1章の十六 ドSナイト
「た、助けて」
冒険者は涙をだらだら流しながら許しを請いていた。
腕どころか指先、足先まで動かなくなり、鼻水も固まり、紫色の唇をパクパクと動かす。
涙も床に落ちる前に凍っている。
「大丈夫、あなたならまだ生きられるわ。さあ、頑張りなさい」
サクヤ・フローズンと言う名の騎士はにこやかに笑いながら、冷気を10分以上かけ続けている。
「凍傷するまで後2分位として・・・後5分はかけ続けてあげる。
大丈夫、冒険者はできなくなると思うけど、あなたのような人格者ならすぐに介護してもらえる人間が見つかるはずよ」
・・・うわ、ドS・・・ドSナイトだよ。
いや、僕もドMナイトとか呼ばれていたけど、これはあんまりだろ。
大きなつり目と、豊かな体格、誰もが美人だと思うだろうが、僕が苦手なタイプだ。
SとMが組み合わさっても上手くいくとは限らないし、そもそも僕はMではないし。
止めた方がいいよな。流石にカードのイカサマでここまでするのはやりすぎだ。
筋を通さないのはいけないけど、過剰な制裁も同じように筋は通っていない。
まずは相手の戦意をなくす必要がある。
「彼のものを・・・」
僕が彼女に『リラ』を詠唱しようと魔言を唱える。
それに反応した護衛の男が俺に向かってきた。
「鎮め・・・って!」
僕は慌てて魔言の詠唱を止めて、首を横に曲げる。
突っ込んできた護衛の男は細剣を僕の顔面に突きだしてきた。剣先が頬を掠めて、護衛の男がすぐ近くまで寄っていた。
僕は慌てて奴の右手首を左手で押さえる。
「いきなりなにするんですか?」
「それはこっちの台詞だ!冒険者風情が誰に危害を与えようとしていた!」
護衛の男がそう言って、左手で拳を腹に叩きつけた。
「!」
重い衝撃が響いて思わずうつむいてしまうが、相手の右手を放さない。離したら、手首を捻って剣で串刺しにされる。
「ヴァン、彼には聞きたいことがあるの。・・・やり過ぎないでね」
「ハイハイわかりましたよ、お嬢様!」
そう言ってヴァンと言う男が再び拳を腹に何度も叩きつけた。どうやら彼女も止める気はないようだ。
すげえ痛い!助けたやつにこの仕打ちとかふざけてんのか!
いや、先程の法術が攻撃だと思われたからか?
どちらにせよこのままでは不味い!
腹筋に力をいれないと行けないため、呼吸はできない。だから法術は使えない。しかも、腹なら簡単に避けられない。頭突きをするには少し間合いがある。簡単に避けられて姿勢を崩したら多分、頭を殴られて終わりだ。となれば後は魔力弾だが、今は右手首を握っている。今発動したら0距離でこちらの手がお釈迦になる。それは駄目だ。後は脚。
思考を巡らせている間もボディーブローが炸裂する。
腹筋が限界になり、一か八かでヴァンに向かって蹴りあげた。
しかし、ヴァンはそれを待っていたかのように蹴りあげた脚を左腕で払い、僕の体勢を崩した。
すかさずヴァンが足払いをし、僕は地面に倒れ、手を離してしまった。そして仰向けの状態で首に細剣を当てられる。
ヤバイ!動けない!
視界には見下した目をしたヴァンと、こちらに歩み寄るサクヤ・フローズンがいる。
「さて、色々と話したいことがあるけど、覚悟はいいかしら?魔人さん」
サクヤ・フローズンはそう言って、怒りの眼差しを向けた。
魔人・・・それは悪魔になることを望み、悪魔になれなかった人間がなると言われる種族である。
数日前、『ヘルプ』に書いてある説明を見て、僕は唖然としていた。
アレが元々『人間』であったことにも驚いたが・・・いや、そんなことを考えている暇はない。
「魔人?話が分からないのですが、なぜ僕がこんなこと・・・!」
僕が相手を宥めようとすると、相手の細剣がチクリと首に刺さった。死角だが、痛みでわかる。
「黙ってろ!余計な言葉は喋らなくて良い!問われた内容だけを答えろ」
ヴァンが余計なことをしたら殺すと脅し、サクヤは再び僕に話しかける。
「魔人・・・私の実力は見てのとおりです。氷漬けにされたくなかったら、今から質問をするので正直に答えなさい」
どうやら僕は魔人確定らしい。
この二人は魔人を実際に見たことがあるのだろうか?
あの姿はどう見ても人間ではない。あのブサイクと一緒にしてもらっては困る。
「貴方はどこから来たの?」
サクヤは質問を尋ねてきた。
今嘘を言ってもメリットはない。
だが、正直に言っても、相手が嘘と思ってしまったら意味がない。
異世界と言っても信じてくれないだろう。
「・・・ここからすごく遠い国です」
「国の名前は?」
誤魔化しは要らないみたいらしい。さらに不機嫌になったようだ。目尻がひきつっている。
「・・・日本です」
「二ホン?・・・聞いたことがないわ」
「魔大陸に存在する国なんだろ?魔人の国はおかしな名前がたくさんあると言われている」
うわー、これは不味い!このままだと処分されるパターンだ!
落ち着けよ僕、ここで叫んだら喉がブスりだ。相手を刺激しないようにするんだ。でも、このまま答えても好機は来ない。
僕は一呼吸して、左手をそろりとあげる。
「・・・手を挙げて何をする気なの?」
「いや、質問をしていいのかな・・・と挙手を・・・はい、駄目ですね。すみません」
ヴァンという男がピクリと眉を動かして発言を止める。それを見たサクヤ・フローズンはヴァンを手で制した。
「・・・いいでしょう。何を尋ねる気?」
よし、これで完全不利を脱却した。相手が話を聞く態度が少しでもあればだけど。
「なぜ、僕を魔人だと勘違いを?」
魔人を実際に見た僕にとって、アレと一般人を見間違う事はあり得ない。
「・・・とぼける気?その右腕が物語っているじゃない」
サクヤが僕の右腕を指さした。そこには人間の肌とは思えない黒い腕が一つ存在する。
・・・え?これが証拠?
「あの、これは、怪我・・・と言いますか、誤って起こした事故の後遺症で・・・」
「まだ白を切るつもりね・・・では、これは何?」
僕の弁明を無視して、再び彼女は証拠と言わんばかりに赤いバッグを提示した。
「これは貴方のバッグよね?見たことのない魔道具を操っていたし、この中にあると知っていたもの」
「はい、そうです」
俺は正直に答える。彼女の言ったことは尤もなので、嘘を言うわけにはいかない。
彼女は僕の所有物であると確認したあと、バッグの中から何かが入った白い袋を取り出した。
「そして、これは貴方の袋に入っていた金貨よ。それも、ただの金貨ではなく、魔金貨」
おっと、また知らない単語が現れた。
「・・・『ヘルプ 魔金貨』」
魔金貨・・・魔大陸で流通している金貨であり、魔族間でやり取りを行う貨幣のひとつである。
因みに、ヒトが運営している国では通貨としての価値は無いが、収集家に対し、非常に高い価値を見出だされ、芸術品として、金貨10枚分の値段で売り出されている。
・・・あぁ、なるへそ。それを持った腕の黒い人間が目の前に現れた。
勘違いしてもおかしくはないかもしれない。実際、魔人がそれを持っていたんだ。
彼女が何で疑っていたかは理解した。後は何とか論破すればいい。
「よく、そんなものを手に入れることができたわね。どうやって手に入れることができたのかしら?」
「魔人を倒したからです」
即答で言った。こういう時は時間をかければ考えてついた嘘と思われる。まあ、即答しても、信じてくれるかと言ったらそうではないが・・・
「そう、魔人がこの大陸に来たというだけでも大問題だけど、もう一つ疑問に思えることがあるわ」
まあ、実際はここで倒したわけではないからな。遠いところで倒したからと言いたいが、そこまでこの会話の主導権を握っているわけではない。
「あなた、戦レベルは?」
戦レベルってこのギルドで計測したやつだよな。
「初めて測ったところレベルは18、それはそこにいるギルドマスターが証明してくれます」
そういうと、フローズンはギルドマスターを睨み、ギルドマスターは急に振られてびっくりしながらも縦に頷いた。
それを聞いて、フローズンはなるほどと頷いて何かを理解した様子だった。
「人間になりすまして、この村を影で操るつもりだったのね」
「はあ?」
何を言っているんだ?
「墓穴を掘ったわね、魔人さん。
あなたは矛盾したことを言ったの。
魔人のレベルは最低でも50はあるのよ。
戦レベル18・・・いえ、倒す前はそれ以下のレベルよね?
どうやって倒したか教えてくれるかしら?」
なるほど、レベルの差が大きい相手に倒すことは不可能だと。そう言いたいわけか。
確かにおかしいと思うが素直に答えれば・・・え、50?あの雑魚が?
僕の経験的にギルバートより強くなかった。そのギルバートより高い数値を持っている。
いや、まあいい。とにかく答えれば・・・って答えてどうする?
よく考えろ。今のまま答えては駄目だ。主導権を握られたまま素直に答えても無駄だ。
相手は僕を魔人だと決めつけている。なぜなら、仮に数値が高くても『弱い人間の振りをしているみたいだけど無駄だったみたいわね』とか絶対言いそう!
話を聞いて判断しているように見えて、実際は推論の辻褄合わせなのだ。
勝手に推論で納得されては困る。矛盾だらけだ。
ただ答えては意味がない。こちらも攻めないといけない。
「逆に教えてください。レベル18の僕にたいしてどうして最低レベルが50を越える魔人だと思ったのですか?」
「う・・・」
サクヤが自分も失言に気づいたみたいだ。それをヴァンはフォローする。
「レベルの偽造はいくらでも出来る」
「どうやって?」
「それは・・・お前に言う必要はない」
ヴァンが目線をそらして言った。嘘を言ったのか、方法は知らないのかもしれない。
僕はこの機械を逃さない。
「いや、必要ですね。あんた達がその意見を主張するのなら、それを行うことが可能だと言う方法を言わなければならない。
でなければ、先程の言葉に何の意味も説得力もない」
「くっ・・・」
ヴァンは自分の言った意見を返されて悔やむ。
「その理屈であれば、貴方が魔人を倒すことが可能な証明を言ってみなさい」
サクヤも同じように反撃してきたが、対処は簡単だ。正直に言えば良い。
「弱っていた魔人に鈍器で頭を殴り続けて倒しました」
「そんな偶然があるか!」
ヴァンはふざけたことと一蹴したが、あんたが言った虚言とは違う。
「可能性のひとつとして確かに存在する。実際そうだったと言えるし、偶然が起きたらあり得ることじゃないですか?
もし、あり得ないと貴方たちが言うのであれば、証明しましょう。
例えば・・・明らかにレベルの高そうなあんた達に反撃できない状態にして何度も鈍器で殴り続ける。
とかはどうでしょう?それなら低レベルでも魔人を倒せる可能性を示せる」
・・・その言葉に二人は唖然としていた。これは喧嘩を売っているように聞こえるかもしれない。
向こうが何か言う前にこちらが攻める。
「あんた達もレベルの偽造する方法があるのを知っているのでしょう?早く教えてください。
貴方達の今の根拠では僕が魔人である証拠には全くならない!」
「う、うるさい!黙ってろ!」
「うるさくもなる。こちらは見に覚えのないことで、しかも憶測で、勝手に決めつけられてこんなことをされているんだ。
イライラして憂さ晴らしをしたいのならば、せめて魔人とか適当な理由をつけずに騎士ではなく、ゴロツキだと名乗ってやってくれ!」
その言葉にヴァンは首に当てている剣に力をいれた。
「黙れと言ったんだ!この冒険者風情が!」
血が溢れ、動脈や気管を貫こうとしたその時、
「ヴァン!止めなさい!」
サクヤ・フローズンが大きな声でヴァンを制止した。
「・・・分かった。貴方の言い分は分かった。ヴァン、放しなさい」
「だ、だが、サクヤ、こいつは明らかに怪しいだろう」
「怪しくても証拠がないのは確かよ。そちらの方が理が通っている。仮にも助けてくれた相手にこんな仕打ちをした私たちが悪いわ。
それとも、貴方は騎士の名を汚す愚か者なの?」
「・・・くそ」
そう呟いて、ヴァンは細剣を懐の鞘にいれた。
僕は立ち上がり、左手で服についた汚れを叩いて落とす。
血がどばっと出ていて、激痛が走るが、声は出る。声帯も傷ついていない。
「天よ、我が身の痛みを和らげ、癒しの力を与えよ、『ディペイン』」
メインのを見て学んだ聖法術、『ディペイン』で痛み止めをする。
「「え!」」
それを見て、サクヤ・フローズンとヴァンは驚きの声を出していたが今はそれどころではない。
『ディペイン』は痛みを和らげる効果があり、かすり傷程度の怪我ならすぐに治るが、どばどば出ている血を止める効果はない。
「マスター、布はないか?血止めしたい」
「その必要はないわ。お願い」
僕の問いに彼女が答えると、僕の首にある傷口に手を近づける。
一瞬痛みを感じたが、血が出なくなった。
「傷口を凍らせて、止血したのか?」
「そうよ。貴方の事を誤解していました」
「僕は無実でいいわけ?」
「ええ、色々と疑問に残ることはあるけれども、貴方を魔人と勝手に決めつけた態度にたいしては謝るわ。ご免なさい」
そう言って彼女は頭を下げた。




