1章の十三 ある村人の生活
いや、待て、メンバーカードが読めた。
確かに読めたのだ。書類だって何て書いてあるか理解できていた。この世界の文字が書けないだけで、文章が理解できないわけではなかった。
文章をみれば、翻訳者が頭の中で語りかけるように日本語に変換して教えてくれたのだ。
と言うことはこのメモが読めない理由で挙げられるのは二つ
一つはこの文字が原型を留めてない雑な字である
もう一つは暗号みたいに書かれている
恐らく後者の理由だろう。
そして後者であれば、解読は非常に不味い。
僕自身が言葉を理解しているわけではないから、単語や文法が分からない。分からないから、暗号の規則性や共通点などを見つけることができない。
僕が対人恐怖症でニートのお兄さんや引きこもりの妹さんであるなら解読の可能性はあったかもしれないが、流石にそんな常人離れした知能はない。
というより、そんな知能があればこんな事件とか自信満々にすぐに解決できるだろう。
現時点で方針しか決めてない僕では絶対できない芸当である。
精々、最悪の事態を予測して、想像して、その場しのぎをする。それだけで手一杯です。
「人に尋ねるしかないよな・・・」
どうせ、村の様子を見ようとしたんだ。人と会話した方が情報を得やすい。
「クラスでボッチだった人間のコミュ力を見せてあげようじゃないか」
クラスメイトと最後に会話をしたのは確か・・・駄目だ、最後がどんな会話か全然覚えてなかった。多分だけど、事務的な会話だったと思う。委員長的存在で名前は・・・知らない。
まずい、自分で自分に少し引いたぞ。クラスメイトに興味がなさすぎるだろ。
僕は自分に対して少し反省しながら、周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩いて行った。
「・・・若者がいないな。特に男」
村の様子は非常にのどかなところだった。
門番のいた村の入り口付近は食事処や宿、冒険者ギルドなど、建物がちょくちょくと建っていたが、少し奥に進むだけで目に映るのは、小さい家がいくつかと、広い畑と細い道だけだった。
畑で耕しているのは大半が穀物のようだった。水田じゃないので米ではなく、麦や芋に近いものだ。
他に耕しているのはなんていうのだろう?緑色のミカンに似ている。でも、柑橘系の匂いはしない。
異世界独自の野菜だろうか?メインが作ってくれた料理に入っていたりしていたのだろうか?
「ん?」
後ろから小さい足音が聞こえた。道路に敷き詰められている砂利が擦れてなる音だ。
僕は足を止めて後ろを振り返ると、そこには小さな子供が片手に木の棒を持って歩んでおり、僕を睨みながら近づいてきた。アレスやセーラたちと同じ十歳くらいだろうか?
いや、少し大きいな。十一、十二歳くらいか?
「おい、お前!領主の手先だろ!」
「へ?」
いきなり何を言っているんだ?一体何なのだ、この子供は?
「さっきの姉ちゃんに謝れ!」
少年は僕に大声でそう言った。
「・・・あぁ」
その言葉で僕はどういう事か理解した。あの時に近くにいたのだろう。入口の奥で何人か見ていたのを知っている。
「後でな」
僕は少年にそう言って、再び前に歩き出した。そうしたいところだが、今は他にやるべきことがあるし、時間がない。
「ふざけるな!」
少年は木の棒を上にあげて走ってこちらに向かう。それで殴るつもりなのだろうか?
「やめなさい!」
少年が僕に殴りかかる寸前で足を止めた。彼の後ろから別の大きな声が聞こえたからだ。
そこにいるのは大人の女性だった。年齢でいえば二十代半ばというところか。
その女性が慌ててこちらに向かうと、少年の頭を掴み、僕の前で膝を地面について頭を下げる。
「すみません!うちの息子が失礼しました!どうかご容赦を!」
「は?」
訳が分からなかった?何で俺は謝られているんだ?
それより、この人、少年の母親なのか!若い!
「ほら、貴方も謝りなさい!」
「なんでだよ!母ちゃん!」
「いいから謝りなさい!」
母親が少年の頭を掴み無理やり頭を下げた。
「本当に申し訳ありません!私が代わりに罰を受けますから息子だけは!」
「・・・ああ」
なんとなく理解した。
小説なんかでは貴族のお偉いさんや、その部下に無礼を働いて、その場で切られたりするイベントがあるよね。
僕はグリルの護衛という建前を利用しているので、それを知らない彼女はそんなことをされることを危惧しているのだろう。
グリル・・・お前を信じて良いのか?
これは領主の息子の護衛だから恐れられているのか?それともお前の護衛だから恐れられているのか?
・・・いや、よくよく考えれば、僕は弱そうな人間の髪の毛を引っ張ったり、踏んだり蹴ったりをした外道である。
あの様子を見れば、僕が危険人物だと判断してもおかしくないだろう。
「・・・気にしないでくれ。その子供は正しいことを言ったんだ」
僕は母親に頭を上げるように言うと「え?」と思いっきり驚かれてしまった。
「少年、今は事情があって言えないけど、後で必ず謝りにいくよ。約束もあるしな」
「・・・本当だな!嘘つくなよ!二度とするなよ!」
「本当さ、約束する。二度としないよ」
僕はできる限り表情の力を抜いて笑みを見せる。僕は貴方たちに怒っていないと暗に説明する。
「・・・ポワレ様の家来では」
母親がしばらくポカンとして、恐る恐る僕に聞いてきた。
「正確にはグリル様の家来・・・になるんですかね?でも、彼女に何かしようとは思っていませんよ」
ポワレ様の家来だと思った。つまり、ポワレ様の家来はあんな態度をしている人間が多いという事か・・・
そういえば、孤児院に訪れたグリルの護衛兼監視員も少し問題あったな。
「・・・グリル様の家来なのですね・・・良かった」
母親はグリルの家来であると知るとなぜか安心をした。
・・・グリル様、すみません、なんか疑ってしまって。
でも、グリルの家来だけで信頼を得るとか・・・どういう事だろうか?
「この村では領主は恐れられてて、その息子は慕われているのか?」
「えっと、それは・・・」
母親は返答を渋った。
「出来れば、この村の事情を知っておきたい。後で礼はする」
「・・・誰にも言いませんか?」
母親がキョロキョロと辺りを見回してそう言った。やはり大っぴらに言えない事なのだろう。
僕はコクリと頷いた。
「ああ、他言しない」
「女神ラキアス様に誓って?」
念を押すように母親は言ってきた。
・・・それはなんか嫌だな。というか、この人もあの駄女神の信者か。
「・・・神に誓って」
決して駄女神には誓わない。
「分かりました。近くに私たちの家があるので来てください。そこで話します」
そう言われて、僕は二人の後についていき、小さな家に入っていった。
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家の中は少し狭かった。一人暮らしであれば十分な部屋だろうが、二人になると少し狭くなる。
そして、家の中には三人もいるため、部屋は十分狭かった。
「どうぞ、花芋茶です」
「ありがとうございます」
僕はお茶を受け取って一口程含ませた。
芋の甘さにほんわかとした香りがするやさしいお茶で美味しいお茶だ。孤児院でも飲んでいたがこれが自分の中では好物になっていた。
でも、こちらのお茶は味が薄いな。まあ、不味くはないが・・・貧乏なのだろうか?
「ごめんなさい、客人に何も出せなくて・・・」
「ああ、いえ、気にしないでください。押しかけたのはこちらですから」
表情に出ていただろうか?まずい、機嫌を悪くさせてメリットはない!
「あの・・・私はエミリと言います。こちらは息子のレットです」
エミリさんがそういうと、レットはペコリと頭を下げた。
「すみません、ご丁寧に、私はカズシと申します。えっと、エミリさんとレット君はここに二人で住んでいるんですか?」
いきなり本題に入るのもアレなので、少し世間話をすることにしよう。何事も変化球で様子を見るときがある。
ちなみに三島なら全球ど真ん中ストレートで投げるので心臓に悪いです。
「いえ、主人がいますので・・・」
・・・まあ、そうだろうな。やる事やらないと子供はできないからいるだろう。
「そうですか・・・旦那さんは今どちらに?」
「・・・5年前からアマル領の都市である『スフィア』で兵士として働いていました」
「ほう、兵士ですか」
つまり出稼ぎか?人が多く仕事が多い場所で多くお金を稼いで、そのお金を仕送りしているのだろうか?
・・・ん?働いて『いました』?
「夫は半年前に前領主様と一緒にいなくなりました」
あ、やばい、変化球のつもりがすっぽ抜けてしまった。デッドボールを浴びせてしまった。
「それは・・・失礼なことを聞きました。申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください。その内、ひょっこりと帰ってくるでしょうから」
エミリさんはそう言っているが、瞳が少しうるんでいるように見える。
ヤバいヤバいヤバい!レット君がこちらを睨んでいる!デッドボールで乱闘騒ぎに発展してしまう!
早く空気を変えなければ!
「そ、それで、今はエミリさんがレット君を女手一人で育てているんですね。素晴らしいと思います!」
「そ、そんなことはありません。生きていくために色々と必死にやっているだけです。母親らしいことは何もしておりません」
「そんなことはないでしょう。レット君はこんなにたくましく成長しているではないですか!」
・・・なんか、妹の家庭訪問に訪れてきた先生みたいになっている気がする。
あの先生もたしかこうやって父を同じような言葉で褒めていたと思う。
「そうですね。この子ももうすぐ十二歳になって、色々と仕事を手伝ってくれています。
あと少しの間ですけど、なるべく愛情を注ぐつもりです」
・・・あと少しの間?
「息子さんはどこかに出ていくのですか?」
この世界で十二歳となると大人になるから上京して仕事を探すとかか?
そう思って尋ねると、エミリさんは表情が暗くなった。
「・・・領主の命で、『スフィア』の兵として行かなくてはなりません」
・・・なるほど、徴兵制度か。
歴史の授業であったな。一定の年齢に達した人を、主に国が住民を兵士として招集し、国防や侵略兵として利用される制度・・・だったはず。暗記系統はあんまり得意じゃなかったが、合っていたはずだ。
そういえば、この村には青年をまったく見かけなかった。仕事を探しに上京しているのかと思っていたが、そういう理由なのか?
「もしかして、この村で若い男性を見かけなかったのは・・・」
「そうですね。この村で十二歳を迎えた男性はアマル領へ向かい、最低でも三十歳までは兵士になる必要があります」
・・・二十年って、ものすごく長い。僕の人生より長い。
「・・・その制度は最近できたのですか?」
「・・・はい」
どおりでこの村に若い男性がいないわけだ。
多分、そんな制度をすべての町や村で行っているとは思えないが、そうなると、村での一番の働き手がいなくなる。
「村の人たちは反対などしなかったのですか?」
「領主に反対する人間はここにはいませんよ。反逆罪で簡単に殺されますからね。
それに、村長も何故かこの政策を受け入れてしまったんです」
・・・ああ、これがグリルの言っていた洗脳という奴か。
どうだろうか?これだけの話なら賄賂で交渉したという説の方がありえそうだ。洗脳による証言にはならないな。
「村長は領主から何か受け取ったりしていましたか?」
「いえ、村長は少なくとも、今の領主に会うまではしっかりと自分で判断できる人でした。
領主の政策にも最初は反対してくれたのですが、領主邸で話を付けるときに突然人が変わってしまったかのように領主の政策を従順に受け入れたのです」
・・・領主邸で話をした時に人が変わった。
領主邸ということは息子であるグリルもそこにいたわけだよな?
つまり、人の様子が変になる瞬間を見ていることになる。彼が違和感に気付くのもありえるな。
「それから村は一気に変わりました。
村の周りにいる魔物は外から来る冒険者が代わりに狩ってくれるのですが、弱者しかいないこの町で横暴な態度をとってくるようなりました。
仕事も大半が農家だったんですが、指定された仕事以外をすることができなくなりました。
手伝いに来てくれて村に活気を与えてくれた孤児院のシスターに対して、非国民のレッテルを与えました。
村の雰囲気が悪くなって、治安が悪くなっているのに、誰も止めなくなりました。
たった、半年で、あともう少しで、私は全てを失って・・・」
それからエミリさんは喋らなくなった。言葉の代わりに涙を流した。
「グリル様が村に色々と援助してもらっていることに感謝しています。
でも、もうこの村は終わりなんです。
こんな村は嫌なんです。昔の村みたいに・・・」
ここまでの話を聞いて僕は少し時間をかけて考えた。
「一応言っておきます。それは無理です」




