軽やかな声と自宅学習
夜明けの光が、レオナルドの美しい頭髪を白く反射させた。彼は毎朝の日課である、剣の鍛錬を行っていた。動くたびに、彼の腰半ばまである一括りにされた金髪が滑らかに揺れ動く。武骨な動きであるにも関わらず、まるで金糸の房飾りを付けて舞を踊っているようだ。
彼は自身の体の特徴の中で、母譲りの金髪だけが自慢である。「目を合わせただけで孕まされる」と言わしめた父親似の甘いマスクなんて、風の刃でずたずたに引き裂いてやろうかとどれだけ思ったことか。自分の整った容姿が、彼は嫌いだった。時折ふと思い出す母の言葉のおかげで、自傷行為をかろうじて抑えられているのかもしれない。
「レオンは、本当に綺麗な顔立ちだわ。よかった、ちゃんと産んであげられて。特にあなたの、その誰をも虜にする薄青色の瞳、お父さんそっくり。」
でもね、と彼女は自慢気に笑った。
「その笑った素敵な顔は、私そっくりね。可愛いくて愛しい息子。私ばかり心配しないで、笑顔を忘れず楽しく生きて頂戴。」
(あなたなしに、どうやって楽しく生きれば良いのかと泣いていた時期もあったな。)
彼は、一通りの基礎となる動きを終えて、にじませた額の汗を手の甲で拭った。
(だが、それも昔の話だ。今は、毎日が楽しくて仕方ない。)
動きを止め、汗ばんだ身体を浴室で清めようと帰りかけた彼の元へ、遥かイルヴァタールの彼方から,朝一番の爽やかな風がびゅお、と吹雪いてきた。
「おっはよ~う、レオン?今日は何して遊ぶ?追いかけっこ?それともお歌を歌ってくれるの?」
カレンが、両腕の羽をひらめかせながら向かってきた。彼女は、いや、彼女たちは人と鳥の間を取った姿をしていることが多い。
「おはよう、カレン。そうだな、久しぶりにライアーでも弾こうかな。」
「やったあ!すぐに取ってくるね?」
そう叫ぶが否や風の妖精は仲間たちを連れて、彼の開け放された寝室の窓から一抱えの小型な竪琴を持ってきた。主の両手にふわりと乗せて、早く早くとせがんでいる。
「じゃあ、一曲目。『光のヴェール』」
変声期の声とは思えない、軽やかなテノールの美声が空間一杯に広がり屋敷向こうの丘の遠くまで拭われたような清風が拭いた。清らかなる風の流れに調和せんと、剣を握る手とは思えない程細く美しい指で竪琴に張られた7弦を軽く弾き、弾んだ別の音を重ねていく。
彼の周囲で妖精たちが、手を取り合って踊りまわっていた。透き通る羽がひらひらと、楽し気に揺れている。彼の声を聴いているだけで、風の元素の恩寵を受けられるようだ。目に見えない風の粒子が集まって、歓喜し拡散し乱舞する。魔法と繋がりの無い者に、この美しい光景は見られない。
(早く、アルテが目覚めてくれたら良いのに。)
そうすれば、毎日だってこの景色を見せてやれるのに。
アルテは、がばりと目を覚ました。すでに日が高く昇っており、壁時計の針は10時過ぎをさしていた。隣を見たが、兄はすでに起きてしまっているようだ。当然である。
(しまった。寝過ごしたわ。貴重な午前中の時間の半分が、台無しじゃない。どうしてこの年頃の子は、いつもこんなに眠たいんでしょうね。)
ふわと大きなあくびをしながら、小さな手で水差しを取ろうとする。中身を注ぐ際に、コップが一つしかないことに気が付いた。使用済みのようだ。
(万が一、私の口内にミュータンス菌が生息しているとして、兄さまに移ったりでもしたら大変だわ。虫歯は一度なると、しぶといのよねえ。後でメアリに、台には色違いのコップを2つ用意しておいて欲しいと、忘れずに頼まなけらばいけないわ。)
並々と水を入れたコップを両手で持ち上げ、一気飲みする。自分はどうなのか。
(今日も、いい天気ね。なにして遊ぼうかしら。というか、私遊んでいて良いのかしら。今はまだ5歳だけれども、もしこの世界に義務教育があるなら予習をしておきたいわ。あわよくば、飛び級して最短で卒業し、自分の調べものの時間に費やしたいし。)
そういえばと、幼女は昨日の出来事を思い出していた。
(父が兄に家庭教師をつけると言っていたわね。私は今自分自身が、小型爆弾並みに危険物だと認識できている。兄のそばを少しでも離れるのは、非常によろしくない。)
彼女は、わたわたと、身支度を始めた。15歳のメアリに着替えさせてもらうのが、何だかこっ恥ずかしいためである。
(ドレスの着付けに、早く慣れなければ。コルセットが無いのは幸運だったわ。)
忘れずに布団回りを整える当り、前世での生活力が現れるようだ。
その様子を、カレンが窓辺にうつぶせになって寝そべりながら一部始終眺めていた。
「あら~、しっかりしたお嬢さんだこと!でもシルキーが、やることなくなるって泣いちゃいそう!」
「ん?」
と、アルテは後ろを振り返り訝しんだ。
(今、何かがしゃべったような。気のせいか。)
社会人時代に培った最短で身支度を整える方法を生かして、幼女は目覚めて30分後には兄の元へと駆け出していった。