第6回 “ライダーマシン”
「なにって、名前にライダーって付いてんだからオートバイに乗って颯爽と登場しなきゃいけないだろ。だから、オートバイを用意しないとな。・・・でも、お前、自動二輪の免許持ってたっけ?」
「いいや。俺みたいな運動音痴には実技が絶対無理だから、自動車運転免許すら持ってないぞ!」
なぜか威張ったように弘は答えた。
「うーん、そりやいかんねえ。原付免許もか?」
「原付免許なら持ってるぞ。原付は実技試験がないからな。さすがに、自転車だけじゃちょっと遠くに行くのに困ることになるだろうと大学の時にとっといたよ。今まで必要がなかったら買ってないけどな。でも、原付じゃカッコ悪くない?」
「いやいや、原付っていったってレーサータイプなんかそこそこカッコイイぞ。ヤマハTZR50RとかホンダNS-1とかマジでカッコいいよ。大きさも250㏄クラスとほぼ同じサイズだから、そういう意味でも見た目がショボくないし。もう生産してないから中古しかないけど、NS-1なら状態のいいのがまだ結構あるぞ」
そう言いながら、治郎はズボンのポケットからスマホを取り出した。
「ちょっと今、画像を検索して見せてやるよ」
治郎は、NS-1の画像を検索して弘に見せた。
http://img.bikebros.co.jp/vb_img/guide/img/honda/03/main.jpg
「おお!これいいじゃん!カッコいいよ!」
「だろ?新車で買えるやつなら、イタリアのアプリリアRS4ってのがあるけど、カウルが小っちゃいし、テールのボリュームがないから、ちょっとライダーのオートバイって感じじゃないんだよね」
治郎は、これも画像検索して弘に見せた。
https://response.jp/imgs/thumb_h2/412258.jpg
「おおー!これもカッコいいじゃん!んー、でも、確かにライダーのオートバイっぽくないな」
「そうだろ。じゃあ、NS-1で決まりだな!うちと取引のあるバイク屋が何軒かあるから、在庫がないか聞いてみるよ。値段は、たぶん20万円前後だと思う」
「20万円か~、結構痛い出費だなあ。まあでも、そのくらいなら出せるな」
「よし!じゃあ、今日中に当たってみるから。確保したら連絡するよ」
「わかった!悪いけどよろしくな」
「それから、改人と戦うことになったら、連絡くれれば俺も助っ人するぞ」
と、治郎はマジメな顔で言った。
「えー、相手は改造された強化人間だぞ。大丈夫かよ」
「大丈夫だって!俺の強さはお前も知ってるだろ?まあ、少なくとも下っ端の黒ずくめのやつらぐらいは相手になると思うぞ」
「ああ、そうか、そうだよな。じゃあ、下っ端は頼む。それと、俺のコーチもな」
「まかせとけって!」
と、言いながら、治郎は腕時計で時間を確認した。
「あ、もうこんな時間だ。仕事に戻んなきゃいけないからまたな」
「ああ、仕事中に悪かったな。じゃあ、バイク頼むわ」
「了解、了解」
そう言って、治郎は手を挙げて工場の方へ戻って行った。
弘は、ベルトをバックパックにしまうと、自転車に乗って家に帰って行った。
その日の夜の8時ころ、近所のスーパーで買って来た惣菜の夕飯を食べ終えてテレビを見ていた時に、治郎からスマホのLineに連絡が入った。
[NS-1、状態のいいのがあったぞ!これね]
という、そのNS-1の写真付きメッセージだった。
[了解!ありがとう。真っ白なんだな?いいじゃない。じゃあ、土曜日に取りに行くよ]
[了解。待ってるぞ。登録に必要な書類も持ってきてくれ]
[ああ、わかってる]
次の土曜日、朝の10時近くに弘は治郎の工場に歩いて行った。
20分ぐらいの距離で、まだ少し足が痛んだので、買った杖をついて行った。
「おお、来たか。しかし、杖が痛々しいな」
「まあ、なくても歩けるんだけど、ちょっと距離があったから念のためにね」
弘は照れくさそうに答えた。
「じゃあ、こっちに来て」
治郎が先に歩いて工場の中に入って行ったので、弘は後ろから付いて行った。
「さあ、これだ!どうよ」
工場の奥に真っ白いNS-1があった。
「おお~、実物は写真よりカッコいいし、思ったより大きいな。いいじゃん!」
「うちはバイクと自動車の販売もやってるんで、うちの会社名義でいったん登録しといたから、すぐ乗れるぞ。お前の名義には俺が変更しとくよ。必要な書類は待ってきてくれたよな」
「ああ、ここに入ってる」
弘は大きめの封筒を差し出した。
「了解。確かに預かった」
「じゃ、すぐ乗れるんだな。ちょっと乗ってみたい」
「ああ、ガソリンも入っているから乗れるけど、これじゃただの原付バイクだから、『ライダーマシン』って感じにしないとな!」
と、治郎は意味深な笑みを浮かべながら言った。
「『ライダーマシン』って感じ?・・・・・ははあ、赤いラインとかを入れようと考えてるな?」と、弘は不敵な笑みで返した。
「正解!」
「そして、マフラーを6本出しにするとか?」
「正解!さすが分かってるねー」
「まあ、確かにな。了解、了解」
「実は、パーツはすでに用意してあって、これからやろうと思ってたんだよ」
「用意周到だな。わかった、俺も手伝うよ」
「おお、そうか。確かにその方が早く終わるな」
そう言うと治郎は、NS-1の向こう側から車両用のペイントと6本のマフラーを出して来た。
「じゃあ、やるか」
「おう!」
と、弘が答えてから、二人は嬉々として作業を開始した。
夕方には、NS-1を思惑通りの姿に変身させることができた。少し悪乗りして、フロントの泥除けを大きなものに替えて、そこに背びれみたいなものを付けてみた。
夕方には、NS-1を思惑通りの姿に変身させることができた。少し悪乗りして、フロントの泥除けを大きなものに替えて、そこに背びれみたいなものを付けてみた。
「完成!おおー!『ライダーマシン』って感じになったな!」
と、満面の笑みで治郎は言った。
「確かにー。いいねこれ!・・・じゃ、早速乗ってみよう!」
弘は、出来上がったライダーマシンに跨ってエンジンを始動した。
「うーん、イマイチ音がしょぼいか」
と、苦笑しながら弘は言った。
「まあ、原付だからな。そこはしょうがないよ。でも、さまになってるぞ」
「ちょっと、その辺を一周して来るな」
と言って、弘は発進して行った。
数分後、出て行った方と反対側の角を曲がって戻ってきた。
「走ってる姿もさまになってたぞ!」
と、ニコニコして治郎は言った。
「そうか?これ、思ったより加速もいいし、スピードも出るし、なかなかいい感じだな」
「そうか。じゃあ、大事に乗ってくれよ」
「うん」
「それから、このバイクに乗って帰るならこれをしていかないと」
と、治郎は弘にフルフェイスの真っ白いヘルメットを手渡した。
「あ、そうか。ずっとバイクには乗ってなかったからすっかり忘れてたよ」
「それは今使ってないから、返すのはお前が自分のを買ってからでいいよ」
「わかった。助かるよ」
「で、明日は俺も休みだから、ちょっと戦うための特訓をしようぜ」
「そうか、そうだな。よろしく頼むよ。場所は、このあいだ俺が行った採石場跡地がいいよな?」
「そうだな。じゃあ、弁当持参で10時に集合でいいか?」
「わかった。じゃあな」
「じゃあ明日・・・あ、そうそう。俺も新しいオートバイ買ったんだよ」
「え、そうなの?」
と、少し驚いて弘は答えた。
「そう。こっちこっち」
治郎は、弘に手招きをしてから庭の方に歩き出した。
「おおー、見せて見せて」
弘はバイクから降りる次郎の後をついて行った。
治郎のオートバイは、1000㏄のカワサキNinja H2 SXだった。
https://young-machine.com/wp-content/uploads/2018/03/013-3-800x533.jpg
弘は無言でそのオートバイを見つめていた。
「これからちょっと小さい部品の受け取りに取引先に行かなきゃいけないんだ。じゃあな」
治郎は、そう言うとそのオートバイに跨り、ヘルメットをかぶると甲高い高回転のエンジンを轟かせてすごい加速で走り去って行った。
弘は、その姿を暗い表情で見送っていた。
「俺のってスピードが~。音がしょぼい~」
今までの気分が吹っ飛んで絶望的に悲しくなっていた。
そして弘は、しょぼい音のライダーマシンに乗って家路へとついたのだった。