1章の十四 仮説の仮説
「昔みたいな村に戻ってほしいという願いならはっきり言います。
それは無理です」
僕は泣いているエミリさんにはっきりと言った。
「何だよそれ!母ちゃんにひどいことを言うな!」
レットは途端に僕に向かってきて殴った。避けるのもあれなので、首を捻って力を逃がす。
子供のパンチだけれども、あまり痛くない。力が逃げているぞ!少年!脇を閉めて、打つべし!打つべし!
「レット!何をしているの!やめなさい!」
エミリさんはレットの行動を見て驚き、慌てて止める。
「すみません!」
「いいえ、彼が怒るのはお母さんを守るためですから。
だけど、事実は変わりません。昔の村のようには戻れません」
彼女は頭を下げるが、僕は気にしていない顔をした。
いや、本当に殴られたことにたいして気にしてない。殴られる理由はあったし、痛みもないし怪我もない。
だから、なんの問題もない。
「・・・そうですね。すみません、愚痴を言ってしまって。
今までのことは忘れてください」
エミリさんは僕に謝罪したが、希望を失った顔をしていた。
もしかしたら、助けてくれるかもしれない。そう思っていたのかもしれない。
そうであれば馬鹿げてる。
「それはそれとして、やはりこの村の人たちはメインと面識はあるんですね」
「え、ええ、それはもちろん。名前を知らない人はいないかと思います。
グリル様が妻になる人物だと何度も言っておりましたので・・・」
・・・うわー、ひくわー、グリル様すごくひくわー。
「彼女はこの村にはどんな用事で来ているんですか?」
「彼女には直接聞かれていないのですか?」
「なかなか個人的な事は話してくれませんでしたので・・・、看護してくれたので悪い人間ではないみたいなのですが、この村の門番の対応を見てみると・・・少し気になります」
事情は知っているが言わなかった。村の人間が、エミリさんが孤児院の問題について知っているとは限らないからだ。
それに・・・村の人たちが敵である可能性も全くないわけではない。こういうところは慎重に行うべきだ。
「そうですか・・・メインさんは週に一度くらいで、魔物を狩っては肉や皮、魔石を持ってきたりしています。以前は小さな小屋を使って、子供たちに色々と常識を教えてもらっていました」
ああ、確かに教会って、日曜学校というのがあったな。地球では大体が神や宗教についてが主だったはずだが・・・まあ、ここでは学校という制度があるわけでもないし、おかしくはないか。
「ここに来るときにはいつも多くの人間が寄ってきました。聖法術を使える人間は村では彼女だけなのですから」
「村の方で法術を使える方はいないのですか?」
「村長や、一部の人間は低ランクの法術は扱えますが、彼女みたいに傷や病気を癒す法術を扱う人間はいません」
「ああ、なるほど、この村には医者がいないんですね」
「イシャ?治癒士はいませんが・・・イシャとは何でしょうか?」
おっと・・・医者はいないのか。そうか・・・法術は使えない腕が治る程の力がある。
何度も実験して治療法を確立しなくてもいいこの世界では医療技術は進んでいないのか。
「いえ、気にしないでください。治癒士がいないとなると、怪我や病気を治せるのは確かに彼女が必要になりますね」
「ええ、村の経営も良くないので、彼女の存在は助かっています。治癒士の方みたいに治療費で高額な金額を請求することもないので、彼女がいないと本当にどうなっているのか・・・」
まあ、そうだろうな。医術は最も金を操る力がある。地球でも、困難な病気の治療を行うために一般人の生涯収入を越える治療費を請求することだって多々ある。
僕だって、本当はメインに報酬を払わなくてはならないのだが、むしろお世話になってしまっている。
いや、だから、約束したんだけどな。一方的にだけどさ。
「でも、今はメインを非国民として扱っているんですよね」
「それは違います!村の人たちだって、最初は反対していたんです。でも村長が・・・」
・・・最初はか。
「何をされたのですか?」
「村長は村の中の土地は領主の財産で、簡単に土地を使わせることは出来ないと言いました。
それに、村全体で反対したら、彼女だけでなく、村全体の税があげられるって・・・
それを彼女に伝えたら、彼女は「そういう事なら仕方ないから、気にしないでいい」と言って、
それで・・・」
別に責めているわけではないのだが、罪悪感からなのか、エミリさんは気まずそうにそう言った。
「彼女に対して相場より低い価格で買い取ったり、食料も高く売ったりしなくてはなりませんでした。
それでも、彼女はここに来るときはいつもと同じように教えと治療をしてもらっていて、だから・・・その・・・彼女の優しさに・・・何も・・・」
それから彼女は視線を下に向いて何も言わなくなった。
さてと、そんなことはどうでもいいから、今までの話を整理、推測しよう。
この村で領主が変わってから起きたことは主に二つ
・徴兵制度みたいな若者の召集政策
・孤児院の子供を奴隷化計画
これら二つをやり遂げるために村長を洗脳したり、メインに奴隷をさせる口実をつけたりした。
もしかしたら、いなくなった若者の代わりに冒険者を送ったりしたのかもしれない。
おかしい。
そこまでして行うメリットが見られない。
このような政策を行えば、必ず暴動が起きる。村長を操って止めたりしても時間稼ぎにしかならない。
村の税を納めるために若者の・・・特に男性の労働力は必要なはずだ。
それを削って軍力にする気なのか?でも、村人だぞ?いくら若い男を入れたとしても戦力になるのは訓練が必要だし、他のことを無視してまで軍力が必要なことでも起きたのか?
いや、それでもおかしい。どう見てもその政策が成功すると思えない。
訓練をして育てるのにはある程度の時間がかかる。それまでの経済状況は間違いなく悪化するし、軍力を維持するためにも金がかかる。
急速に飢饉なんかが起きて、暴動が起きて、それを鎮めて、再び悪化する。
戦力として扱う前に潰れてしまうのが目に見えている。
何か策があるのだろうか?
軍力を一気に増加させる策が・・・あるのか?
銃などと言った道具を大量に仕入れたのか?それとも別の政策を考え付いているのか?
まあ、どのみちメインを助ける。それは変わらない。
それ以外の出来事については今のところは興味がない。
「とりあえず、村長のところはどう行けばいいかわかりますか?」
「え?」
エミリさんが顔を上げてこちらを見る。
「いや、村長さんの意見を聞きたいなと思ったんです。駄目ですか?」
「い、いえ・・・村長でしたら、ここを出て左の道を進んだ先の大きな家です」
「分かりました。ありがとうございます」
僕は席を立って、この家を後にする。
「色々と話をしていただいて、ありがとうございます。
このお礼は後程、させていただきます」
グリルに頼んで、粗品を提供してもらおう。こういう時に協力関係を生かすべきだよね!
「失礼しました」
そう言って、僕は小さな家を出た。
「・・・あ、そういえば、メモについて聞けばよかった」
あの空気で再び戻る勇気は、流石に僕にはなかった。
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「あんたに答えることはない。帰れ」
言われた通りの大きな家に僕は訪れて、村長の話を聞こうと試みたが、見事に失敗した。
「そう言わずに、少しくらい聞いてもらえませんか?」
「・・・この村から追い出されたいのか?」
少し粘ってみようとしたが、駄目だった。
村長は思ったよりも若い。40代のおっさんであるが、畑仕事で鍛えられた丸太のように太い腕がものすごく印象を与える。
この人なら物理的に追い出すことは可能かもしれない。
因みに、その体格に似合わない村一番の賢人らしい。
「グリル様の護衛である僕を追い出したらどうなると思いますか?」
念のためにこの言葉を言って見た。グリルがこの村で影響力が強いのは何となく理解していた。メインに近づくために長く居座っているからかもしれない。
「・・・関係ない。これが最後の警告だ『帰れ』」
無駄だった。というより気づいてしまった。
目の瞳孔がおかしい。目を合わせても、僕と焦点があっていない。
グリルの名を出しても、全く変わらないと見ると、可能性は二つある。念のためにアレをやってみよう。
「・・・分かりました。では、最後にこれを授けます。
彼の者よ鎮め、彼の者よ静め、惑わし心に安らぎを『リラ』」
僕の左手から光が放たれ、村長の体に纏った。
「・・・なんの真似だ?」
なにも変わらない。ギルバートの時とは違い、僕個人に敵意を持っているわけではないとわかる。
「いいえ、お疲れだと思いましたので、法術をかけてみました。
では、失礼します」
僕はそう言って逃げるように尊重から離れていった。
しかし、これでわかったことがある。アレは異常だ。
目を見て話さない人間はいるが、あんなに機械みたいに焦点を動かさない人間が普通ではあり得ない。
『リラ』をかけても、変化がなかった。
素であのような性格でないのなら可能性としては、
「面倒な状態異常を受けている時・・・か」
精神系治療魔法『リラ』でも治せない精神系の状態異常は存在する。
一つは複数の精神系状態異常にかかった場合
『混乱』や『怒り』と言った単純で治りやすい状態異常でも、同時にかかってしまうと簡単に治せなくなる。このような場合は『混乱』もしくは『恐怖』を専門とした精神系治癒魔法をかけたりして、一つずつ解除しなくてはならない。
もう一つが今回懸念している上位の状態異常にかかった場合
『混乱』や『怒り』などの状態異常も上位というものが存在する。
『混乱』は『狂乱』に、『怒り』は『憤怒』になると、『リラ』では治療することが出来なくなる。最も、そのような状態異常は普通では起こりえない事らしい。
そして、今回の状態異常はある程度、予測が出来ている。
『魅惑』の上位『魅了』である。
『洗脳』という状態異常のカテゴリーは存在しないが、今回の洗脳はこの類の状態異常をかけているのだろう。
『魅了』は対象の相手に好意を抱き、相手の指示に服従したりする状態異常である。
因みに僕が異世界に来て最初にかかった魔酔病は『魅惑』の状態異常にかかってしまうものだった。
『魅了』も普通ではまずかかることのない状態異常である。
「複数の状態異常と、上位の状態異常
どちらなんだろうな?」
まあ、多分、上位の状態異常の方なのだろう。グリルやエミリさんの証言、先ほどの村長の態度からしてそうに違いない。
いや、村全体で演技をしているという話になれば別なのだが、僕を騙すためだけにそんなことをするというのは流石にないだろう。
されたら、僕は生涯不信感を持って生きていくしかなくなる。
とすれば、どのような方法で村長を『魅了』したのか?
エミリさんの話によれば、村長が変わったのは領主の館で話をした時と言っていた。
変わったのは領主の館の中である。それは間違いない。
問題はどのような事をしたのかと言うことだ?
少ない知識であるが、二つの方法を思い付いた。
一つは法術、呪法術という系統には、相手を状態異常にしてしまう法術がたくさんあると『ヘルプ』で調べた。
ただし、上位の状態異常をかける法術を取得する難易度はランク5である。
習得するには様々な習得条件を満たし、難解な魔言を理解しなくてはならず、この世界で有名な魔術師でも1つ覚えていれば凄いと言われる位の代物である。
もう一つは魔道具、身に付けることで状態異常を与える魔道具、ゲームで言えば『のろいのそうび』である。
そもそも魔道具とは何か?
『ヘルプ』で調べた僕が簡単に説明するなら、法術のような超常現象が起きる道具と思えばいい。
魔物を倒すことで手に入れた魔石が動力源になるらしく、法術に適正がない人間でも簡単に使うことができるらしい。
その魔道具は人工的に作ることも可能だが、ダンジョンとかで落ちている道具に魔石がくっついて出来るものもあるという。
法術か魔道具か?どちらの方法で操ったかはまだ分からないが、できれば魔道具の方であることを願いたい。
「仮に法術なら・・・治す見込みはないからな」
魅了状態をなくすには高位の聖法術で治療を行うか、魅了している相手を殺すしかない。
「できれば殺しはしたくないもんな」
既に魔人を殺している。
それ以前に⚪⚪を殺したこともある。
追い込まれても人を殺せないというわけではない。
人を殺せば人間ではないと善人ぶるつもりもない。
だからといって殺すことに抵抗感はある。
この世界の価値観は知らないが、仮に殺すことに罪がなくてもこれは拭うことはできない。
自分を知っているからわかる。出来れば人を殺したくないと知っている。
三島が『脳内がお花畑』という理由もわかる。
でも、僕は願っている。
大切な『モノ』を失うことはないように・・・
「まあ、その前に生き残ればの話だな。今は気にしなくていいか」
僕は他の人に色々と事情を訪ねるために再び足を前に出した。




