なろう小説氾濫の原因と考察
最近のなろうや最近のアニメ業界の流れについて話をしたい。
普段は読み専なのでこのようなことは書かないのだが、ふとトップページを眺めているとこんな投稿があった。
https://ncode.syosetu.com/n0572fu/ 「今の若者を囲むゲーム 作者:ケセランパサラン」
著者が雑記と書いてあるようにやや言いたいことがまとまっていないと感じたが、確かにと思った。
他にも同じような投稿をしている人がいたのでそちらの投稿も見ていると、概ね同じ内容が書かれていた。
それらを要約するとこうだ。
努力もせずに授かった力で好き勝手する話が多い昨今のライトノベル市場。キャラクターの魅力やグラフィックだけに依存し始めたゲーム市場。それが売れるからと、多くの創作者たちが同じような作品を生み出し続けた結果、代わり映えのない作品が乱立している。もうしばらくそれらが続いているので業界全体が落ち込んでいくのではないかと考えている。
ということである。
私はなろう小説について考えてみたいと思う。
私はこのような作品が生まれる原因を「自己肯定感の低下」だと考えている。
以前「今世界で売れているYoutuber」という記事を目にしたことがある。その中には人目を引く企画を考えたり、一般の人には考えもつかないような発想で人を驚かせる人もいる。私も何度も「この視点はなかった」「この着眼点はいいな」と思ったことがある。
その中でも一際私の目を奪ったのが「海外の子供Youtuber」である。この子ども、やっていることは簡単だ。ただ『おもちゃの開封をしているだけ』なのである。最初はこう思った。「何で売れているのか、この動画のターゲットはどこにあるのか」と。きっと親が子供にどんなおもちゃを買えばいいのか参考にしているのだろうと予想をして調べてみると全く違う結果が得られた。
何とこの動画「同じ子ども」がターゲットなのである。
おもちゃが買ってもらえない子どもがみているという。これは恐らく心理的ストレスでよくあげられる防衛機制の中の「同一化」に当たるのではないかと考えられる。つまり「おもちゃを買ってもらえない自分」を一時的に忘れて「おもちゃを開けている画面の中の子供」に自分を重ねているのである。それにより快感を得ているのだ。
こう考えるとなろう小説も同じことが言える。
このストレス社会、自分のしたいこともできないし、給与は低い傾向にあり、余暇の時間も満足にとることができない。そんな中で【努力せず】獲得した能力を使って【爽快な快進撃】を繰り広げている登場人物に自分を重ねているのだ。つまり子どもたちが行っている同一化と同じである。これによって快楽を得ているのだ。
声を大にして言いたいのだが、これが悪いというわけではない。ヒット作全てに共通することではないし、そう思わない人もいるだろう。だがこの不景気の時代、確かにその供給は需要に適しているのだ。
よってこの傾向はあっと驚くようなヒット作がでることや、景気が回復して【努力】が人々の快感になることができるような時代にならなければ変わることがないと考えられる。
つまり今の状態は需要と供給が一致してしまっている状態なのだ。そして読者はそれに中毒になってしまっている。
小説を読むにしてもアニメを見るにしても「最近同じような話ばっかりだよな」と考え「たまには違うものでも…」と違う作品を見るが、主人公が快進撃を繰り広げないので爽快感を得られずに「なんかつまらない」と観るのをやめるのだ。そういった作品で脳が慣れてしまっているため他の作品で楽しいと感じられなくなっているのだ。
これは完全に中毒である。中毒になってしまっているため簡単には直すことができない。
治す方法は…と、解決策を上げるのはできるがそれらが実行されないことを考えると非常に空虚な気持ちになるのでここでは触れない。
ただ大切なのはそういった小説ばかりを読んでしまっている方がそれぞれ「自分は中毒になっている、若しくは中毒になりかけている」ということを自覚すべきということだ。
たまにはそういったものから目を逸らして違うような作品を眺めてみるのもいいのではないか。それならば今日からでもできるだろう。
私もこの流れが早々に切れることを願っている一人だ。そう思いまた読み専に戻っていく。




