1章の二四 諸刃の剣
(・・・アレスとセーラは無事だろうか?)
メインは馬車の中で他の子供たちを宥めながら、ふと思ってしまった。
彼女が孤児院に帰ってすぐに出来事が起きた。
突然男たちがが孤児院の中に侵入して子供を人質にし、言われるがままに無防備な状態で拘束された。
その人物たちをメインは村の中で見たことがあった。冒険者であることはすぐにわかった。
たまに、傷を負って戻ってくる人間がいたので、治療したことがある。
アレスとセーラは馬車の人数が入りきれないからと、別の馬車に入れられた。
(・・・むやみに反抗して大怪我を負っていないだろうか?
アレスとセーラが大人しくしている・・・想像が出来ない。
せめて、無事でいてくれれば・・・)
そんなことを考えていると、ある人物のことを思い出してしまった。
子供たちの中で気難しいアレスとセーラがすぐになついた人物
(・・・あの人がちょうど孤児院にいなくてよかった。
私たちのとばっちりを受けてしまったら、死んでも死にきれない)
せめてもの救いだと思ってそう安堵した時だった。
「・・・なあ、何でこいつらを領主は欲しがっているのかね?」
冒険者の一人が子供にナイフを当てながら他の冒険者に話題を振った。
「そうだな、こんな薄汚れた餓鬼どもを誘拐して、何を考えているんだか・・・」
「貴族様の考えていることは想像できないよな。まあ、俺たちに金がたくさん入るからいいけどよ」
男たちがゲスな笑いをとって、ナイフでピチピチと小さな子供にナイフを当てている。
(・・・子供に傷を少しでもつけてみろ。噛みついて殺してやる)
「そういえば、聞いたか?この馬車に飾っている魔道具って・・・村の防壁に使っていたやつだろ」
「・・・え?」
一人の男が言っている言葉が分からなかった。
「ああ、今頃村は魔物で壊滅だろうな」
「・・・何っすか?それ?」
(彼らが何を言っているのか分からない。え?村が壊滅?なんで?)
「何でも領主とその息子の仲が悪いから、村ごと息子を殺そうとしたとか・・・」
(・・・村が壊滅?・・・え?)
「はぁ、領主がこうもイカれているとはな、たかが親子げんかでそこまでするか?」
「あくまで噂だ・・・が、実際、村の中に息子がいたのを見たからな」
(・・・え?冗談じゃないの?ふざけて言っているんじゃないの?)
男たちが何を言っているのか理解した時、頭の中にある光景を思い浮かべてしまった。
魔物たちの群れに囲まれて、食い殺される和・・・
「あ、おい!」
男は突然暴れだしたメインを無理やり押さえつけた。
「何いきなり暴れやがる!ガキ共と一緒に殺されたいのか!」
今の状況を言われて、我に戻り、冷静になる。
冷静になって、何もできない自分を理解して、涙を流していた。
「・・・カ・・ズ・・・シ」
ただ、どうか、無事でいることだけを願う事しかできなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
深山はギルバードの攻撃から避けていた。
反撃や牽制のための攻撃を捨てて、ただ、相手の猛攻を躱していた。
奴の全身を観察して、初動から動きを予測する。
魔道具の性質を分析して、情報を取得する。
とにかく、死ぬことだけは避けていた。
時間をかけながら、体力を消耗しながら、躱しきれない攻撃の余波を受けながらも、致命傷の一撃を受けることだけを避けた。
気付けば深山の体はボロボロになっていた。
小さな傷と疲労が積み重なって、肉体は限界を迎えており、守りに徹することしかできないため、精神的にも限界が来ていた。
痛みが、疲れが、目眩が、感情が集中することを邪魔する。
それでも、避ける事をやめない。
それでも、突破口を探すのを諦めない。
「避けて、避けて、避けて、反撃をしねえ。
何をしたいんだ?お前は?」
ギルバートは苛立ちながらも余裕を持った表情で深山を見下していた。
当然と言えば、当然である。攻撃をしない相手に恐怖を感じることはない。
「出来ることをやっているだけだ。気にするな」
「お前に何が出来る!現実が見えていない馬鹿野郎が!」
「現実を見て戦っているんだよ。お前みたいに諦める事も誤魔化す事も時間の無駄だからな。
ただひたすらに出来ることをやるだけだ」
「それが現実を見ていないって言ってんだよ!
諦めなければ何でもできると思っているのか?
努力すれば全てを手に入れると思っているのか?
ふざけんな!何も知らないお前が綺麗事を言うんじゃねえよ!
現に見ろ!俺如きにそんなにボロボロになったお前に何が出来る!」
「そりゃ、出来る事なら何だって出来る。
歩けるし、走れる。
拳を握ることも、噛むこともできる。
ほら、考えなくても四つ思いついたぜ」
屁理屈を言われて腹を立てているギルバートに対して、深山は冷静に分析した。
「お前は俺より強い、少なくとも俺より優れた身体能力を持っている。
すごい武器も持っているし、この状況はお前に有利だ。
そして、お前はどんな手を使っても、俺を殺せば目標を達成できる。
だけどな・・・それだけの要因でどうしてお前が勝てると断言できる?」
もしも、個人の能力値だけで勝敗が決する世の中ならば、娯楽など存在しない。
世の中に絶対というものはない。
それが深山の持論である。
「強い奴が必ずしも勝つわけじゃない。
勝つことを諦めた人間から負けるんだよ。負け犬」
「・・・死ね!」
ギルバートが左手で両手剣を握り、深山に向かって斬りかかろうとした時、深山もギルバートに向かって突っ込んだ。
すると、ギルバートは突進をやめて、深山を近づけさせないように剣を薙ぎ払う。
そして、深山はニヤリと笑い、先程よりも無駄のない動きで躱し始めた。
深山は攻撃を避けながら観察して、気付いたことがある。
『巨人の破壊剣』という魔道具は驚異的な利点が二つある。
一つは射程距離が伸びるという事
単純な利点だが、これがはるかに面倒である。
ギルバートと戦闘する際、脅威となるのはまず身体能力だった。接近戦ではまず勝てないと断定できるほどの圧倒的な差だ。
その対処法として、深山は『魔力弾』という飛び道具を使って、相手を牽制し、距離の優位を手に入れる事で、勝ち筋を見つけるつもりだった。
しかし、奴の魔道具はその距離を伸ばすことが出来る。
攻撃範囲は深山の方がまだ分があるかもしれないが、奴にはスピードがあり、この優位性は簡単になくなった。
また、長さが一定ではないため、剣の軌道に入れば攻撃を受ける可能性があるため、非常に躱しにくい。
二つ目の利点は威力だ。
通常、普通の飛び道具というのは距離が遠くなるほど威力、もしくは命中精度、あるいは両方が落ちる。
深山の場合、魔力弾は距離が遠くなるほど威力が比例して落ちる。距離が倍になれば、威力は約半分くらいに下がる。そういうものだ。
だが、奴の剣は違う。あの魔道具が変化するのは剣の大きさだけではない。剣が大きくなるほど、剣の破壊力も大きくなる。
おそらくだが、奴の剣は重さも大きくなるのだ。体積当たりの重さの密度が変わらないからだろう。
先ほど、深山が攻撃を躱したとき、『巨人の破壊剣』は樹木を両断していた。
あの剣は重量を生かして破壊する事を目的とした剣だ。切れ味を目的に作られたものではない。
だから、もし重さが変化しないのであれば、切れることはなかっただろう。重心から遠ざかった剣先はぶつかった衝撃に耐えきれず折れるはずだ。
逆に重さも変化しているのであれば、体積が大きくなる分重さもかなり上がる。
長さ、幅、厚み、それぞれが二倍になれば、重さは約八倍になるだろう。であれば樹木を叩き切ったことも納得できる。
そうなれば、防御は意味をなさない。アレスから受け取った剣で受け止めてたとしても、剣ごと真っ二つである。
つまり、この剣は相手の防御と反撃を封じることが出来る。
しかし、それはあくまで利点だけを説明した話であり、もちろん欠点も存在する。
まず、最初に気付いた欠点は扱いの難しさである。
射程距離が伸びるということは逆に小回りが利かなくなる。
攻撃の動きに制限がかかるし、切り返しだって遅くなる。ましてや、重くなるのであれば、それは顕著に現れていた。
だから、奴の攻撃には連撃がなかった。一つ一つの攻撃の後には隙が出来てしまい、回避に徹すれば、体勢を立て直す機会もあるため、致命傷を負うことはなかった。
もう一つ、欠点がある。
それは性能が優れているという事。
先ほど言った欠点を入れても、この魔道具は優れている。扱いに難があるとはいえ、それ以上の能力を持っている。
重さを生かした破壊力、乱暴に扱っても刃こぼれしない耐久性、間合いを掴ませない特殊性、
そんな剣を扱える技量さえあれば、この剣は普通の武器より優秀と言える。
・・・もっとも、うまく扱える技量があればの話だ。
それを扱えるほどの技量はギルバートにはなかった。素質はあるかもしれないが、扱いに慣れているようではない。
魔道具は優秀なものだった。でも、それを扱うには技量が足りていない。
徐々にギルバードの攻撃は深山に通用しなくなっていた。
致命傷どころか掠りさえしなくなっていた。深山が奴の能力の限界を把握したからだ。
魔道具を巨大化させる限界は三メートル、それ以上はない。
魔道具にも限度があるかもしれないが、それ以前にギルバートの技量が限界だった。
剣筋の速度を上げる力、
大きくすることで重心が離れようとするのをとめる力、
攻撃を切り返すために速度を下げるための力、
剣筋を重力によるずれから支える力、
様々な力を制御するための技術をギルバートは持っていない。
剣の伸縮する速度が一瞬であれば、この問題もある程度解決するだろうが、ギルバートには出来ない。
そして、ギルバートが片手の腕力だけでこの剣を扱える大きさも三メートルが限界だった。
当然と言えば当然だ。仮に通常の大きさで重量が五十キロあるとする。
それが倍の大きさである三メートルの剣を扱うなら、四百キロの重さになる。
仮にこれが5メートルになれば重さは凡そ2トン弱になる。しかも、それを片手で扱わなくてはならない。
だから、奴が扱える剣の大きさは三メートル。
それぐらいの大きさなら、十分な隙が出来るので躱すのは容易だった。
無論、元の大きさにすればその隙も生まれない。通常の大きさでそのまま攻撃すれば深山は奴の攻撃を躱すのが難しくなるだろう。
威力も小さいものになるが、深山を殺すには十分だった。
しかし、ギルバートはその大きさを維持して深山に攻撃している。距離を詰めて攻撃しようとしない。
奴は、接近戦を嫌っているのだ。奴にとって得意分野であるだろうにそれを選ばなかった。
理由は深山が放った『魔力槍』を警戒しているからだろう。
深山の見せた攻撃手段で、奴を倒せる可能性がある手段。
一発で形勢を逆転できる手段。
僅かな可能性であるが、その可能性を恐れているため奴は深山を近づかせなかった。
だから、ノーリスクで深山を殺せる手段をとっている。
確実に、深山を追い込み、疲労したところを叩きつければいずれは殺せるのだから。
そして、ギルバートは最初に上げた欠点を無くすために先程の攻防の途中から、攻撃を上から下にたたきつける攻撃が主になっていた。
これならば、振り下ろす最中に巨大化させることで剣の加速度が上がるし、剣を支える筋力も、剣の軌道を修正する技量も重力を利用すれば最低限で済む。
地面にたたきつけた後に、縮小化すれば、地面に衝撃を吸収させた後に動かせるから切り返しも少し早くなる。
剣を振り下ろし、その間に巨大化させる。それが奴の技量で扱う手段としての最適解。
そして、深山の体力が限界になったところを見計らって、ギルバートは攻勢に出た。
距離として凡そ十メートル
深山が片膝を地面について、息を切らしていると、ギルバートは間合いを取るのをやめて、足を止めた。
ギルバートは剣を真上に掲げて、先程とは比べ物にならない速度で剣が大きくなる
ギルバートが深山に剣を振りかざして攻撃する。
振り下ろす速度は恐ろしく速く、反応する暇すら与えない。
掠っただけでも致命傷になるだろう。
攻撃が来ると深山が思ったときにはすでに遅かった。
一瞬のうちに振り下ろした剣の威力に地面はヒビ割れてしまい、衝撃音が響き渡る。
十トンの重さで叩きつけられ、地面が揺れるほどの威力に俺は防ぐことも、見て躱すことも不可能だった。
・・・そして、この攻撃こそが反撃の機会だった。
「なんだと!」
ギルバートが防御不能、回避不能と思われた攻撃に対し、深山は無傷だった。
一瞬で繰り出された攻撃を躱して、深山はギルバートに向かっていた。
最適の攻撃方法・・・逆に言えば、予測しやすい攻撃である。
攻撃手段が簡単に予測できれば奴が攻撃を行おうとする初動作を見る前に動ける。
振り下ろしの攻撃は威力が大きい分、横に動いている敵に当たりにくい。
この攻撃を深山は待っていた。この攻撃こそが向こうの最大の攻撃であり、深山にとって、最高の反撃の機会だからだ。
『巨人の破壊剣』は優秀な魔道具である。
優秀だからこそ、その道具の特性にギルバートは頼ってしまった。
もし、ギルバートがその魔道具に頼らず、拳で応戦するのであれば・・・この地形と状況を使おうとすればほぼ確実に深山は負けていた。
だが、ギルバートはそうしなかった。その発想を思いつく前に、剣の能力を利用すれば簡単に追い込めるからだ。
優秀な武器だからこそ、それに頼ってしまった。それ以外の手段を考えようとしなかった。
だから、奴の攻撃手段を深山は予測することができ、この状況へ誘い出すことに成功した。
時間をかけて、リスクを負って、深山は唯一の機会を手に入れた。
ギルバートの攻撃を避けた深山は、その足でギルバートの懐へと向かう。
これ程のチャンスは二度と来ない。それは深山が一番知っていた。
だから、この攻撃に命運をかける。
「くっ!」
奴との距離が凡そ五メートルになると、深山は片手剣を投げた。
剣が大きくなっている状態で、無防備な状態のギルバートはそれを右へ回避して、姿勢を少し崩す。
だが、攻撃はこれで終わらない。
「『魔力槍!』」
距離が凡そ三メートルになったところで深山は魔術を放った。
左手を伸ばすことでちょうど射程圏内に入っている。
狙うは再びギルバートの右肩。
最初の攻撃でギルバートは姿勢を崩し、躱させる事で重心を動かした。ここから左に重心を切り替えることはできない。
なら当たるはずだ。倒れこむように大きく回避しようとしても、急所に当たる攻撃。
距離が離れているから威力が落ちたとしても、傷口であればさらに深いダメージを与えられる。
そう考えての攻撃だった。
この攻撃は当たる・・・と深山は思っていた。。
ギルバートの反射神経と筋力を最大限に発揮して『魔力槍』を左に躱し、深山の懐に入った。
何の策もなく、何も利用せず、何の技術も使わず、ただ、自身の肉体のみで強引に躱して見せた。
そして、左手には岩よりも固く、鉄よりも頑丈な拳がある。
「惜しかったな」
これが現実だと言わんばかりの表情でそう言った。
諦めなくても、努力しても、これが現実だと、無意味なのだと否定する拳を見せた。
だが、想定の範囲内だった。
まだ、深山の攻撃手段は終わっていない。
確かに片手剣を失った。『魔力槍』も不発した。突き出した左手はもう戻せない。
(・・・でも、まだ手段はある。最後の手段だ。)
深山は右手に魔力を込めていた。
右手には感覚がなく、拳を握ることすらできない。
剣を握ることもできない。拳を作ることもできない。
だが、魔力を流すことはできる。
とはいっても、『魔力弾』や『魔力槍』を放っても、方向は定まらないから扱えない。
そんな今の右手で深山が出来ることはただ、魔力を貯めることだけだった。
貯めた魔力で右手を武器へと変化させることだけだった。
「『魔力剣』!」
深山は右腕に貯めていた魔力を一気に放出させた。
感じることのなかった神経が骨にまで染みて、激痛が脳に走る。
そんな力が入らないほどの痛みを無視して、形状をイメージする。
手首に鉄筋のように魔力を貫通させて固定させる。
同様に、指先も無理やり伸ばして、そこから魔力が放出させる。
痛みが警告する。
『今すぐやめろ!とても危険だ!一歩間違えれば死んでしまう!』
そんな警告が響き渡る。
それをお構いなしに深山は剣を作り始める。
体内の血管がブチブチと千切れるのが分かる。
声が出ないほどの痛みで魂が崩れそうになる。
だが、一瞬のために、この時のために、
深山は無色の両刃の剣を右手に宿した。
手首を、指を無理やり伸ばして、その先から現れたのは一メートルにも満たない刃だった。
常に噴出している様子はガスバーナーのようであり、刃のように薄く、平たい形状で常に魔力が流れている。
その刃を右ひじを使って、右肩を使って、腰を使って、足を使って、全身を使って、深山は奴に斬りかかった。
現れた刃は奴の拳と衝突し、
奴の拳を破壊し、
奴の鋼のような胴体をやすやすと切り開いた。
「・・・なんだよ、それ」
一瞬の出来事についていけなかったギルバートはそれだけを言って、地面に倒れる。
深山が振り返って見てみると、奴に起き上がれる気配はなく、脇腹から血がだらだらとたくさん流れているのが分かった。
内臓まではいっていないようだったが、傷は深く、出血多量で数分後に死ぬだろう。
「・・・ああ、くそ」
ボロボロな体に鞭を打って、なけなしの魔力を使って深山は法術を唱える。
「『ディペイン』」
ギルバートの傷口から少しでも流血を防ぐための痛み止めの法術をかける。
「・・・弱くなったな、俺も」
そう言うと、深山も魔力が枯渇してしまったため、全身が動けなくなって、そのまま倒れた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
空は星が輝いており、非常にきれいな光景だった。
星の輝きが大きく、地上の明かりにさえぎられていないため、小さくてもはっきりと見える澄んだ空が美しかった。
ゆっくりと出来る状態であれば、ずっと眺めていたいと思えるだろうが、今はそれどころではない。
「・・・何でこんなことをした?」
ギルバートは目の前でふらつきながらも僕の頭上に立っていた。
右肩から下はぶらりと腕が力なくたれており、左手と右わき腹からはじんわりと血が流れている。
「獣人という種族なら、回復力高そうだし、法術をかければもしかしたら生き残るかと思って」
実際に傷口は驚くスピードで回復していた。
刺された右肩から血は既に止まり、左拳と脇腹も血は流れているが、先程の流出量から回復速度を逆算すればすぐに傷口も塞がるだろう。
「そうだな、そして、お前は死ぬ」
その言葉も嘘ではないだろう。確かにギルバートは、右腕も左手も使えないが、足は使える。
膨大な筋肉で重みをつけた体を使って踏みつぶせば簡単に僕の命を潰せるだろう。
「いや、本当に誤算だ。あれだけで動けるようになると思っていなかった」
想定外の回復力だったと、僕は後悔していた。
痛み止めが主な用途の法術で傷口が簡単に塞がるとは思わなかったのだ。
ギルバートの種族は回復力が高く、深手を負っても安静にすればすぐに回復すると知っていれば、法術をかける事はなかったのかもしれない。
「なぜ、俺を治療した?」
ギルバートの問いに僕は考え込む。
言葉を選んだほうがいい。
この状況でどういう状況に持ち込むかを考える。
「打算的な答えでいえば・・・お前と取引をしたかった」
「取引?」
ギルバートは話を聞く耳は持っているようなので、結論から話す。
「領主を裏切って、メインを救ってくれ」
「・・・まだそんなことを言ってやがるのか?」
ギルバートの反応は呆れが大多数を含んでいた。怒りの表情はない。
怒りを通り越して呆れている可能性もあるが・・・
「・・・仮にだ。お前の言うとおりにすれば、メインは救えるのか?」
「さあ?それは結果次第だ。成功すればそうなるし、失敗すれば俺らも無事では済まない」
「・・・真面目に答えろ」
真面目に答えたつもりだったのだが、ギルバートは不機嫌になった。
まずい、ふんわりとした意見は逆効果だ。きちんとした事実だけで伝えないと・・・
「好機はある」
僕がそう言うと、ギルバートはピクリとその言葉に反応した。
「・・・好機だと?」
「よく考えてくれ。何でメインは攫われたんだと思う?」
「そりゃ、クソ領主がメインを奴隷に・・・!」
ギルバートはこのことに違和感を気付いたのか、表情を真剣にして考え込む。
「おかしいよな?領主はメインを犯罪奴隷として計画を立てていたのに、その計画をぶち壊してメインを誘拐した」
そうだ。この犯行は明らかにおかしい。
領主の目的はメインを犯罪奴隷に陥れることだった。つまり、ぎりぎり合法を狙っていたはずなのだ。
今回の犯行はどう考えても無茶苦茶なのだ。余りにも横暴であり、強引すぎる。
犯行の規模も小さくないため、他の地域や国の中心部にだって伝わる。
これまでの計画が頓挫されたわけでもないのに、この強引な切り替えはどう考えても不自然なのだ。
「なぜ、そういうことをしたのかは今のところ分からない。
だけど、確実に言えるのは領主側に何かしらの出来事があったということだ」
「・・・何があったっていうんだよ?」
「分からないって言っているだろ・・・今のところはな。
その手掛かりを掴むためにいろいろと聞きたい事がある」
「・・・いいだろう。変な動きをするんじゃねえぞ」
僕とギルバートの質疑応答が開始した。
ギルバートが知っていた内容はあまり多くない。この作戦以外について領主の企みに関する情報は手に入らなかった。
だが、貴重な情報もあった。魔人についてである。
どこで出会ったか?
どういう魔人だったか?
その魔人の姿の特徴は?
領主とどういう関係だったか?
どんな能力を持っているか?
ギルバートがわかる範囲で、その答えを一つ一つ答えていくと、複雑な感情を持ってしまう。
「・・・ああ、なるほど」
僕が一度、深呼吸して、『ヘルプ』と唱えて、ある内容を調べる。
その内容を吟味すると、僕の脳裏にある仮説が浮き出てきた。
「・・・何が分かった?」
「まだ、確証はないが・・・」
僕はギルバートに推理を説明した。
それは先程のギルバートの言葉も材料に入れている。
そして、説明していくうちにギルバートの表情が変わっていく。
「・・・マジで言っているのか?」
「・・・当たらずとも遠からずってところだ。少なくとも、これが好機であるのは確かだ」
「何が好機だ!お前の妄言を信じたわけではないが、それが本当なら・・・メインは・・・」
ギルバートの表情が青ざめていくのが分かる。まあ、メインを思いやる気持ちが本当であれば当然の表情だ。
もし、この推測が当たっているのであれば、メインに待っているのは地獄の日々だけである。
「メインは向こうの手中に収められた。今から急いで向かっても救えるのはほぼ不可能だろう。
この状態では返り討ちが目に見えている」
かといって、時間があるわけでもない。
メインを助ける猶予はよくて二日、いや、一日と考えた方がいい。
圧倒的不利な状況で、すでに満身創痍な体でやれることも少ない。
「でも、これは好機なんだ」
「好機?どこがだ?」
「メインを救える道が見えた」
たとえ、当初の予定だった借金による奴隷化を解決したとしても、メインを救えるわけではなかった。
領主がメインを狙うことをやめない限り、領主は安全圏から何度もメインを狙える。
力は向こうが圧倒的に上なのだから、じんわりと追い詰められて、いずれは逃げられなくなっていた。
「だが、今回の出来事で領主は逆に逃げ場を自ら消したんだ。 領主の企みを防ぐことが出来れば、向こうが待っているのは自滅になる。
つまり、この局面を、その時までに乗り越えれば、少なくともメインは領主の手から解放される」
領主の狙いが僕の推測通りなら、猶予はあと二日。
逆に言えば、それまでにメインを救出し、領主の魔の手から逃れれば、少なくともメインは領主に狙われることはない。
「その隙をつけばメインを助けられるという確証があるのか?もしも、失敗したらどうする?」
「失敗も何も、お前は既に失敗してんだろうが。
たとえ僕を殺せても、その状態でアレスとセーラを拘束できると思っているのか?
それに、お前と領主との間に交わされた取引には保証も何もされてない。そして、この推測が当たっていた場合、領主は間違いなく取引を反故にする。
お前はその反故に対して何かしらの対策を打てるのか?」
「お前の言っている妄言がまだ真実とは決まっているわけではねえ。
それに、領主がそんな常識外れのことを考えるとは思えねえ」
「少女一人を手にするために村を壊滅に追い込もうとしているんだぞ。
常識とか言っている場合じゃない。
それに、真実であろうと、なかろうと、メインを救いたいというのであれば、この機会を逃す手はない」
「・・・」
そういうと、ギルバートは黙ってしまった。
どうするつもりか考えているのだろう。
「・・・最後の問いだ。
お前は何が狙いだ?
たった一週間の付き合いでどうしてメインに命を懸けることが出来る?」
「分からないのか?」
「分かるわけねえだろ!お前みたいなイカれた人間を!」
イカれた人間って・・・お前が言うのか?
「お前と一緒だろうが」
「何?」
「僕もメインに救われた。命を懸ける理由はそれで十分だ。違うか?」
そう言うと、ギルバートは何かを理解したように、そして、何かを諦めたかのように言った。
「勝手にしろ」
そういって、ギルバートは振り返ってここを離れた。
傷が完治していないフラフラの状態で僕の前から姿を消した。
黒い体毛のせいなのか、馬車の明かりから届かなくなったためか、ギルバートの姿はすぐに消えて、
それを確認すると、僕は健やかに眠りについた。




