序章の七 その為の
「痛い痛い痛い痛い!ああ、骨が折れてるのを思い出したくなかった!」
僕は奴の身に着けているものを漁って何か手がかりがないかを探していると、骨が折れていたことを忘れて、つい右手で地面に手をついてしまった。
やばい、死ぬ、マジで死んでもおかしくない!骨折を甘く見過ぎていた。死ぬ!ショック死する!
緊張がほつれてしまったからか、アドレナリンが切れてしまったからか、とにかく、今の自分の状態を振り返るとものすごい痛みが全身に流れてきた。
右手の骨折だけではない。火の玉の熱や爆風で出来たやけどに、躓いて転んだときにできた痣、片手でずっと攻撃していたため左腕もパンパンで重い。
先程の戦いでは無傷ではなかった。今回の喧嘩相手が馬鹿だったから何とか生き残ることに成功しただけだ。今の僕だったから出来たことだ。
もし、一年前にこんなことが起きていたら間違いなく死んでいただろう。三島に出会って、面倒事に巻き込まれて、それを乗り越えて成長してきた僕でなければ電車におりた瞬間に殺されていた。
だが、収穫もあった。俺は左手の上に乗せているそれを見て、痛みを堪えてニヤリと笑う。
上下に振るとジャラジャラと音が鳴る。
「これには十分価値がある。治療費と慰謝料として貰っていこう」
それは大量に入っていた金貨袋だった。ずっしりと重みがあり、重さで言えば1kgはある。
1g辺りの金の相場が大体4,500円とすれば、最低でも450万円だ。高校生が得るにはものすごい大金である!
普通ならここで歓喜の舞でもやるのだろう。万全な状態であるなら、後方宙返りでもしている。
でも喜んでいる暇はない。今のこの状況を整理しないと不味い気がしたため、僕は深呼吸して自分を落ち着かせた。
落ち着け僕!こういう時はあの時の・・・桜さんの言葉を思い出せ!たしか『もし一億円が手に入ったら』という雑談があったはずだ!
(もし、そんなに大金が手に入ったら、私は孤児院のみんなを喜ばせてあげたい)
・・・よし、落ち着いた。・・・うん、落ち着いた。
僕は汚い人間です!ダメな人間です!
・・・ともかく、まず今回の目的である三島の行方だが、結局のところどこにいるのかが分からなかった。
目の前で死体になっている奴が気になる言葉を言っていたので怪しいのだが、死体に話を聞くのは無理だろう。殺さなければ、こっちが間違いなく死んでただろうし、情報を聞き出すにもそんな余裕がなく、聞けたとしても確証がない。嘘を言われるのがオチだろう。
ここの乗り場で何人もの死体を確認できたが、三島と思われる者はいなかった。まあ、行方が分からなくなって一ヶ月も経っているため処分されている可能性もあるのだが・・・それを考えるのはよそう。生き残っている可能性もあるんだ。僕だって今は生きている。
次にこの死体についてだ。
奴の持ち物で金貨袋の他に一枚の文字が書かれた紙があるのだが、その文字が問題だ。
文字は日本語ではなかった。そして、僕が知っている国の文字にも該当してもいない。
筆記体みたいに流れるように書いていて、英語に似たような文字だが、明らかに英語とは違う。
また、不思議なことに、奴が僕に向かって話していたとき、奴は日本語を喋っていなかった。言葉を理解していたし、日本語の言葉で聴こえていたが、口元の発音がしゃべっている言葉と違ったのだ。
つまり、この世界の人間ではない。宇宙人、もしくは異世界人。
大体、この外見で人間と言えたら猿やゴリラ、チンパンジーも人間になる。一応、悪魔と適当に言ったけど、反応したから悪魔で良いか。
この悪魔は多分魔術とやらで僕の言葉を理解していたのだろう。たぶんそれだけではない。駅の外の光景も奴の行ったことだろう。
街を消したのか?いや、消滅とは違う。周りは白い地面だけだったのだが、消滅したという感じではない。駅を別の空間に飛ばしたのか?いや、別の空間とかあり得るのか?
どちらにせよ、そんな大事を簡単にできるんだ。あり得ない話じゃ・・・ん?
そこで僕はおかしなことに気づいた。
「いや、待て、そんなことが出来る奴が簡単に死ぬか?」
いや、現にこいつは死んでいる。確実に。
だが、辺り一帯を消滅することや、空間を飛ばす事が小さなことではないと誰でも理解できる。普通の力学ではありえない現象なんだ。
・・・他にもいるのか?
そうだ、その可能性を考えていなかった!いや、考えている暇がなかった!
馬鹿だろ僕!普通こんな大きな出来事を起こすなら複数犯を疑えよ!
奴のほかに共犯者がいる。主犯となるような大きな存在が!
どうする?撤退するか?いや、だが、ここで逃げても三島の手がかりが少なすぎる。桜さんたちに報告したとしても、その時には手がかりがなくなってしまうかもしれない。というより、こんなことをしたんだ。今更逃げられると思えないし、相手も僕を逃がすとは思えない。
かといって、このままつき止めようとして、平気か?ぶっちゃけ満身創痍の僕だけで雑魚の悪魔に苦戦した。成功の可能性があまりにも低すぎる。
さっき戦った奴は間違いなく相手の中でも格下だ。それくらいは分かる。態度もそうだが、あの闘い方だ。
僕を舐めていたとはいえ、単調で相手の先を読まない攻撃、短気で直線的な行動、予備動作が見え見えで好きだらけ、力任せの馬鹿だから倒せたんだ。
次もそんな奴が来るとは思えないし、単独で来ることもないだろう。
漫画やライトノベルなんかでは武術や暗殺術でバンバン倒すのだろうが、その様な心得を持っていない僕が倒せるとは思えないし、そもそも相手もそんな考えなしのバカではないだろう。
仮に武術を心得ていたって集団に囲まれたら普通は殺られる。大抵の近代武術は対多人数を想定しているものではないからだ。
空手、柔道、剣道、相撲、ボクシング、近代格闘技の殆どが対人戦、それも一対一を想定して指導されている。スポーツとしてルールが成り立っているからだ。
古武柔術等、昔の武術や護身術であれば、対多人数に対応できる方法を身に付けられるだろうが、あくまで古い武術だ。
ボクシングでいうカウンター、柔道や剣道でいう『後の先』という返し技等、相手の動きを予測して対峙する個人相手に特化した近代格闘技に対して効果は薄い。
相手が素人ならともかく武術をかじっていれば負ける!99.999999%の確率で負ける!
見つからないように潜入するしかないけど、マップもなし、どこに手掛かりがあるのかも解らない、相手の人数、経歴が解らない。
とにかく情報が少なすぎる!どうする?
逃げる?どうやって?電車はもうない。意外美人に人気が無くなったら逃げろといったから、電車を動かして逃げたかもしれない。あるいは既に他のやつに見つかって、囚われているかもしれない。どちらにせよ、逃げるにしても手段が限られているし、成功する未来が見えない。
隠れるか?どこに?駅内に隠れられそうな場所はどこにある?例え隠れる場所があっても、その先どうする?桜さんに一応、居場所と目的は伝えたけど応援に来てくれると期待するのか?いつまで?その間に奴らがそのままにしているわけがない。この状況だってすでに見られているかもしれないのに無理がある。
戦うか?出来るか?こいつが実はカーストが上で、他にいるのは馬鹿ばっかりの無能として期待するか?実は戦ってみたら意外に勝てる相手だと期待してみるか?無理がある。こんな大事を起こしている組織がそんなに簡単に潰れるか!こんな事をして世間の騒ぎが小さいと言うことは相当の力を持っているだろう。現実逃避している暇はない。
どうする?どうする?!このままだと・・・
僕が異変に気づいたのはこのときだった。
ドサッと音がして体に鈍い衝撃がおきる。いつの間にか自分は地面に倒れていた。
あれ?何だ?力が入らない?
体が重い。だるい。
胸が熱い。気持ち悪い。
頭が働かない。
全身が痛い。
痛い。
痛い!
痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!イタい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!
「・・・・・・!!!!!」
のどが開きすぎて声の出ていない叫び声をあげる。今まで生きてきた中で一番だと断言できる痛み。
筋肉痛に似ていて、それの100倍は感じる痛みが電流のように全身を駆け巡る。
「・・・いった・・・なにが・・・・・・おきて」
痛みが邪魔して声がでない。体も指一本動かすだけで激痛が電撃のように全身に回る。
何もできない。一体どうなった?いつの間に毒を盛られたのか?
(君が成長したんだよ。いやいや、深山くん、おめでとう)
頭痛でガンガンと痛む頭にそんな言葉が響いてくる。誰だ?
(僕はクライン、いやいや、どんな奴かと言われると難しいが、一応、異世界からきた悪魔と言っておくよ。いやいや、ちなみに、君の前で倒れているのは悪魔になりそこなった魔人だから勘違いしないでね。)
そうか、異世界か。自分で予想しておいてなんだけど、悪魔とか言われても実感がわかない。
でも、会話から察するに死んだやつより立場は上だろう。
(見ていたよ、君が電車に乗ってから今まで起きていたことを!いやいや、こんなに有用な人物とは思わなかった!)
・・・見ていた?電車に乗る時はこんなおかしな空間ではなかった。一緒に乗っていたのか?どこに・・・って、僕は馬鹿か!
車掌だ。彼はずっと乗っていた。あの光景を見て普通に電車を停めるのだから、おかしいと少しは理解できるだろ。
いや、気づいていた。少なくとも車掌もグルだと疑っていたから、接触しようとせずにあの時は放置したんだ。下っぱの中の下っぱだと思っていたから。
会っているのか?間違っているのか?駄目だ、この状況だから頭が混乱している。
意外美人はどうした?無事に逃げられたとは思えない。
(いやいや、彼女の提案に乗って良かったよ。ある程度の実力を見るようにそこの魔人に依頼をしていたが、いやいや、まさか倒すとは思わなかった。成長もして、邪魔なやつもいなくなって一石三鳥だ)
・・・彼女?
そう言えば、こいつは僕の名前を知っていた。もしかして・・・いや、それよりも成長?なにを言っているんだ?
(いやいや、成長と言うよりゲームでいうところのレベルアップかな?君の体内には先ほど倒した魔人の魔力が取り込まれたんだよ。その魔力が君の体の遺伝子を書き換えて丈夫な体へと再構築しているのさ。)
誰が発しているか解らないその言葉に僕は意識を傾ける。
レベルアップ?どういう原理でそんな事態を引き起こしたのかは解らないが、毒を盛られたと言うわけではなさそうだ。それと、その言葉の真意も予想できた。
この筋肉痛は体を丈夫に作り替えている。運動して筋肉の繊維を壊し、修復してより強固な筋肉に変わるのと同じだ。
この現象が急に始まったのは悪魔・・・ではなく魔人が今まで行っていた不思議な現象の力のせいだろう。
ゲーム・・・うまい言い回しだ。不思議な現象を起こした力を魔力とすれば、死体から魔力を取り込んだ。ゲームでいう経験値だろう。
そしてレベルアップ・・・つまりは成長して能力が上がる、ゲームでは簡単に攻撃力とか最大HPとかで簡単に表しているアレだ。
(ただし、君はこの世界の住人だから魔力がない。つまりレベル1どころかレベル0の状態だった。そして彼は雑魚とはいえ魔人。多くの魔力を持っている奴なら、手に入る魔力も大きい。いやいや、頭の良い君ならもう分かるだろう。)
そうか・・・成長に体が追い付いていないのだ。
仮に僕の能力値が2倍に上がったとしよう。能力が倍に上がると言えば聞こえが良いが、問題はHP(体力)
最大HPが上がっても現状のHPは上がらない。
50/100 で全体で半分のHPが
50/200 と全体で4分の1になる。
もともと満身創痍の体だったのだ。瀕死の状態になっていてもおかしくない。体力が少なくなったのなら、免疫力が低下して急激に体調が悪くなったのだろう。
筋肉痛による体の麻痺と体力の低下による衰弱が僕に襲い掛かっているのか?
(いやいや、安心してくれたまえ。僕は君を大いに利用させてもらう。僕の故郷に連れて行ってあげよう。大丈夫、君の連れも先に行っている。君はただ、僕の実験体になってもらうだけだ。今とてつもなく苦しいだろう、大丈夫、すぐに痛みも感じなくなるさ)
・・・そうか、意外美人は駄目だったのか。助けられなかった。
僕はどうなるのか?どうされてしまうのか?
でも、僕にはどうしようもない。どうすることもできない。
痛みで策も何も考えることができない。行動も何も動かすことができない。
ここで終わるのか?
ここであっさり終わるのか?
また何もできないのか?
また無残に終わるのか?
また無力を後悔するのか?
(・・・これが現実なのだ。あきらめろ)
ふと、頭の中でそんな言葉が聞こえた。奴の声ではない。
自分の声だ。
(自分が出来ることはたかが知れている。ここまで抵抗できたのは奇跡なんだ。だから、もう頑張らなくていい)
そんな言葉で自分に言い訳をしている自分がいた。
(たしかにそうかもしれない)
そう思ってしまった。
そして、あのときの言葉を思い出した。
『自分を信じて』
「・・・ふ・ざ・け・る・な!」
考えられないのなら、とりあえず動け!
痛くて動けないのなら、痛いのを堪えろ!
怠惰を捨てろ!今動け!立ち上がれ!
何でもいい!声を出せ!叫べ!
「僕は!」
たとえ自分を犠牲にしても!他の全てを失っても!
「君を探す」
例え、目の前の壁が高く、分厚くても、
例え、君がそれを望んでいなくても
「君の傍にいる!僕は!そのための僕なのだから!」
昔を思い出してそう叫んだ。
後悔しない為に、信じてくれた彼女のために
出来ないから、無理だからという言い訳を捨てて、無茶な事でも諦めない!そう誓った!
体の全身が痛みで訴えている。これ以上動くと壊れることを警告するかのように。
だが、僕は立ち上がった。何かをするわけではない。
でも、このままだと二度と会えない。二度も誓いを破ることになる。
そんな気がした。
(・・・いやいや、彼は何・のだ?優良・件だと思っ・・・のだが・・・ん?)
頭を響く声がだんだんと聞き取りずらくなっていた。
なんだ?向こうにとって何か予定外のことが起きたのか?
(まず・・・らがここ・見つけ・・・・くそっ・・・なったら・・・!)
なんだ?何が起きるのだ?視界がぼやけて・・・わから・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
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「ようこそ、深山 和志さん、あなたを異世界へ招待しに来ました」
声が聞こえる。いつの間にか意識を失っていたようだ。
目を開けると、僕は立ったまま宙に浮いていた。
何もない空間で・・・真っ白の景色の中に一人の女性が同じように宙に浮かんでいる空間で。
「・・・なんか突然、漫画やライトノベルで定番なアレになったのだが・・・一応聞いてみる。あなたは誰ですか?」
いやいや、まさかな。こんな典型的な出来事が起きるわけがない。
アレだ、えっと、アレだ!・・・やばい、他の候補が現状にパニックしているからか思い浮かばない!
でも、あるのか?
それはあり得たのか?
「私はあなた方の世界でいわれる異世界の神様です」
淡々と、目の前の女性はそう言った。
・・・これって、もしかしなくてもアレですよね。
「・・・・・・異世界!!!」
これで序章は終了します。
次回からいよいよ異世界の話となります。
更新が遅いですが、どうぞよろしくお願いいたします。




