興味の対象
アニメ、漫画、ゲーム、グルメ……と、観光客を引き付ける魅力がたくさんある秋葉原だが、未来が一番興味を示したのは電化製品、正確には白物家電だった。
「……こ、これは冷蔵庫、中に入れたものを冷やす箱」
「冷やす? 冷やすことにどんな意味があるの?」
「……ふ、冬だと軒先に置いてる野菜とか腐らないだろ。……この箱の中に食べ物入れると腐らなくなる」
「食べ物が腐らなくなるって、すごいですねッ! いいなあ……これがあれば冬の備えがだいぶ楽になるのに」
「……ほ、干し肉とか作らなくていいもんな」
「ところで、この箱ってどうやって冷やしてるんですか? 中に氷が入っているようには見えないけど」
「……そ、それは」
困った、冷蔵庫は食べ物を冷やすものだというのは一般常識だけど、どうやって冷やしているかなんて知らない。
「知らないって、衛はよくわからないものを使って生活していたんですか?」
「……お、俺の世界だとそれが普通」
電化製品に関して言えば、箱も回路もすべて別々の場所で作られたものを組み上げてるわけで、ゼロから完成品を作れる人間なんて多分世界中のどこにもいないだろう。
「そうなんですか……でも、仕組みが気になりますねえ」
「……って、店員なら知ってるかもしれない」
俺は近くにいた店員さんを手招きで呼び寄せる。
申し訳ないが説明をぶん投げてしまおう。
「あの、申し訳ないのですが、この冷蔵庫って機械が中の物をどうやって冷やしてるか教えてくれませんか」
未来がペコリと頭を下げると店員は面食らった顔になった。
「冷やす原理ですか、この冷蔵庫はフリーザータイプですが」
「フリーザーって何ですか?」
「……少々お待ちください」
三歳の子供並みに、なんでなんで攻撃を繰り出す未来に対して店員さんは律義に携帯電話で原理について調べて解説してくれた。
こればかりは、インターネットとWikipedia万歳である。
「気化熱ですかッ! そんなのがあるんですね」
「地面に打ち水すると涼しくなるのは、水が水蒸気に変わる際に地面の熱を奪うからみたいです。冷蔵庫は、発生した冷気を箱の中に、熱を箱の外に逃がすことで中の物を冷やすんです」
「なるほど、密閉された空間内だと熱の行き場を操りやすいんですね」
店員さんの話す原理の説明に未来は目をキラキラさせる。
冷蔵庫だけではない、電子レンジ、炊飯器、扇風機、現代では当たり前に使われている電化製品のメカニズムに未来は興奮を隠しきれない。
「衛さんの住む世界ってすごいですねッ!」
「……俺もそう思う」
異世界から帰ってきたからこそ判る、現代文明ってスゲー。
多くの先人が、物理法則というの名の世界の秘密を見つけ出し、それを応用して発明品を作り出した結果、異世界では王侯貴族でも体験できないような豊かな生活をすべての人が享受している。
「……よ、よく考えたら未来って実用書が好きそうだな、特に技術関係の」
「そうですねッ! 世界の秘密について書かれた本があるなら是非読みたいです」
「……なら、近くに図書館があるからそこで読めると思う」
「本当ですが、行きたいッ! すぐに行きたいです」
俺は、未来の手を引いて雑踏を離れ近くにある図書館に向かうことにした。
確か電気街の路地裏にある公園の向かいに図書館があったはずだ、子供向けの化学解説本くらいなら置いていると思う。
図書館は歩行者天国から少し離れた路地裏にある。
周囲に商店が無いせいで人通りは電気街とは比べ物にならないほど少なくて、ほんの100m移動しただけとは思えないほど静まり返っている。
静かな空間の中央には災害避難用に整備された公園があり、そこでは秋葉原はあまり見ないタイプのチャラい格好をした少年が三人たむろしていた。
俺は迷わず未来の手を引いて公園の中に入る。
図書館があるのは公園を挟んで反対側、こんな判りやすいショートカットを見過ごす手はない。
「おいッ!」
公園にたむろしていた三人の少年のうち一人が俺の背後に駆け込んで飛び蹴りを放ってきた。
「ッ!」
俺は反射的に振り向き、槍の柄で蹴りを受け止める。
「……な、なんだお前」
「そのキモイ喋り方、やっぱり渡辺じゃねえか。なんだ、今日は服までキモいのか」
先ほどは気にもしなかったが、改めて見ると蹴りを放った少年は俺が見知った存在だった。
気化熱もそうですが、電磁石、電磁波、内燃機関の原理もファンタジー的に悪用できそうな気がします。