第9話
流石に更新速度がファッ○ントロールだったのでゲームを取りやめて書く事に集中したい所存。
日差しを受けて小麦畑は黄金のように輝く。
それは建物と木立に挟まれたこの農園でも変わりなかった。いつだか酒場にいたおっさんに聞いた通り、ここ数日は天候に恵まれて麦穂はカラカラに乾燥している。
空模様をみるに今日はこのままずっと晴れるだろう。
腰を曲げたまま、小麦の根元に鎌を当てて引く。ザクザクと小気味いい音と共に地面から小麦が切り離された。いくつかの束を纏めて藁で縛って山にするのが一セット。
このだだっ広い畑の中ではその一山程度では少しも減った気がしなかった。
紙切れを手に、見るからに不機嫌そうなリリカがやってきたのはジークがそんな風に農園の小麦を収穫している時だった。
「お疲れ様です。作業はどうなっていますか」
いつも通りの無表情。進捗を聞いてきた彼女にジークは手ぬぐいで汗を拭いつつ肩をすくめて返した。
一緒に作業をしているマークスもその大きな背中を丸くし、普段の厩舎の仕事とは違う重労働に苦戦している。
「どうも何も一向に終わりが見えなくて苦戦中だ。こんなのを毎年やっているなんて農家ってのはすげえんだな」
手元の鎌をくるりと回す。
刃物を使うのは慣れているが、この腰を屈めて収穫する作業はどうにも慣れない。腰を伸ばせば筋肉が軋んだ。
やることがないからと、小麦の収穫作業に付き合わされたがこの大きな小麦畑を男二人だけで全て収穫するのは流石に無茶が過ぎるのではないか。共同作業をしているはずのマーカスが無口で冗談が通じないのもきつく感じる一因だったかもしれないが。
「それならあなたにとってこれは朗報だったかもしれませんね」
「なんだそりゃ」
リリカは畑傍のあぜ道に立ち、手を掲げて紙を見せる。
「兄からの指令書です。先日の盗難未遂事件を完全に解決しろとのお達しですよ」
「盗難事件? …ああこの前の不審者の話か。アレはとっ捕まったんだから解決じゃねえのか」
兄なんていたのか、なんて疑問は口の中で飲み下す。
面倒くさそうに目を細める様をみるに、兄妹仲は良くも悪くもないのだろう。
「彼らはただの実行犯ですよ。彼らに指示を与えていた人物だか組織だかを見つけてどうにかしろって話です。そんなの自分でやるか衛兵にでも命令すればいいのに、本当に私たちの事情なんて一切考慮しない人間なんですよね」
その話を聞いてジークは顔を顰める。
どこの誰なのか、どれほどの規模なのか、何が目的なのか、一切の情報がない相手を探すほど面倒なことはそう多くはない。ダグラス領という人の流入が激しく人口も多い場所でそれを行うのは干し草の中で針を探すようなものだ。それが分かっていたからこそ、彼女は気だるそうにしているのだろう。
「いくらなんでも俺だけを街に走らす、なんてことはしないよな? 自慢じゃないが頭の出来はよくないぞ」
「そんなことしませんよ。とりあえず私と貴方、それとクラリッサの三人で調べます。それで目処もつかないのでしたらまた別の手段を考えるつもりですけど」
「……ならいいんだが、クラリッサっつーと確か初日にいたメイド服を着ていた女だよな? 最近は見てないが元気だったのか」
「クラリッサは仕事柄こちらに用はありませんから見かけないのも当然です。彼女は普段と変わらず本邸に詰めていますよ」
「そうか。それでいつ出るんだ? こっちにはまだ仕事があるんだが」
まだ半分も収穫できていない小麦畑に視線を向ける。
奥では黙々とマーカスが一人作業を進めており、まさかここの収穫作業をこのまま彼一人に任せるわけにもいかない。
そう思い尋ねればリリカは視線を遠くに飛ばしながら、諦めたように言った。
「今からですね。本当に、本当に残念なことですが、兄は私たちに馬車馬の如く働いてもらいたいようでして、私も切望していたリーリウムの研究を別の者に任せてまで今ここに立っているんですよ。本当に嫌ですよね、自分が大変だからって他人にもそれを共有させようとする人って。勿論ジークさんの代わりに屋敷の兵士を借りてきて作業に当てさせるつもりですけど」
「その嫌な奴が誰かとは聞かねえけどよ、知らない兵士が来てマーカスの肩身が狭くなったりしないか?」
彼は気の良い男だが、その恵まれた体格に反して争いを忌避している。
腕なんてリリカの胴よりも太い癖に人間を殴ったことさえないらしく。時折屋敷の兵士たちが訓練している光景を目にしては顔を顰めている。
そんな彼が荒くれ物と言っても違いがない兵士たちに囲まれて平然としていられるかには不安が残った。
「心配ないですよ。彼は騎士の命とも言える馬を管理している厩舎人ですから、下っ端兵士には見覚えがなくとも、その上の人間にはよく覚えられているんです。どんな暴れ馬でも大人しく出来るっていうんで、騎士の人にも重宝されているので、もしマーカスに何かあれば百パーセント上官が黙っていないでしょうね」
へえ、と素直に驚きの吐息が漏れる。
安心できるというのなら他人が不安に思うのは無駄なお節介という奴だ。ジークはマーカスに向かって手を挙げ大声で声をかける。
「マーカス! 別の仕事が出来て俺は離れることになった。代わりの人手は来るらしいが大丈夫か!」
まるで熊のような体格をした彼はのそりと身体を起こし
「――大丈夫だ」
腹に響く重低音で短く答えた。
凪いだ海のような男だ。波風立たない彼の姿にジークはニヤリと笑みを浮かべた。
「だそうだ、俺はどうすればいいんだ?」
「街に降りるのでその準備をして門で待っていてください。服装は目立たないもので、あの大きな剣も持ってこないように」
「おいおい、犯罪者を探すんだろ? もしかしたら荒事になるかもしれないじゃねえか」
「それでもです。見るからに荒事専門に見えるあなたがあんな代物を持ち運んでいたら犯罪者はおろか善良な一般人でも近づいてきませんよ」
言い含めるような言い方はきっと彼女の癖なのだろう。
そもそもの話、いくらジークが一般人を装ったところでこのお嬢様が一般人に混じっている光景は想像するのさえ難しい。今のように植物以外の話ではあまり表情を動かさないし、物言いはあまりに冷たい。街に降りても直ぐにどこかの貴族のご令嬢だと露見しそうなほど会話下手なのが予想できた。
「実際どうするんだ? 俺らは素人みたいなもんだろ。素直に衛兵に任せた方がまだ目があるってやつだぜ」
「話を繰り返さないでください。これは兄のわがままなんですから拒否のしようがありません。それにどうせやるならあのいけ好かない兄をせせら笑える結果を残したいので、ある程度の案はあります。流石に私もただ歩き回って時間を浪費したくはないので」
「案があるならいい。俺は準備をして待っていればいいんだな」
「はい、私のほうもそこまで時間は掛からないと思います」
それでは、と一言断りリリカは背中を向けて歩いていく。向かう先は別邸のほうだった。
ジークは彼女の背中を最後まで見送ると、マーカスに一声掛けて着替えるべく小屋に向かう。
女の準備には時間がかかるのは経験則で知っているが、万が一にも遅れるわけにはいかない。今まで陽の下で作業していたせいか、かなりの汗もかいている。リリカは気にしていなかったようだが、あのメイドとも会うのだ。最低限は整えておかなければ面倒なことになるかもしれない。
その程度にはジークは女性との付き合い方を知っているつもりではいた。
久しぶりに書いていたらリリカの性格が分けわかめ。
当初の予定ではファンタスティックビーストのニュートみたいなキャラを目指していたんだけど、いつの間にかグリンデルバルド路線になりつつある。
植物関係なら笑顔が浮かんでテンション上がるけど、それ以外だとつまらないみたいな感じでいこうと思ってます