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薬草姫③

古戦場がつらいです。




「見事な腕前でした」


 メイドの女―――クラリッサが細剣を収めながら話しかけてくる。既に山賊の息の根はない。それでも彼女の瞳は剣呑な色を宿しており、自然体は装ってはいるものの、ジークが不穏な動きをすれば再度細剣が振るわれるのだろうことは容易に想像できた。

 その様子にジークは重くなりつつある身体をどかりと下した。戦うのは慣れているが、ここまで酷い状況のものは久しぶりだった。もう戦いたくは無いと戦意はないと剣を手放して言った。


「あんたもな。それで助けてもらった恩、少しは返せたかね。きっとあのまま放っていかれたら俺はこいつらに身包み剥がされて殺されていたからな」


 助かったよ、とジークは疲れた顔で言った。

 それでもクラリッサは疑いの目を辞めずに警戒をする。


「あれほどの錬度を持つ剣士が行き倒れるはずがない。賊か刺客か。どちらにせよ、信用できません」

「おいおい、いまここでやろうってのか、そりゃ勘弁してくれよ。俺が倒れていたのは行き倒れ。それだけだ。結局、戦働きにしか能がない傭兵には山越えなんて無謀だった。疲れて疲れて、こっちはもう限界超えてんだ。ほんとは歩くのだってきついんだぜ」


 準備もなしでの登山は文字通り命がけであった。

 知識がなければ植物の可食も見分けられず、口に出来るのは運よく仕留められた獣か虫だけ。沢伝いに下山を試みても、人里の気配は一切なく。決死の思いで森を横断して、やっとこそ見つけた街道に出てみれば、そこの頃には体力を使い果たし倒れこむことになった。

 もう山は勘弁だ。こんな場所に足繁く通う冒険者は尊敬に値するのかもしれない。


「クラリッサ、もうその辺りで勘弁してあげてください。彼は命の恩人なんですから」


 小さな援護射撃が後ろから聞こえた。

 ジークの外套を引き摺りながらひょっこりと顔を出したのは整った顔をした少女だった。


「ですがお嬢様。この者さえいなければ我々がここで立ち止まることもなかったのです」

「そうですね。それは確かですが。どれだけ急いでも昼前に街へ着くことはないのだから、もし彼と出会わなければ私たちは次の休憩時には賊に襲われていたでしょう」

「それは……」


 クラリッサが言葉を詰まらせた。

 賊は後ろから現れた。初めに殺された御者の死体は馬車の後方にあり、即頭部に刺さっている矢の方向も後方だ。

 倒れていたジークが身包みを剥がされていない点も考えるに、彼らは待ち伏せではなく、馬車を追跡していたのだろう。彼女たちが立ち止まり、馬車の外に出る休憩時を狙って。


「ですよね?」


 語気を強めて少女は微笑む。

 その姿にジークは人を扱うことに慣れた人間に共通した気配のようなものを感じる。


「では改めて。賊の撃退、感謝いたします。それにこの外套も、おかげで傷一つなく済みました」

「感謝したいのはこっちのほうだ。水、ありがとうな」

「ふふっ、どういたしまして! それで剣士さんのお名前は? なんて呼べばいいのでしょうか」

「ジークだ、お嬢ちゃん。傭兵、団が潰れちまったから…、絶賛フリーの傭兵だな。ついでに仕事を紹介してくれたら飛び跳ねるほど喜ぶぜ」


 挨拶のつもりで軽口をたたく。

 傭兵。その言葉を聞いて少女は興味深そうな表情を浮かべた。


「ジークさんですね。丁度良かった。私はリリカ・ダクラスと申します」

「あ? ダグラスっつーと」

「リリカ様はこの地を治めているダグラス家の娘だ」


 クラリッサの言った言葉にジークは目を見開いた。


「……驚いた。俺はてっきりどっかの商家のご令嬢かと」


 ダグラス辺境伯の名はジークでさえ聞いたことがある。

 王国の穀物庫、なんて呼ばれるほど小麦の生産量が高く、有り余った小麦は他国にさえ輸出されているほど豊かな穀倉地帯を持ち、広大だが異民族とも接する領地を有し、それを維持するための軍事力さえ保持している大貴族。

 その娘が護衛もつけずに移動しているなんて何かの冗談か。


「傭兵のジークさんにお話があるんです。きっとあなたも喜びますよ」

「話?」

「よろしければ、なんですが。私に雇われてみませんか」

「お嬢様!!」


 突然の話にクラリッサが非難の声を上げる。

 護衛の立場からすれば止めたくなるのも理解できる。リリカは少しだけばつが悪いのか、視線を在らぬ方に動かした。


「素性の分からぬものを雇うなど、許されません。これが当主様に知られでもしたら…」

「きっとお父様なら許しますよ。むしろ腕前を知ったら積極的に騎士団に抱き込もうするんじゃないですか?」

「それは…そうかもしれませんが、でも」

「でもじゃありません。それに帰りの御者はどうするんですか? 残念なことですが、前任者の彼は亡くなってしまいましたし。……ジークさんは馬を扱えますか?」

「馬車の操作なら一通り」

「結構結構。それでは御者はジークさんに任せられますね。それとも、クラリッサ一人で護衛と御者を兼ねますか?」

「うぐ…」

「決まりですね」


 仕事量と責任を思ってかクラリッサが折れた。

 ジークとしても雇われるのは別にいい。なんせ、身寄りも伝手もない身だ。これからも傭兵家業に就くとしたら、傭兵団としての名声もない現状では、一から信用を積み重ねて行かないといけない。

 この業界じゃ慣れない新人はよく騙されると聞く。契約書の履行や言葉巧みな詐欺により、商売道具を失い、酷い時は命も取られることもあるらしい。ジークは今まで契約やその他諸々を今まで副団長に任せていたので良く知らないが、先の煩わしさを考えれば、小娘とはいえ貴族に雇われるのも悪くはない。いや、むしろ好条件なはずだ。


「俺はいいぜ、どちらにせよ、近場の街でさえ場所を知らないんだ。雇ってくれるなら色々と手間が省ける」

「ジークさんは正直ですね。ここでは契約書もかけませんから正式な書面は後日ということで」


 まずは出発しましょう、とリリカはニコニコと機嫌良さそうに微笑んでいった。



 ◇


 賊の屍はそのままに、冷たくなった御者の遺体だけを布に包み、後ろに括りつけた馬車はジークの手によって街道を進む。

 休憩を挟んだ数時間後。一向は領都ザルディンの近郊まで近づいていた。

 辺境領ダグラスは広大だ。霊峰フリーダとその麓にあるフリーダ大森林が領地の半分以上を占めてはいるが、もう半分は肥沃な平原である。その大地にはフリーダから発生する水源が年中注ぎ込まれ、王国の穀物庫と呼ばれるほどの穀倉地帯が作り上げられていた。


「これはすごいな」


 ジークの眼前には視界を埋め尽くさんとするほどの麦畑が広がっている。もうそろそろ収穫の時期なのか。まさしく“黄金”と呼称すべき色合いはジークを圧倒させた。


「でしょう。この景色はダグラスに住む全ての領民の誇りです。まぁ、もう収穫の季節ですし、そうなれば景色を楽しむ余裕など無いほど忙しくなりますけど、量が増えると運ぶだけでも一苦労なんですよね」


 窓から顔を出しながら、そう話すリリカの表情は楽しげで、自身の故郷への愛が垣間見えた。


「意外だ、貴族でもそんなことを考えているんだな」

「心外です、貴族なら誰でも……は、言い過ぎですが考えていますよ。それにここらに植わっている品種は私も関わっているので、尚更気にはかけていますから」

「あ?そりゃ、どういう意味だ」

「そのままです。……えい!」

「おいおい」


 小さい体をねじ込むようにして無理やり御者台に入り込んできた雇い主の姿にジークは半眼で呆れる。

 中にいるはずのクラリッサは早々に諦めたのか、注意もせずに静かに目を閉じていた。


「少し横に詰めてくれますか?」

「いいのか? またさっきみたいに狙われたら堪ったもんじゃないんだが」

「ここら辺はもう私にとっては庭みたいなものですからね。隠れれるような場所もありませんし、大丈夫だと思いますよ」


 そう言い、ジークが空けたスペースを我が物顔で占領し始めたリリカは、道端で休む農夫たちに手を振る。


「慣れているんだな」

「ええ、彼らは協力者ですし、多少の顔見知りでもあります」


 ジークは暢気に挨拶を返してくる農夫たちを見た。

 彼らは怯えた様子も無く、自然体だ。


「ジークさんは薬草姫って言葉を聞いたことはありますか?」

「薬草、姫? なんだそれ、姫にしてはずいぶんと青臭い名前じゃねえか?」

「ふふっ、言われてみると確かにそうですね」

「で、薬草姫がなんだって」

「…私の渾名です。社交界にも出ずに、植物ばかり弄っているから。お茶会に出ても話すのは農作物か薬草の話ばかり、それでついたのが薬草姫。最初に聞いた時は驚いたんですけど、気に入ったので自分でも使っているんです。―――薬草姫リリカ、良い感じじゃないですか?」


 小麦をみていた時とは違い、自分のことを話す彼女の顔は平坦だ。

 興味がないのか、噂をする同い年の少女たちを下に見ているのか。本当のことはジークには分からないがなんとなく、前者に感じた。


「さあな。俺はまだ、あんたのこと良く知らないし」

「ふふっ、本当にジークさんは言葉を飾りませんね」

「飾るほど教養がないからな、生まれてこの方戦うことしか教えてもらってねえし、言葉遣いは学ぶ機会がなかった。悪いのは自覚しているし、あんたにはすまないとは思ってるけどな」

「私はいいと思いますよ。言葉遣いを整えた所でその人の人間性が変わる訳でもありませんし。もしこれから何か小言を言われても私が許していると伝えてもらってもかまいません」


 歳の割にしっかりした娘だ、とジークは思う。

 齢は十五ほどか。教養もあり、度胸もある。会話をしていると薄々と感じるのだが、この娘は自分よりもよほど先を見渡している。

 これが貴族か。


「そりゃ助かるね。貴族様の家に仕えるなんて初めての経験で内心は緊張していたんだ」

「冗談上手いですね。ジークさんには本邸ではなく、私の別邸といいますか、植物園の方に詰めてもらいますので、普段は煩わしいことも無いと思いますよ」

「植物園?」

「はい。ジークさんにはそこで普段は寝泊りをしてもらう警備と私が出かける時の護衛をしてもらおうかと。色々と希少なものもあるので防犯としても人員が欲しかったんです」


 丁度良かった、とリリカは言った。

 植物園の意味は教えてもらえなかったが、どうやらジークは用心棒として雇われたようだ。護衛もいるであろう、貴族の娘に必要なのかは疑問が湧くが、仕事をもらえるのなら一先ずはどうでも良い。


「あっ、外壁が見えましたよ」


 リリカが指を指した先にはずらりと立ち並ぶ石造りの壁がある。


「ずいぶんと立派だな」


 攻めるのには辛く、守るには易い。

 穀倉地帯にあるには不釣合いなそれにジークは目を見開いた。







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