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薬草姫①



 常勝無敗と謡われた傭兵団が壊滅した、なんて噂が巷に流れた。

 戦鬼が作り出し、神槍、紅蓮、剛剣など二つ名ばかりが名を連ねた傭兵団が荒らしまわった戦場は数知れず、一時期は味方にした陣営が勝利するなんて馬鹿げた噂も出るほどの戦闘狂たち。

 それでも今まで危険視されていなかったのは、彼らは契約を絶対に裏切らないからだ。金払いさえ良ければ敵にも簡単に裏切る傭兵がいる中、彼らは清廉潔白なまでに契約を違えなかった。

 そんな彼らの結末は実に呆気ないものだったらしい。

 いつものように雇われ劣勢だった戦場に飛び込み、最期は雇い主を守るために敵陣に突撃し、壊滅した。先頭を走った長の戦鬼は討ち死に、団員の多くがそれに追従し名立たる英傑たちは行方知れずとなった。

 噂を聞いた貴族たちは大いに喜んだ。奴らは味方に来れば頼もしいが、敵にすれば厄介極まりない。

 酒を片手に話を聞いた傭兵たちは皆一様に驚き悲しむ。奴らは戦場で会いたくはない奴らだが、酒を飲み交わすには愉快な連中だった。

 栄枯必衰だ。先は見えていたと誰かがそう偉そうにご高説をたれる。英雄が死に、伝説になるように、誰もが過去に語る。

 未だ、生き残りがいると想像もせずに




 ◇


 ルインダス王国の外れ。霊峰フリーダを背にした辺境領ダクラスへの道を一台の馬車が走っていた。

 装飾のある造りがしっかりとしたそれは素人目で見ても只人が乗るようなものではなく、側面に彫られた彫刻にはこの地の領主であるダクラス家の紋章が深く刻まれている。


「それで目的は達成できそうですかお嬢様」


 呆れた声でメイドが向かいに座る少女に言った。

 本来なら苦手な馬車に四日も揺られる業務はメイドの仕事にはない。それなのに、今こうして馬車に乗っているのは主人であるリリカお嬢様のわがまま故であった。


「そうですね。これがあれば行き詰っていた計画も進むはず、です。希少性もありますが、採取と運搬時に知識が必要な代物でしたので、私自ら足を運ぶことになりましたが概ね満足な結果です」


 クラリッサにも迷惑をかけました、とリリカは目尻を下げる。

 そんなこと気にする身分でもないのにこの小さなご主人様は気を使う。


「これも仕事なので気にせず」


 脇には鉢植えの植物が固定されていた。

 霊峰フリーダでしか生えていない薬草の一種で、取り扱いには要注意の代物だ。素人の冒険者では納得のいく質の物を手に入れられない恐れがあるため、薬草学も嗜んでいるリリカ本人が赴いたのだ。

 勿論、メイドとしてクラリッサは声を大にして反対した。領地内だとしても、だ。仮にも貴族の一人娘が少人数の供だけでふらふらと移動するのは余りにも無用心で危険行為だ。

 近頃賊の話もちらほらと聞く。霊峰を越えた先にある隣国では大きな戦もあった、なんて話も聞いた。そんな中、いくら護衛がいたとしてもうら若き乙女が植物採取なぞ、帰ったら当主様からお嬢様へ一つ叱ってもらうか。

 そんなことを考えている時だった。ゴトゴトと進んでいた馬車が突然止まった。

 次の休憩まではまだ時間があったはずだ。不自然な停止にクラリッサの腕がそっと立てかけてあった剣に伸びる。


「クラリッサ…」

「…お静かに」


 不安げに瞳を揺らすリリカに、人差し指を唇に当てて落ち着かせる。

 馬車の動きは止まったが、外が騒がしいわけでもない。

 クラリッサは御者台へと続く小窓へ音も無く近づくと、そっとその小窓をあけた。


「どうかしましたか?」

「すみません、クラリッサさん。道が塞がっていて」


 顔馴染みの御者の声はいたって平穏だ。急を要する事態ではないことに多少強張っていた筋肉を解す。

 道が塞がっているとはなんだろう。倒木か落石か。行きに通った際はどれも無かったはずだ。


「塞いでいる物は? 避けれますか?」

「ああ、いや。大丈夫だとは思いますが…」


 言葉を濁す御者に焦れたクラリッサは急かすように促した。


「塞いでいるのは人です。人が一人、道を塞ぐように倒れていて…あれは死んでいるのか?」

「人ですか」


 倒木でなくてよかったと思うべきか。それともそれ以上にやっかいな案件の可能性も出てきたことを憂うべきか。


「周囲に異常は? 賊による罠か視線誘導の可能性もあります」

「いえ、ありません。周囲に林にそれらしき影は今のところありません」

「そう、ですか。それなら―――」

「……人が倒れているんですか?」


 脇にでも避けて先を急ぎましょう、と指示をだそうとすると横から声が掛かった。

 続くリリカの言葉は容易く想像できる。それが只の善意に因るものだけではないことも付き合いの長いクラリッサは知っている。

 それでも、この先の面倒な展開を思えば自然とため息が出てくる。


「なんですかその顔は。生きているのなら手当てをしましょう、丁度試してみた新作があったんです。出来れば傷は創傷だとありがたいのですが……」

「出来ればお嬢様には馬車の中で待機していただきたいのですが」

「いやです。折角の機会なんですから試さなくては。…それに、貴女がいるのだもの。例え賊でも守ってくれますよね?」

「……ええ、まぁ、そうですね。出来うる限り守らせてもらいますが」

「なら大丈夫ね」


 そう言い放つと勝手に馬車を飛び出してしまったリリカを追いかけるクラリッサの手には細剣が握られている。

 騎士団長の娘として生まれたクラリッサには幼少の頃から多種多様な教育が与えられていた。貴族の娘として、メイドとして、更には護衛も兼任できるように一通りの剣術でさえ父である騎士団長直々に扱かれた。多少の才能はあったのだろう。剣術にさえ限れば並みの騎士団員では太刀打ちできないほどだ。

 もっとも、そんな技量を持ってしまったせいで、お転婆お嬢様の護衛を一人で受け持つことになったのだが。


「この人まだ生きてますよ」


 外に出てみればリリカは既に倒れた人間に近づき、その顔を覗き込んでいた。その後ろでは御者の男が不安そうな目でクラリッサとリリカを忙しなく交互に見ていた。


「貴方は周囲の警戒をお願いします。賊はいなくとも獣が出てくることもありますから」

「は、はい! 了解しました」


 緊張しているのか慣れた様子の無い男は、騎士団から借りてきた新人だ。

 手の空いた御者が見つからず、仕方がないからと馬を管理できる新兵を連れてきたのは失敗だったか。

 ゴソゴソと鞄を漁るリリカを横目に倒れた男に視線を向ける。

 冒険者のような姿をした男だ。元は丈夫な鎧だったであろうそれは所々が剥げ、その下にはいくつもの裂傷が刻まれていた。本人のものか定かではないが、布地には乾燥した黒い血がこびり付き、動かす度ボロボロと地面に落ちていく。顔は思っていたよりも若々しいものだ。歳はクラリッサよりもいくつか年上か。

 目立つのは男の傍に落ちている長剣だ。飾りの類は一切施されず、柄には黒い布が乱雑に巻かれたもの。安物かと鞘から刃を抜けば恐ろしく頑丈な造りの代物で、重量も見た目以上に重い。

 使用してから手入れをしていないのか。刃には数え切れないほどの傷が存在しており、柄の布地や鞘の中にまでべったりと血液が付着していた。


「冒険者にしては所持品がおかしい。どこかの商隊の護衛…は違うか、なら逃げ落ちた傭兵? ここらで傭兵を使った小競り合いなんかあったかしら」


 領内で有力者が争ったなんて噂は聞いていない。

 戦争があったと聞いたのはフリーダ山を越えた先の話だ。この道はフリーダの麓へ向かうためのもので、山脈を迂回する道はここから大きく離れている。この男が山越えをしてきたのならおかしな話でもないが、霊峰フリーダは生半可な素人が突発的に山越えをしようとして生きて超えれるほど生易しいものではない。

 ここで足止めを目論む賊の仲間かと思うが、それも違う。傷は本物であり、偽装のような跡はない。賊にやられた被害者であっても、武器がそのままなのはおかしい。

 クラリッサが首を捻っていると目の前で背を向けていたリリカも同じように小さく首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「いえ、傷が多い割には容態がそこまで悪くないんです。意識も微かですがありますし、倒れているのも傷よりは水分不足とかが原因みたいで」

「……それはいいことなのでは?」

「そうですね。新薬が試せないこと以外は大変結構ですが、それにしてもこの傷は…」

「お嬢様?」

「身体中に創傷が、それこそ刃物による傷が至るところにありますがそのどれもが数日前のもので既に塞がりかけています。手当ても処置もされていないにしては熱が篭っているわけでもないんですよね」

「つまりその男が驚くほど頑丈ってことですか」


 これだけの傷を負いながら治療もなしで回復するとは呆れる話だ。

 水が入った皮袋をリリカに渡せば彼女は男の背中に荷物を置いた上で口に近づける。


「水は飲めますか?」

「……ぁあ。…す、まない」


 少しずつ男の口に水を流し込めば小さく喉が嚥下した。水も飲め、話すことも出来るのなら命の心配は無いはず。


「大丈夫なら馬車に戻りましょう。その男には適当に水と食料を別けてやればいいでしょう」

「もうクラリッサは冷たいんだから。せめて街まで送るとか―――」

「うああああああああ!?」


 突如聞こえた叫び声によりリリカの言葉は最後まで続くことは無かった。

 クラリッサは悲鳴の方向を振り返る。聞き覚えのある声だった。背後は馬車があり視界が通らない。あの先には周囲の警戒をしに御者が向かったはずだ。

 ぎしりと噛み締めた歯が音を立てる。鞘から細剣を抜き放ち、クラリッサは周囲を威嚇するように睨む。

 賊だ。林の奥に僅かだが気配がある。今も囲まれているのか、クラリッサ一人ならどうにかする自信はあるが、リリカが外に出ている今は状況が悪い。


「お嬢様すぐに馬車にお戻りください。我々は今囲まれています」

「は、はい、わかり――きゃっ!」


 カンッという小さい音と一緒に聞こえたリリカの悲鳴に慌てて視線を向ければ、そこには倒れていたはずの男に抱き寄せられ、地面に伏せるリリカがいた。


「貴様ァ! 貴様も賊の仲間だったかッ!!」


 カッと頭に血が上り、怒りに剣が震えた。まずはこの恥知らずな男を殺すべく、クラリッサが踏み込もうとした瞬間。


「落ち着きなさいクラリッサ!! 彼は私を守っただけです」

「なに、を」


 制止の声に力んだ身体が止まる。

 男の腕の中でリリカは必死に蠢き、傍に落ちていた矢を指差し、男の無実を証明する。


(この男はあの状況でお嬢様を守ったのか?)


「…ああ糞っ、最悪な目覚めだ。こんな糞みたいな寝起きは親父殿たちにアホ程酒を飲まされた以来だ」

「あ、あなたは…」


 立ち上がる男の姿をリリカは声を震わせて見上げる。

 先ほどまで意識を失っていたとは思えないほどしっかりとした動作で男は地面に落ちていた剣を取り、自分の外套を脱ぎ去るとそれをリリカが覆い隠れるように放り投げた。


「魔獣の皮を使った特別製だ。それに包まってれば粗雑な矢如きどうってことねえさ。―――さて、助けてもらった恩を返させてもらうぜ」


 痺れを切らしたのか、木々の奥から続々と出てくる山賊たちに向かって男は歯をむき出して、しゃがれた声でそう宣言した。



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