらっしゃったのね……。確かに、これならばミハイル様にお嬢様を安心して任せられますわ。)


彼ならば、お嬢様を絶対に大切にするだろうという事をエレノアは悟り、主人の気づかぬ所で外堀を埋める手伝いをするようで後ろめたさを感じつつも、エレノアはアルバートの言う特効薬を信じる事にしたのだった。


そして、エレノアが一人複雑な胸の内を思い巡らせていた中、彼女の主人であるアイリーシャは、ミハイルへの手紙の文面を考えあぐねていた。


彼女は返信を書こうと机に向かったものの、そもそも殿方に文を書いたことなど一度も無いことに気づいて、一体何を書けば良いのか皆目検討がつかないでいたのだ。


(お兄様にもう少し相談に乗ってもらっておくべきでしたわ……)


さっきまで部屋にいた優秀な兄の助言を得られない事を後悔しつつも、アイリーシャはなんとか言葉を紡ぎ出し、悩みながらも一人で手紙の文面を完成させたのだった。



〜〜〜


ミハイル・メイフィール様


昨日は有り難うございました。

体調はおかげ様で回復いたしました。

このお礼は、後日改めてお贈りいたします。


アイリーシャ・マイヨール より


〜〜〜



「どうかしら?」

書き上げた文面を、エレノアに確認してもらう。


「特におかしいところのない、問題のない文面だと思います。」

エレノアにそう言ってもらい、アイリーシャは安堵したが、感想を述べた方のエレノアは、表情にこそ決して出してないものの、何やら残念なものを見るような目を主人に向けていた。


(お嬢様の文章は、完全に社交辞令じゃないですか……。アルバート様、アイリーシャ様には特効薬は直ぐには効きそうにありません……)


エレノアは心の中で、アルバートにひっそりとこの様を報告したのだった。


「お嬢様、文面はそれでよろしいかと思いますので、後は受け取った方が嬉しくなるようなおまじないをしてみては如何でしょうか?」

「手紙を受け取った方が嬉しくなるようなおまじないとは一体何かしら?」


エレノアの提案に、アイリーシャは首を傾げた。男性に手紙を送ることなど殆どなかった彼女は、文でのやりとりに忍ばせる遊び心等も勿論知らなかったのだ。


不思議そうな表情でこちらをみるアイリーシャに対して、エレノアは受け取った人が手紙を開く時に良い香りを感じてもらう

”文香”

という巷で流行している文通上の演出がある事を説明をした。


「お嬢様の場合は、既に手紙を書き終えていますし、直ぐにお手紙を出したいとの事ですのでこの便箋の端の方に、香水を染み込ませた布を少しの間当てて、匂いを便箋に移すのが良いかと思います。」

「まぁ、素敵な演出ね。早速やってみるわ。」


アイリーシャは、エレノアの提案を気に入り、自身の香水を取り出して便箋の端っこにその香りを染み込ませたのだった。


(文香は、女性から男性に手紙を送る場合に一般的に習慣付いている事だし、これくらいの助言ならば大丈夫でしょう……)


自分の主人の事を相手に印象良く想ってもらいたいという気持ちと、アイリーシャを騙しているような罪悪感に挟まれながらも、エレノアはただ主人の幸せを願って、彼女が書き上げた手紙を受け取り、配達員に託したのだった。



****



夜会の日から五日が過ぎた。


今日もアイリーシャは自室でミハイルに贈るハンカチーフに刺繍を刺していた。

早くお礼を差し上げたい一心で、黙々と作業をしていたので、アイリーシャの心を乱していた悲しみは、すっかり小さくなっていたのだった。


「リーシャ、入るよ。」

ドアがノックされ兄が部屋に入ってくる。


アイリーシャは作業の手を止め、ドアの方へ顔を向けると、アルバートがこちらに歩み寄って、彼女の手の中にある刺しかけの刺繍を覗き込んだのだった。


「それが、ミハイル様にお贈りする刺繍かい?」

「はい。イニシャルと、メイフィール公爵家のシンボルである獅子をモチーフにしました。もう少しで完成しますわ。」


刺しかけではあるが、殆ど完成している刺繍を見て、アルバートは感心した。妹の刺繍の腕は、予想以上に上手かった。


「うん。良い出来だ。これならきっとミハイル様もお喜びになるよ。」


アイリーシャ自身もこの刺繍の出来には自信があったが、それでも他の人の感想を聞くまでは安心できないでいた。なのでこうして兄に褒められた事が素直に嬉しかった。


「ところでお兄様、私に何か御用ですか?」


刺繍の進捗を確認する為に来たわけではないだろうから、兄は私に何か用事があったのだろうと、アイリーシャは刺繍の手を止めて、じっと兄を見つめたのだった。

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