六大元素と国内地図
「…テ。アルテ、起きて。ほら、着いたよ。」
兄が、腕の中で安らかに眠る妹に目覚めのキスと共に愛しそうに囁いた。幼女は、「何て悪い夢を観たのかしら」と唸り声をあげて瞼を開ける。最初に視界に入ったものは、兄の激しく整った顔と晴天の青であった。
(私ったら、初めての外出ではしゃぎすぎて、どこかで眠ってしまったのね。)
家にでも着いたのだろうか。そう思ったアルテは兄の腕の間から首を巡らせ、瞬間「ひう!」という声を上げた。
足元に、島が存在していた。これまで地図で舐めるように見てきたグレートブリテン島が眼下に存在している。
「魔力のことを話すには、実際に僕らの住む国を含めた周囲の状況を考慮しながら説明する方が分かりやすいと思ってね。ごめんね?びっくりした?」
(いや、お兄ちゃんのその発想がびっくりだよ。そうよね。あなたにとっては地図や地球儀なんて必要無いものね。)
「周囲の景色が知りたいなら飛べばいい」なんて発想、私は知らない。ドローンも衛星も、彼には必要ないのだろう。見たいときに最新の地図情報が掴めるのだから。
目覚めた途端に硬直する妹をよそに、レオナルドは淡々と説明を始めた。
(そうですよね。あなたにとっては高度1万メートルも1メートルも同じような高さですものね。おかげで私はさっきから、恐怖で骨盤がひゅんひゅんしているわよ。)
「アルテは、魔法と魔法陣を一概に同じだと思っているようだけれど、正確には魔力学は魔法と魔術の2種類があるんだよ。まずは、アルテが気にしている魔法から説明してみるね。」
(一体どんな違いがあるのかしら。気になるわ。)
「今僕らの真下にある国が、聖ファルキア王国。光の元素神による恩寵を受けた土地とされており、聖光教を信仰している。国の統治は、土の元素神の恩寵を受けた王家一族が行っている。」
(前の世界で言うと、ウエールズとイングランドを足した規模よね。首都バーミンガムが今私が住む領地の隣にある。)
「そして、アルテの左手側の先にある島が、イルヴァタール世界。国ではないんだよ。水・土・風・火の元素神の恩恵を受けた生き物だけが住むことが許される土地と、神話には伝えられている。多種多様な魔法生物が存在していてね、絵本にあるエルフや妖精みたいな生物が、大体あの場所にいると思っていい。」
(「ケルト神話」の物語の舞台であるアイルランドが、そのまま魔法生物の住む世界になっているわけね。恐らく、人は住んでいないのでしょう。)
兄の視線が、すっと正面を向いた。心なしか不快そうな表情をしている。
「アルテの真正面にあるクリステ山脈の向こう端を横一文字に分けた境界が、聖ファルキア王国の国境。そこから先は、アルドの民が住む地域だ。これも、国を為していない。闇の元素神を信仰しており、複数の部族が存在する。部族の殆どが非常に好戦的で戦いを好んでおり、国境付近にある魔石の採掘所を闇の元素神の聖地として主張している。おかげで、アルドの民が住む領地と我が国境付近では常に争いが絶えない状態だ。」
(ペニン山脈の名前は、今はクリステ山脈だったわね。覚えなおしておかないと。)
「今僕が伝えたこれら3つの土地は、火・水・土・風・光・闇の6大元素を司る神がお造りになったそうだ。そして、それぞれの神は、己自身の元素を支配する力を6人の精霊王、及び6人の”初めの人々”と言う人間達に分け与えたらしい。」
(計、12パターンに分割されたわけね。陰と陽の考えが影響されている気がする。)
「6人の精霊王の内、火・水・土・風の4柱は、イルヴァタールにてその世界を管理している。そして闇の精霊王がアルドの土地に、光の精霊王が僕らの住む国に降り立った。」
「一方人間の方は、闇の元素司る力を授かった人以外の5人が、光の精霊王が住む土地で国を興した。」
(聖ファルキア王国が爆誕した瞬間ですね。そして闇属性の人だけ、仲間割れを起こして北に去ってしまったんですね。なんだか可愛そう。)
「土司る人が、千年・万年続く国を作ると王に立った。強固な地盤が、強固な国家を作り上げるとね。」
(国の土台だけに、土属性。)
「そして水司る人が王に寄り添い、土地に民草が安心して住めるように水路を整備し、田畑を豊かにしようとした。」
(水属性が一番需要が高そうね。綺麗な水は人の生活に必要なものだし。)
「風司る人は、人々と精霊達の間を取り持つ存在になりたいと願い、自ら吟遊詩人となって3つの世界を放浪する者となった。」
(人と、人以外の生き物との調整役ということかしら。確かに、必要な存在ね。)
「火司る人は、国を守る炎の盾とならんとし、主に軍事や戦いに長けた守り手になった。」
(火属性かあ。私は平和主義だし、欲しくない属性だわあ。)
「光司る人は、人々の心を照らす真白の光になりたいと、天使となり国内に広く聖光教を普及させた。」
(さようなら、キリスト教。こんにちは、新しい宗教。)
ここまで話すと、レオナルドはふうとため息をついた。
(こんなに話したのは、久しぶりかもしれない。)
彼は、静かに読書をするのが好きな控えめな少年であったため、必要時以外は極力人に関わろうとしてこなかった。そのため、本人に自覚はないが少しだけ言葉足らずなところがある。
「いわゆる属性持ちとされている人は、先に伝えた6属性の人たちの末裔だとされている。だから、僕は遡れば風司る人の血を引いているわけだね。」
「属性持ちが魔法を行使するのと、魔法陣を使い魔術を行使する方法は全く異なるんだ。属性持ちはね、神の恩寵を受けている。故に僕が風を欲すれば嵐を呼べて、君のお父様が水を欲すれば湖を作ることができる。」
(だんだん、スケールの大きな話になってきた。)
「属性持ちは、血筋に由来する。アルテは、水属性のお父様と火属性のお母様の二人の間から生まれた子だ。だから、水属性か火属性の魔法が使える可能性がある、というわけだね。」
(お母さまには悪いけど、火属性は勘弁して欲しいわ。いつでもどこでも放火できるような、発火人間にはなりたくない。)
「ここまでは、分かったかな?」
アルテミスは、ぶんぶんと首を振った。今まで本から得た文章だけでは、正直良く分からなかった。人から伝えられて、初めて理解できるものもあるのだ。
(兄さま、ありがとう。)
と優しい兄に感謝した瞬間、アルテミスの体から兄の右腕が離れた。左の片腕でそら高く「高い・高い」されている状況である。
「ひょああ兄さん!!大丈夫ちゃんと聞いているから!!途中で失神なんてしてないから!!」
叫ぶ妹に兄は、「ん?」と何でもないような表情をし、ポケットから100円玉サイズの小石を取り出した。
(兄さん。そのちんまい石と私の命と、どちらが大切なの?私の心臓はもう止まる一歩手前なんですけれども。)
アルテは、兄のしっかりした首に思い切りしがみついた。兄の体の隙間越しに、青黒い光を放つ石が見えた。サファイアと黒曜石の原石を、足して2で割ったようなガラス質独特の輝きである。
「これが、魔石。さっき伝えたとおり、主に聖ファルキア王国のクリステ山脈北端に鉱脈がある。魔術を使うには、この石を用いた特別な道具を使用して陣を描く。魔法みたいな要領の良さは余りなくてね、一つの陣に対して行使できるのは一つの目的行為だけだ。故に…」
(兄さん。あなたの首に抱き着いたせいで、真下の絶景が丸見えなんですよ。もう無理。ああ意識が遠のく。)
幼児はそう心で叫ぶと、がくんと首をうなだれ再度失神した。