一章の二一 何がほしい?
「二つの内のどちらかしか手に入らない時、貴様はどちらを選ぶ?」
突然、三島は僕にそう訪ねてきた。
「今度は何の実験だ?」
彼女が唐突にそんなことを言うときは大抵が何かしらの意図がある。例えば、言質をとってむちゃくちゃな命令をしてきたり、答える時の反応を見てこちらの隠し事を暴いたりしている。
「別に大した意味はない。言いたくないなら言わなくてもいい」
「別に答えないと言ってはいないが、比べるものがないのにどう答えればいいんだよ?」
「それもそうか・・・例えば、神様が貴様にこう問いかけた。『自分の命で世界が平和になる』と。この時、貴様は神に命を捧げるか?」
「絶対にやらない」
「・・・まあ、それが普通の答えだろうな」
「いや、誰が考えてもそう言うだろ。そんな誰の得にもならないことを誰がする?」
「?、どう言うことだ?」
「世界が平和になるって事は争いが起きない世界だ。それは人間の本質をぶち壊す。つまり、世界が平和になるということは何もない世界って事だろう」
人間の本質、それは『願う』こと。ぶっちゃて言えば『欲』だ。
なにかを願うと言うことは何かを代償に何かを得ると言うことだ。それは人間だけではない。この世の生物の大半が『欲』を持っている。
全ての者が代償を払って得ようとする。そして、代償は自分の身よりもその他を選んだ方が効率がいい。
だからこそ、人は、生き物は争うのだ。欲しいものを手にいれるために。
「そんな理由で自分を選ぶとは・・・やはり貴様の考えは異端だな」
「そもそも世界平和とかそういうものだろう?全てが平和になる世界なんて、想像ですら思い浮かべられないのに、現実に出来るわけがない。実現したそれは気味悪い何かだ」
何しろ争いのない世界なのだ。主観で見た世界ならともかく、客観的に、全体的に見れば、想像の中ですら矛盾点が見つかってしまう。まあ、そもそもな話、僕は世界平和など興味ないんだけどさ。
「そうか・・・じゃあ、質問を変えてみよう。こういうのはどうだ?神様に自分の命を代償に何でも願いを叶えてやるとしたら何を願う?」
またもや意味不明な質問をする。が、まあ、誠実に答えるとするならこうだ。
「そんな神様に叶えられる願いはない」
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気がつくと、僕は天井を見ていた。
「・・・あれ?」
僕はいつの間に寝ていたんだ?何で倒れているんだ?
「ミヤマ、気がついたのね」
天井から視線を右に移すとそこには山が二つあった。ゆさゆさと揺れる柔らかそうでとても大きな山・・・じゃなくてサクヤ・フローズンが立っていた。
「何で僕は倒れて・・・」
「お前が聖法術を使いすぎて倒れたんだ」
反対の方に立っていたのはいかにもイケメン面をしているヴァン・ガーディルである。
法術の使いすぎで倒れたと彼は言って、何で倒れていたのかを思い出す。
冒険者ギルドに村人を避難させて早々に、村人たち全員が一斉にパニックになったのだ。回りの悲惨な状況に加えて、狭い建物で大人数の人が入ればストレスがかかる。そして人が密集しているのであれば、色々と伝染するのは速くなる。
だから、村人全体がパニックになってもおかしくはない。それに気づかず対処していなかったため、こうして倒れているのだ。
周囲を見渡してみると、再びパニックになっている人間は見かけないが、不安定な感情を抱いているのは目で見てわかる。
先程の騒動は僕が聖法術『リラ』を全体に放ったため治まったが、それによって魔力切れの反動で僕は意識を失ったようだ。
「どれくらい倒れていた?」
「四時間くらいかしら?日が完全に落ちて今は皆も大人しく寝ているわ。最も、彼がいなければ、再び騒動は起きていたでしょう」
サクヤが指を指していたのは村人と真剣な顔で話をしているグリルだった。
「領主の息子が村人全員に声をかけてくれたお陰か、村人たちも少しは不安を取り除けたのでしょう。器用なことに芸を披露して小さな子供たちに受けていたわね」
「そうか、それはよかった」
どういう芸をしたのかは少し気になるが、今はいい。それよりも今やるべきことは・・・
「今の状況を確認したい。村の状況を教えてくれ」
そう言うと、ヴァンとサクヤは暗い顔をして答える。
「ここに集まった村人は全体で9割位だ。後の1割の内、大半は魔物にやられていたのを確認している。
他の場所に隠れてやり過ごしている者もいるかもしれないが、それは時間の問題だろう。早急に捜索しなければ手遅れになる。
一応、冒険者ギルドに緊急依頼として出してみたが、生存者はいなかったそうだ」
「この状況に村人全員が参っているわね。怪我人をミヤマが聖法術で応急処置をしたからここの中にいる人は命の危機に陥っている人はいないわ。
けれど、今の状況であれば再びパニックになる人がいてもおかしくない。それにギルドが狭いから、一人でもパニックになったらすぐに連鎖して私たちだけじゃ収拾できなくなるわ」
それは倒れる前と変わらない。だが、時間による変化はある。
外はすっかり闇となり、視界では分からないが魔物はまだいるのだろう。
「外の魔物はどのくらいいる?」
「魔物は村の中にある食料を求めてどんどん入っている。村の中からいなくなるのは数日はかかるだろう。
対し、こちらの食料はもって1日だ。しかも、魔物を追い出しても、食料は大半は無くなっているだろう」
そう答えたのは後ろで話していたはずのグリルだった。彼はそう言った後、村人には聞こえないほどの小さな声で「クソ!」と嘆いた。
「俺も貴様と一緒に行けば、こんなことに・・・」
彼は自分が選択を間違えた事に嘆いているのだろうか?だが、その選択では意味がない。
「いや、多分一緒に来ても今のように、いや、今よりも悪くなっていたよ」
「何?」
グリルが僕を睨む。ああ、違う。別に役立たずというわけで言ったんじゃない。すぐに訂正しないと。
「グリル様に力がないというわけではない。ただ、これが意図的な犯行である以上、僕たちだけじゃ、どうやってもこれと似たようなことになっていた可能性が大きい」
「・・・この騒動が意図的だと言うの?」
「バリケードにあるはずの魔道具が無かった。十中八九はそうだろう」
「・・・どう言うことだ?」
ヴァンが僕に説明を要求する。僕は疲れた脳を回して分かりやすく説明しようとする。
「例えば、もしこれが事故で起きた出来事ならば、可能性として主に二つ。魔道具の寿命が迎えたか、魔道具が何らかの拍子で壊れたことになる。
でも、どちらの場合でも必ず魔道具の実物があるはずなんだ。それがないと言うことは・・・」
「事故ではなく、誰かが意図的起こした可能性がある・・というわけね」
サクヤが結論を閉めたが、グリルは納得していない。
「だが、たとえそうでも、俺も貴様と行けば食い止められたかもしれない」
「確かに食い止められる選択肢はあったかもしれない。でも止められるのはそこだけだった。
犯行が意図的だった。ということは、向こうはその気になれば他の魔物避けも奪って、いくつも穴を作ることは可能だ。一つを塞いでいる間に二つ、三つと、次々に穴を開けられる可能性は大いにあった。いや、魔物の増えた速度から考えて、そうだったのかもしれない。
そうなれば被害は止まらない。僕たちは力尽き、魔物によって村人も全滅。そういう可能性だってあったんだ」
グリルは唇を噛んで、怒りを抑える。何が気にくわなかったのかは知らないが、それを僕に向けるようなことがないように願いたい。
「では誰がやったんだ?何が目的でこんなことをする?」
ヴァンが当然な疑問を浮かべる。
「・・・少なくとも村人は違うでしょう。こんなことをするメリットがない。むしろ、自分で自分の首を絞めるようなものだ」
誰がどのような目的でこんなことをしたのかはある程度想像がつく。確証はないが、時間さえあれば追求できるだろう。
だが、どうでも良い。いや、そんなことをする余裕も意味もない。これをやった人間を突き止める事に労力を使えば、その間に向こう側へ余裕を与えることになる。責任を追求する場合ではない。
今大切なことは、この状況をどうやって打破するか?どうやって相手の包囲網から逃れるか?ただ、それだけだ。
だが、道が見えない。相手の魔の手から逃れる道が見えない。
いや、道はある。いくつも道がある。しかし、どれがゴールに続く道かは分からない。
相手の情報が圧倒的に少ない。だから、相手が何を企み、それを打破する策を引き当てるには相当の知能と運がいる。
ただの高校生である僕にとって、そのような行為は自殺行為だろう。
「とりあえず、これをふまえて、明日、どう動くべきか案がある奴はいるか?」
「どうにかして村の外へ報告するべきだろう。王都・・・いや、近くの街に行って救援を頼むべきだ。幸い馬はギルドに置いていた俺達の馬が二つある」
「でも、馬車として育ててはいない単騎専門よ。一頭に何人も乗せられないわ。最大で二人でしょうね」
「・・・他の馬は?」
「恐らく全滅しているだろう。仮に生き延びていてもパニックで使い物になるかどうか・・・」
「いや、それよりも残りの村人の捜索だ」
グリルが真剣な顔をして意見を出す。
「俺はこの村の人達を守る義務がある。救援もそうだが、まずは俺達も参加するべきだ」
グリルの意見も分からないわけではない。外への報告は一人か二人いたら大丈夫だ。残りは捜索に充てるという意見もわかる。でも、それは愚作だ。
「それに関しては冒険者が明日も行う予定だ。これ以上、それに人数を避けるわけにはいかない」
「だが、人数が増えれば見つける可能性も大きくなる。俺は村人全員を知っているから、どこにいるかの心当たりはある」
「それでも、グリル様が行くべきではない。あんたはこの村の中心人物だ。いなくなれば、ここにいる人間がパニックになったとき、誰にも止められない」
「貴様には精神を安定させる法術があるだろう?」
「あいにく、魔力が無限ではないことくらい理解している。先程の手当てでほとんど残っていない。魔力が回復したとしても、それは時間稼ぎにもならない」
法術は体内にある魔力を使って利用する現象だということはヘルプで理解している。現状、どのくらい余っているのかは昨日の夢の中で実験してある程度把握している。
そして、今残っている魔力は恐らく2割あるかどうかだ。集団パニックを抑えるには全然足りないだろう。
肉体の疲労も大きい。気を抜いたら再び眠りについてしまうだろう。その状況ではないから我慢しているにすぎない。
そして、そもそもの話、僕が村人を助ける道理はない。
助けることはできるかもしれない。助けたいと思う気持ちもある。
でも、それよりも、メインを助けることが優先なのだ。
ここが僕とグリル様の違いなのだろう。
グリル様は村人の安寧が一番だ。それは最初の会話で聞いている。メインのことを大事に思っているのだろうが、彼にも貴族としての責任を持っているのだろう。だから、彼の意見は納得のいくものであるし、裏切りを感じるような事もない。
「しかし、とんでもない事に巻き込まれてしまったな。これじゃ身動きが取れない」
「確かに村人達の警護に周囲の魔物の討伐、外への応援に向かいながら、村人達の混乱を防ぐ。
それを出来る人間があまりにも少なすぎるわ」
確かに少ない。サクヤの言った通り、やることが多く、それが出来る人数が非常に少ない。外で動ける人間が何人いるだろうか?
・・・と、一つ気になったことがある。
「・・・そういえば、冒険者は今ここに何人いる?」
ふと気になったこと、冒険者が回りには見えないのだ。ここに集まったときからそれらしい人物を見ていない。
「4人だ。村の中で何故か氷で固まっていた冒険者と、今外で見張りをしているギルバートだけだ」
グリルの答えに視線を外すサクヤ。まあ、ここで固まっていたのは結果的に良かったんじゃないか?外だったら魔物の餌になっていたし。
それよりもギルバート。
あいつもここに残っていたのか。いや、奴の姿は村の中で見えたから知っていたが、なるべく話をしたくない。
メインへ暴力を放ったところは見ているはずだ。今は話をしても、ややこしくなる。
と、4人という言葉に違和感を覚えた。
「ギルドマスターの話だと、この村の冒険者はもっといると聞いたが・・・」
「確かに他に何名かいたが、冒険者は基本的に流人だ。一つの場所に定着する人間はいない。魔物がここを襲ったときに逃げたか、その前に他の場所へと向かったのだろう」
グリルは別段おかしいことではないという風に説明した。
「・・・」
いや、待て、それは見過ごしていいものか?
「ミヤマ?」
「すまない、サクヤ、1分集中させてくれ」
今回、起きたことは一つの謀略に繋がっている。
目的とかそういうものは特定できない。
だから注目するのは変化だけ、変わった事実だけを集める。
メインを村に入れないようにした。
グリルを村に出れないようにした。
魔物避けの魔道具がなくなった。
冒険者が村からいなくなった。
これだけじゃない。今だけの事実を見ても意味がない。もっと前、僕がここに来るずっと前からの大きな変化を・・・
(村の周りにいる魔物は外から来る冒険者が代わりに狩ってくれるのですが・・・)
ふと、その言葉を思い出した。
・・・まさか!
メインを狙う領主、外の冒険者、消えた魔道具、時期は日が暮れた頃、メインを追い出す、グリルの行動・・・
これまでの出来事を組み立てていく。パズルのように事実を組み立て、矛盾が生じるならやり直し、そして、一つの考えに至る。
「まずい」
つい、その言葉を口にした。でも、本当にそんなことをするか?それほどのことをする理由は?
確認する必要がある。もう遅いかもしれないが、知らないままではいられない。時間はすでにない。いや、今しかない!
「今すぐに孤児院に戻る」
「どうした?なにか分かったのか?」
「いや、確証はない。ただ、行かなきゃ駄目だ」
説明している暇はない。すでに四時間経っているのであれば遅いかもしれない。いや、遅いだろう。それでも、藁をすがるしかない。
「何を考えているのかは知らないけど、もう日は沈んでいるわ。今から外にいくのは危険よ」
サクヤの考えに少しだけ耳を傾ける。
そうだ、この夜に動くとするなら、色々と制限がある。向こうも手段が少ないはずだ。
「・・・グリル様、孤児院から領主のいるところまでにこの村を通る必要はあるか?」
「ん?ああ、比較的安全な道で行くなら近くまで・・・って、おい、どこにいく?」
グリル様の制止を無視して、僕はギルドの外を出た。
そのまま村の外へ走ろうと思い・・・足を止めた。
実に奇妙な事に、目の前は真っ暗であるはずなのに、近くに魔物の存在がびんびんと伝わってくる。
動物の足音や鳴き声、体臭の濃さから多くの魔物がここに集まっているのだろう。
ここから離れるのは危険だ。視界が真っ暗な上に敵は多い。魔道具を設置していなければ、ここに隠れている人間を求めに襲いかかるだろう。
多分だが、この周辺にいるのは夜行性の魔物だ。視覚ではなく、音や臭い、熱を頼りに位置を特定できるから向こうは攻撃できる。
「おい、何してる!死にてえのか!」
後方の頭上から大声が聞こえる。振り返って上を見ると、そこには何もいなかった。
いや、黒い体毛で夜の闇に紛れていた男が屋根の上に座っていた。
「・・・ギルバート」
「てめえ、何を考えてる?」




