第25回 “治郎の戦闘スーツ”
火曜日の午前10時を少し回った時間に、自宅で作業中だった治郎のポケットのスマホが鳴った。
それは、弘からのLine電話だった。
「おう。どうした?お前のバイクの修理ならまだだぞ」
「いや、そのことじゃないよ。ちょっと悪いんだけど、今日の日中に2時間ばかり時間とれる?」
「うーんと、午後2時ぐらいなら大丈夫かな?でも、何の用だよ」
「ああ、それは会ってから話すよ。じゃあ、駅前のトドールに午後2時でよろしく」
「なんだそれ。まあいいや、わかった」
治郎がそう答えると電話は切れた。
治郎が駅前のトドールに入っていくと、入り口から一番近い席に弘が座ってアイスコーヒーをすすっていた。
「あ、治郎。悪いな。時間がないだろうからすぐに出よう。お前の分も含めて、アイスコーヒーは持ち帰り用にしてもらったから」
弘はそう言って立ち上がり、治郎の方に歩いてきた。
「なんだ?どこに行く?」
治郎は怪訝そうに聞いた。
「まあ、それは歩きながら話すよ。ついてきて」
弘は、アイスコーヒーの一つを治郎に渡すと、そう言ってから店の外に出て右に歩き始めた。
「ちょっと何だよ。何たくらんでるんだ?」
「ちょっとね。お前にコーチ代としてのプレゼントをね」
弘は、そう言うと駅から遠ざかる方に右折し、オフィスビルが立ち並ぶ方に歩いて行った。
歩きながら、弘は言った。
「実は、前々からお前を生身のままま戦わせるのは危険だと思ってたんだけど、この前の土日に戦ったテッポウウオ男のような危ない液体を噴射してくる改人がいたのを見てますますその思いが強くなってね。少しは大丈夫なようにお前用の戦闘スーツを用意してもらうことにしたんだ」
「戦闘スーツ?」
「実際は、レーシングスーツなんだけど、F1用の一番耐久性の高いものをお前に着てもらおうと思って、知り合いの人に頼んで用意してもらってるんだよ」
「え?お前、そんなこと考えてたのか」
「ああ、そうだよ。やっぱり、どう考えても生身でニョッカーの相手をするのは危険すぎるからな。ただ、お前のことはオートバイのレーサーだと言ってあるから、そのつもりで受け答えを頼むよ」
「まあ、よくわからんけど、とりあえず了解した」
治郎は、あまり納得していないといった表情で答えた。
オフィス街の中でも、ひときわ大きいビルの前に着くと、弘は足を止めてそのビルの正面玄関を見つめた。
正面玄関の右側には「トライ工業」という、金属製の看板がかかっていた。
「ついて来て」
弘は、そう言うと正面玄関から中に入って正面にある受付に向かった。
「いらっしゃいませ」
弘が受付に近づくと、受付カウンターの向こう側にいた女性がそう声をかけて来た。
「佐々木弘と言いますが、藤川康介さんをお願いします」
「佐々木弘様ですね。承っております。少しお待ちください」
受付嬢はそう答えると、内線電話でどこかに連絡を取った。
「佐々木様、藤川はすぐにここに参るとのことです。こちらを胸に付けていただいて、おかけになってお待ちください」
受付嬢は、「GUEST」と書かれた四角いネームプレートを二つ弘に手渡すと、左手で弘の右後方の4人掛けのテーブルを指しながら言った。
「わかりました」
弘は、ネームプレートを受け取ると、一つを治郎に渡して、もう一つは自分のスーツの胸ポケットに挟んだ。治郎もそれを胸ポケットに挟み、二人は、受付嬢が示したテーブル席で藤川を待った。
「おい、ここなんの会社だよ?」
治郎は、椅子に腰を下ろすと聞いた。
「ここは、俺の親父が昔社長をやってた会社で、親父の部下だった人にお前のレーシングスーツを頼んだんだよ」
「え?そうなのか。親父さんが会社を経営してたのは聞いたことがあったけど、こんな近いところにあるとは思わなかったよ」
「まあ、そうなんだけど、親父が死んだときに株券も随分売り渡しちゃったし、どのみち、会社経営自体は俺には関係のない話だからな」
「まあ、お前は大学生だったからな。そうだろうな」
「やあ、弘くん久しぶり」
左から声がしたので治郎がそちらを見ると、50代前半と思われる、髪の毛の半分ぐらいが白くなっている中肉中背の男が立っていた。
「あ、藤川さん、お久しぶりです。今日はすみません」
弘は、立ち上がってそう言いながらお辞儀をした。
「この方は、ここの専務さんで、レーシング開発部門の部門長でもある藤川さんだ」
弘は、遅れて立ち上がった治郎の方を向いて言った。
「あ、どうも初めまして。小林治郎です」
と、治郎は藤川に向かってお辞儀をしながら自己紹介した。
「キミが治郎くんですか。弘くんから噂は聞いていますよ。レーサーでありながら空手の達人ですってね」
藤川は、治郎に向かって微笑みながら言った。
「いえ、そんな大したことはありません」
「いやいや、謙遜しなくても」
藤川は、そう言ってから弘の方に向き直って、
「それじゃ、用意はできてるから行こうか」
と、言って、受付の左側にあるエレベーターホールの方へ歩き出した。
弘と治郎はそのあとに付いて行った。
三人は、エレベーターに乗って12階で降り、藤川のあとに付いて左の方へ歩いていって高さ2.5メートルほどの白い大きな扉の前で止まった。
藤川が、暗証番号の後に右手の人差し指を指紋認証装置と思われるものにあてると、ピーっという音とともに扉が左右にスライドして開いた。
「さあ、ここだよ。入って」
弘と治郎は藤川のあとに付いてその部屋の中に入った。
「弘くんに頼まれて治郎くん用のうちで開発しているレーシングスーツを用意することになったんで、今日は体の寸法を測らせてもらうために来てもらったんですよ」
藤川は治郎に向かって言った。
「あ、はい。すみませんが、よろしくお願いします」
治郎は、藤川に頭を下げながら言った。
さらに先に進むと、レーシングスーツを首のないマネキンに着せているものが10体ほど並んでいる場所に出た。
「これが、弘くんに頼まれたF1用の物ですよ。耐火性も耐久性も一番高いものです」
藤川は、一番右にある白いレーシングスーツを指しながら言った。さらに、そこの手前に置いてある小冊子をとり、
「この写真の中から好きな色を選んでもらえますか」
と、それを治郎に見せながら言った。
「あ、はい。うーん、黒がカッコいいですけど、黒はニョッカーの色だから・・・」
「ニョッカー?」
「あ、いや、えーと、ライバルのレーシングチームの名前です」
治郎は、少しあわてて答えた。
「ああ、そうなんだね。それは選べないね」
藤川は笑いながら言った。
「はい。・・・・・じゃあ、この紺色のでお願いします」
「わかりました。では、次はこちらに来てください」
藤川がそう言って、さらに先に進んで行くと、ヘルメットが並んでいる場所に出た。
「F1用のヘルメットは、頑丈ながら非常に軽量なんですが、バイザーも短い時間ならかなり高い温度の炎でも平気な構造になっていて安心ですよ」
藤川は微笑みながら言った。
「あ、はい。それは、聞いたことがあります。一度、かぶってみたかったんですよ」
「きっと気に入りますよ。これのデザインはどうします?」
「ええっと、特にこれというのはないのでお任せします」
「わかりました。では、ご自分でペイントできるように、スーツに合わせて紺色の無地の物を用意しましょう」
「あ、いいですね。お願いします」
治郎は、頭を下げながら言った。
それから、さらに先に進んで小さ目の部屋に連れていかれ、治郎は、体各部と頭の形を採寸された。




