子羊と親羊
ざくりざくりと草を踏み分けて、ぬっと羊が二足歩行で歩いてきた。アルテの腕の中にいた子羊がもがくと地面に落ち、そのままその羊に向かって走って行った。
「こんな所に人の子がいるなんて。また密猟者ね!」とその二足歩行をした羊がしゃべった。
「違います!私は密猟者なんかじゃないわ!」とアルテが叫び、アルテの足元まで戻ったベルがグルル…と唸った。
「きゃあ!喰われてしまう!」とその羊がベルを見るなり恐怖に叫び、子羊を抱きかかえながら走って逃げてしまった。
「今のは何だったのかしら…」とアルテが呟くと、カレンが苛立ちながら言った。
「アルテちゃん、もしかしてあなた、知らないの?ベルはね、獣人族の子なのよ。しかも、肉食だから、草食の羊の獣人族とか格好の獲物なわけ。きっと、レオンは何も教えていないのね。教えてないのは、レオンの落ち度だわ。」
「ベルも、いずれああ二足歩行するようになるということ?」
「そうね。立って歩くし、もっと闇の元素を蓄えたら人に近い姿になるのも可能ね。」
「長様、大丈夫ですか?」
「あなたって、ただの犬じゃなかったのね。」
「アルテちゃん、この子は犬じゃないわよ。狼よ。レオンったら、本当にアルテになにも教えていないのね。良いこと、アルテちゃん。ベルはね、黒狼族の子なの。獣人族の中でも、とりわけ強い種族なのよ?きっとさっきの羊も、それを感じ取って逃げたのでしょうね。」
「ベルは、大きくなったら、人になることもできるのね~。びっくりだわ。」
「普通の犬は、影に入ることなんて、できないわよ。」
(そうなのね。何でもありのこの世界だから、ペットが影に入ることも普通なのかと勝手に思っていたわ。大分この世界に毒されているわね。)
「それはともかく、今日は取り合えず元の世界に帰ることとしましょう。ベル、おいで。」
アルテミスは、慎重な子供であった。来たばかりの新世界を探検するなんてできないのである。
そして、来た時と同じように草木の狭間に潜む”揺らぎの間”を介して、一度元の世界に戻ったのであった。