長への服従と影潜り
アルテミスとレオナルドが帰宅したのは、出発から二週間後の早朝であった。朝もやの漂う狭間に身を潜り込ませ、多くの妖精達に惜しまれながらアーデロイドの地へと帰還したのである。
ルビーは、アルテの傍に常に従う存在となった。アルテミスの魔力は、まだ目覚めたばかりで魔力元素の調節が不安定な時期であった。そのため、大気中に溢れる火の元素が余分に体内へと引き寄せられ、また発散されている元素をより多く頂戴し、周りに危害が及ぼさないようにするためである。
屋敷前の玄関に、ベルが尾を振って待っていた。勿論、影の中である。
「ワン!!」とベルが影から這い出て、アルテミスの元へ駆け寄った。
「長様、寂しかったです。」
「あらベルじゃない。良い子にしていた?」
「その赤い少年は誰ですか。べたべたと長様にひっついていて。」
「この子はルビーよ。可愛いでしょう。私に新しい弟ができた見たいで可愛らしいわね。」
「こんにちは、闇の元素宿る獣人さん。ん?あれ?君から火の元素を感じるんだけど。もしかして、君たちって、闇以外の元素を保有することもできるのかなあ?獣人さんを見るのは僕初めてだから良く分からないけども、アルテと強い結びつきができているのは確かだよねえ。」
とルビーが顔を傾けた。
レオナルドがベルに向けて冷たい視線を浴びせた。可愛らしい妹の腕を血みどろにさせた本獣にたいしては厳しかった。
「アルテ、あれからベルに、その、血をやってはいないだろうね?」
「勿論よ、お兄様。」(頼まれたってそんな献血したくないもの。)
兄が考え込んだ。獣人は、基本闇の元素を吸収し毛皮に蓄積させる性質を持つと聞く。
しかし、火の元素までをも所有する獣人など、聞いたことが無いからである。その時、アルテがふとベルの瞳を覗き込んだ。
「あらあ、ベルの蜂蜜色の瞳が、赤くなっているわねえ。」(どうしましょう。もしかして、私の血液のせいで何かアレルギー反応でも起きてしまったのかしら。)
「本当だ。瞳が深紅色になっている。」(もしかして、この性質はこのまま育つと幻の魔法生物ケルベロスに成長するのだろうか。いや。まさか。だがしかし、あり得るかもしれない。この狼自体が高い元素親和性を持つ。もしかして、アルテの体から発生される火の元素も僅かずつではあるが吸収しているのかもしれない。)
ベルが、アルテに向かって首を傾げた。
「長様。」
「どうしたの?ベル。」
「長様の影に潜っても宜しいでしょうか。)
「どうしたの?ベルの好きにしても良いのよ?」と、ベルの前足を握り遊びながらアルテは答えた。次の瞬間、 急にアルテとベルの影が混ざり合ったと思ったら、ベルがアルテの影にすっと潜り込んだ。
「ベル!?」
とアルテが叫ぶと、ベルが影からひょいと顔を出している。幼女と犬の間に、新しい絆が生まれた瞬間であった。
「アルテミス、ベルはね、アルテを主人だと思っているんだろうね。ベルに、出てくるよう伝えてみてごらん。飛び出てくるから。」
「ベル、こちらにおいで。」
とアルテが影に向かって伝えると、影からぴょこん、とベルが顔を出し、そのままアルテミスの懐に潜り込んだ。
(長様の影は、とても暖かい。家族の温もりがする。)とベルはほっとし、そのまま幼女の腕の中で眠りについたのだった。