親友と一目惚れする友人
ひまわりが咲いている。
あたり一面が黄色く染まっているここは国内でも有数の面積を誇る国立公園。
公園内には様々な花が植えられているが、このエリアはひまわりのみ咲いている。
今年も夏が来た。
公園内にある大型プールへと通じるこのエリアが松原和人は好きだった。このひまわりと耳の奥まで響くセミの鳴き声は、和人を多少無理にでも夏モードに切り替える。
ひまわりを眺めながら、歩いていると後ろからどつかれた。
「おっすー、今日もあちーな」
振り向くと牧野智也が少し息を切らしている。
「わざわざ走んなくてもいいのに」
「んだよ、一緒に歩いた方が楽しいじゃん」
智也は当然のようにそう答え、乱れた髪を気にするようにいじる。
高校に入ってからワックスを使用するようになった髪は、歳の割には身長が高いことも手伝って心なしか智也を少し大人っぽく見せていた。
今日は公園内に設けられている大型プールの初日であり同じクラスの智也、康介、そして和人の三人で一日中遊ぶ約束をしている。
智也とは家も近所ということから、小さいころから一緒に遊ぶことが多く、プール開きの日に一日中遊び尽すのはもはや恒例行事だ。今年の春に高校に入学してからも、同じクラスになったこともあり、今でも和人は智也といることが多い。そして、高校に入ってから自然と2人とつるむようになったのが康介だ。
「康介もういっかな?」
「康介はまだじゃない?」
毎朝、廊下をダッシュするがぎりぎり朝礼に間に合わず担任に注意されるあのボーズ頭を思い浮かべる。
康介はかなり朝に弱いやつだ。時間通りにくるイメージが沸かない。
しかし意外にも康介はもうすでに待ち合わせ場所であるプール入口前にいた。
「おまえらおそいなー?」
にやにやしながら康介は言う。
「いやまだ約束の時間の五分前だし...」
この春買い換えたばかりのスマホの画面をみる。まだ八時五十四分だ。
「康介のくせに早いな」
「はっはっは、今日寝てないからな!」
「ばかだろ...」
どうやら康介は昨日親戚から漫画をもらい、それがあまりに面白く夢中になって全巻読んでいたらもう外は明るくなっていたらしい。康介はこういうところがある。今日寝てない自慢を始め、テスト前に全然勉強していない自慢、部活のペナルティーで校庭100週走らされちゃった自慢など見栄になっていない見栄を張る愛すべきバカなのだ。
「まぁそんなことはいいから、早く入ろうぜ。干からびる」
智也が急かす。
今日の気温は33度。プール開きにはもってこいの炎天下だ。
プールには大方の予想通り大勢の人間がひしめいていた。
智也はプール内の壁に寄りかかり、人間観察もとい、目の保養を行う。
あっちにもこっちにも、ビキニの女性が多くいた。
「やっぱ、プールはいいな~」
「あんまりジロジロ見るなよ、こっちまで変な奴に思われる」
和人は恥ずかしいのか目を下に向けている。
「むっつりだな~、和人は」
そう言いながらも智也には和人の気持ちもわからなくはなかった。中学のころは智也自身、日が経つにつれ増す異性への感情をどう扱えばいいのか戸惑っていた。見たい気持ちもあるが恥ずかしいという気持ちもあり、どちらかというと後者のほうが強かった。しかし今は断然前者である。可愛い女性がいればつい目線はそっちに向いてしまうし、グラマーな女性がいれば胸に目が行く。つまりそういう年頃になっただけのことだ。恥ずかしがることじゃない。そう今では開き直っている。
「つーか、康介遅いなー」
「この人じゃトイレも混んでるだろうしね」
入場してしばらくすると、康介は腹の調子が悪いとトイレに行ってしまった。昨日夜更かししたこともあり色々と体調も悪いのかもしれない。
「で、和人はどの子がタイプよ?」
「はっ、なに言い出すんだよ急に」
「だって、こんなに女の人がいるんだぜ。タイプの子ぐらいいるだろ」
「いや、だからそうじゃなくて…」
もにょもにょ言いながらも、和人はチラチラとまわりを見渡す。どんなに恥ずかしがっていても和人も同じ年頃の男子だ。興味がないわけがない。
「ちなみに俺はあの子がいいな、明るい笑顔が可愛い。あとエロそう」
「えー、なんかチャラそうじゃない?」
「それがいいんじゃん」
とは言っても、実際に付き合うのは少し怖いなと智也は思う。智也も和人もまだ女子と付き合ったことはないが、少なくともああいう子と付き合うのは難しそうだと感じる。智也には3つ上のギャルな姉がいる。智也の部屋は姉のとなりであるために、姉が連れてくる友達とのガールズトークをよく盗み聞きする機会があるのだが、どうもああいう連中の恋愛観は智也にとって度し難いものがあった。
恋愛観か。
「そういえば和人って、好きな子いる?」
「それこそなんだよ急に」
なんとなく聞いてみただけだが、和人は明らかな動揺を見せた。
「でもほら、和人って中学のころあの子好きだったじゃん、吉村」
「いつの話してんだよ! そっちこそ川瀬さんに気があったじゃん」
「それは、どうだったかな」
吉村と川瀬は中学二年生のときの修学旅行で、和人や智也と同じ班だった。懐かしく思うのと同時に少し寂しい気持ちに駆られた。
「まぁ、どっちにしろもう当分会えないけどな」
「…そう、だね」
その二人は別の高校に行ってしまった。特別に親しかったわけでもなく、高校に入ってからは一度も会ったことがない。だからこれはきっとあまり意味のない会話なのだろう。
「なー、聞いて聞いて!!」
少し感傷的な気分になっているところにボーズ、もとい康介が走って戻ってきた。
「プールは走るの禁止だっつの」
「そんなことより!」
康介は声を荒らげながら言った。
「俺一目惚れした!!!」