第2回 “変身”
弘が目覚めると、部屋の中は真っ暗だった。
枕もとに置いてある目覚まし時計を見たら、すでに20時近かった。
「ありゃー、もうこんな時間か。随分寝ちゃったなあ」
そう言ってから、頭から外れてベッドの上にあった冷却ジェルをつかんで台所に行った。
「うー、まだちょっと頭痛てー。しかし、お腹空いたなあ」
冷却ジェルを一番下の冷凍室にしまい、上の扉を開けておかずになりそうなものがないか見たが、おしんこと梅干ぐらいしか入ってなかった。
「ああ、そうだ、食べ物が切れたから今日買い出しに行く予定だったんだよな。でも、この時間だと駅のそばのスーパーしか開いてないなあ。仕方ない、行くか」
そう言ってから、玄関から外に出て自転車に乗ろうと思ったが、まだ、ちょっと足元がふらついていたので歩いて行くことにした。
スーパーマーケットからの帰りに高台の公園の横を通りかかったら、昨日のことを思い出したので、半信半疑で公園の中に入って展望台に行き、身を乗り出して下を覗いて見た。
しかし、そこには焦げた跡も血糊もなく、いつも通りの様子だった。
「気にしすぎ、気にしすぎ。あんなの夢に決まってるって」
そうつぶやいて帰ろうとしたその時、右手の方から話し声が聞こえて来たのでそちらを見ると、植え込みの中の林になっている場所に、全身黒いピッタリしたタイツ状の服装に、これまた真っ黒のプロレスラーの覆面のようなものを被った人間が5人ほど立っているのが見えた。
弘が驚いたのは、その人間たちの向こう側に、ひときわ背の高い、赤ら顔で体つきがカブトムシみたいな様子の男がいたことだ。そして、その肘から先はなにやら人間のそれとは根本的に違っていて、まるで、ノコギリの部分が鋭い鎌のようになったカマキリの前足のようだった。
最初は着ぐるみかと思ったが、それにしては非常にリアルで、これは何かヤバいものだというのを直感的に感じた。
「まだ、ベルトは見つからんのか!」
その時、そのカブトムシのような男が黒ずくめの人間たちに問い詰めているのが聞こえてきたので、弘は、反射的に植え込みの陰になるようにしゃがんだ。
「は!洗浄した血糊と焦げ跡の状況から見て、この公園の近辺で戦闘が行われたことは間違いないと思われますが、丸1日探しても見つからないので、すでに誰かが拾って持ち去ったと思われます!」
「くそ、そうだったら見つけるのには手間取るな!あのベルトが手に入れば、対抗するための大きなアドバンテージになると言うのに!」
それを聞いた弘は、金曜の夜、自分がベルトのようなものをコスプレ男から手渡されたのを思い出した。
(まさか、あれはやっぱり現実!?もしそうだとしたら、あのベルトみたいのは確か庭に投げちゃったぞ。そのまま置いといたらヤバいかも!)
そう考えると怖くなったので、頭をさらに低くして公園の外に出ると、大きな足音を立てないように速足で自宅へと向かった。
家が正面に見えるところまで来て歩くスピードを緩めたとき、
「おい」
と、後ろから声をかけられたので振り返ると、5メートルほど後ろに、さっき公園で見たカブトムシ男が立っていた。
「お前、さっき公園で我々の会話を聞いていただろう。その上でその反応ってことは何か知ってるな?」
カブトムシ男が弘に向かって言った。
弘は、恐怖のため頭で考える前に体が反応し、自宅の方に向かって全速力で駆けだしていた。
「あ、待て!」
走って追ってくる音が聞こえたので、弘は、恐怖に顔を引きつらせながら運動音痴の体に鞭打って死に物狂いで駆けた。
すでに家が近かったせいもあり、先に自宅にたどり着き、門から入ると、庭の植え込みの陰に隠れようと玄関前で右に折れた。
すると、雑草が生い茂っている奥でなにかが光っているのが見えた。
その方向に走っていくと、昨日、弘が投げ捨てたベルトだった。
よくよく見ると、かのライダーがしているのによく似てデカいバックルのようなものが付いている。
「あのコスプレさんが普通の姿に戻ったら横にこれがあったよね・・・え?これ、もしかして変身ベルト?」
買い物の袋を置いて拾い上げてみると、帯の両端が噛み合って止められるようになっているようだったので、試しにバックルが前に来るように腰に巻いて、カチッと腰の後ろで留めてみた。すると、シュッ!と閉まるような音がして、ベルトが腰にフィットした。
しかし、なにも起こらなかった。
「もしかすると、変身ポーズとかいるのかな」
そう言うと、右手を左斜め前に突き出し、右方向に扇状に回してから素早く左手を前に突き出し、
「変身!」
と、叫んだ。
やはり、何も起こらなかった。
「やっぱ、そんなわけないよねー」
そう言った途端に、先ほどの怪人が家の敷地に入ってきてキョロキョロと見回していたが、弘を見つけると向かって来た。
鎌のような手を振り上げて襲い掛かって来たので、弘は、庭にある移植こてや植木鉢を投げつけながら逃げ回った。
しかし、足が遅いのですぐに追いつかれて、右手を横に払われて吹っ飛ばされ、木に当たって左側に跳ね、家の陰の怪人から見えない位置に飛ばされて地面に転がった。
「痛てー!」
弘は思わず叫んだが、その時、偶然バックルの右にあるスイッチに小石があたった。
その途端、3秒ほど弘の全身がまばゆい光に包まれ、光が消えると頭から足の先まで昨日のコスプレ男と同じ見た目になっていた。
「え?やっぱり変身ベルト?」
立ち上がって、グローブに包まれた自分の手と、筋肉で盛り上がった胸と割れた腹筋のようなデザインになっている頑丈そうな胸から胴体とかをキョロキョロと見た。
「今、ここらへんがぶつかったよなあ」
バックルの右を見るとスイッチらしきものがあったので、押してみたら元に戻った。
「ああ、これが変身スイッチなんだ~」
と、弘が納得したところで、怪人が家の陰から現れて突進して来た。
必死に逃げたが、塀の隅に追い詰められて逃げられなくなったので、そこを背にしてしゃがみ込んだ。
「た、助けて。腕とか足とかなくなっていいから命だけは!」
弘は、両手で顔をガードしたような姿勢になって必死に叫んだ。
「ううん?ベルトを装着してるようだが変身しないなあ。ははあ、やっぱり拾ってきたただの一般人か。それは好都合だ。じゃあ、お望みどおりまずは足から」
そう言うと、カブトムシ男は鎌状になった手で倒れている弘の向こうずねあたりを切りつけた。
あわわてて避けたが、カスって左の向うずねのところを切られ、血が噴き出した。
「ぎやー!痛てー!めちゃくちゃ痛てー!・・・もう、こうなったら一か八か」
弘は、そう言うとベルトの右のスイッチを入れた。
その途端、弘は閃光に包まれて再度変身した。
「ち!しまった。このっ!」
怪人が鎌の手を上段に振りかぶって切りつけて来たので必死に右足で地面を蹴って左に避けたら、一瞬で5メートルも移動していた。
「うわっ!すげー!なんだこれ」
弘は驚いて立ち上がり、思わず自分の体を見下ろした。
移動する際に、弘の足が怪人の足にひっかかったため、怪人は前につんのめって鎌状になった手が塀に刺ささり、抜けない状態になってジタバタしていた。
「あれ?チャンス?反撃しないと確実に殺される!確か腎臓って急所だよね!」
そう言いながら怪人に走り寄ったつもりが、1歩で怪人の背後に移動していた。
「うわっ!」
と、驚きながらも、背中から腎臓目掛けて力いっぱいパンチをお見舞いした。
鈍い反射神経と頭で思った通りに動かせない体のせいでパンチは狙った場所を少し外れたが、十分に強力なパンチだったらしく、怪人は「ぐわー!」と叫んでのけぞり、その直後に爆散した。
「うわ!びっくりしたー」
弘は驚いて声を上げた。
弘は、キョロキョロと自分の体の各部を見回してみたが、どこも破れたり焦げたりしていないようだった。
「とんでもない破壊力だなー。しかも、爆風くらったのに、怪我どころか体はどこも全然痛くもなかった。すごいな、この変身スーツ」
そう言ってから、弘はバックルの右のスイッチを押して元の姿に戻った。
玄関に戻ろうと庭のところまで来たら、塀の向こう側から、複数台のオートバイが家の方に走ってくる音が聞こえてきた。
オートバイが玄関の近くで相次いで止まった音がしたと思ったら、変身した自分と同じような格好をした人物が6人も現れて庭に入ってきた。