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空白の世界と新米神様

 先ほどまで文字通り絶叫しながら卒倒していた幼女は、次第に意識を取り戻しつつぱちりと目を開け,完全に覚醒した。そして周りの景色を確認しようと見渡し,ふらりと立ちくらみした。


つい先ほどまで「母」が死んでいたはずの街道は無く,地面はおろか天井と四方さえも真っ白な空間の中に,何故か自らが居ることが分かったからである。足場の全く感じないその不安な場所に,思わずふらふらと座り込んでしまった。幼女は、どうして自分がこの場所に座っていられるのかさえ理解不能だった。


「ここは…一体どこなの?」

 と彼女が呟いた途端、右肩の方から「自分の声」がかけられた。

「君は,思い出してしまったんだね。」


「ひゃっ!」と息が漏れるような叫び声を上げ,幼女は思い切り右を向き,即座にバッとのけぞった。

 すぐ傍に一人の「幼女」がこちらに真っ直ぐ顔を向け,膝を抱えて座っていた。

思いがけない惨事により「前世の記憶を取り戻した幼女」は,今の自分の容姿の記憶に自信はないが,おそらく自分が今目の前にいる幼女の姿形が全く自分と瓜二つであることが見て取れた。


 ただ,その瓜二つの存在は己の髪を含む全身が,清らかな純白で満たされていた。その身に付ける簡素なワンピースでさえ,一点の曇りもない完全なる白色で構成されていたのである。


 白い無限空間に存在するその幼女は,周りの背景に溶け込み,あたかも今存在する空間の一部と化していた。

「前に形を成していた時のことを記憶していたのは,君が初めてだよ。非常に珍しい存在だね。」

と,理解不能な空間と,自分に瓜二つな幼女の急激な出現に引き攣る幼女に,無表情な顔で淡々と伝えた。真白の幼女の持つ瞳は螺鈿色をしていた。その荘厳たる眼差しは,まるで人知を超越した人ではない,高位の存在であるような威厳に包まれていた。


「…あなたは,どなたですか?どうして私は,ここにいるのかご存知ですか?」


「前世の記憶を持つ幼女」は,驚愕により高く拍動していた自身の心臓の高鳴りが収まるのを待ってから,彼女に恐る恐る小声で呟く。眼前にする相手が何者かは知らないが,決して無礼を働いてはいけない高位の存在であることを,無意識に肌で感じていたのだ。


「ここはね,君の今いる世界の始まりの場所であり,僕自身の中であり,君の一部でもあるんだ。君が,今の姿に生まれる前の魂の記憶を目覚めさせたことで,少しの間「君の世界」と「僕の世界」が分離したんだ。だから君と向き合い,こうして互いに意思疎通することができた。」


 幼女は,その小さな首をことりと右に小さく傾げる。

「君の形は,人だね?なら,この考えが君には理解できるかな。「全ての無機物,及び有機物には各々一つの魂が存在する。それらは体の死を迎えることで解き放たれ,そのまま新たな体に宿り生き続ける。」という概念をさ。」

「つまり、輪廻転生ということでしょうか。」

白い幼女は、「その通りだ」と何度も厳かに頷いた。


「そうだよ。君はまさしく、前の世界で死に,全く違う新たな世界で新しい体に生まれ変わったんだ。」

 前世の記憶を取り戻したばかりで意識が混濁している上,「自分が元居た世界には,もう二度と帰れない」という余りにも残酷な宣言を突然されたことに対して,「元大人である幼女」は激しく憤慨した。


「…ちょっと待ってよ。ここは,地球ではない,全く違う異世界ということなの?それなら,どうして私は元居た所に戻れないのよ?どうして,私を元の世界に返してはくれないの?どうしてなの!?ちょっと,理由を明確にはっきりと説明しなさいよ!ふざけてるの?あなた。」


 幼女の不安は頂点に達し,彼女自身も無自覚な強い口調によって現れる。

(こんなの,本当にどうかしている。あり得ないわ。夢なら早く覚めて欲しい。)


「白い幼女」は、自身の人差し指をそっと相手の小さな唇に当て,そのまま黙るよう目で伝えると次のような説明をしてきた。

「一つの世界に,海が存在するとする。魂溢れる豊かで広大な海だ。その海が,膨大な魂達で溢れないよう,ある程度その数が増えた時に別に新しい水槽を創造し,その場所に最初の海にあった魂を流しこむ。」

(流し込む,ですって?海で釣った魚を生け簀に放り込むような,乱暴な表現しないで欲しいわ。何なのこの方。)


「すると、その水槽にいる魂は循環しながら次第に増えていき,ある程度数が溜まればまた新たに創造された水槽に移される。」

(養殖場みたいな感じかしら。別に,強制的に増やされている訳でもないでしょうに。)


「つまり,君の魂は死んだ瞬間に,前いた世界からこの世界に流れ込んできたわけさ。」

(何故,よりにもよってこんな世界に。私,死んだ瞬間に外れくじでも引いたのかしら。)


「君が前に居た世界は,何十億年もの間様々な生物が栄枯盛衰してきたわけだが,その内絶滅してしまった生物の魂はどこに行ったと思う?」

(そんなの,聞かれても困るわよ。知るわけないじゃない。今の私にとって,そんな些細な事どうでも良いの。私,あなたの言葉にすごく傷付いているのよ?どうして気づかないの?あなた,何様なの?変な質問ばかりして。)


「また,君の種族は君の体が死んだ時,急速にその数を増やしていたね。疑問に感じないかい?どうして,今まで死んだ人の魂の数と,今生きている人の魂の数は同数ではないのだろうと。」

(そんな疑問,これまで生きてきて一度も感じたこと無かったわ。質問されたことも無いけれど。)

 

「つまり,体の無い魂は,それを引き留める強い念や閉じ込める器が無い以上,常に同じ場所に一定期間留まることはできない話なのだよ。」

(嘘仰い。私,前の世界でまだやりたかったこと,一杯あるのよ。未練たっぷりなんだけれど。ずっと留まっていたかったのだけれど。)


 冷酷なまでに淡々と,追い打ちをかけるようなその言葉に憤慨する「前世の記憶がある幼女」に向かい,さらに「白い幼女」が畳みかけるように伝える。


「新しい世界を作る時,既存の世界と区別する「境界」ができる。それが,僕さ。君らのいう,所謂「神」と呼ばれる存在が,言い方としては最も相応しいかもしれない。」

(自分のこと,神とか言っている人初めて目にしたわ。何この人。やばい奴じゃないわよね。)


「僕は、この世界に生まれてから4359年287日16時間25分54秒の比較的新しい神なんだよ。」

(自称,「新米の神様」ね。新米だからって,私,絶対容赦しないんだから。)


「君のいた世界はとても高位の存在でね、「無から有を生み出した尊き存在」と我々は呼んでいる。」

(その「尊い世界」に,私はずっと居たかった。)


「君のいた世界から,新しい全く異なる世界を創造する時は,原始の尊い存在を構成してきた,全ての物達を参考にする。」

(真似して作った世界だからって,良い世界になるとは限らないんじゃないかしら。)


「新しく造られた世界達には,それぞれそこにいる存在が生きやすいよう,真剣に考慮して創造される。」

(そうよね。人がいきなりジュラシックパークみたいな世界に転生しても,即絶滅だってあり得るじゃない。)


「この世界は,特に君たち「人」に関するものが大きく影響を受けているかな。」

(良かった。この世界は,人が普通に生活できるレベルの世界なのね。)


「新米の神」は,とってつけた仕草で両手を高らかに広げる。体の小ささにそぐわない程のその大振りな様子は,今まで話を聞いていた幼女以外の人が目にすれば,まるでキリスト教の偉大なる神が「光あれ」と高らかに宣言するが如き神々しさであった。


 しかし,その広げられた手により遥か上空の彼方から生み出されたものは,幼女がかつて前世にて見知った類のものばかりであった。


「この世界を創造する際に,まず力学を参考にした。」

どさどさどさっと,力学に関する大小異なる固い書籍が,遥か上空から幼女目掛けてこれでもかという位に大量に落ちてきた。幼女は慌てて立ち上がり,自分の近くにみるみる積みあがる本の山から急いで身を引いた。


(ちょっと!急に何するのよ。落下物は鈍器なのよ。死ぬかと思ったじゃない。)

引き攣った表情で落下してきた物を見ると,前世の古今東西に存在するであろう,多種多様の言語により記載された,なんの変哲もない書籍ばかりであった。


「参考にしたものは,これだけではないよ。勿論,生物・化学・歴史学・神話・地質学・社会学・経済学,その他もろもろも加えたとも。」

 様々な分野の書籍が,二人の周囲を取り囲むように雪崩のごとく積み上がり,上下左右が不確かな無限空間を,即物的な有限空間へと再構成する。


「君が前世で死んだ頃に流行っていた大衆文化も,構成する際にありったけ加えてみたさ。テレビやアニメに加え,ゲームや漫画の考えや世界観は興味深いね。非常に参考になったよ。」

 日本語が記載されたカラフルな装飾が施されたマンガやゲーム,DVDなどが,これまで落下してきた書籍達の間を埋め尽くすように,我先にと積まれていく。


 それらの数は不可思議なことに,既に生み出された書籍の数よりも明らかに多量であった。堅苦しい書籍ばかりの味気ない有限空間の中に,娯楽作品達の刺激ある無限空間が限りなく,かつ果てしなく無限大に広がっていく。


 その,幼女がこれから生きていこうとする大切な世界を構成するにしては,余りにもそぐわないと思われる物が,大量に拡散されていく信じがたい光景であった。


 幼女は,「神」に対して敬虔に対応するという己の大人の理性を消失しつつあった。

「いやいや,おかしいでしょう。なんでそんな下らないものまで,世界を創造する時に詰め込んだのよ。じゃあ,なによ。何が言いたい訳?もしかして,私が今生きている世界は,前とは違ってファンタジックな要素満載になっているということ?」


 そう詰め寄ると「新米の神」は,「その通りだ」と何故か嬉しそうに何度も頷いた。

「そうだよ,嬉しいだろう。これからの人生が,楽しみで仕方ないだろう。」

(そんなこと有る訳ないじゃない。余計不安になってきたわよ。)


「だって,君の前世で生きる人達の多くが,皆揃ってこの二次元世界にあんなに夢中になっていたではないか。」

(暇つぶしに余暇の合間に楽しんでいた私と,それが無くては生きていけないレベルの人たちを,一緒にしないでくれるかしら。非常に不快なのだけれど。)


「それ故に,当初僕の世界を構成する際に,できるだけ多く取り入れようとしたのだよ。」

(そんな物,逆に取り入れないで頂戴。お願いだから。もう後の祭りかもしれないけれど。)


 幼女は,思わず神の御託に口を挟んでしまった。

「だから、あのね。ち」

「力学と同様に,魔力学が広く普及していてね。大変便利なものだし、君の世界の…」


(ちょっと,人の話聞きなさいよ。ああ,もう駄目だわこいつ。人の話をまるで聞かない,無神経な人のようね。いや,神か。もうそんなこと,どちらでも良いわ。)

 全知全能であり,人の心が言わなくても分かる筈と思っていた「神」の,余りにも無邪気かつ大人気ない対応に幼女はイライラし始めた。


 加えて,そもそも神の存在意義が根本的から不安定になっていく幼女は,尊い筈のその神のお言葉はもはや聞くに値しないと判断した。

 それでも,前世では大人であった故の社会人の対応を行い,当初は至極まじめに傾聴していた。

 しかし,空間の特性上,時間間隔も曖昧であり,尚且つ神とは思え難い存在からの余りに長く続く説明を,受け入れ続けられなかった。疲労という名の,限界が来てしまったのである。


 彼女は、「今の世界」を構成する偉大なる存在からのご神託を,業務終わりに行われる下らない会議に渋々参加している時の如く,文字通り「右から左に」ぼんやりと聞き流していたのであった。


 欠伸を何度も噛み殺しながら,幼女はもううんざりだと首を振った。

(本当に下らないわあ,この話。早く終わらないかしら。もう私,飽き飽きしてきた。)


 完全に無防備で聞いていた幼女に対し,無邪気な「神」は,本神も無自覚に突然恐ろしいことを宣った。

「そういえば特に君の運命には,この素晴らしい作品が関わっていてね。」

と,カラフルな娯楽作品溢れる巨大な塊の中から,一枚のDVDらしきものを優しく取り出す。不意を突かれた幼女が,よく見ようとじっと目を凝らした。


そのDVDは,何かのゲーム作品であることが理解できた。幼女は,驚きの余り思わず全力で汚く叫んでしまった。

「はあ?まじかよ!意味分かんない!!おい!ちょい待ちやおい!!!」

(私の人生が、その一冊の薄いモノにかかっているというのかい?)


「己の今後の大切な人生が,ただの娯楽作品によってその運命を左右される」という余りにも残酷な設定に口をパクパクさせる幼女に,「神」は厳かにこう宣言した。

「君の運命も関係するよ。君は,今のままだと十八歳を迎える年に死ぬことになっている。」

と。


 幼女は,自分の寿命まで左右する悍ましい娯楽作品が,一体どんな物なのか目を限りなく開け,神の持つDVDのゲームタイトルに必死に目を凝らした。


 曰く、『百合薔薇の乙女と精霊の森♡~愛は氷の王をも溶かす~』


 そのタイトルからすぐに連想される内容に,幼女は憤慨した。

「いやいや,それ,乙女ゲームじゃん!あなた何,ふざけてるの?さっき自分が死んだことを思い出したばかりなのに,どうしてまた死ななきゃいけないと,言われなければいけないのよ?そもそも,十八歳までに死ぬなんて,余りにも短すぎる人生でしょうが!大体どうして,そんな若くして,私死んでしまうのよ?」


 創造主は,創造した相手に本来決して伝えてはいけない「設定」まで,何故か口を滑らせてしまったことに気づき慌てた様子で「しまった」と言った。「神」であるはずなのに,狼狽えたその様子は,大変に「人間臭さ」を感じた。

「忘れてくれ。「運命」までは,君に伝えてはいけないことだった。」

「神」は,しかし思い出したように「いや」と言い,爆発寸前の幼女に対し,さらに追い打ちをかける。まるで,それは「神」ではない人間味溢れる別の何かのような存在であった。


「いや,敢えて言わせてもらおう。生前の君は,客観的に見て「合理的で冷徹」と判断された。その一連の行動が,君の魂の記憶に刻まれていたために,僕の世界で生まれ変わる際にその影響を受けてしまったのだと。」

「いや,「忘れてくれ」じゃないでしょう!なんでそんなこと,急に言うのよ!それになに?私がそんな運命に遭わなきゃいけない理由が,自業自得のせいだと言いたいの?あのねえ,あんたは知らないかもしれないけど,人が一生懸命生きるって,すごく大変なことのよ。人の苦労が何も分からないあんたなんかに,そんなこと,言われる筋合い無いんじゃないかしら!」

(神のくせに,本当生意気だわ!私と同じ格好しているくせに,偉そうに威張り散らして!)


 激高する幼女に叱られて,約四千年以上「神」をしている存在は,しゅんと悲しそうにうなだれた。その様子は,「神」という全てのものから超越し存在でありながら,何故か初めて親に叱られた幼子のような,どこか心細そうな姿をしていた。

「僕がこの世界を創造してから,こうして他の誰かと意思疎通をするのは,初めてなんだ。なぜか思わず,色々と君に話してしまった。何故だろう。」

(いや、推理小説のネタバレを嬉々として言う感じ,本当やめてほしいわ。もしかして,私と会った時から、「犯人はヤス」的な感じで伝えたくてずっとうずうずしていたのかしら。あなたはなんて,性格悪いのかしら。)


幼女は,「神」と「人」とは,そもそもの根本たる観点が全く違うのだと思い知った。

(命の大切さとか,寿命は長い方が良いとか,きっとこの「自称神」は全く気にもしていないのね。)

怒りの余り,思わず「人間臭い神」の両肩に勢いよく掴みかかろうとした幼女は,突き出した己の両手がこの白い空間と交わるように,少しずつ消えかかっていることに気づいた。


 神が,己の眼前でゆっくりと存在毎消えゆく幼女に対し,にっこりと愛おし気に微笑んだ。


「記憶を取り戻して揺らいでいた君の魂が,今の体で,再び目覚めようとしているみたいだ。君と話せて,本当に良かった。また君に,会えたらいいのに。そんな時が,来れば良いのに。」

(その時はきっと,私が死んでいる時ですよね。止めなさい,そんな不謹慎なこと言うの。私,もう二度とあなたなんかに会いたくないわ。)


 幼女の髪が,手足が,空白の世界に飲まれ行き,体のある現世へと送り返されていくのであった。今や殆ど透明になりかけている幼女に対し,神らしからぬ「自称新米の神」は,ふわりと彼女の額に柔らかく口づけした。その表情は、自分の世界に存在する全てのもの達に対する,深い慈愛に満ち溢れていた。

「心配ない。運命は,今後の君の行動によって,幾千にも変えられるから。」


だが「神」の最後のお言葉は,既に耳も目も消失し現世へと浮上しようとする幼女には,悲しい程全く届いていなかった。


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