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薬草姫②



 元傭兵であるジークは戦場から落ち延びた敗残兵だ。

 敵軍に囲まれただ殺されるよりは、と仲間と共に敵軍へ向かって突撃をかました。殺して殺して殺し尽くして、ただただ目の前の敵を斬り殺していたら気付けば険しい山に逃げ込んでいた。

 あの戦でどれほどの仲間が生き残っただろうか。笑い合い罵り合った戦友が討ち取られるのを目にした。自分を慕っていた後輩の首が飛ぶのを目にした。父のように慕っていた団長が雑兵の槍に縫い止められる姿を目にした。

 それでも突き進んだのは、それしかなかったからだ。馬鹿みたいな話だったが、ジークたちはあの瞬間、敵軍に向かって後退していた。

 誰が死んで、誰が逃げ延びたのかを知る術はただの傭兵であったジークにはない。

 元々、生き死にが軽い傭兵家業に就いていた奴らだ。こうなることは全員覚悟していた。だが、それでも、家族同然であった仲間を失うのは辛い。それでもジークの足は止まらない。怒声と怨嗟が耳にこびり付こうとも足は勝手に前へと進んでいた。


 ◇


 そうして戦場を逃げ出し、土地勘の無い大森林の中を彷徨い、一縷の希望を託して山脈を越えたジークは意識が朦朧とする中、一人の少女に救われたのだ。


「囲め囲め!! 相手は女子供と行き倒れの男が一人だ」


 女子供を襲うにしては大層な人数だ。寝起きの頭には彼らの髭面は刺激が強すぎる。

 ぞろぞろと林から湧いて出てくる山賊どもを横目にジークは抜き身の長剣を肩に担いだ。

 身体は近年稀に見るほどの不調だ。全身が気だるく、頭がぼやけている。それでも皮袋に残っていた水を飲み干すことで多少はマシにはなったが。


「果実の汁を入れてんのか。上等だが、これがワインならもっと力がでたんだがな」

「…疲弊した身体に酒精は駄目ですよ」


 驚くことに余裕があるのか、下から窘めるような声が聞こえた。


「ククッ、それにしても酷い面子だな。あんたら傭兵崩れか」


 ジークたちを囲んだ山賊たちはクラリッサにじっとりとした視線をやりながら下卑た笑みを浮かべている。彼らの装備は農民が賊になったにしては上等であり、兵士崩れにしては疎らであった。大方、どこかの戦場で敗れた傭兵団がそのまま盗賊団に転向して、各地を転々としているのだろう。


「お前も同じだろ、行き倒れ。同じ元傭兵同士だ、そこの女共を寄越せば、あんただけは見逃してやるぜ」


 賊のリーダーと思わしき男の言葉に自嘲する。

 同じ?元傭兵同士?笑わせてくれる。


「俺はそこまで落ちぶれちゃいねーよ。命の恩人にはその恩以上にお返しをしなさいって耳が痛くなるぐらい教え込まれているんでね。それに俺はまだ元傭兵だがお前らはどうよ。馬車を襲って、既に人をやっちまっている。犯罪者に人権はねえって言葉知ってるよな」


 でかい街じゃ、餓鬼がスリをするだけでも指を詰められるんだ。人を殺した盗賊なんぞ、家畜にも劣る扱いを受けるのが世間様の常識。

 ジークは彼らを鼻で笑うと隣にたつメイド姿の女に目を向けた。


「そんなん持っているんだからあんたは自分の身ぐらい守れるよな」

「誰に言っているんですか?こんな奴ら私一人でもどうにか出来ますし、なんなら貴方も切り刻んであげてもいいんですよ」


 勇ましいセリフにジークは口笛を吹く。細剣を構える姿はそこらの傭兵崩れよりも様になっていて、そう簡単に倒れることもないだろう。

 賊の数は十。

 影から弓を射っいっていた奴は先ほどの一射で弦が切れたのか慌てた様子で新しい弦を張ろうとしている。始めるならアレの準備が終る前に、相手もそれがわかっているからこそ、剣を抜き、囲むだけで間合いには一歩も入ってこない。

 歩いて数歩に剣の長さを足したその距離こそがあいつ等の安全圏。


「―――だと思ってんだろ」

「なっ……っ速!!」


 一呼吸で飛び出し、二歩目で更に加速。

 槍衾もなく包囲とは笑わせる。彼らが剣の範囲にいないのならそれはジークにとっても同じこと、近づかなければ切れないのなら近づいて叩き斬れば済む。

 ジークが肉迫したのはリーダー格と思わしき男のすぐ後ろにいた髭面の男。叫びも怒声も置いていき、ジークは走る速度をそのまま長剣に乗せて眼前の男に振り下ろす。

 切り裂くというよりは叩き潰すように長剣は髭面の身体を縦に両断し、ずしゃりと音を立てて周囲に血潮と肉片を撒き散らした。


「て、てめぇ!?」

「まず一人。鎖帷子も着込んでいるなんて本当に上等だな」

「糞糞糞っ! お前らいいか、まず始めにこいつをっ」

「いいのか、俺だけをみてて」

「っ!?」


 男の悲鳴。

 視界の隅では鎧の隙間に細剣を突きこまれ絶叫を上げ続ける賊の姿。いくら鎧を着込もうと、いくら鎖帷子を信じていようとそれを縫うように貫かれては意味が無い。

 うろたえているリーダーの男は無視し、また別の奴に向かってジークは飛び込む。人を無力化するのは比較的簡単だ。手甲の金属部で即頭部を勢い良く殴りつければそれだけで意識を失う。

 倒れたところで喉を踏み潰し、これで三人目。

 そうこうすれば、やっと動き出した賊が恐怖を振り切るように雄叫びを上げ、ジーク目掛けて剣を振り下ろした。響く金属音。力を込め、受け止めた剣を弾く。


「馬鹿力が」


 喚く男の首をジークの長剣が薙いだ。

 綺麗に切られなかった首は呆気なく吹き飛び、林の中、一本の木に酷い音を立てながらぶつかった。

 四人目。

 多人数の場合は先手を打つ。それが必勝法だとジークは習った。いくら達人でも大人数に囲まれれば負傷は免れない。少しでも傷を負えば動きが鈍り、血が流れれば思考が鈍る。そこからは死へ一直線だ。現に団長は数に囲まれ雑兵の槍に成す術も無く突き殺された。

 そうさせないために、意表を突き、対応される前に人数を減らす。


「危ない!!」


 危険を知らせる少女の声。

 風鳴り音と共に飛来した矢を打ち払う。視線の先には体勢を整えた弓使いとその横でジークに向かって杖を構えたローブの姿。


「≪魔弾(マジックブリッド)≫」


 聞き取れないほど小声でなにやら呟いていたローブの男が最後に叫んだ途端、何もなかった空間から魔力で形成された魔弾が射出された。

 先ほどの弓矢よりも余程早いそれは、いくらジークでもこの状況では避けようもない。狙いも正確だ。伸びきった腕を引き寄せ、せめてずらそうと身体を捻る。


「ぐっ……」


 肩への着弾。魔弾は衝撃だけで他に特性は持たないが、通常であれば肉が抉れる破壊力のそれをジークは、歯を食い縛って耐える。

 魔術師による魔術の行使。初級の魔術とはいえ最低限の専門知識と才能がなければ発現さえしないはずのそれに驚く。普通は魔術が使えるとなれば賊にならなくとも食っていけるはずなのだ。


「…痛えなぁ」


 肉は抉れていない、骨にも異常はない。持ち前の頑丈な肉体に感謝をしつつ、ジークは怒りを力に換えるように猛然と駆け出す。

 慌てたところで奴らは逃げられない。一歩で動き出し、二歩で加速し、三歩目で飛ぶ。


「逃がさねえよ!」


 魔術師に時間を与えるな。耳が痛くなるほど聞かされた言葉だ。次の魔術を行使させるほどの時間を与えるつもりはジークにはない。

 もたつきながら背を向けて逃げ出した彼らへ、ジークは跳躍の力をそのまま突進に換え、槍騎兵のチャージのように長剣を前に突き出した。

 前方にいた弓使いの胸を突き破り、剣先はその先にいた魔術師の胸部も貫き、それは木の幹に縫い止められるまで止まらなかった。

 その様はまるで百舌(もず)速贄(はやにえ)だ。

 胸部を貫かれただけでは死ななかった男たちは苦しむが、背を向けているせいでジークへの反撃さえ出来ずに呻いている。


「これで六……って逃げんなよ」


 馬車の陰に隠れながら逃げようとしていた小男へ弓使いが持っていたナイフを拝借して投げつける。投擲専用のナイフではないため軸がぶれてはいたが、運がいいことにナイフは男の喉笛に突き刺さり、足を絡ましたように盛大に転び、動かなくなった。


「七」


 いつの間にか、メイドが残り二人を倒していたようで、残る賊はリーダーの男だけになっていた。

 木に深く刺さった自前の長剣を抜くわけにもいかず、適当に落ちていた剣を拾う。人を一人でも斬れば折れてしまいそうなほど、酷く頼りない剣だ。肩は未だズキズキと痛むが、敵を残しておくことほど怖いものはなく、ジークは逃げようともせず呆然と佇んでいる最後の山賊へ近づく。


「…えねえ……、んなこと、ありえねえんだ……」

「あ? 何だ、呆けちまったのか」


 ぶつぶつと、蒼白な顔で呟く男のさっきまでの威勢はどこにいったのか。

 亡霊にでもあったみたいに、淀んだ瞳がジークを映していた。


「人間が、こんな馬鹿みてぇな死に方するはずがないんだ。あっちゃいけねえんだ。クソッ、折角ミースから逃げてきたってのに、なんでこんなことに…」


 なにやらトラウマが刺激されたのか彼は横で倒れている仲間の半身を呆然とみていた。

 ふと、男の言葉に聞き覚えのある名前が出たことにジークは気付く。


「お前ミースの戦場から逃げてきた奴か。すごい偶然だな、俺もそこにいたんだ。お前らはどっちについていたんだ?」


 霊峰フリーダを挟んだ先にある戦場から同じ場所に逃げるとは笑えるほどの偶然だ。


「……俺らがついていたのはケイドス公だ」


 ジークは笑う。

 ケイドス公。聞き覚えのある名前だ。ケイドス公爵、ミース王国内で周辺貴族を抱きこんで主たる国王に反旗を翻し、今では奪い取った玉座に座る逆臣。―――そして、ジークたちの敵だった男の名前だ。


「なら戦場でも俺らは敵同士だった訳か。王国軍側だったし。ククク…お前本当に運ないんだな」


 逃げても敵として出会うとは傭兵にあるまじき運の悪さだ。そんな不運な男に最期くらいは痛みもなく首を狩るのがせめてもの酬いか。

 話は終わりとばかりに、ジークは剣を高く振り上げた。


「ま、まて。お前はあの戦場で、王国軍にいたのに生きて逃げられたって言うのか」

「そりゃ、今死んでないってことはそうなんだろうな」

「まさか。馬鹿な。……ああ、あああああああっ!! 俺はお前を知っているぞっ! あの戦場で嘘みたいに仲間を殺しまくった気狂い傭兵団っ。勝ち戦なはずなのにお前らのせいで皆、皆死んじまった。お前らと戦いたくねえから逃げたのに、クソッタレな戦闘狂共がなんでこんなとこにいるんだよっ!?」

「そりゃ、運が悪いとしか言いようがないな。でもまぁ、山賊なんぞやらずに真っ当に生きていればよかったのにな、来世があることを祈ってろ」


 じゃあな、と言いジークは剣を振り下ろした。

 なまくらの剣でも首は落とせる。

 それこそ何百回と繰り返した慣れた行為だった。


「これで十」


 血溜まりの上でジークは確認するように呟いた。





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