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愛玩動物と保護条例

 兄妹の間には、深い溝ができていた。黒い子犬のせいである。猟師に狩られそうになっていた小動物を保護したアルテミスは、ふわふわの毛並みに夢中であった。

(ふわっふわ!すごい柔らかさだわあ。犬なのに、猫みたいに素敵な毛並みをしているんですもの。大きくなったら、抱きしめて全身を埋めてみたいわあ。)

 草原からの帰り道、犬は妹にしっかりとホールドされ、さらにその妹を兄が横抱きにして屋敷まで帰った。


 ちなみに天使とは、出会ったその場で別れた。

「また、協会にもお出で下さいましね?我らが使徒一同歓迎いたします事よ?」と可愛らしい羊に対し聖母マリアのように慈愛溢れる笑みをたたえて天使が宣った。黒い子犬には、遭い変わらず目を背けたままだった。


 妹は、空中1メートル程度の低い高さで比較的そっと運ばれた。

 一方悪人はずっと気絶していたため、知らなかった。知らなくて済んだ方が良かったのである。彼のみが、高度500メートル付近で空中浮遊により運ばれていたことを。

「もし気が付いて暴れれば、一度ぎりぎりまで落としてから再度持ち上げてやろう。」と兄は物騒なことを思っていた。 

 

 その日の夜、二人が寄り添いあい仲良く眠るベッドには、右と左に亀裂ができていた。兄に背を向けて、アルテは子犬を抱きかかえた状態で、兄の眠る側の右側反対方向で、満足気な表情でぐっすりと眠り込んでいるのである。

 妹から安らかな寝息が立ち始めるのを待ち、レオナルドはそっと起きあがり、書斎まで向かった。

 書斎には、義父が睡眠前のカモミールティーを飲んでいた。当家領主は、とにかく精神を穏やかにさせるハーブティーを好んで飲んでいた。そのせいか、彼からは香水をつけてもいないのに、良い植物の香りが常にしてした。

「来てくれてありがとう。今日の、黒い犬の件なのだけどね。」との、ギルバートの問いに対し、兄は淡々と返答した。


「アルテが獣人族の子に懐かれたことですよね。」

父が「そうだ」と曇った表情で頷いた。


 「獣人族」は、獣の性質を持ちながら人並みの知能を有し、人に変化できる種族を指す。彼らの住む世界は、まさしく弱肉強食である。まず、草食動物の体を為した獣人族よりも、肉食動物の体を為した獣人族の方が強力である。さらに、獣人族の習性に、共喰いがあった。肉食の獣人が、草食の獣人を喰らうのである。獣「人」族と言われる所以は、彼らは闇属性の元素を体内に食らう事で蓄積でき、さらには内包する元素の量が多い程人に近い形に変化することができるのである。


 そして、内包する元素量の高まりによって、毛皮が暗い色へと染まる。漆黒の毛並みは、より多くの同族を喰らい、そしてそれが蓄積できるだけの器を持っている証拠である。

 獣人には、多種多様の獣人がいた。犬や猫はもちろんのこと、羊やヤギなどその食性は人に変化できる以外は、一般的な動物と変わりなかった。闇の元素満ちるアルドの民たちの世界に生える植物は、大なり小なり闇の元素を保有している。草食の獣人は、草を食すことで闇の元素を蓄積していた。


 父が、そっとつぶやいた。

「あの黒い犬はね、犬ではないよ。あの子はね、もう絶滅したと言われる黒狼族の子だよ。僕が実際に目にして確認したから分かる。あの子からは、特に強い闇属性の元素を保有していることが、あの子を構成する水を介して分かったのだよ。まだ成獣前でありながら、あれだけの黒い色を身にまとえる種族は他にいない。」

 

 かつて、獣人族の長とも呼べる存在として、黒狼族が存在した。獣人族の最強かつ最恐の存在にして、群れを成して他の獣人…羊や山羊やリスや猿など…の様々な草食・雑食性の獣人を喰らう。黒狼族の習性は取り分け優れたものであった。人と同等の高等な知識を保有でき、変化すれば学習した言葉を話せながら、さらに狼特有の頑強な体を持っていることができる。彼らの体、特に毛皮は肉の身でありながら、多量の元素を保有できる器となる優れた材質であるのだ。

 さらに、他の獣人族なら耳や尾が変化してもそのまま残っているが、黒狼族は全て人の体に変化することができ、一般の人と全く区別がつかないのである。


 アルドの民の中でも、獣人族達は聖ファルキア王国と比較的友好的な関係を築いていた。


 ところが約100年前、光属性の天使たちによる、獣人族の討伐と称した大殺戮が行われという事件があってから、両者に緊張感が生まれた。方や信仰対象の起こした「聖なる」行動であり、方や敵対関係にある光属性の者からの容赦ない殺戮であったからである。


 聖ファルキア歴1039年にこの事件が起きた後に、当代の聖ファルキア王が天使たちが普段の住処とする天界を含む全ての3世界との間に、保護条例を結んだのであった。保護条例の結果、天使たちによるアルドの民の空中からの殺戮が止んだことが、聖ファルキア王国として最も大切な利点であった。


「あの狩人は、きっとあの妖精たちが住む原生林が生んだ〈揺らぎの間〉に入り込んだんでしょうね。」とレオナルドがため息交じりに父に述べた。

「そうだよ、レオンの言う通りだ。水の妖精たちに言われたよ。霧の合間から溶け込みだされたように、急に犬と男が現れたと。」


 天界を除く三世界の合間には、〈揺らぎの間〉と呼ばれる狭間のようなものが存在した。それは、霧の中・横に倒れた倒木の洞の中・岩と岩の合間など様々であった。妖精達の住む原生林に生えている植物は、元々代々の領主が妖精達と頻繁に交流できるようイルヴァタールの地から少しづつ確実に持ち込み育成したものであった。それらは、特にイルヴァタールの地のみならず、アルドの民たちが住む世界とも繋がりを持ってしまうのである。


「非常に珍しいことだが、あの黒狼族の子は恐らくアルテを「長」として見ていると思われる。アルテとあの狼は、今レオンのベッドで眠っているね?」

「はい、子犬…狼の方も、あれから大人しくアルテに付き従っています。」

「そうかい、そうかい。その子の今後の取り扱いも考えなければいけないけれども、今は何よりも早くアルテをイルヴァタールに連れていき、契約精霊を探すことが大切だね。」

「僕も、その通りだと思います。お父様、アルテは僕が渡した魔封じを壊しその能力を開花させました。まだ操る技術は低いけれども、いずれはドルイド級にまで成長するのでは…と思いました。」


 魔法使いには、大まかに階級があった。より魔力が強い順番に、半神級・ドルイド級・上級・中級・下級の五段階が存在した。

 かつて元素の神がその能力を二つに分けた最初の人並みに力が強い者を半神級と呼んだ。そして、上級精霊と同等の強い力を持つ者をドルイド級と呼んでいる。レオナルドの母親がドルイド級であった。彼女は精霊の力を借り、雲を呼び寄せ雨を降らせることができた。 

 残りの3者については、魔力の操作技術と元素親和性の程度で測ることができる。現在のレオナルドは、ドルイド級と上級の合間程度であった。

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