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屋敷しもべと贈り物

 幼女は、お手洗いにいた。個室のくせに広かった。用を足していたわけではない。考え事をしていたのである。

 (どうしましょう…昨日「目覚め」てしまってから、色々と変な物が見えるようになってしまったわ。  最初は、人を燃やしてしまったショックの余り、幻覚でも見たのかと思ったけども。)

 (あの猟師、人でなしだけど助かって良かったわ。あの天使様に、後でお礼に行かないと。タダで助けてもらうなんて、いくら天使相手でも申し訳ないし。)


 ふと彼女は、座っていた便器を見る。前世で使用していたものとほぼ形状は変わらなかった。

(ここの下水道処理って、どうしているのかしら。そのまま川に垂れ流しにでもして無いかしら。変な疫病が流行でもしたらどうしましょう。)

 思い詰めた表情で見ていると、排水出口の奥から何かがにゅるりと出てくる。水色の透き通った色をしていた。

 (何これ。なんなのこれ。)

 そのまま見ていると、謎の透き通ったゼリーは便器内側を一周し、そのまま帰って行こうとする。

 「ちょっとあんた待ちなさいよ!」

 (思わず、声が漏れてしまった。)

 ゼリーは、ぷるんと止まった。


 「え、なあに?」

 「スライムがしゃべった!」

 (一度言ってみたかったけど、まさかこんな場所で使うことになるなんて。名前まで「リムル」とかだったら私、笑っちゃうわ。)

 「あなた、ここで何しているの?」

 (地下迷宮の代わりに散歩でもしてるのかしら。)

 スライムは、言った。

 「おそうじ!この、なかを、すみずみまできれいにしているの!」


 因みに、スライムは水と土の属性混じる魔法生物であった。湿地に住み、老廃物を分解する「掃除屋」である。

 (なる程。高圧洗浄機要らずね。この子、「ドビー」の方だったのね。それにしても…『魔法生物辞典』にあった食性から察するに、そうよね、そういうことになるわよね。)


 妙に気落ちしながら、手を洗って個室を出る。

 「メアリはこの事、知っているのかしら。」

 何だか赤面ものである。


 居間入り口を横切る幼女の視界に、茶色の髪が入った。暖炉の近くでしゃがんで居る。


 「メアリ?」

 名前を呼ばれて上げられた顔は、メアリでは無かった。10歳位の年頃の、可愛い薄ピンクのエプロンを付けた少女であった。右手にミルクの入ったカップを持っている。

 (メイド見習いの子かしら。そんな隅で飲んで無いで、椅子に座れば良いのに。遠慮してるのかしら。)


 「あなた、お名前は?この家には慣れた?」

 少女は見つけられた事に余程驚いたせいか、固まったままであった。


 「その子は、シルキーだよ。名前はまだ無い。」

 「もしかしてこの子、妖精なの?」


 部屋に入ってきた兄に言われ、アルテは驚いた。本物の人の子そっくりだったからである。

 「そうだよ。屋敷に古くから住み、家事全般をしてくれている。僕たちはお礼として、カップ一杯のミルクを上げるんだ。」

 (何よ、その悪烈な労働環境。家中掃除させておいて、たったミルク一杯しか貰えないなら、私なら出ていくわよ。)


 カップを持つ手に、左手を優しくそえながらアルテは言った。

 「一杯でも二杯でも、次から用意しておくわ。なんならピッチャーで用意しておくから。そうだわ、ずっと家にいるのもつまらないから、たまには外で遊びに行ったらいいんじゃない?」

(私は、もう、要らない存在になったのかしら。)

 名無しのシルキーがふいに目を潤ませる。

 (私は、ここしか居場所が無いのに。この居心地の良いお屋敷にいられるなら、誰よりも沢山家事をするのに。)


 無言のまま目を震わせながら、シルキーの目からぽたりと涙が落ちる。カップの底に残っていた白いミルクに、透明な色が混ざった。

 急に泣き出す少女に幼女は慌てた。

 (私ったら、何かまずいことでも言ったのかしら。)

 何百年も生きている少女を、8歳の幼女がなだめ始めた。


 「アルテ、彼女はね、「出ていけ」と言われたら本当に出て行ってしまう存在なんだよ。だから、基本はずっとお屋敷にいる。」

 「違うのよ、シルキー。私はね、あなたにお外で楽しんでもらいたいだけなの。私、たった三カ月缶詰めだっただけでしんどかったのだから。あなたは、何かしたいことは無いの?」

 (私の、したいこと…?)

 シルキーは、目を瞬かせた。これまで、自分から進んで何かやりたいと思ったことなんて、無かったから。

 「そうよ。そうだわ、じゃあお花でも摘んできて、この居間に飾って頂戴?私、楽しみにしてるから。」


 何百年も生きた彼女は、屋敷周辺で洗濯物干し等をしたことはあるが、それよりも遠くに行ったことはなかった。何だか少し不安だった。

 「大丈夫よ。何かあったら大声で叫びなさいよ。きっと兄さまが何とかしてくれるわよ。」

 (僕が何とかするのかい?まあ、妹の頼みなら別に構わないけども。)


 シルキーの、初めてのおつかいができた。目標は、お屋敷向こうの街路樹と野原である。

 (お花・・・お花・・・お花が無いわ。どうしましょう。お嬢様は、「お花を摘んで来い」と言ってらしたのに。)

 10月半ばの寒さ強まるお外には綺麗な花などすでに無く、シルキーは困ってしまった。

 ふと辺りの木を見渡すと、赤い林檎が枝にたわわに実っていた。お嬢様の赤い髪に、どこか似ていた。

 (あれは「お花」ではないけれど、あのお嬢様ならきっとお怒りにならないはず。)

 ぱきり、と一つもぎ取ってみる。食べたことは無いけれど、艶やかでとても美味しそうに見えた。

 (これならきっとお嬢様も、喜んで下さるわ。)


 籠一杯に林檎を持ち帰った彼女は、そのまま台所女中のマーサに渡した。

 「まあ!!!大きくて素敵な林檎じゃない。あなたが捥いできたの?珍しいわねえ。調度良いわ、お嬢様方にこれからお持ちするスコーンを焼こうとしていたから、備え付けのジャムに使ってみるわね。」

 「シルキー、ありがとう。」

 ふくよかな60台前半の老婆の、穏やかな笑みがこぼれた。シルキーはその笑みを見て、自分に少し自信が付いた気がしたのだった。

 シルキーは、魔力を持たない人間でも「視る」ことができる珍しい存在であった。家事全般を軽くこなす、優秀な存在であった。だが、いつも人の目に触れないようこっそりと家事をする彼女は、自己主張の苦手な妖精であったのだ。


 居間で談笑する兄妹のテーブルに、メアリがおやつを持ってきてくれた。


 「お嬢様、今日のおやつはスコーンですわよ。備え付けは、林檎のジャムですわ。出来立てですので少し緩いかもしれませんが、シルキーが、「是非食べて欲しい」とのことでしたので。」

 (あのおどおどした所のある子にも、可愛い部分が出来たじゃないの。)

 と、メアリは思った。

 「わあ、スコーン?美味しそうね。」

 (本場イギリスのスコーンか。バターたっぷりの匂いがして美味しそうだ。さっそく一つ頂こう。)

 いそいそとスコーンを半分に割り、ジャムを付けようとしていた妹に、兄が「そういえば」と言った。

 「アルテがイルヴァタールの地に行く日取りを、早く決めねばならないね。理由は、昨日教えた通りだよ。」

 (イル・・・ヴァタール・・・未確認生物溢れる世界なんて、何て恐ろしい世界なのかしら。)

 動揺したアルテの左手に持つスコーンに、急に火が付き燃え始めた。


 「きゃあ!!せっかくのスコーンが!!」

 (なんて勿体無いことをしてしまったの。バターはね、マーガリンより高いのよ?)

 一瞬で焼き焦げになってしまった物体を見て、兄は目を側める。

 (本当に、なるべく早くあの地に行かなければ。妹の魔力は、きっと僕より強いのだから。)



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