表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

深夜の襲撃

投稿遅れてすみません。久しぶりにLOとか言うゲームをしていたら時間が消えていました


 ダグラス邸の敷地内は夜になると途端に静かになる。騒ぎ立てるような人間もおらず、屋敷内にいる人間も必要最低限がいるのみ。夜になっても明かりが灯っているのは守衛の詰め所や書類仕事をしている人員の部屋ぐらいで、それ以外となると時折屋敷内を見回る人間が持つランプの光が揺れる程度だ。

 それが敷地の外れともなるともっと静かになる。リリカの農園周りは日が上がっている時でさえ人影は少なく、夜になるとより一層人気はなくなっていた。


 その日は月も隠れる分厚い雲が夜空を覆っていた。

 かさりと衣擦れの音が響く。足音もなく夜闇を歩くのは二人の男女。彼らは農園の側に立つ一軒の小屋の前で立ち止まる。一人が口も開けずにハンドサインで指示を出せば、残りの一人が頷いて戸に手をかけた。

 扉は無音で開かれる。微かに香るのは人間の臭気。立ち上がる埃も気にせずに二人はそろりと足を踏み入れる。


「―――」


 二人の目的は最近になって雇われた男の処分。

 ターゲットが寝泊りしている部屋も、その男が数時間前に酒場から帰ってきて、かなりの量の酒精を飲んできたのも調べはついている。外で鳴く虫の音の中、二人は迷いもせずに寝室を目指して進む。

 部屋の奥には男が寝ている影が見えた。目標は傭兵と聞いていたが、それらしい獲物は見当たらない。大方、この暗闇で見落としていたのだろう。


「(――()るぞ)」


 数瞬のハンドサインの後に、胸元から刀身が黒く塗られたナイフを二人揃って引き抜く。僅かな月明かりでも反射しないように特殊な塗料で塗り固めた仕事道具だ。相方が目標の口を塞ぎつつ、首に突き刺し息の根を止める。女はしくじったもしもの時の為に相方の脇で待つ。失敗は許されない。仮にも貴族の敷地内だ。悲鳴一つでも上がれば直ぐに兵士が飛んでくるはずだ。


「(殺したら血が流れ出る前に布で押さえて毛布ごと袋に詰める。そしたら、裏の林に死体を埋める)」


 事前に取り決めた流れを反芻する。

 酔っ払いの寝込みを襲うなど簡単なこと。それよりも事前に埋めるために林の中に穴を掘る方が大変だった。だがそれも報われる。獣もいない裏の林なら不用意に掘り返されることもなく、穏便に屋敷から離れるまでの時間は必ず稼げる。


「(――妙に静か?)」


 ふと、女の脳内に疑問が湧いた。

 耳に届くのは虫の鳴き声と自分の鼓動、そして僅かだが相方が発した衣擦れと呼吸の音。そこに目標の音はない。

 男は酒を飲んで寝ているはず、それもかなりの量を。それなのにイビキは愚か寝息も立てないなどあるだろうか。目前の人影が本当に男なのかどうか、確認しようにも月明かりもない現状では確認しようがない。

 違和感がある。相方が手を伸ばしナイフを振りかざそうとするのを止めようと、女が手を上げた時だった。


「ヒッ!?」


 全身に怖気が走ったと同時に小さなカチリという音と共にベッドの陰から何かが飛んできて、相方の腹部に突き刺さった。


「ぐぅうう……」

「……まさか!?」


 腹部から飛び出しているのは矢だ。簡易的なカラクリ仕掛けの罠だったのか、相方の尋常じゃない痛み方から見るに、矢自体も普通ではない。

 これが罠なら悠長に心配している場合じゃない。女は反射的にナイフを構えつつ、周囲を警戒しようとして――背後から迫り来る腕を見落とした。


「お、お前!」

「……勘はよかったが如何せん気付くのが遅すぎたな」


 殺すはずだった男が背後にいた。

 抵抗しようにも鍛えられた男の上腕は女の力ではピクリともせずに、持っていたナイフも骨が軋むほど手首を捕まれては手放すしかなかった。助けを求めようとも床に倒れていた相方は、奇妙なことに痙攣し、泡を噴いて意識を飛ばしている。


「うわ、えげつない顔だな。お姫さんも惨い毒を寄越したもんだ。暗殺者をモルモットだとでも思ってんのかね」


 その言葉に愕然とする。

 計画が気付かれていた?それも直前にばれたのではなく、準備期間を与えるほど前から。


「……ッ!」

「暴れんな、よ」


 女が逃げ出そうともがけば即座に顔面を柱に叩きつけられる。ガツリという鈍い音を立てて何度か続ければその素振りもできないほどに疲弊した。


「……なんで」

「あ?」

「なぜ知っていたの」


 後ろに回された手首が麻縄で締め上げられる。骨が折れたのか、女の鼻は出血し妙な形にひん曲がっていた。


「別にいつ襲撃されるかなんて知らなかったさ。ただ姫さんがここには価値があるものが多いって言っていたし、農園の周囲に妙な靴跡が残っていたからな」


 だから警戒をしていたと、この男は軽々しく言った。

 あの酔っ払っていたのも罠で、すべては演技だったのか。世間知らずの令嬢が拾ってきたただの傭兵崩れだと考えていたが想定違いだ。


「悪いがあんたはこのまま屋敷の兵に引き渡されることになるんだが、最後に言い残すことはあるかい」


 意識を失った相方も縛り上げられている。

 ナイフは取られ、手足は愚か親指さえも縄に縛られていれば抜けることさえ用意ではない。絶体絶命、兵に渡ればその先は地獄だ。それにダグラス家には尋問専門の薬も存在すると聞く。それでも多少の時間と意表を突けばどうにかなる、はずだ。


「ないね。守衛なり騎士にでもさっさと引き渡せばいいでしょ」

「そうかい」


 男は小さく呟き、女の首に手をかける。

 自分の肌に、固い手の感触が這うのを感じて女は肩を震わせた。


「俺も一人であんたらを見張るのは面倒だからな。悪いが気絶してもらうよ」

「―――ッ」


 気道を塞ぐ圧迫。肺に酸素も取り込めず、口だけがパクパクと無意味に動く。血中酸素が低下し、痛みもなく意識が霞み始める。

 身動きも抵抗も出来ない状態で行われたその行為により時間もかけずに女の意識は落ちた。


「さてと……、どこまでこいつらを運べばいいんだ? 門番までか? 変に疑われて面倒なことになるのは御免だぞ、っと。ああ、こちとら酒飲んで眠いのに迷惑な話だよ」


 一人立っていた男――ジークは愚痴りつつ倒れた二人の襟首を持って歩き出した。下半身を引き摺っているがどうでも良いことだ。女の方はまだしも、男の方はなんというか汚い。今は泡を噴くのも止まっているがそれでも余り触りたいものではない。

 というかこの男は大丈夫なのだろうか。いくら体内に直接打ち込まれたとはいえ、大の大人が数分もせずに倒れて気絶するなど尋常ではない。矢にはリリカから渡された薬を試しに塗っていたわけで、解毒剤なんてものを渡された覚えはなかった。

 果たしてリリカが起きてくるまで生きていられるのか。自分でやったとはいえ男については多少不憫に思った。




 ◇



「それでこそ泥が二人捕縛されたと、ご苦労様です、お手柄ですね」


 パチパチと火が爆ぜる焚き火の前でリリカはどうでも良さそうに言った。


「犯人の二人は屋敷で雇われていた奉公人でした。服に隠した凶器の数々に直前の目撃情報を合わせれば彼らの罪は明らかですけど、念には念を入れて、彼らの尋問には自白剤も使用されたとか。まぁ、身元も保証されているはずの奉公人なので商人かどこかの貴族の息が掛かっていたのでしょう」


 植物園の扉には施錠を破ろうと弄くった傷があったらしい。

 それと靴とズボンの裾には林の土が付着しており、先ほど木々の間から戻ってきた兵士の話によると、奥まった木陰に人が一人埋めれるほどの大穴が掘られていたと聞いた。大方ジークを殺した後、証拠を隠すために死体を埋める予定だったのだろう。


「どうにも彼ら、死体を隠すことで植物園に無理やり押し入った罪をジークさんに擦り付けるつもりだったみたいです。殺した後なら多少の音を立てても見つかりにくくなるので、ガラスを割ってでも盗みたかったんですね」

「あいつらは運がなかったな」

「それは自分がいたから、とか言う話ですか?」

「違う、仮に俺を殺すことが出来ても目的の物がそこになければ大損だ。あいつらはブツがあそこにあることを確信していたようだが、本当の在り処はあんたの部屋にあるんだろ?」

「ふふっ、そうですね」


 リリカは小さく笑いながら続ける。


「彼らの目的は先日、私が持ち帰ったリーリウムでした。アレの生育環境に似た植物園に置いてあると勘違いしたんでしょう。まぁ、もし研究室の方が狙われていたら私はジークさんを疑わなくてはならなかったわけですけど。……自分が囮に使われて不快ですか?」

「別に。それが仕事なら気にしないさ。金は貰っているんでな」

「そうですか」


 その程度ならジークは気にならない。目の前で木の棒を手に持ち焚き火を弄くるリリカが、今も尋問を受けているであろう彼らに本質的に興味を持っていないことも、ジークは然程も気にしていなかった


「そんなことよりもだ。俺はこんな早朝から野外で火を起こしている現状が気になって仕方ないんだが」


 パチンと一際大きな火の粉が舞う。

 早朝、諸々用事を済ませて寝ようかと戻ってきたジークを待っていたのは木箱を抱えたリリカであった。彼女は嫌がるジークを急かし、わざわざ焚き火を作らせていたのだ。


「朝食ですよ。ふと昨夜思い至って朝早くにやろうと楽しみにしていたんですけど、まさか事件が起こるとは昨夜の時点では分からなかったので。でも彼らのせいで私の楽しみが無くなるのは嫌ですから」


 彼女からすれば寝不足の下僕(ジーク)が寝れないのは関係ないらしい。


「その石ころみたいなのがか?」

「失礼な! これはちゃんとした食材です。確かに土の中で育ちますしここらでは見かけない物ですが、海の向こうでは毎食出るほどポピュラーなものらしいので」

「これが、ねえ……」


 灰の中から転がり出たのはこぶし大の木の実のようとも、泥の塊のようだとも表現できる物体だ。直接火には当ててなかったため、薄っすらと表面が焦げるだけで炭にはなっていないが美味そうにはお世辞にも見えない。


「これを売った貿易商はポテトと呼んでいました。地上部は背の低い葉が茂っていましたし、花も綺麗なものでしたね。可食部は根っこや地下茎が肥大化した部分のようで地面の中で、ごろごろと転がっていて収穫した時はかなり驚きましたけど」

「ポテトね。それで、こんなのが本当に食えるのか?」

「ええ、試食してみましたがそれなりに美味しかったですよ。実以外に毒があることを除けば、検証段階ですが収穫量や土地に関係なく収穫できるので優秀な植物といえます」


 隣の木箱から取り出したポテトを手にしてリリカは興味深そうに頷いた。


「毒があるのか?」

「あっはい。今のところ茎や葉に微小な中毒成分があるのを確認しています。運んできてくれた貿易商によると発芽した芽にも毒が含まれるようです。それを知らずに取引した商人が貴族相手に集団食中毒を起こしたようで、遠路遥遥(えんろはるばる)船で運んできたのに誰も興味を示してくれないと貿易商が泣きついて来たぐらい、その筋ではそれなりに有名な話みたいですね」

「大丈夫なのかそれ」

「大丈夫だと思いますよ。ポテト自体は適切に扱えば焼いても、煮ても、蒸しても美味しい食材ですし、低温で日光に当てなければ数ヶ月は保存できるようなので、脱穀や調理が大変な麦に比べれば保存の手間もかからないことを考えるとメリットのほうがデメリットより大きいです」


 それにと、リリカは続ける。


「どんな食べ物でも量を間違えれば人は死にます。ジークさんが普段食べているものでさえ、いくつかには微量な毒が入っているんですよ? それにお酒だって飲みすぎれば毒で体が壊れますし」

「そうなのか?」

「そうなんです! ほら、焼けたので食べてみてください」


 渡されたポテトは会話しているうちに少しだけ冷めたのか、ギリギリ手に持てる程度の温度になっていた。

 表面についている灰を払い真ん中で割ってみれば、中からは湯気と共になんとも言えない芳香が飛び出してくる。


「美味いな」


 齧れば癖のない味に驚き、何度か口にすれば腹の溜まりように二度驚く。

 これは確かに焼いても煮ても美味そうだ。スープにでも入れておけばそれだけで満足できる程度には満腹感を得られるだろう。


「ですよね。今はまだ検証段階で種も少ないので世には出せませんが、毒性の検証、保存や料理法の研究などが済み次第、少しずつ領民に放出していくつもりです。毒の噂があるので直ぐには領外へ持ち出せないのは惜しいですが、王国の平民に飢えがなくなるのも近いですよ」

「おいおい、そんなことしたらダグラス領の利益が減らないのかよ。確かポテトはどこでも育てられるんだろ?」

「良いんですよ。国内で余った小麦は外で売れば利益は出ます。そもそも一つの地域、一つの穀物に頼りきっている現状が異常なんです。うちが疫病や虫害で全滅しただけで王国全体が飢饉に陥るなど論外でしょう? そんなことにならないように私は努力しているんですから」


 そう話すリリカの目は酷く真剣だった。

 薬草姫リリカ。そう揶揄される彼女は人に興味を示さないが植物には人一倍興味を抱く。その瞳にはジークがこれまで見てきた戦争馬鹿たちと同じ、常識では語れない人間特有の色が見えた





【ポテト】

 馬鈴薯だとかジャガイモだとか言われているイモ。この世界には中国もないし、ジャワ島から運ばれてきたタロイモでもないので名称付けに迷った。

 史実では聖書に書いてないから悪魔の実とか言われて余り食べられなかったが、本作品では各地で食中毒を起こし悪魔の実と言われているかもしれない。ヨーロッパのように原産の芋がなく、馴染みがない


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ