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婚約者がヤベー奴だった

作者: クロ

設定はふわふわです

とある世界のとある王国。

その国のお城にある王妃の庭園では、今まさにお見合いが執り行われていた。

この国の第2王子で日本から転生者であるこの俺と、お相手はこの国で一番裕福な公爵家のご令嬢だ。


しかし実のところ、このお見合いは調印式という意味合いのほうが強い。

俺には同盟国である隣国の姫君と結婚した兄がいる。

今回の俺の婚約は兄の結婚とのバランスを考えて、と公爵家から提示されたものだった。

ちなみに、俺がこの事実を知ったのは今朝になってからだったりする。

とはいえ俺個人としては王族に生まれてしまった段階で、自分の婚姻が自由に出来ない事はわかっているつもりだ。


兄達は始まりは政略結婚だったが現在では相思相愛のおしどり夫婦状態だ。

つまりは出会い方が政略であったとしても、愛を育めるかどうかはそれ以降のお互いの思いやりが重要だということだろう。

そう考えると寧ろ俺は人付き合いが苦手なので、相手を見繕ってくれた事を有難く感じる。

まぁ……前世から引き続き、結婚願望というのはないので独身を貫き通しても良かったのだけれども……。

税金で養われている身分なので、そんな我儘を言うわけにもいかないだろう。


……さて、現実逃避がてらこのお見合いなどの背景を回想してみたのだが、そろそろ現実に戻ろうかと思う。

その元凶である、この東屋に来てから唇を湿らす程度しかお茶に手を出していないお見合い相手をちらりと見やる。


髪はそれなりに綺麗な色の金髪で、整えられているが枝毛が目立ち、さらには目を凝らせば、ところどころに不自然に光る白髪のようなものも見える。

肌も白くてにシミ1つなさそうだが、彩度が足りない。

顔色も青白く、釣り目気味ではあるが整った顔立ちと相まって精巧な人形、若しくは幽鬼のようだ。

その整った顔も良く目を凝らせばかなり誤魔化している事がわかる。

不健康そうな目の落ちくぼみ、それなのに頬は、一見痩せこけていないように見える。

しかし、残念ながらここに来るまでに不自然な凹凸の影が見えたのを俺は見逃していない。

どうやら口内に綿を詰め込んでいるのではないかと推測している。

手足は長いグローブやスカートで見えないが首を見る限り、枯れ木だ。

下手すると骨と皮くらいしかないのではないだろうか。

だがしかし、こと化粧やドレスの着こなしという意味では彼女は完璧だった。

前世から目敏くて化粧の粗を指摘してしまっては同僚の女性に怒られていた俺だからこそ、彼女に対する一抹の粗を見つけてしまったのだろう。

そうでなければ、ここに来るまでに彼女は衛兵に捕まっているはずだ。

寧ろなんで彼女を見て、誰もドクターストップ的な言葉をかけないのだろうか、と俺は思わずにはいられない。


……それにしても、これはまずい。

彼女を一目見て頭をよぎったのは替え玉だった。

彼女の父である公爵は何でも娘を溺愛しているらしいと耳にしている。

そんな愛娘には政略結婚より愛のある恋愛結婚をさせてあげたいと考えるのも親心だろう。

ならば替え玉を用意したくなる気持ちもわからんでもない。


だが、実際にそれをやるかどうかは別問題だ。

これは契約の上に成り立つ、政略結婚。

しかも言い出しっぺは目の前の娘の父親だ。


流石に猜疑心に駆られた俺は彼女についてきた公爵家のメイドに目の前の彼女で間違いないかと尋ねたがメイドは迷うことなく言った。


「彼女が殿下の婚約者となられた公爵家長女、シルフィア様で間違いありません」


ちなみにメイドの名前は心に深く刻み込んである。嘘をついていたら地の果てまで追いかけて親父の御前に突き出す所存だ。

とはいえ、残念ながらあのメイドが嘘をついた確率は低いだろう。

そう思わせるほどに彼女の所作は完璧だった。

あの気品さと優雅さは付け焼刃の替え玉には難しいだろう。


となると、もう一つの()()()()()()が頭をよぎる。

……少し揺さぶってみるか。


「シルフィア嬢」


「はい、殿下」


か細い声で答えるシルフィア嬢。

正直、肺も弱っているのではないかと嫌な想像力が働く。

しかし心を鬼にして俺は次の言葉を紡ぐ。


「君の父君からは、君が絶世の美女であり、王家に出してなんら恥ずかしくない教養を持つ人物だと聞いている」


「……」


「君は君自身をどう思う?」


「教養については亡き母よりどこに出しても恥ずかしくないように躾けられました。

 美醜に関しては殿下がお感じになられたことが全てだと思いますわ」


好感が持てそうな薄い笑顔で笑う彼女。

受け答えも完璧な上にすごいポーカーフェイスだ。

そして父親に触れようともしない。

俺は心の中で空を仰いだ。


彼女の父親は数年前に再婚している。

一応は、


『悲しみに暮れていた自分を癒してくれた最愛の相手を見つけた』


と言って。


正直、喪が明けないうちから再婚とかどうなの?

と、その噂を聞いた時は心の中で思ったものだが、目の前の彼女を見る限り、()()()()()()だったらしい。

ちなみに()()()()()()()()()だったことも王宮雀のさえずりで知っている。


スズメという名のメイドさん達……貴女達の下種の勘繰り滅茶苦茶当たってましたよぉ……。


「……なるほどな。

 どうやら君の父君は話を盛っていたらしい」


いや、彼女だって素材は良い。

だが明らかに痩せこけて正直、化粧の下が顔色が井戸から出てくる〇子並みな娘に対して美しいは皮肉以外の何物でもない。


「……申し訳ございませんわ」


しっかりと口元を扇子で隠すシルフィア嬢。

怒りすらしないのかと思ったが、彼女の持っている扇子が小刻みに揺れていることに気づく。

怯えと怒りどっちだろうか……。


自分でも嫌な事言っているなぁという自覚はある。

あるのだが、あえて言うがこれはひどい。

何度も繰り返すが、ここは政略結婚の調印式の場なのだ。

しかも彼女の父が勧め、国内外のバランスを取りながらも、俺にとっては後ろ盾になってくれるという確約が取れた上での政略結婚だ。


その相手が確実にネグレクト受けている臭い女性ってのはどういうことなの?

公爵家が王家を見下している感バリバリなんですけどっ?!

何? あげて落としたいの?

バカにしすぎじゃないっすかね?

君んとこ公家だよ? 公家。

血統だけで王家の次っていうその地位についたようなものなんだしさ、我慢しとけよ。

確かに金回りが良さそうだけどさ、グレーな噂も結構出ているけど?

正直その灰色全部黒なんじゃねぇのッ?!


別にさ、俺は王位とか面倒だし兄上夫婦も穏やかな人達だから全然興味ないんだけどさ、明らかにこの政略結婚を皮切りに何かやらかす予定だよね、君んところのくそ親父。

俺は踏み台かこの野郎。


……オッケー、クールになれ。

クールになるんだオーガス。

あの糞狸の腹の中は後で兄上と話し合うとして、問題は目の前にいるシルフィアをどうするか、だ。

正直、諍いの種にしか見えない。

が、ここで俺がきっぱりと婚約を蹴れば確実に目の前の明らかに幸が薄そうな少女が衰弱して死ぬ。

ぶっちゃけ目覚めが悪いったらありゃしない。

……俺は腹を括った。


「シルフィア嬢、近くに寄っても良いか?」


「えっ……? は、はい……」


先ほど自分を貶めるような言葉を吐いてきた男がいきなりそんな台詞を吐いたものだから、シルフィアから動揺が伝わってくる。


俺は心の中でジャンピング土下座を決めつつ、彼女の手を取り、ゆっくりと立たせる。

思った以上に小柄である。

さらにグローブ越しの感触ではあるが、やはり手も枯れ枝のようだった。


「顔に触れても良いか?」


「はっ? え、は、はぃ?」


半疑問形で返されたが了承したとみなして、すかさず、優しく彼女の頬に触る。


触る瞬間シルフィアの身体がビクッと跳ねる。


化粧で誤魔化してはいるが多少カサついている。

頬には異物感があるのでやはり何か入れているようだ。

ちらりと周囲の様子をうかがう。

公爵家からついてきた彼女のメイドが青い顔をして身構えている。


阿呆めが。


特殊メイクしているのなら相手に触られる前に止めれば良いものを。

まぁ、周囲からの俺の評価が『何事にも淡白で女嫌いの王子殿下』であるから今の流れるような俺の行動にとっさに対応できなかったのだろう。

その評価を聞いた時は、ハニトラに警戒して女性と距離をとっていただけなのにヒドイ言われようだと思っていたが案外使えるものだ。


俺はさらに大胆な行動に出ることにした。

まだメイドが敵か味方かわからんが攻め時を誤ってはいけない。


シルフィアの顎を持ち俺の顔へ向けるためクイっと上げる。

大丈夫、前世と違って今世の顔には自信がある。


「君を攫ってしまおうと思うのだがどうだ?」


「えっ? は? はっ?!」


「殿下それ以上はっ……」


メイドが行動を起こそうとしたところで片手で制す。


「陛下にはすでに了承して頂いている。


 『溺愛したいと思えるような相手ならば王宮に連れ込んでも構わない』


 とな」


「「はぁっ!?」」


メイドとシルフィアの声が重なった。

ちなみに俺は吹かしているわけではない、事実親父である陛下からそう言われたのだ。

親父がそもそも彼女の境遇を知っていて、同情してそんな提案をしたのか今となっては分からない。

ぶっちゃけ親父から言われた時は『何言ってんだこいつ』程度にしか思ってなかったからだ。

まぁここら辺も後で聞くとしよう。


俺はさらに攻める。

俺はすかさず彼女を俵担ぎすると公爵家のメイドに命令する。


「そういうわけだ。

 君は早く公爵家に戻って彼女の私物を回収してこい。

 シルフィア、特に大切にしているものはあるか?」


「ちょっ、や、はなしっ!」


「大切にしているものはないのか?」


「お、お母様の肖像画が納められたペンダントです!

 離してっ!」


俺はあまりに暴れるシルフィアを落ち着かせるため俵担ぎのまま、ゆっくり回転しながら姿勢を上下させて彼女を上下に揺さぶった。

こうする事で担がれた彼女はまともに話せなくなるのだ。


「ふぃあぁぁぁぁっ?!」


という変な奇声を上げるシルフィアを見ながら呆然としているメイド。


「ではペンダントは必ず持ってくるように。

 持ってこなかった場合、私自ら引き取りに行くのでそのつもりで。

 では頼んだぞッ!!」


ついでに家宅捜索もしてやるという意味合いを込めた捨て台詞を吐きながら俺はダッシュで王宮に戻った。

もちろん彼女の臀部を触らないようにスカートを抑えながら全力疾走だ。

とりあえず俺の部屋で良いか、どこに公爵家の手の者がいるかわからないし、彼女には介護が必要だ。

なんだ、この軽さはッ?!


そのあと俺がシルフィアにジャンピング土下座をかましたり、介護紛いに彼女に付きまとったり、前世知識を使った病人食が意外と好評を博したりしながら時は過ぎていった。


□■□


俺とシルフィこと、シルフィアの初顔合わせから3年。

今日は兄上の第一子誕生を祝した夜会が開かれていた。

我が家である白亜の城にある豪奢な大広間で行われているのだが、こんなめでたい日に阿呆が来た。

誰だこんな阿呆を呼んだのはと思ったが、この夜会は義姉が取り仕切っているのできっと彼女だろう。

そういえば夜会が始まる前に彼女から、


「私達に任せておけば大丈夫だからね」


と満面の笑みで言われた気がする。

何が大丈夫なんだと首をかしげたが、このことなのだろうか?


「オーガス様、お会いしたかったですわぁ」


異様にドレスのピンクが似合っている女性がいきなりファーストネームを呼んできた上にしなだれかかろうとしてきたのでスッと避ける。

この年まで警戒してきたハニトラ要員がついに顔を出したかと思えば、こんなあほ面とか気持ちが萎えてくる。

もっと経済などを絡めた甘言を用いての丁々発止なやり取りを期待していたのだが失望もいいところだ。


確かにこのピンクは顔だけ見ればかわいい系の美人だろう。

だがしかし、俺に婚約者がいるというのは、誇張なく国中が知っている。

ついでに俺がシルフィと初めて会ったときに不思議な踊りを踊った事も内容を一部誇張されているが、みんなが知っている。

今では喜びの舞いとして一部の輩が俺の真似をして女性を俵担いで回ったりする程だ。


そんな人間にコナをかけに来たということは性格がゲロ以下であり、情報収集能力すらない阿呆である事は確定的に明らかだった。


「どちら様かな?」


俺が避けた拍子にこけそうになっているピンクに端的に尋ねてみると、意外にもきれいなカーテシーを決めてきた。


「初めましてオーガス様。

 シルフィアの妹のアリシアですわ♪」


太陽のような笑みでそう答えてきたがその瞳は実際、どう猛な魔物のようであった。

シルフィから聞いたり報告書で名前を見かけたりしたが、こいつが実物か。

見るからに阿呆っぽく見えるのは多分髪の色が淫乱ピンクだからだろう。


それにしてもあのくそじじいの差し金だろうか。

俺がシルフィを完全に隠してしまったため手駒として使えなくなったから代用品として送られてきたのか?

この3年、秘密裏に捜査を進めたものの、終ぞ尻尾を掴めなかったが限りなく黒に近いグレーであるシルフィアの血縁上の父親が今、俺にモーションをかけてくるとは……何を考えているのだろうか?


「お姉さまはどちらに?」


半分血のつながっている1歳違いの義妹はコテンと首をかしげながら尋ねてきた。

なにその無意味なあざとさ、素面(しらふ)でやってるの?


「お色直し中だ。

 言付があれば聞くが?」


「じゃあ偶には公爵家に帰ってきてくださらないか、聞いていただけます?」


「ふむ……答えは否だな。

 理由は私が手放したくないからだ」


「でも……お父様がおかわいそうで……」


「ハッハッハ、あの堅物がか?」


「笑うことないじゃないですかぁ。

 優しいお父様なのにそんな言い方しないでください……」


俺は笑って誤魔化しながら思考を巡らす。

報告は見たが、果たしてこのピンクは敵だろうか?

敵ならばグーパンで沈めるのが早いだろうが、間違っていたときはまずい。

何せ彼女が悪女であるかどうかの判断材料は先ほどの甘ったるい会話しかないのだ。

報告では我儘以外に目立った印象はない。

その我儘も貴族で総括すれば、平均ちょい超え程度。

もし、彼女がただ王子という肩書に惹かれているロマンス小説好きな夢見る乙女だった場合、目も当てられない結果になってしまう。


しかしシルフィが心配だ。

淫乱ピンクが俺のほうへやってきたタイミングが妙に引っかかる。

何せ今日俺との婚約後、初めて公の場に姿を現す彼女だが、今日はとことんついていない。

側近メイドは倒れるほどの謎の腹痛で急遽代理を立てなければいけなかったし、俺は俺で何故か朝から多忙を極め、最後に俺が用意したドレスは彼女が着る直前にワインを飲んでしまった。


作為的な何かが働いているのか、それともただの偶然か。


まぁシルフィの事だから、何があっても大丈夫だろう。

彼女も3年前と同じではないのだから──。


「遅れましたわ、ガス様」


脳内でピンクを無視してそんな風に物思いにふけっていると後ろから声をかけられた。

周辺からどよめきが起こる。


「それほど待っていないさ、シルフィ」


さらにどよめきが大きくなった。

それも仕方がないことだ、何せ彼女は今、この国の女性としては珍しくパンツ・ルックの衣装を身にまとっている。

みんな俺の婚約者が男装してきたと驚いている事だろう。


見る人が見ればこれが単なる男装ではないことが一目瞭然だ。

フリルやレース、刺繍を男性の者より多くあしらいつつ、動きやすさ、女性らしいシルエットをしっかりと残しているこの衣装はシルフィのような釣り目がちな女性が着るとそれだけでヅカ感が味わえる事請け合いだ。

その証拠にぽわっとした目で彼女を見るご令嬢や、羨ましそうな眼差しを向けるご令嬢も多い。

どちらかといえば男性側から否定的な視線を感じる程度だ。

もう少しファッションに寛容にならないと呆れられるぞ、子息の皆様。

前世の俺がそうだったようになっ!!

……というか待ってほしい。


「帯剣しているのか、珍しい」


「刃は潰していますけれどね。

 やはり剣を持っていたほうが襲われる可能性は低くなりますわ」


シルフィは柄を叩きながら苦笑する。

元々は体力づくりと自衛、さらには精神的な鍛錬のために勧めたものであるが、この3年でしっかりと身についている。

とはいえ、普段の彼女のメインウェポンは警棒や鉄心入りの扇子である。

流石に国内ではヅカファッションも許容できるが、国外ではそうもいかないのだ。

結果、ドレスを着ていても違和感のない護身術を並行で習わせてみた。

腕前は指南役お墨付きなので一応最低限自分の身は守れるだろう。


……それにしても、


「その口ぶりだと既に襲われたと言っているようなものなのだが……」


自分の顔から血の気が引くのがわかる。


「えぇ。

 手練れではなかったので、すでに無力化して警備の者に突き出しましたわ」


「けがはないか?

 それにしても賊に突破されるとは……警備の穴を突かれでもしたのか……?」


「フフ、ご安心ください。

 私にかかれば傷一つ負わずに無力化することなぞ造作もありませんわ。

 それに警備の穴があったわけではありません。

 招待客に謀反を起こす人間が居ただけですわ」


笑顔で爆雷を投下するシルフィさん。

う~ん、前から高潔ではあったけど、ほんとにこの数年で肝が据わったものだ。


ざわめく広間を鎮めるため、義姉がグラスを鳴らす。


「それではその関係者の方々には別室でお話をお伺いしましょうか。

 ねぇ、公爵?」


ギョッとした顔で目を剥くシルフィの生物学上の父親。

目の前にいるピンクも公爵(クソ)を見ながら唖然としている。


俺は公爵の狸が反論したことにより突如始まった公爵家の断罪を尻目にシルフィに小声で話しかける。


「なぁ、シルフィ」


「く、くすぐったいですわ……なんですの?」


「なんで俺何も知らないの?」


段取りでも決めていたのかスムーズに進む公爵家の断罪に俺は非難がましい視線を彼女に向ける。

これは確実に前もって決められた断罪裁判だ。


「……あなた、私絡みになると暴走しますでしょ?」


耳を赤くさせながらシルフィが答える。

初耳である。

寧ろ寝耳に水である。


「いやいやいや、そんなことないだろ?」


「わ、私を攫ったり」


「攫いましたね」


「私のために新しい料理を作ったり」


「まぁ……病人食だけど

 この国にはない料理を作りましたね」


「私といたいがためにまだ契ってもいないのに、ゆ、ゆゆゆ湯殿にまで入ってきたり」


「まぁ……必要な事だったのでしましたね」


今考えると多少非常識だが、暴力や体罰の跡があったら一大事なので、引き取った当初に実際に確認させてもらった。

結果単なる(?)放置型のネグレクトだけだったので、あとでシルフィから頬にグーパンをもらいこの件は無事、閉幕となったのだった。


ちなみに断っておくがシルフィとは性的接触はこの3年間で一度もない、むしろ肉体的接触はダンスレッスン中の密着や手をつなぐ程度でキスすらまだである。

おかげで肉付きをリアルタイムで確認することができた。

現在の彼女はあの枯れ木状態が嘘のように、美貌が冴えわたり武術が習えるほどには健康的で魅惑な女性へと進化していた。


「というわけでお義兄様やお義姉様、お義父様とお義母様達と話し合った結果、貴方には隠して事を進めようとなったのです、刃傷沙汰となっては困りますから」


何故か俺が危険人物扱いされている件について。

確かにたまに非常識な行動をしてたかもしれないけれども!

それはすべて前世の価値観を基準に行動しているだけなのですがッ?!

刃傷沙汰とかそんなことしたことないからッ!!


俺は頭を抱えながらとりあえずシルフィに理解を示した。


「悪評はまぁこの際良いや。

 兄上たちが介入したなら俺たちにとって最善の形で終わるだろう。

 それはそれとして、彼女はどうする?」


俺は顎でピンクを指す。


「わ、私は悪評とは思いませんわ。

 アリシアに関しては……私は何とも思いません。

 ただ過去に様々な事がありましたので、完全に許すことはできないでしょう」


一度言葉を終わらせてシルフィは真っ直ぐ俺を見る。


「貴方はあの子も助けるつもりですか?」


俺は苦笑を漏らして首を横に振った。

俺の両手は既に家族とシルフィで埋まっている。


「あの家にいて彼女は多少我儘であった程度で悪事からは距離を取らされていた節がある。

 だから彼女が断頭台に立たされない限りは助けないよ。

 それに助けたとしても君のように扱ったりはしない。

 まぁ軋轢を避けるためにピンクに合う修道院を見繕うくらいかな。

 市井に下ろしたらきっと悲惨な目にあうだろうし」


この世界の貴族は基本1人では生きていけない者が多い。

ピンクは神経は図太そうだけど、その点でいえば他の貴族令嬢と変わりはしないだろう。

ちなみにそんな貴族になりたくなかった俺は、シルフィを巻き込んでナイフ一本さえあれば森でひと月以上生きていられる程度には鍛えている。

おかげで最近は2人して趣味がキャンプになりそうな勢いだった。


「では問題ありませんね」


「あぁ、きっと兄上たちがよしなにしてくれるからね」


公爵家の調査結果は定期的に兄上にも挙げてある。

公明正大を地でいく兄上の事だ、国の法律と照らし合わせて相応に裁くことだろう。

呆然とした出で立ちで自分の父親を見守るピンクの背中を見据えながらシルフィと指を絡める。

彼女が確かめるように力強く手を握ってきたので、俺もそれに習うようにつないだ手に力を込めた。


□■□


兄上側の調べにより敵国と内通していた事が判明したシルフィの父親とその伴侶は断頭台の露と消えた。

ド級の阿呆だと思っていたが売国奴だったとはやべぇ一族が居たものだ。

あれでも遠縁の王族なのだというのだから始末が悪い。


ピンクは本当に何も知らなかったのだろう、はじめは両親の重い刑罰に泣き叫びながら助命を訴えていたが、俺が彼らが内通した結果、どうなるのかを懇切丁寧にどういう人々がどういう死に方をするかまでレクチャーした結果、膝から崩れ落ちた。


さらに今後の彼女の送るであろう生活を考えて、いくら高価なもので自分を着飾ったところで心の醜さは隠せないから心を磨きながら幸せを見つけたほうが良いと言ったところ、宇宙人でも見るような眼で俺を凝視してきた。

解せぬ。


仕方がないので、最後に前世で有名だった詩を聞かせたところ何か納得したような顔をして、


「王子様って変わっているのね」


と笑われた。

……まぁ、多少前向きになれたのなら良しとしよう。


柄にもなくバルコニーで1人黄昏る。

処刑をしっかりと見たせいか心が疲弊しているのかもしれない。

空には巨大な月が浮かんでいる。

どうしようもなくここが違う世界、もしくは遥か彼方の銀河系である事を思い知らされる。

俺の身長は地球では一体何センチなのだろうか、この星は一体どのくらいの大きさなのだろうか。

前世のオタク知識が走馬灯のように頭をよぎり、ひどく虚しい気持ちになってしまう。


「ガス様」


後ろから声をかけられた。

振り向くとあの夜会で着るはずだった俺の送ったドレスを身に纏ったシルフィがたたずんでいる。

金髪の映える黒いドレスは月の光に照らされた彼女はひどく美しかった。


「やっぱり君には黒が似合うな。

 夜会がないのが残念だよ」


「……ありがとうございます。

 おそばに行っても?」


「どうぞ」


ゆっくりとした、それでいて優雅な足取りでやってくる彼女に手を差し出して、俺の隣へとエスコートする。

彼女の横顔はどこか凛々しい。


「1つお尋ねしたいことがあってやってまいりました」


「ふむ……ドレスが気に入らなかった?」


「いえ、そうではありません」


「なら……」


「私は……私は貴方様に嫌われるのがとても怖いです。

 それでも……私はお尋ねしなければいけないのです。

 例え嫌われてしまおうとも聞かねばならぬのですわ。

 そうしなければ先に進めませんから」


要領を得ない彼女の言葉に俺は閉口してしまう。

彼女はしっかりと俺の眼を見た。


「どうして貴方様の色を私に送ってはいただけないのですか?」


「……」


俺は答えずに月を見る。

この世界に生まれて10数年。

俺だって婚約や結婚をした貴族たちが自分たちの瞳の色を模した宝石を送りあっていることは知っている。

事実、俺も彼女の瞳の色と同じ色のエメラルドを付けている。

俺の今の目の色は彼女と同じく緑だ。

だが、俺は彼女にその色を送ったことはない。

俺が送るのはいつも決まって()()()()だった。


「答えては……下さらないんですか?」


シルフィが俺の袖を掴む。

今にも涙がこぼれそうな瞳で俺を見つめている。


「私は……私は貴方様がここにいる理由にはなりえませんか……?」


心臓が跳ねた。


「俺が……自殺なんてするわけないだろ」


何とか絞り出した言葉にシルフィが目を見開き、イヤイヤと首を振る。


「わ、私は貴方様がいないと生きて、生きていけません……ッ」


こぼれる涙を掬おうとして彼女に手を握られる。


「知っていましたッ、貴方様から向けられる愛情が親愛である事……ッ!!

 あの公爵家から守るために私を溺愛していることもッ!

 そして、わた、私が独り立ちすることが貴方様の生きる目的だったことも……ッ」


「俺は、そこまで聖人じゃないよ」


「知っていますッ!

 知って……知って……ッ!!!」


言葉にならない彼女をそっと引き寄せると自然とお互いを強く抱きしめていた。


「貴方様は……ひどく遠いんです。

 遠くて……遠くて地上に足がついていなくて……」


「……」


「貴方様という人がいつか夢のように消えてしまいそうで……ッ!!」


「王族が……簡単に消えたりするもんか」


「それでもあなたから欲というものを感じなくてッ

 はじめは……私に魅力がないからだとッ

 でも、違っててッ

 お義父様もお義母様も誰も彼も貴方が我儘を、したいことを言った事がないってッ

 その唯一がわ、私でッ

 でも、それは私を守ろうと……守ろうとしただけ……ッ」


「わかった、言いたい事は何となく伝わっている。

 確かに……そうだな確かに俺はこの世界に生を受けてから長いこと、

 死ぬ理由がないから生きていた」


別になんてことはない。

前世の記憶がある俺は()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを知って生きているうちに何かを成したいと思えるほど俺は強くはなかった。


前世や今世の人々を見る限り、前世を覚えているって事は稀だ。

来世では前世を思い出さない確率のほうが高いだろうから今よりきっと生きやすいだろう。

そう考えると自殺して転生ガチャしてみるのも1つの手だ。

しかし如何せん、死ぬには死ぬほど痛い思いや怖い思いをしないといけない。

そんなの嫌なのでまだ俺は今世を生きている、それだけだった。


ただ、そんな考えもシルフィと出会って少し変わったし、今では伴侶的な意味合いでの愛情も俺の中で少しずつ育んでいる最中なので、自分からシルフィの傍から離れようとは欠片も思っていない。


なので今日みたいに前世を思い出しておセンチになって、どこか遠くへ行きたくなることも無くはないが、シルフィに何も言わず消えるなんてことはあり得ない。

なので彼女の言っている事は当たっているようで当たっていない。


とりあえずシルフィは自分の尺度ではあるものの、大事にしてきたつもりなのだ。

まぁ、結果的にそれらは伝わっていないわけだけれども。

これも前世持ちの弊害というやつか。


俺はシルフィと見つめあいながら、しっかりと口にすることにした。


「まず、誤解を解こう。

 オニキスは俺の色だ」


「そんな……ッ

 そんなことあるわけありませんわッ!!

 貴方の瞳の色は……」


「あぁうん、説明が長くなるのでとりあえず結果や結論だけ先に言う方向で。

 オニキスは俺の色だ。

 誰がなんと言おうと俺はそう断言する」


「なら……

 なら、なんで口づけをしてくれませんのッ!!

 貴方に攫われて3年、一度だってッ!!」


「……シルフィ。

 君は今、何歳だ?」


「何歳って……16歳ですわッ!!」


そう、今年成人なのでシルフィは16歳なのだ。

そして婚約したのは13歳である。


俺は……俺はロリコンと指をさされたくはないのだっ!!


ちなみに今世の俺は17歳だ。

シルフィとは1歳差なんだぜ、やったねッ!!


「とりあえず、君の事は愛しているとしっかり胸を張って言えるが、君が18になるまでは手を出さない方向で行きたい所存だ」


「なぜですのッ!!」


シルフィの顔が赤くなったり青くなったりと忙しい。

仕方ないじゃないこの世界の倫理観と俺の倫理観合わないんだもの。


「あと結構肉付きは良くなっているけどまだ不安だからもう少し肉を付けてほしい。

 つかなかった場合は20歳まで手は出さない方向で行きたいなと考えている」


「これ以上、私に太れとッ?!」


さすがに体重の話はデリカシーにかけたのか、ガンガン身体を揺さぶられる俺。


「まぁまぁまぁ。

 その辺の事情も含めて少し話し合おう」


「なら早速話し合いましょうッ!!

 なんでそんな頓珍漢なことを言い出すのかしっかりご説明してくださいませッ!」


ぷりぷりと怒りながら俺を引っ張っていくシルフィに苦笑しながら俺はもう一度バカでかい月を見上げる。

きっと俺は死ぬまで天の果てにあると信じている地球に思いを馳せるのだろうが、この先も寂しい人生にはならないだろう。

だって、こんなにも俺を思ってくれる(シルフィ)がいるのだから──。



END

お読みいただきありがとうございました

アリ*:・(*-ω人)・:*ガト


以下、登場人物紹介


■オーガス■

第2王子で日本から転生者。

倫理感、価値観の全てが前世寄り。

実は幼少期から思春期的行動を全くとらなかったため、陰で同性愛者を疑われていた。


■シルフィア■

実母の病没によりドアマットな人生を歩むことになってしまった公爵令嬢。

運命の巡り合わせで血統的には公爵家の正当な後継者であるにも関わらず蔑ろにされた人。

オーガスに助けられ、溺愛ととられそうな介護をした事がきっかけで彼に依存している。

ヤンデレ気質だがオーガスはオーガスなのでヤンデレが出てくることはあまりない。


■アリシア■

やべぇ両親のせいで人生ハードモードになった人。

そんな両親に唆されなければちょっと自尊心が高めで夢見がちなだけの普通の女の子だった。

贅沢を知ってしまったため、今後平民の時よりも質素な生活に順応できるかどうかが今後の彼女の人生のカギになる。




とりあえずメインの3人はこんな感じです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラブラブなのにシルフィのお肉の増えっぷりを妥協しない王子が面白かったです 山籠りに付いて行くとか愛されてるね。 だが、山籠りしてはスッキリ痩せちゃう様な…何という理不尽w キス不可でも恋…
[一言] 婚約者じゃなくて、どっちかというと主人公がヤベーやつだった。 ちょうどいい分量で、気負わず楽しく読ませてもらいました。 面白い作品、ありがとうございます。
[一言] 面白かったです。応援してます。背景が青紫で少し読みづらかったです。
感想一覧
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