「揺らぎの間」とベル
聖ファルキア王国に、冬がやってきた。8歳になったアルテミスの能力が開花した10月から、2カ月が経っていた。
朝食を取っている時のことである。
「お兄さま、今日もイルヴァタールへ行っても良いの?」
とテーブル越しに妹が兄に尋ねた。その周りをふよふよとルビーが浮いている。足元には、ベルがのんびりと欠伸をしながら横たわっていた。
契約精霊を付け、イルヴァタールとファルキア王国との時間間隔の差を身に着けたアルテミスは、かなり強気であった。行動範囲が格段に増えたのである。己の火の属性の力を練習する場所としても、イルヴァタールはうってつけであった。ルビーの他、周りにサポートしてくれる妖精達がうじゃうじゃいるため、「少々」ボヤ騒ぎを起こしてもすぐに周囲が鎮火及び火の元素の吸収をしてくれるからであった。
最初は首を縦に振らなかったレオナルドも、妹の熱心なお願いについに根負けし、門限である夕方6時を超えなければ、遊びに行っても良いことになった。勿論、レオナルドお付きのカレンの見守りもあってこそである。
イルヴァタールへと繋がる原生林に向かう道中、アルテミスはうきうきしながらルビーに言った。
「今日は、火の玉を出す練習をしてみたいわね!」
「ええ、火の玉かい?」
ルビーが瞬いた。
「そうよ!日常生活で使えるレベルに抑えた、たき火の練習も終わったことだし、次は護身のために何か使えるようになりたいのよ!もちろん威嚇程度で!」
そしていつものイルヴァタールへと繋がる倒木の洞の中に入ろうとした瞬間、影からベルがぴょん、と飛び出た。
「あっ、ベル、駄目じゃない。影の中で大人しくしていないと。」
「こちらから、懐かしい匂いがするんです!」
「ベル、どうしたの?」とアルテミスが子犬を持ち上げた。そして、子犬の視線を辿った。
草木の間に、何か歪んでいる部分があった。
「何かしら。ちょっと行ってみようかしら。」
能力を使いこなせるようになり、少し浮かれていたアルテミスは、いつもとは違う”揺らぎの間”に入り込んでしまったのであった。