僕が異世界転移することになったわけ
初めて描いてみました!
続きも一応ありますが試しに投稿してみます。
その日一つの世界が終わった。
新種の魔獣が現れたみたいだよ。
姉弟子が、哨戒任務から戻ってきた時の言葉だ。
たまにあることだった。何かの突然変異で動物が魔獣化したり、異種交配によって新種の魔獣が現れるのは。
その日も、話題のネタの一つとしての認識しかしていなかった。
普通の人からしてみれば、近くに魔獣現れたと言えば、一大事だ。でも僕たち魔術師からすれば、竜種や幻獣種でもない限り危なげなく処理できる範囲だ。そりゃあ、物事に絶対は無いかもしれないけど、ただの魔獣程度に遅れをとるような鍛え方はしていないと言う自負がある。
だから、新種の魔獣が現れたところで、日常が大きく変わるなんて事はなかった。
僕の所属している隊が、哨戒任務に当たった時も例の魔獣は現れた。聞いていたよりは手強い気がしたけど、危なげなく処理できていた。
状況が変わってきたのは2ヶ月ほどだった頃だった。
例の魔獣に、哨戒任務に当たっていた騎士の1人が連れ去られる。翌日には、2人。その次の週には小隊ひとつが丸々が全滅した。
僕らはやっと、魔獣の脅威を正しく認識したんだ。
そこからは、あっという間だった。
地方からの連絡が途絶え。村々が次々と魔獣の群れに飲み込まれていった。
奴らは、食べた物の特性の一部を得ることができるらしい。野犬を食えば、その嗅覚を。鳥を食えば、空を飛ぶ羽を得た。放置しておけばおくだけ、脅威を増していった。
僕らも、ただ指を咥えてみていただけじゃない。少しでも被害を減らそうと魔獣を倒していた。けれども倒すスピードを上回る勢いで奴らは増えていったんだ。きっとネズミみたいな繁殖力を獲得してしまったんだろう。あっという間に人類の生存権は狭まっていった。
どんどん強く多くなる魔獣に僕らは、敗れた。
そしてその日が来たんだ。
———
「此処ももうだめじゃな」
逃げ込んだ建物に入るなり、師匠達が口々に言う。
もう戦える人は数えるほどしかいない。此処に残った人たちもみんな少なからず傷を負っている。
僕だってつい1時間前には、腕を噛まれて重症だった。
治癒魔術で、なんとか治したけれど魔力も有限だ。完全に治す事はできなかった。血は止まったけど、腕はまだ痛むし動かしづらい。泣きたくなる。
奴らを初めて発見した、風魔術師の姉弟子になんでその時に全滅させなかったのか文句を言いたい。危険度がわからないうちに新種に手を出すことは、できないけれど、あの時絶滅させていればこんなことにはならなかったのに。
姉弟子がこの場にいれば、申し訳なさそうに眉尻を下げて謝っただろうが、その顔をもう見る事はできない。
暗くなった思考を少しでも明るくするために、俯いていた顔を上げ、周りの人達を見渡す。
残っているのは、空間魔術士の師匠と、炎魔術、水魔術のそれぞれの師匠。騎士団長と僕の所属する
小隊の隊員達だけだ。
たくさんいた騎士団の仲間たちは、市民を逃がそうとしたり守ってる時にみんなやられた。市民達を雷魔術士の兄弟子が、先導して避難していたがどうなっているかわからない。魔術による雷轟が聞こえなくなって随分経っていることから望みは薄いだろう。
囮のはずの僕らよりも先にやられてしまうなんて、なんて不甲斐ない兄弟子なんだ。先日にクシャクシャと髪を撫でてくれていた、その手に文句を言っていたのが、ひどく昔のことのように思えた。
逃げ込んだ建物の外では、僕らを休ませるために、土魔術の師匠が防御壁を張ってくれている。建物の中にいても壁を壊そうとする魔獣の声や打撃音が、響いてくる。きっと休める時間はあまりなさそうだ。
小隊のみんなは、絶望感を隠そうともしない。もう跡がないことを感じ取っているんだろう。
文字通り絶体絶命。此処からの起死回生の一手など残されてはいない。
「アルフィーこっちに来なさい」
師匠の1人に呼ばれる。どうやら方針が決まったみたいだ。方針が決まったところで、みんな死んでしまうことには変わりはないと思うけど。絶対に口にできない事を考えながら師匠達が話している輪に入っていく。
するとどうだろうか、みんな微笑んで僕に言うのだ。
「アルフィー、君は生きなさい」
思わず笑ってしまった。この状況でどうやって生き延びるのか。
「ははっ。師匠達は耄碌してしまったのですか? この状態でどうやって生き延びろと?」
刺々しさを隠しもしない僕の言葉を聞いても、笑みを崩さない。たとえ師匠の空間魔術で遠くに逃げたとしても、もはや地上は奴らのもの。どこにも逃げ場なんかない。
「あるんじゃよ、ひとつだけ。1人だけじゃが、逃すことのできる地がな。元々はわしが逃げ込むために開発しとった魔術じゃが、あまりにも代償が大きすぎてな」
この人たちは、何を言っているんだろう。そんな都合の良いものがあるわけがない。仮にあったとしても僕が行く理由が無い。僕が行くより師匠達が行った方が明らかに有意義だ。
半人前が居たところでなんの役にも立ちはしない。みんなに守られていただけの、僕ひとりが居たところで。
「アルフィー、あんたはまだ若い。あたしゃ、治癒魔術を使っても腰の痛みが引けなくなってきているのさ。そんな老ぼれよりもあんたが生きてくれる方が何倍もいい」
「ん」
水魔術士の師匠は愉快そうに笑い、炎魔術師の師匠は微笑みながら頷いた。
「そいつはいいな。アル坊が生き残れるなら俺らも此処まで頑張った甲斐があるってもんだ」
さっきまで絶望感に打ちひしがれていた、兄貴分の小隊員が笑う。
「みんなお前が可愛いんじゃよ。まだほんの13だと言うのに、囮を買って出たわしらに着いて来てくれたお前が」
「そうだぜ。魔術師のやつらはいけすかないやつが多いってんのにさ。初めて会った時のおまえときたら、イヌッころみたいな顔して、俺らがどんなに尊敬できるか喋り始めた時にゃあ笑い転げたぜ」
「当たり前だろ! 僕たち魔術師は、あんた達騎士が魔獣どもを受け止めてくれなきゃ、すぐに噛み殺されてしまうんだから」
「そんな、当たり前を当たり前と思わない奴が大半なんだよ。それを面と向かって感謝してますって言われちゃあ、嫌いになんかなれるかよ」
そういった兄貴分の小隊員は、一呼吸置いて
「だからさぁ、おまえは生きろよ」
なんでそんな事を言うんだ。
「さて、目的の地じゃがそれはの、異世界じゃ。わしは空間魔術を極めたことにより、この世界とは他にも世界がある事を知った。観測も接触も出来なんだが、確かにある。そしてもしもの為に異世界に渡る魔術を開発した」
「だけどその魔術には代償があるってことさね? さしずめ、大量の魔力に、2、3人の魂ってとこかねぇ」
「その通りじゃ。わしらクラスの全魔力3人分に、魂4つじゃ。ピッタリじゃろ?」
師匠か、慣れないウィンクをしてみんなを見回した。
確かに、ここには師匠3人に、騎士団長と小隊員3人がいる。そして僕と外の守りをしてくれている土魔術師の師匠。
「確かにピッタリだけど、魂や全魔力を失ったら命が......」
説得する言葉も思い浮かばず、涙だけが溢れてくる。
「そうさねえ、流石の三大魔術師と言われたあたしらでも、この疲弊した状態で全魔力を使ったら命はないさ。にしてもあたしらは、一般魔術師の何倍もの魔力を持ってるのにその3人の全魔力なんていったらこんな時でもなけりゃ発動すらできない魔術じゃないかい。そんな魔術の研究をするなんてあんたもとんだ弟子バカさね」
師匠はそう言うと、時間まであたしゃ寝かせてもらうよと横になってしまった。
「僕はまだやるなんて言ってません! みんなと最後まで戦います!」
そう僕が言えば、諭すように言われる
「なぁアル坊、最後まで戦ってどうすんだ? どうせその後みんな食われて死ぬんだぜ。それよかお前を逃して死んだ方が何百倍もましだぜ。俺たちを犬死させないでくれよ」
騎士団長と小隊員達も壁に寄りかかるようにして、仮眠を取ていく。
「そうじゃよアルフィー。みんな犬死なんてしたくないんじゃ。アルフィーが生きるならその死にも意味がある。お前には辛いかもしれないが、どうか生きておくれ。」
師匠は、床に魔法陣を描き始め準備に入った。
「ん」
ポンと肩を叩いて、外の様子を見に行く師匠。
みんなみんな勝手な事を言って。1人残される僕の気持ちなんて考えてもいない。僕はただみんなと一緒にいたい。みんなが大好きだから、僕のために死ぬなんて言ってほしくなかった。
孤児だった僕を拾って育ててくれた、空間魔術の師匠はおじいちゃんみたいに思っていたし、水魔術の師匠はおばあちゃん。炎魔術師の師匠はあまり喋らなかったけどどっしり構えているお父さん。土魔術師の師匠はお母さん風魔術師の姉弟子や雷魔術士の兄弟子、みんな本当の家族だった。
騎士団長はもうちょっと体ができたら剣術の稽古をつけてくれる約束をしたし、小隊の兄貴達にはまだ悪い遊びを教えてもらっていない。
確かにここ数日は地獄のような日々だったけど、束の間の休憩にみんなで囲った食事は本当に美味しかったし楽しかった。みんなと一緒ならいつまでも戦えると思った。
それももうお終いだなんて......
拗ねたように膝を抱えていたら眠ってしまっていたみたいだった。肩を叩かれて目を覚ます。
「さ、アルフィー準備ができたんじゃ。こっちにおいで」
師匠に手を引かれ、床に描かれた魔法陣の中心に立った。
魔法陣は、外側に古代語で円が描かれており、その中に七芒星が描かれていた。七芒星の先端にそれぞれが立ちその中心に僕がいた。
これで、本当のお別れだと思うと涙かどまらなく溢れてくる。
「さぁ、わしらの可愛い弟子の旅立ちじゃ。惜しむらくはわしの全てを教えられなんだ事じゃな。わしら三大魔術師の誰よりも才能のある弟子じゃ。全てを教えられれていればもしかしたら...... 」
「達者でな」
「頑張れよ」
「おう、お前ならどこに行ったってやってける。なんてたって俺ら小隊の魔術師様なんだからなぁ。胸張って生きろ!」
「健闘を祈る」
「ん」
「さ、最後ぐらい笑顔を見せておくれ。あたしゃあんたの笑った顔が大好きなんだよ」
みんなが最後に声を掛けてくれた。泣きながら無理矢理の笑顔は、多分すごいブサイクになっているだろう。
それでも最後ぐらいは笑っていたい。絶望の日々だったけど、愛があった。みんなの愛があれば一人ぼっちでも頑張れそうな気がしたんだ。
「僕、頑張るよ。寂しいしいっぱい泣くけど思うけど頑張るよ。おじいちゃんやおばあちゃんみたいに立派な魔術師になるから!」
泣き笑いの顔で言った。初めておじいちゃんおばあちゃんって呼んだからか、びっくりしてたけど、なんだか嬉しそうだった。
「わしらのようになるにはまだまだ修行が必要じゃな。だが忘れるでないぞ。奴ら、餓鬼どもは必ずお前を追ってくる。死したわしの亡骸を食えば、いつかはわしと同じように世界を渡る術を手に入れるようになるじゃろう」
それだけ言うと、師匠は世界渡りの術を発動させた。
光に包まれていく視界の中で、最後に目に映っていたのは、建物になだれ込んでいく、餓鬼の姿だった。