1章の十七 交換条件
「自己紹介をしていなかったわね。私はサクヤ・フローズン、隣にいるのがヴァン・ガーディル。
私たちは王都の騎士学校に通っている生徒よ」
サクヤはそう言うと、隣の男は渋々と口を開く。
「・・・ヴァンだ」
「もしよろしければ、貴方の名前を窺ってもいいかしら?」
サクヤが僕の名前を聞いてきた。まあ、向こうが名乗ったのなら、こちらも名乗るのが礼儀だろう。
「・・・カズシです。カズシ・ミヤマ。
身分を証明できるのは冒険者ギルドのメンバーカードだけですが、れっきとした人族です」
嫌味たらしく言ったせいか、サクヤは気まずい表情をしている。
「ミヤマ、本当に先ほどはごめんなさい。改めて謝るわ」
「そんなことを言って、まだ魔人だと疑っているんじゃないんですか?」
「いえ、先ほどあなたが聖法術を使っていたのを見たわ。
魔族が聖法術を扱えないことは知っているから」
だから聖属性の法術を使える僕は人間だった。そう言いたいのか?
というより、魔族が聖属性の法術を使えないというのは本当なのだろうか?
「『ヘルプ』聖法術 魔族」
魔族の弱点について
魔族の多くが聖属性の法術の中に弱点が存在し、ゆえに聖法術を扱えるものを天敵と認識している。
しかし、魔族の中には聖法術を扱えるものがおり、そのような魔族には聖法術に耐性を持っているため、効力を期待できない。
わーお、これは口にしない方がいいな。というか、本当にどっちが正しいのだ?
「ほらヴァン、貴方も謝って」
「・・・すまなかった」
「・・・別に大丈夫でしたので」
いや、良くないけどな。こいつが早とちりしなければ、何にも起きなかった。首から血を出すこともなかった。
僕が表情に出ていたのか、サクヤの顔は晴れなかった。
「・・・やはり、まだ怒っているのかしら?」
「謝るだけなら誰だってできます。それを許す許さないはその人次第でしょう。
ましてや、冤罪で殺されそうになりました。いやあ、冒険者風情の命は軽いんだと実感しましたね!」
その言葉に二人がビクッと硬直した。まあ、本当は許していないぞ、とを遠回しに言ったからな。
頭を下げるだけなら誰でも出来る。駄女神ですら地面に頭をつけることは出来る。
出来ない人間は障害者か、傲慢な愚人か、力を持つ神様くらいだ。
いや、駄女神は神様と同等と思っていないからな。
それ以外の人間が頭を下げることに意味を持たせるなら、誠意を見せないといけない。
いじめられた人間がただ謝っただけで許すと思わないことだな!そんな奴は・・・まあ、どうでもいいか。
「・・・なんでこんな奴に俺が」
ヴァンが呟こうとすると、サクヤは胸に肘打ちをして黙らせる。
「ケジメという訳ではないですけれど、ミヤマの所有物を返すわ。それで許していただけないかしら?」
まあ、確かにそれでチャラにする事は出来るだろう。バッグの中にあるのは価値がある。ありまくる。
本来であれば、帰ってこないものだし、他人のものにされても文句は言えなかったものだ。だから、慰謝料としては十分だろう。でも彼女の目的は許してもらうことではない。
「・・・僕が許したら、フローズンはまた魔人について聞くんだろう?
何でこんなものを手に入れたのか?どこで魔人と出会った?・・・とかさ」
「・・・!」
見え見えである。あんなにプライドが高そうな人間が頭を下げるんだ。冷静さを見失うほどに欲しがっているものだ。超能力者じゃなくても、魂胆が見え見えだ。
「別に僕は信じてもらえなかったから、殺されそうになったから教えないと言いたいけど・・・それで諦めてもらえる?」
少し意地悪すぎるか?逆ギレして謎の冷気で僕を固めようとするのか?
仮にしようとしたのであれば、それより早く魔力弾を放つ。左手が死角になっているから魔力を貯めて準備はできている。
女神で特訓した新型であれば、倒すことは難しくても、逃げることなら可能だろう。
ヴァンという男は動きは早いが、対処法は既に思い付いた。多分、なんとかなる。
「・・・お願い」
しかしそんな展開にはならなかった。サクヤは懐の刀を鞘ごと抜いて、僕に剣の柄を向けて差し出す。
「おい、サクヤ!こんな奴にそんなことをしなくても!」
「どうしても魔族につながる手がかりを掴みたいの!何でもいいの!
お願い・・・お願いします!」
何だ?日本でいう土下座なのか?この国の習慣がわからないから、どういう儀礼なのか分からない。
こういう細かい方法についてなどは『ヘルプ』では調べにくい。作法の名前とか知っていれば別だけど・・・
「その行為が何なのか、礼儀作法に疎いので、わからないですが、僕にはやるべきことがあります。それが終わってから尋ねに来てください」
「金なら払う」
ヴァンという男のの無礼な発言にイラっとしてしまった。サクヤもそれに気づいて、ヴァンを睨む。
「生憎お金じゃない。いや、お金も大事だけど、それだけじゃ解決しない特殊な案件です」
「・・・そちらは何か事情がおありかしら?」
事情、説明する必要があるかね・・・手を貸してもらえそうにはないな。
余計なことは言わない方針でいいか。
「そちらが必死になっているようにこっちだって・・・ん?」
ちょっと待てよ。今までのやり取りに引っかかることはなかったか?
何だ?何が引っかかる?
考えろ。今までのことを考えろ。
事実でも憶測でも何でもいい。何か手掛かりがあったはずなんだ。
どこだ?
「・・・そういえば、このバッグはどこで見つけたんですか?」
「これかしら・・・怪しい光をした場所から見つかったわよ」
「怪しい光?」
「ええ、空から何かが落ちてきて、地面に追突した瞬間に光ったという目撃を冒険者とか何人かが見かけたと何人かが見かけたのよ」
・・・それって、もしかしなくても僕ですよね。
だから、近くの村であるここに魔人の手がかりがないか調べてきたというわけか。
「ちなみに、いつ来たんですか?」
「昨日の夜よ。昨日の夕方にそのバッグを見つけて、村に向かった時には日が暮れたわ。そのまま宿に行ったから、ここで聞き込みをしたのは今日の朝からだけど」
「入場料は取られました?」
「ええ、百ディル」
「最初に法外な請求をされたりとか・・・」
「されるわけないでしょ」
・・・・・・そうか、5千ディルを請求されなかった。そのあと、僕とメインの時には請求されたとなると、領主がメインを入れないようにしたのは彼女たちに会わせないようにしていたからと。
やはり考え過ぎか?
仮にそうだったとして・・・なぜ?
可能性があるとするなら、王国騎士には領主を取り押さえる権限があるという事ぐらいだが、証拠もなしにそういう機関が領主を取り押さえる事は出来ないだろう。
・・・グリルなら、密かに証拠を持っているのかもしれないが、どのみち難しいか。だったら、一応情報を共有させて泳がせてみるのも手だな。賭けの要素が強いが、このままじゃ負けは見えているからな。
「どうかしたの?」
「あの、交換条件といきませんか?」
「いきなりなんだ?」
突然の提案にヴァンは疑わしそうに僕を睨む。
「あなた達は魔族関連の情報が欲しいんですよね」
「・・・まさか、情報が欲しければお前の事情に手を貸してほしいとか言うんじゃないだろうな」
つまり、僕の情報にはそれほど期待していないと言いたいのだな。でも、彼らを引き込むことがメインを助ける最低条件かもしれない。だから、興味を持たせる言葉で惑わしてやる。
「洗脳している人間がいる・・・そういう案件は魔族がらみっぽいと思わないか?」
「詳しく話してもらってもいいかしら!」
サクヤは見事に引っかかってくれた。嘘は言っていないのだが、魔族とはたぶん関係ないことなのに・・・
うわー、異世界の人間ってチョロくね?
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僕はこれからグリルに会う場所へ歩きながら、サクヤとヴァンに僕たちの事情を簡単に説明した。
僕がお世話になっている孤児院が不当な扱いを受けていること。
その孤児院の子供たちが領主の企みで奴隷にされそうなこと。
そして、領主の息子がそれに対して、食い止めようとして、僕がそれに手伝っていること。
領主の息子が領地で権力がある人が領主から洗脳されていると疑っていること。
「ということで、一応、その人物ともう一度情報交換しようと向かっています」
一通り説明はしたが、サクヤとヴァンは全然信じられない顔をしていた。
「・・・・・・よく信じられるな。洗脳とか疑わしいものをさ」
「まあ、村長を見るまではあんまり信じていなかったんですけど、確実に異変があったので・・・少なくとも、孤児院がピンチであることは確実ですから、信じるしかないんですよね」
僕がそう言うと、サクヤは何か考え込んでいた。
「さっきの話、本当なの?」
「どこかおかしいことありました?」
「いえ、正直おかしいところだらけよ。証拠も何もないのに洗脳しているとか世迷言を信じるあなたがすごいわね・・・」
その世迷言に食いついたあなたに言われたくないんですけど・・・ついて来たことに後悔していますか?
「信じるというより、考えた結果、そういう推論になったんです
メインが借金をしているのは事実、村に対してあっさりと圧政をしている。息子を警戒して監視をつけている。
そんな人間ならば洗脳もあり得るかなと」
「・・・それが本当であれば憲兵騎士団を連れてきて、取り押さえる案件だな」
憲兵騎士団というのが、地球でいう警察機構のことかな?
「それができるのであれば、グリル様が既にやっているでしょう。でも、証拠がないから出来ないんでしょうね」
「洗脳が嘘とは考えないのか?」
「洗脳という言葉だから嘘っぽく思えるんですよ。『魅了』という状態異常にさせていると思えばいいんですよ」
「いや、それで納得できるか!」
「要は『何かしらの力』で領地を支配しようとしていると思ってください。
そして、その力は洗脳や魅了みたいな大きな力の可能性がある。
そんな大きな力であれば、魔族が関わっている可能性がある。
そういう風に考えてくれればいいです」
「・・・言いたいことは分かったわ。その『何か』があるのは間違いないからいろいろと調べていると。そして、『何か』に対抗するために力を貸してほしいという訳ね」
おお、説明な苦手な僕でも分かる理由を言ってきた。
そうだよ、そう考えればすっきりする案件に見える!
「事情はおおよそ分かったわ。
で、あなたたちは何をする気なの?」
「グリル様が何を考えているかはわかりませんが、自分は領主が不正をしている証拠を掴みに行くつもりです」
「借金を返すという考えはないのか?」
僕が意見を言うとヴァンが「何考えているの?」的な口調でそう言ってきた。
「金貨百枚という大金をどうやってすぐに用意するんですか?」
「今のあなたは魔金貨があるだろ。それを売れば、簡単に返せる。
それとも、冒険者はそれくらいの算術もできないのか?」
・・・いちいち突っかかるのはムカつくが、まあ、冷静に対処しよう。せっかくの戦力だ。相手のご機嫌を取らないと・・・
「・・・フローズンさん、ガーディルさんはどうしようもないバカなのですか?」
・・・いや、無理だ。こういうイケメンが見下した目を向けると非常に腹が立つ!
「ああ?んだと?」
ヴァンは僕の胸ぐらを掴むが、僕は真面目な顔で反論する。
「いいですか?、魔金貨はこの国では無価値です。換金しようにもこんな偏狭な村じゃ出来ないでしょう。アマル領の都市や王都に向かう時間もないです。
それに、仮にできたとしても、それは時間稼ぎにしかなりません。向こうは適当な言いがかりをつけて、再び借金を作って追い込むのが目に見えています。」
「ぐ・・・」
「だから、今の領主が不正している証拠を見つけて、追い出すという事ね・・・出来るのかしら」
「それをしなきゃ、孤児院は助かりません」
僕がそう言うとサクヤは少しばかり考え事をしていた。
「・・・一つ聞いていいかしら?」
「何でしょう?」
「あなたがそこまで動く理由は何?あなたにメリットはないように思えるんだけど?」
「・・・何が言いたいんですか?」
彼女が何を聞きたいのか分からない。
「別にあなた自身が動いて助ける理由はないという事よ。でも、貴方は助けようとしている。
なぜそこまでするのか聞きたいの」
少し苛立った様子を見せたが、サクヤは僕に詳しく訪ねた。
何故そこまでするのか?
その問いの意味がわからなかった。
「逆に聞きますけど、命の恩人が困っているのを見過ごすのはどうかと思いますが?」
「そうじゃなくて・・・はぁ」
彼女はため息をついてそれ以上追求しなかった。




