スキル『テンプレ』
真面目に読むよ良し!妄想しながら読むも良し!ネタにするのも良し!
感想は喜んで受け付けますが、返事はしません。
なぜなら返事は全部、読んでくれてありがとう、感想をくれてありがとうで終わるので。
アラカルト王国。
そこは剣と魔法と女神と魔王が存在する世界にある、比較的大きな国の一つだ。
アラカルト王国では五才になると教会でスキル、称号、加護の確認が行われる。
そして十歳になると魔力と属性の確認が追加で行われる。
十五歳になると成人の儀式の一環でもう一度、全ての能力の鑑定が行われ、成人の証に個人情報が記載されたカードがもらえる。
生まれつきそなわっている人は少なく、一番最初の確認の時には何もない子供の方が多い。
たいていは成長過程で発現することが多いため、公的機関で三回鑑定することになっている。
更に詳しい鑑定を受けたければお金を払って冒険者ギルドか商業ギルドでいつでも鑑定できる。
今年で五歳になったアーヤレイナは誕生日の翌日、両親に連れられて教会へやってきた。
「ようこそ、オリオン伯爵様。お嬢様も、五歳のお誕生日、おめでとうございます」
神官服が左右に伸びたふくよかな男が恭しく頭を下げて礼をする。
「おかあさまぁ、はやくいきましょうよぉ」
大人の社交辞令の挨拶は子供にとって苦行の時間だ。
「アーヤレイナ、ちゃんとご挨拶なさい」
笑顔を浮かべているが母親の目は笑っていない。
気配を敏感に読んだアーヤレイナはマナーの講師から教わった礼をする。
「初めまして、アーヤレイナ・オリオンです」
それから流れ作業の様に名前を確認され、教会の奥にある特別な部屋に案内された。
窓もない部屋なのに、壁が薄っすらと光って明るい。
八畳ほどの部屋の真ん中にはアーヤレイナの胸ほどの高さの六角柱があり、その真ん中には虹色に輝く透明な球が浮かんでいた。
「お嬢様、それに触れてください」
おそるおそる手を伸ばし、球に触れる。
虹色の玉から虹色の光がじわじわと広がると、それは空中に文字を作った。
称号:-
加護:-
スキル:テンプレ
「お、お嬢様にはテンプレのスキルがございます。おめでとうございます」
数多の子供達のスキルを見てきた神官が動揺している。
「テンプレというスキルは初めて聞いたが、いったいどんなスキルなのかね?」
「わかりません。私も初めて見ましたので……」
伯爵は眉間にしわを寄せた。
希少なスキルや初めて見るスキルの場合、子供であっても研究所で隔離生活を送ることになり、国の庇護下に置かれる。
五歳という年齢と爵位を考慮され、親元から研究所に通うという措置になるが、平民の子供ならば強制的に施設の一角で集団生活を送ることになるのだ。
アーヤレイナは研究所で色々なテストをした。
テンプレというスキルが何なのかの検証だ。
例えば称号に剣聖とあれば幼いながらも剣の扱いだけがうまかったり、スキルに清掃とあれば幼いながらもメイドなみに部屋の掃除がうまかったりと、幼い子にしては飛びぬけてうまいよね、という才能の片りんを見つけ出すためにあらゆる事を試す。
しかしアーヤレイナには才能はなかった。
平凡な結果が出るたびに研究所員をがっかりさせた。
色々と模索する人たちにはちょっと申し訳ないが、色々な事ができてアーヤレイナは楽しくてしかたない。
五歳の貴族のお嬢様は投げ縄なんてしないし、木登りなんてしないし、種まきなんてしない。
あらゆる業種の職業体験をできるのだから、好奇心旺盛な五歳児にとっては研究所というより職業体験テーマパークだった。
調子に乗っていたのがまずかったのか、農業体験中、落ちていた黄色い果物の皮に足を滑らせて転倒し、後頭部を地面に打ち付けた。
大人たちの悲鳴が遠ざかっていく中、アーヤレイナは暗闇の中へ落ちていった。
幸い、五分もしないうちに気が付いた。
たんこぶができていたが、大事を取って家で一週間ほど大人しく寝ていることになったのだが、帰ったその日にアーヤレイナは熱を出した。
いわゆる知恵熱というやつだ。
そして熱が下がり、目が覚めるとアーヤレイナは全てを理解し、納得した。
「テンプレって、テンプレートのことかよっ!」
思わず叫んでしまったが、叫ばずにはいられない。
テンプレートとは、ひな形、型板だが、この場合は決まった様式と表現した方がいいだろう。
いわゆる造語で、物語におけるお約束的な展開を示す。
熱が出たのは、前世の記憶が蘇ったためだ。
「バナナの皮じゃないけど、転んで頭打って前世を思い出すって……まんまテンプレ……」
スキル『テンプレ』が何かわかってしまったアーヤレイナは頭を抱えた。
「どうやって研究所の人に説明すりゃいいのよ……」
前世、綾波玲香43才、独身、お局、貿易会社の副会長秘書、恋人なし。
趣味は乙女ゲームと読書、資格取得。
居眠り運転のトラック暴走に巻き込まれそうになった猫をかばって死亡。
実はネコは地球に遊びに来ていた異世界の女神さまで、お詫びに女神さまの世界へ転生。
転んだ拍子に前世を思い出して現在に至る。
「ダメ、言えない……」
特に前世云々はまずいだろう。
頭を打っておかしくなった可哀そうな子と思われるならいいが、異世界の技術を搾取するために生涯軟禁生活なんてことになったら耐えられない。
「スキルがテンプレって……まさか私の人生、テンプレなんじゃ……」
異世界転生の伯爵令嬢のテンプレといえば。
実はこの世界は乙女ゲームで立ち位置は主人公か悪役令嬢。
モブだとしても、がっつり主要キャラに巻き込まれ人生。
「いや、まって。最近の流行りだとざまぁもアリよね……」
主人公や悪役令嬢だけではなく、巻き込まれたモブ令嬢もざまぁの対象になるケースはある。
平民落ちならマシで、国外追放、毒杯、絞首刑、うっかり背中から切られて即死、追放中に強盗におそわれて死亡……最悪、死亡。
「テンプレって……どこまでがテンプレなの?」
もはや何がどうなってもテンプレですまされそうな気がしてきた。
ありとあらゆることがテンプレだからしょうがないと納得する人生なんて嫌すぎる。
「同じスキルなら、経験値2倍とかチート系がいくらでもあるでしょうに……」
常時展開型のスキルなのか、意識して発動できるスキルなのか、そこも問題だ。
そして彼女は心からの叫び声をあげる。
「絶対に平凡な人生を送ってやるーっ!」
結局スキル『テンプレ』が何なのかはわからずじまいで、研究所は要経過観察扱いとして普通に生活することが許可されることになり、三か月に一度、聞き取り調査の研究員が伯爵家を訪れるという結末を迎えた。
十歳になったアーヤレイナは教会で才能の鑑定に訪れた。
見覚えのある神官と聞き覚えのあるやり取りをし、見覚えのある部屋に入る。
違っていたのは、ふわふわと浮かぶ水晶はただの丸い透明の球だった。
「あら、前と変わった?」
「こちらは十歳になられた方のみが入れる部屋でございます」
思わず口に出た言葉に神官が答えてくれた。
なぜ五歳児の球は虹色かというと、子供が好奇心を発揮して手を伸ばしやすいからという単純な理由だったという豆知識も聞いてしまった。
アーヤレイナは緊張のあまり震える手をそっと伸ばした。
テンプレ通りならば、魔力ゼロかチートか希少種。
いや、平均だとしても修行してチートへ成長するというパターンもある。
冷たく硬い球の表面に触れた。
球は虹色に光、光が文字になる。
体力:120
魔力:50
属性:水・聖・闇
称号:悩める乙女
加護:創世の女神の祝福
スキル:テンプレ・悪運
後ろで見守っていた両親と神官から感嘆の声が上がった。
どのことで大人たちが騒いでいるのかとアーヤレイナは戦々恐々としているが、大人達は単純に盛り上がっている。
「すばらしいっ!女神さまの祝福があるとは……まさか聖女様?」
「いやいや、いかにウチの娘が聖女に相応しい乙女だとしても、称号には聖女と出てはおらぬ」
「しかし聖なる魔法の素質があるとなれば、将来は聖女の称号が付く可能性も……」
「ウチの天使ならばありえるかもしれん」
「まぁ、私の娘が聖女……」
未来は聖女様説に盛り上がる大人をよそに、アーヤレイナは何もない天井を見上げた。
10歳になる年までは貴族ならば家庭教師、平民ならば民間学校で簡単な基礎知識を覚える。
11歳になると専門学校に3年通い、15歳になる年で就職。
ただし、国立上級専門学校の魔法学、騎士学、経済学に限っては17歳で就職。
通常の伯爵令嬢ならば専門学校で淑女教育を受けるのだが、魔法の才能があるので強制的に魔法学校へ入学となる。
「将来に絶望した……」
心の声が駄々洩れだが、アーヤレイナの未来に夢見る大人達には幸いにも聞こえなかった。
誰も悩める乙女という称号に突っ込みを入れない。
そして悪運ってなんだろうか。
アーヤレイナは興奮を隠しきれない両親と一緒に家に帰る。
事件はそこで起きた。
神殿の階段を下りたその時、アーヤレイナのヒールが折れて倒れた。
「大丈夫か?」
「はい、お父様が支えてくださったおかげで大丈夫です」
「痛みはない?」
「はい」
そんな会話をしていたら、突然、馬車に暴れ馬が突っ込んできた。
馬車が横倒しになり、辺りが騒然とする中、アーヤレイナたちは呆然としていた。
「乗っていたら大けがをしていたところだ。持ち主は誰だ?」
怒り心頭の父親をよそに、アーヤレイナはスキル『悪運』の正体を悟り、憂鬱になった。
悪運とは、運が悪い事。
悪運とは、悪いことをしても報いを受けずにかえって栄える事。
基本的に悪い事に手を染めている人間が使う言葉だ。
しかしここでスキル『テンプレ』が作用すればどうなるだろうか。
最悪な事件に巻き込まれても危機一髪で助かる、という本来の悪運とは違う意味になるのではないだろうか。
アーヤレイナは、典型的な『周囲に巻き込まれて振り回されるが最終的には何とかなる』という何とも言えない微妙な運命が確定した。
「この世界、魔王も魔族も魔獣もいるのよね……」
来年は国立上級専門学校に入学となる。
クラスは専攻内容ごとではないので、騎士学もいれば経済学の子もいる。
すでに嫌な予感しかしない。
スキル『テンプレ』が発動しているのなら、間違いなくクラスメイトには王族やら文官エリートの息子やら軍のお偉いさんの息子やら大商人の跡継ぎなんかがいるに違いない。
今のところ、複雑な家庭のご子息や悩み多き少年に出会った記憶はない。
もちろん貴族同士の付き合いやお茶会などがあるため、似たような年頃の少年少女達に出会って友好関係は築き、ごく普通の友達付き合いをしているので入学後に即ボッチという事はないのでその点だけは安心している。
しかしアーヤレイナは勘違いをしていた。
たいていの子供の相談事というものは、大人視点から見ればたいしたことはない。
しかし当の本人にとっては人生崖っぷちと大げさに考えているものなのだ。
気が付かないうちに、フラグを立てている、という可能性に思い至らなかったアーヤレイナはやはりスキル『テンプレ』から逃れることはできなかったのだ。
もしここが乙女ゲームなら。
もしここがRPGなら。
第一章はお年頃になってから。
つまり、15才から16才の2年間に事件が起こるはずだ。
アーヤレイナはそう考えた。
とりあえず問題は先送りにして、平和な学生時代を楽しもうと決意する。
入学式が終わり、クラスに足を踏み入れた瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。
窓際の一角にやたらキラキラした少年の集団と、廊下側の一角にやたらギラギラした少女の集団が目に入った。
「レイナ様、同じクラスで嬉しいですわっ!」
事情通の友人が声をかけてくれたのでそちらへ移動する。
なぜかどまんなかの一番後ろという好条件な席だ。
「あの人たちは?」
そっと目をキラキラ少年の集団へ向けると、友人は声を潜めてテンプレな事情を話し始めた。
第一王子と側近候補の近衛団長の息子、宰相の息子。
留学してきた隣国の第二王子、その付き人2名。
アーヤレイナは思った。
戦闘系RPGではなく、乙女ゲームの方だと。
「そして廊下側の前から2番目の方が本命の婚約者候補とその取り巻き」
もし彼女が悪役令嬢ならば、考えたくはないが自分は主役か巻き込まれ系モブになる。
もし彼女が主人公ならば、ありえないとは思うが自分が悪役令嬢かその取り巻きか。
あの集団には近寄らないでおこうと固く決意をする。
適度な距離をとっていたとしても、恋に堕ちた女からすれば恋した男に声をかけられる女は全て嫉妬の対象だということに、恋愛音痴のアーヤレイナは知る由もなかった。
そして14歳を迎えた年に時代は動いた。
魔王復活の予兆があり、と全世界に向けて教会から発信があった。
ここでアーヤレイナは頭を抱え、考える。
自分の立ち位置がわからない。
スキルテンプレが発動しているのなら、魔王討伐に巻き込まれる可能性は高い。
何があってもいいようにがんばってきた結果、アーヤレイナは才女と誉れ高い生徒である。
自分で自分の首を絞めていることに気が付かない。
運命の15歳を迎えた年に、クラスに異世界より召喚されし勇者と聖女が編入した。
アーヤレイナは再び頭を抱え、考える。
ますます自分の立ち位置がわからなくなった。
世話役は第一王子と本命婚約者候補のご令嬢だった。
サポートキャラかと思ったら、それは友人の役目だった。
ではモブで巻き込まれるのかと思いきや、ポジションはライバルだと気が付いた。
切磋琢磨するだけのライバルキャラだ。
「……これはテンプレなのかしら」
どっちにしろ悩みは尽きない。
「成人の儀式、もうすぐですね。楽しみですわ」
友人の言葉にめまいを覚えた。
成人の儀式は十五才の誕生日の日に教会を訪れて一人で鑑定の間に入る。
己と向き合い、己の未来と向き合うためだ。
国籍:アラカルト王国
職業:学生
体力:340
魔力:13500
属性:水・火・聖・闇・呪
称号:悩める乙女 聖女
加護:創世の女神の祝福
スキル:テンプレ・悪運
「……色々と突っ込みどころが満載なんだけれど」
成人の儀式の間では、結果が特殊なカードに刻まれる。
これは身分証明書となり、大人の証でもある。
「マイナンバーカードかよ……」
とりあえずカードに突っ込みを入れてみた。
刻まれた数値や言葉にため息をついた。
同年代の女子の平均体力は300なのでこれはいい。
魔力は多い方だが、トップクラスではない。
そして魔法の属性が増えていた。
「……ええぇぇぇぇ」
何とも言えない声が漏れる。
「称号に聖女はともかく、属性に呪……呪術」
聖女らしくない魔法属性に混乱する。
熟考したアーヤレイナは一つの結論に至った。
「見なかったことにしよう」
一年間の学業を終え、この世界の事を一通り勉強した勇者と聖女は旅というなの武者修行に出た。
パーティーは剣豪と名高い王国の騎士、隣国の賢者、各国から選抜された22人の騎士達と事務方代表の文官と料理人とその他の雑用が三人という、勇者たちも含めて総勢31人という団体さんだった。
「勇者と聖女と騎士と賢者だけじゃないのですね」
そういうと、無駄にイケメンな商人の息子が苦笑する。
「それ、どんな罰ゲームですか?たった四人で魔王と魔族のせん滅って、どう考えても無理ですよ。旅をするなら移動手段、野営、食事を考えないと」
ゲームではなく現実なのだから、衣食住の問題は切実なのだと思い当たった。
この世界を知らない子供を二人、戦場に送り出すなんていくらなんでも非常識だ。
アーヤレイナは首をかしげる。
乙女ゲームのテンプレだと異世界からの勇者と聖女、あとは王子とか騎士の息子やら宰相の息子やら商人の息子がともに戦う。
つまり、乙女ゲームではない。
アーヤレイナはそう結論付けた。
しかしそれは早計だったとのちに気づく。
恋愛シュミレーションゲームは、社会人設定もあるのだ。
黙っていればわからないと思っていたアーヤレイナだが、そうはいかない。
いわゆる就職活動の面接に、カードの提示があった。
アーヤレイナには弟がいるので、将来は家のためになる婚姻を結ぶか働きに出るかの二択である。
愛のない結婚は前世の記憶を取り戻したせいで生理的に受け付けない。
よって就職一択になったアーヤレイナの希望先は王国所属魔法団のスキル研究所である。
「せせせせせいじょーっ!」
三人いた面接官はカードを見て叫んでいた。
カードの内容をすっかり忘れていたアーヤレイナはやっちまったなっ、と心の中で己に突っ込みを入れた。
代々、聖女という称号の持ち主は教会へ囲い込まれてしまうため、その生態は謎とされている。
アーヤレイナは泣いて喜ばれ、もろ手を挙げて研究所に歓迎された。
聖女という肩書のおかげで一発合格、第一希望であった研究所の職員として就職できたのは喜ばしいが、裏を返せば観察対象、研究対象でもあった。
複雑な心境だったが、無事に希望した職につけたので良しとした。
就職一年目、17才のアーヤレイナが新人研修として回された部署はスキル統括部だった。
その中でも希少種や新種のスキルを研究する部署に回され、ついでに自分のスキルや称号についても研究するように言われた。
上司は侯爵家次男のイケメンだった。
同僚は平民出身の細マッチョなイケメンだった。
指導してくれる先輩は子爵の眼鏡をかけたイケメンだった。
研究所専属医師は商家の次男のイケメンだった。
部署の警備兵は騎士爵のワイルド系イケメンだった。
所長は伯爵のイケオジだった。
アーヤレイナは鏡で自分の顔を見る。
整った顔立ちではあるが、この程度の美貌ならごろごろ転がっているのが貴族社会だ。
「……これは、乙女ゲームなのかしら」
いくら何でもイケメン率が高いだろう。
いつだって周りはイケメンだらけで、むしろ素朴な顔の方が好感が持てるというこじらせぶり。
前世が日本人にとっては凹凸の激しい顔よりも平たい顔の方が落ち着ける。
スキル『テンプレ』ががんばったのか、アーヤレイナの社会人生活は一年目から波乱万丈だった。
スキルの情報を狙うスパイに命を狙われたが周囲の協力もあって無事に解決、逆恨みによって誘拐され、周囲の協力もあって無事に救出される、イケメン同僚の恋愛沙汰に巻き込まれて刺されそうになったりと、どこかで聞いたような話にことごとく巻き込まれた。
ついたあだ名は災厄の女神。
災難困難不条理な目に合う可哀そうな女神のような女性という意味らしいが、どう聞いても災厄を巻き散らかす女としか聞こえない。
就職して二年目。
なぜか勇者御一行様に同行。
与えられた任務はスキルの解析と有効な使い方の指導。
恋愛育成シュミレーションなのだろうか。
それとも、こんどこそ戦闘系RPGなのだろうか。
アーヤレイナは成り行きに任せることにした。
三年ぶりにあった勇者は大人っぽくなり、聖女は女性らしくなっていた。
最強の騎士はクール系のイケメンで、賢者はちょい悪オヤジのイケオジだった。
騎士団長は真面目でダンディなオヤジで、副団長はノリのいいチャラ男だが顔はよかった。
一行の中の文官は腰は低いが癒し系のイケメンで、料理人の一人はオラオラ系のイケメンだった。
相変わらずのイケメン率にアーヤレイナは顔が引きつりそうになった。
右を見ても左を見ても自分よりも美しい顔立ちの男・男・男……。
やさぐれそうになる気持ちを切り替えて、仕事に没頭することにした。
年に似合わず懐も肝っ玉も太く穏やかだがいざとなると相手の事をちゃんと叱ることができるアーヤレイナはいつしか聖女と呼ばれるようになっていた。
おそらく理想の母親像が聖女という肩書に変換されたのだろう。
お袋というよりはお母さんで、品があるからお母様だけどまだまだ若い女性にそれは失礼だから聖女と呼ぼう。
そんなところだろうが、聖女として頑張ってきた本物の聖女様にすれば心穏やかではない。
気が付けば聖女にライバル視され、なぜか男性陣から思慕を寄せられ、気が付けば逆ハーレムが形成されつつある状態。
そして本格的に魔王討伐に向けての旅が始まった。
やはり乙女ゲーム系ではなく、戦闘系RPGなのだと確信した。
戦って仲間との絆を高めて魔王を倒すのだと秘かに心を躍らせていたが、与えられた仕事は後方支援だった。
戦闘に疲れた人たちと話しながら、やっぱり乙女ゲームなのだろうかと悩んでいた矢先に研究所へ呼び戻された。
裏事情として、聖女は一人いればいいし、何かあった時の切り札の一枚として温存しておこうという上層部の意向だ。
気が付けば、アーヤレイナは19才。
そろそろ結婚を焦る年齢だが、前世の記憶があるアーヤレイナに焦りはなかった。
むしろお一人様の方が楽だと変な悟りを開く。
しかし魅力的な若く有能な女性を周りが放っておくはずはない。
乙女ゲーム第二弾が研究所の同じメンバーで繰り広げられる。
しかし魔族との戦いでアーヤレイナの精神力は逞しく鍛えられていた。
本物の乙女ゲームなら戦場から帰ってきた心身ともに疲れた主人公を癒してくれるイケメンたちという煽り文句が付いただろう。
様々な案件や事件を乗り越え、深まる絆。
絆は深まったが愛は深まることはなかった。
アーヤレイナが20歳の年を迎える年に、魔王討伐成功の知らせが入った。
後世に記録を残すため、魔王や魔族がどんな能力を持っていたかの調査が始まり、そのプロジェクトチームにアーヤレイナは指名された。
アーヤレイナの担当は勇者、剣士、賢者、騎士団長、副団長、文官、料理人。
なぜに重要人物ばかりが若輩者の自分の担当なのかと首をかしげたが、同じ聞き取り調査班に第二王子、旧友だった宰相の息子、隣国の王子という明らかにスキル『テンプレ』が発動しましたね、といわんばかりの人事にもはや悟りを開くしかないと思った。
各個人から聞き取り調査を終えるとそれをまとめる作業に入る。
そこには研究所の食堂で見かけた先輩や魔物の研究をしている学校の先生が新たに加わった。
アーヤレイナの周りで、イケメン率が無駄に上がった。
「アーヤレイナ様の本命はどなたですの?」
お茶会に顔を出せば、あいさつ代わりに必ず聞かれるこのセリフにもだいぶ慣れた。
気が付けば鉄の女という二つ名があった。
どんな男にも心を動かすことがない鉄の意志を持った女。
裏を返せば、あの女、あんだけいい男に囲まれているくせに何も感じないなんて頭がおかしいんじゃない?
脳みそが筋肉じゃなくて鉄でできているんじゃないかという女性陣の嫉妬による二つ名だ。
嫉妬もやっかみも嫌がらせもあったが、悟りを開いたアーヤレイナのスキル『テンプレ』の前には何人であっても敵う事はなかった。
アーヤレイナは21歳で恋に堕ちた。
相手は勇者一行の中にいた騎士の一人だ。
弓と魔法で中距離攻撃の得意な男だった。
愛嬌はあるが平凡な顔立ちの、とりたてて目立つ男ではない。
なぜ彼女がその男を選んだのか、なぜ男が彼女を堕とせたのかは謎だが、本人たちは幸せだった。
アーヤレイナは一つの仮説にたどり着く。
テンプレートとは、いわゆるひな形、鋳型。
物語においてはありがちな展開をテンプレと呼ぶが、物語はあくまでも空想、仮想の話だ。
現実においてのテンプレートは、一握りのチートよりその他大勢の人生の方がテンプレートと言えるだろう。
アーヤレイナが物語系のテンプレを望んでいたらどうなっていただろうか。
きっと違う人生を歩んでいたに違いない。
それはとても波乱万丈で冒険に満ちた人生だったかもしれない。
しかしアーヤレイナはその他大勢の人生のテンプレを望んだ。
少年はパタンと本を閉じた。
タイトルはスキル『テンプレ』
己のスキルに翻弄されることがないように、新たに発見されたスキルの持ち主は後世に現れるであろう同じスキルの持ち主に向けて発するメッセージを義務付けられる。
アーヤレイナはそれを手記という形で残した。
この手記は同じスキルを持つ者しか読むことが許されない特別な本だ。
十歳でスキル『テンプレ』を確認した少年は研究所の一室でこの本を渡され、中身を読んでスキルに対する知識を深めるように言われた。
読みかけの本をテーブルの上に置き、冷めた紅茶でのどを潤す。
世界で一番最初にスキル『テンプレ』が発見された女性の話は色々と考えさせられる。
それと同時に、自分がどうなるのかというワクワク感もあった。
彼女のスキル『テンプレ』が考察通りならば、自分はこれから前世の記憶がよみがえって人生を選ぶことができるようになる。
一般人として生きていくのか、物語の主人公の様に生きるのか。
心が躍る一方で、不安もある。
アーヤレイナが抱いた不安が少年にもわかった。
誰かを好きになったとしても、それは自分の意志なのだろうか。
誰かが好きになってくれたとしても、それはその人の意志なのだろうか。
そこにスキル『テンプレ』が干渉していないという保証はない。
干渉されているのかされていないのか。
常に頭の隅にそれがちらつく。
彼女の若かりし頃はスキル『テンプレ』に翻弄されたように見えた。
甘いお菓子を食べて糖分を補給すると、少年はアーヤレイナの人生をなぞるために再び本を手に取った。
彼の物語はここから始まる。
もしあなたがアーヤレーナの立場なら、どうする?
何を選ぶ?
誰を選ぶ?
そんなことを考えながら眠りについて、いい夢が見られることをお祈りしています。