婚約破棄のその後に
「……マリア・フィルマ公爵令嬢! お前との婚約を破棄する!」
栄えある我らがカンパーラ王国王立学院の卒業記念パーティー。
その会場の中心で、フィルマ公爵家令嬢である私、マリア・フィルマにそう宣言したのは、このカンパーラ王国の第一王子、ジェイス・カンパーラ殿下だった。
私は彼に対して縋るように、
「殿下! どうしてそんなことをおっしゃいますの……私はこれほど貴方様のことを想っているというのに!」
と泣き叫ぶが、ジェイス殿下は私の言葉など聞く価値もないかのように首を横に振って拒否を示し、それから、隣に庇っている少女の顔を見た。
そこには甘やかで、庇護したくなるような小動物のように可愛らしげな少女がいる。
彼女の名前はリリス・グラナージ。
王立学院に特別枠で通う平民の少女であり、この学院では座学、魔術共に常にトップクラスの成績を収め続けた優秀な少女である。
ただし、彼女はあまり貴族女性には好かれておらず……それはなぜかと言えば、この学院に通う、この国の重鎮たちの子供たち……騎士団長や魔術師長の子息、それにジェイス殿下に至ってまで、その魅力で持って魅了してしまったからだ。
彼らにはそれぞれ、婚約者がいたというのに。
この行動について、国王陛下も知るに及んでいるというのに、息子可愛さのためか、全く口出しすることなく認めている。
陛下からそのような扱いを受けて、ジェイス殿下はますます自分の選択の正しさを強く認識し、最終的には……このような事態に至ってしまったわけだ。
全くもってひどい話である。
そう思う。
しかし私に対して、殿下は言うのだ。
「僕のことを想っているだと? 聞いているぞ、マリア。リリスからな……」
「そ、それは一体どういう……」
「証人もいるのだ。皆、出てこい」
殿下に言われて前に出てきたのは、リリスのことを支持する娘たちだった。
中には高位貴族の娘もいて、私と敵対する派閥の者であることが分かる。
彼女たちは口々に言うのだ。
「私、聞いておりました。マリア様が、リリス様の悪口を言われるところを」
「私もです……」
「それだけには飽き足らず、この前は階段から突き落とされて……幸い大事には至らなかったようですが、貴族のすることではございません……」
そんなことを……つまりは、私に対する糾弾だった。
これを聞いた私は絶望的な表情をし、対照的に殿下は勝ち誇ったような顔で、
「分かったか、マリア。君の罪が……なぜ、婚約破棄をされるのかが。今回のことはもちろん、陛下から赦しを得ている。だからどこに出たところで無駄だぞ。次に会う時は、死刑台だろうな……では」
「そんなっ……!」
再度縋ろうとした私の手を弾き、殿下はその場を去っていく。
そして、私は会場に現れた衛兵たちによって、その場から引き摺り出されたのだった。
******
カンパーラ王国王都、ベルリスタン。
その大広場において、たくさんの民たちが集まり、広場の中心を見ていた。
「……殿下。確かに、次に会ったのは死刑台でしたね」
私がそう言うと、殿下は、
「……なぜだ。なぜっ、僕の方が死刑台にかけられているのだ……っ!」
首を死刑台の木枠に挟み、背中を死刑執行人に抑えられている殿下が、苦々しそうな表情でそう叫んだ。
「なぜですって? よくご存知ではありませんの?」
「……僕は……数時間前、急にここに……」
「あら、ということは何もご存知ないのですか……殿下。いえ、元殿下、と言った方がよろしいでしょうね」
「なんだと……!?」
「あの後、何が起こったか。教えて差し上げましょう」
私は、民たちに聞こえないよう、耳元でそれを話し始める……。
******
私は衛兵に引き出された後、学院の入り口まで連れて行かれ……そして、
「……いい芝居だったわ。もういいわよ」
そう言うと、衛兵たちはスッと私を押さえていた腕を外した。
それから土下座せんばかりの勢いで、
「演技とはいえ、申し訳ありませんでした。マリア様の体に傷などついてはおられませんでしょうか……!?」
二人揃ってそんなことを言う。
私は苦笑しつつ、
「大丈夫よ。もしついていたとしても、私の魔術の腕は知っているでしょう? すぐに治せるわ……それよりも、ここからが本番よ。大義名分は得たわ。いえ、以前よりあったけれど……大きなきっかけに出来る出来事が、今日ここであった。後は動くだけよ」
「はっ!」
「……殿下、どうぞひととき、夢を味わってくださいませ。では」
学院のパーティー会場に向けて、私が一人そう言うと、馬車は動き出す。
向かう先は、公爵家の屋敷……ではなく、王宮だった。
******
王宮にたどり着くと、既にそこは惨劇の会場になっていた。
「……気が早いこと」
馬車から降りながらそう言うと、
「お前のことは通話球で既に伝えられているからな。そこからすぐに動き出してる」
そう言ったのは、私の父上、つまりはフィルマ公爵その人だった。
「お父様。無茶をされたのでは?」
「何を言っている。お前をあれだけ侮辱されて、平気でいられる親などいるはずがない」
「嬉しいお話ですが……建前でしょう」
「全てではもちろんないが、まぁそうだな……。しかし本当にいいきっかけになった。この国の王朝はもうダメだった。血が濃くなりすぎたか、歴代の陛下たちは皆、凡愚ばかり。そろそろ替え時だった……ただ、保守的な貴族たちの心を変えるのは難しかった……お前の提案がなければ」
「大したことではなかったですけど」
「いや、面白い案だった。陛下が殿下を溺愛していることを見て、殿下の不行状の責を陛下に押し付ける案など特にな。他にも十年前からいくつも策を巡らせてくれたから、我々は各地の有力貴族たちの協力を取り付けることができた。今日の決行が、そのトドメとなる……この王朝も終わり、我らが国は新たな国へと生まれ変わるだろう。平民を味方につける案も良かったな」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「全てが片付き次第、殿下についても捕縛し、そのまま死刑台に送ることになる。執行はお前が主催するということでいいな?」
「ええ、あの方には恨みつらみが山ほどありますので。ただことさらに苦しめるつもりはありませんが」
「お優しいことだな。では、そろそろ陛下の首も落ちた頃だろう。私も行ってくる。お前は後で来るといい。流石に今の王宮は死体が多すぎるからな。少し掃除させる」
掃除と言っても、死体を横に退ける程度だろうが、確かにしないよりはマシだろう。
父上に言われた通り、少しばかり王宮の入り口にある、訪問者用の待合室でお茶を飲んでから、陛下の座す謁見の間に向かった。
辿り着いたそこで見ることが出来たのは、首だけになったこの国の王の姿だった。
あぁ、事は成ったのだ。
私はそのことに満足し、そして明日からの新たな国の門出に想いを馳せた。
******
こつり、こつりと階段を降りていく。
殿下……元殿下の首は夕方、すっぱりと落ちた。
その命が散る直前、醜くもいくつもの罵詈雑言を吐いていたが、首だけになると何も言わなくなってせいせいした。
この国は明日から議会制に移り、貴族というもの自体がなくなる。
身分制度の崩壊は残念ながら世界的な潮流だったため、貴族であることを維持し続けるのはやめておいた方がいい、という判断からこうなった。
人の権利、生まれながらの権利、という思想もかなり成熟してきていて、人に神々から与えられた貴賎があるという考えを維持し続けるのも難しい。
だからこそ、私は貴族たちに、既得権益の一部を手放し、実利を取ることを提案したのだった。
その結果が、このクーデターである。
もちろん、まだまだ元貴族と平民との間に軋轢は存在し続けるだろうが、それは長い年月の中で、ゆっくりとなくなっていくもので、貴族たちが全員殺されることで盤面をひっくり返されるような、そんな終わり方をしなかっただけマシだった。
この国は、変わる。
そして……。
「それは、そんな国を作るために、犠牲になろうとしてくれた貴女がいたからよ。そうでしょう?」
王宮の最も奥まったところ、その階段を降りた先には牢獄がある。
そこに傷だらけのドレス姿で倒れているのは、殿下のそばにいた少女、リリスだった。
「……マリア、さま……なぜこのようなところに……来てはいけません。このまま、私は死ななければ……」
殿下のそばにいた時とは異なり、憧れるものを見るような目つきで私を見つめ、この場から去るように言ってくる。
しかし私は牢獄の鍵を開き、そして彼女を抱きしめた。
「リリス……申し訳なかったわ。貴女のおかげで、全ては成った。貴女は死んだりしなくていいの……死ぬべきは、私の方。そうでしょう。私に最も忠実な人を、私の最も愛する人を、こんな目に遭わせて……」
「いいえ、マリアさま……私は、本望なのです。このまま傾国の悪女として私を処刑してください……その方が、国のために……」
「許さないわ。リリス。貴女は私のために生きるの。だって、今日からこの国には身分制度がなくなるのよ。誰と一緒にいても自由なの。だから私は貴女といることを選ぶの……」
「マリアさま……」
そうして、カンパーラ王国、カンパーラ王朝は滅びた。
新たに生まれたカンパーラ共和国には身分制度はなく、すべての民が生まれつき人として全ての権利を持つものと規定された。
この動きは広く世界に広がっていったが、その運動を支えたのは、カンパーラ王国でも一番最初の元貴族と平民のカップルであったとも言われる。
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