第7回 “その名は「ブリザード」”
次の日曜日の朝9時40分頃、弘はライダーマシンに乗って採石場跡地へと向かった。昨日の帰りにカーショップで買った、ライダーマシンのカラーリングに合わせて白地に赤いラインが入っているフルフェイスのヘルメットを被っていた。
NS-1は、他のバイクなら燃料タンクになっている部分が収納スペースになっているので、先週、治郎に借りたヘルメットはそこに収納していた。
ライダーマシンの派手なカラーリングのせいか、すれ違う通行人や対向車の人たちから結構ジロジロと見られた。
「なんか、思いっきり注目を浴びてる気がするけど、改人退治はこっそりとやらなきゃいけないんじゃないかなあ。大丈夫かなあ。このバイクは、かのライダーのと違って、変身したらカタチが変わるわけじゃなくて、1年中このカラーリングだからなあ」
弘は、そう呟きながらライダーマシンを走らせて行った。
それでも、バイクを所有するのは初めてで、乗ったのも昨日が初めてだったので、自転車とは違うスピード感が結構楽しくて、少し遠回りをしてから採石場跡地へ向かった。
採石場跡地には5分前に着いたが、治郎はすでに来ていて、ストレッチをしていた。
弘は、わざと治郎のオートバイから少し離れた場所にライダーマシンを止めて、ヘルメットを治郎に借りたヘルメットと入れ替えてから治郎のところに歩いて行った。
「おはよう。早いな。これ、先週借りたヘルメット。自分のを買ったから返すよ」
「おう。来たか。ヘルメット見たぞ。バイクのカラーリングに合っててなかなかいいじゃん」
治郎はヘルメットを受け取りながら続けた。
「ちょっと早く来たのは、毎日ジョギングはしてるし、時々空手の稽古もしてるけど、さすがに少しなまってるから始める前にストレッチはしとかないとと思ってな」
「お前でもそんなもんなのか。じゃあ、俺はもっと大変だ」
「ああ、準備運動をなめたらダメだぞ。お前もやっとけ」
「一応、朝、テレビ体操はしてきたよ。まあ、毎日やってるけどな」
「直前にやるのが大切なんだよ。少なくとも、足首と手首は痛めやすいから、それぐらいはやっとけ」
「ああ、わかった」
弘はバックパックを下すと、両手の指を絡めて手首をグリグリと回した。
治郎はストレッチをやめて立ち上がると、弘に言った。
「じゃあ、やりながらでいいから聞いてくれ。お前のライダーマシンだけど、名前が必要なんで少し考えた」
「名前?・・・・・ああ、トライチェイサーとかマシントルネイダーとかっていうあれか?」
「ああ、そうだ。で、お前のマシンは、カラーリングとデザインを初代ライダーの愛車であるサイクロンに似せちゃったから、それに合わせて嵐系のがいいと思うんだよな」
ニヤリとして治郎は言った。
「ああ、そうか、そうだよな」
「マシンも白いから『ブリザード』でどうだ」
「おおー!いいんじゃない?それ」
「そうか!じゃあ、『ブリザード』で決まりだな!」
「オッケー!それでいこう!」
「じゃ、ストレッチも大体いいようだから、そろそろ稽古に入ろう」
と、少しまじめな顔になって言った。
「よろしくお願いします」
弘は、微笑みながら深々と治郎に向かってお辞儀をした。
「んじゃあ、まずは、登場する時にかっこを付けるところからだ」
「は?」
「は?じゃねーよ。何事も最初が肝心だろ?相手に『できるな!』と思わせてビビらせる意味でも、最初はカッコ良く決めないと!」
「あ、ああ」
「見えないところから飛び上がって、かっこよく降り立つ。具体的に言うと、着地と同時に右膝だけ着いたあとに、ゆっくり立ち上がって両腕を開き気味に下に下げ胸を張る。これだ」
「えー?よくわかんないよ」
「何言ってんだよ。お前んちにライダーのDVDは全部揃ってて、何回も一緒に観ただろ?それを思い出せばいいんだよ」
「うーん、そういうところはよく覚えてないなあ」
「まったく、心構えが今一つだなあ。俺は昨日、Youtubeを観てきっちり復習して来たぞ。じゃあ、俺がやってみせるから真似して」
と言って、治郎はそこにあった高さ1メートルほどの岩の上に飛び乗った。それから、「とうっ!」という掛け声とともに飛び上がってから岩の下の地面に片膝を付きながら降り立ち、ゆっくりと立ち上がると言ったとおりポーズをとった。
「おお~!かっけー!」
弘は目をキラキラさせながら言った。
「だろ?はい、やってみて」
「よっしゃ!」
そう言って、弘は岩の上によじ登ろうとしたが、
「いやいや、まず、ライダーの姿に変身しないと」
と、治郎にあきれ顔で言われた。
「あ、そうか」
弘は照れくさそうにしながら、バックパックからベルトを取り出して装着し変身した。
「よし。・・・じゃあ、その姿なら岩の上とかに登らなくてもいけるはずだから、あそこにある5、6メートルほどの高さの砂利の山の向こうに行って、そこからジャンプしてこっちに降りて来てくれ」
「わかった」
そう言って弘は、ジョギング程度のスピードで20メートルほど先にある砂利山に進んでいった。
「あれ?走るスピードは普通なんだな」
「そういうわけじゃないんだけど、どうも、力を入れないで体を動かすとスピードは変わらないみたいなんだ」
「へー、よくできてるなあ」
「じゃ、いくよ」
弘は、砂利山の反対側まで来るとそう声をかけてから、思いっきり飛び上がり右膝をつくことを意識しながら着地したが、まだ、スーツに慣れていないせいで、着地後、右側に転倒した。
「あー、ダメダメ!全然ダメだよ!」
「悪い。まだ、スーツ姿になった時の感覚がうまくつかめてないんだよ」
「ジャンプするときは『とうっ!』って掛け声かけなくちゃ!」
「そこかよ!」
そんな感じで、ジャンプと着地を何度か繰り返した。最初は上手くできなかったが、ただポーズを真似るだけなので、20回ほどやったらなんとかそれっぽい形にはなった。
「うん、いいんじゃないかな。とりあえず、第1関門はクリアだな」
治郎は満足そうに言った。
「じゃあ、次は変身ポーズね」
「え?」
「え?じゃねーよ。ライダーなんだから絶対必要だろ!」
と、またしても、怒ったような口調で治郎は言った。
「ああ、まあわかるけど、実際問題としてポーズなんかなくても変身できるわけだし」
「なに言ってんの!これも相手をビビらすために必要だし、他の人に見られた時に本物のヒーローだと錯覚してくれてステータス上がるだろ?」
「あー、わかったわかった。やるやる」
弘は、めんどくさそうに言いながら、バックルの変身ボタンを押して元の姿に戻った。
「はい、じゃあ、俺がポーズ考えて来たから真似して」
治郎は表情を崩して言った。
弘は頷いた。
「いいかー、じゃあまず右手は、親指が上に来るようにしっかり拳骨を握って、そのまま右ひじを目いっぱい後ろに引く」
治郎は、その通りのポーズを取りながら言った。弘は同じようにしたつもりだったが、肘を引きすぎて体が少し右にひねられた感じになっていた。
「あー、引きすぎ、引きすぎ。あくまで上半身は前を向いてないと」
「こうか?」
そう言って、弘は少し体を戻した。
「ああ、それでいい。次は、左手をまっすぐ前に伸ばして、手首を90度曲げて指先が真上に向くようにする。指はくっつけてね」
と、これもその通りのポーズを取りながら治郎は言った。
「こうだな?」
「ああ、いいね~。その感じ!・・・で、それから『変身!』と大きな声で言って左手は拳骨を握りながら肘を素早く引いて右手と同じカタチにしながら、右手は、これも素早く真下におろして、その時に右手のひらの親指の付け根あたりで変身ボタンのスイッチを押す。ちょっとやってみせるぞ」
そう言ってから治郎は、右肘を引いて左手を前に出したポーズをとってから、『変身!』と叫んで、左肘を素早く引き、右手をこれまた素早く下におろした。
「おお~!」
弘は感心した声を上げた。
「ほい、やってみて」
「おう」
弘は、そう答えて、まず左手を前に出して右ひじを引いたポーズをとった。
「そうそう。あ、右の拳はしっかり握ってな」
弘は、右の拳を握りなおしてから『変身!』と叫んで、左肘を素早く引き、それから、右手を下におろした。
「あー、ダメダメ!左右の手は同時にやらなくちゃ!それと、左肘を引いた時の左手の握りが甘かったぞ!」
「ああ、そうか。なかなか難しいな」
「まあ、1回でできるとは思ってないから、とにかく練習して!」
これも何回か繰り返して、なんとかできるようになった。
「おーし!いい感じだ」
と、治郎は満足げに言った。
弘は、ふう、と一つため息をついてから変身をといて元の姿に戻り、
「なあ、腹減って来ないか?」
と、言った。
その言葉で治郎は、腕時計を見た。
「あらら、もう12時に回ってるじゃないか。よし、じゃあ、この辺で昼飯にしよう」と、言って自分のオートバイの脇に置いたバッグを取りに行った。
「あー、まだ本題に入ってないのに、なんか疲れたなー」
弘は、そう言いながら、バックパックからおにぎりを出してその場に腰を下ろした。