1章の六 ゴミじゃない
「ぐはっ!」
取り巻き1が腕を離して怯む。僕は解放された左腕で魔力弾を地面に放った。
魔力弾が破裂して、乾いた地面に土埃が舞い上がる。
「何だ?一体、何が起こった?」
「探せ!あいつを見つけ出せ!」
「八つ裂きにするんだ!」
「貴様等落ち着け!」
グリルの取り巻きが混乱しているところで僕は土煙から脱出しようとした。メインもセーラに引っ張られて逃げていく。・・・よかった。
「風よ、霧を晴らし、真実を見せよ!『ディフォッグ』」
しかしグリルが発動した法術によって、土埃がすぐに消えてしまった。
「さて、逃亡者は重い罰が付くのだけれども覚悟はいいね?」
グリルは笑みを浮かべ僕を見つめる。余裕があるのだろうか?
すぐに攻撃するか?いや、あくまで平和的に解決すべきだ。後々の事を考えれば、攻撃は最終手段だ。
「その前にいいか?少し聞きたいことがあるんだ」
まあ、自分の立場が上だと思っている人間は人の話を聞かないかもしれないが・・・
「何ふざけたことを言っている!お前など、今ここでぶち殺してやる!」
やはりと言うべきか、呆れたと言うべきか、そう言って、取り巻きが腰に携わっていた剣を抜き、僕に突進してきた。
「・・・ゴミが」
俺は、取り巻きどもの大振りで隙だらけの剣撃をかわして、胸を掌で叩いた。
「がはっ!」
四人の取り巻きどもはあっさりと地面に倒れる。
・・・こいつら護衛なのか?メチャクチャ弱いぞ。
「グリル様と言えばいいか?今の俺をどう処分する?」
ちなみにここにメインと子供達はもういない。先程の土埃の隙に恐らく子供達がメインを連れて逃げた。
小さい声でそういうやり取りが聞こえたから、多分、別の場所に避難している。
あとの問題はこいつの処分だけだ。
俺に向かって攻撃するか?それとも逃げるか?
「・・・いや、もうその必要はなくなった」
「?」
俺が警戒をしながらグリルを睨んでいると、グリルは腰についている剣を抜き・・・
地面に捨てた。
「こいつらが倒れているのであれば、落ち着いて話が出来る」
「話が出来る」・・・その言葉を聞いて俺は何の事かを察した。
「・・・見張られていたのか?」
「そうだ。お父様は息子の俺を敵視している。きっと気に食わないんだろう。ここにいる奴らは父が命令して俺の行動を見張っていたのだ」
「つまり、その見張りがいたから、その領主様の命でメインに押しかけていたと?」
「いや、違う。それは俺の本心だ。だが、事情があるから色々と君に詳しく話したい」
奴は俺と話をしたかった。だが、先程はたいした事情も聞かずに俺を連行しようとした。
見張りが邪魔で出来なかったのか?いや、見張りがいようと、事情聴取というか達で聞けばいいだけの話だ。となれば、この場を凌ぐための演技か?
演技には思えない。いや、演技だと意味がわからない。
奴が俺を連行しようとした理由・・・
「・・・もしかして、俺も領主の手下の一人と思っていたのか?」
「おお、君は理解が早いな。状況を把握する能力に長けている」
「いや、カマかけただけです。貴方みたいに」
俺が領主の一員であれば捕まることは大したことではない。
何かしら使命を果たさないといけないなら、それを強行突破する。
領主と繋がっている人間なら逃げるというのは一番の愚策だ。
誰も助けがない状態になるからだ。
そして、そんな策をとろうとした愚かな俺はその候補から外れたと。
「君と話をしたい。だから、俺の話を聞いてほしい」
悪い領主の息子で、先程までムカつく取り巻きと一緒にいた人物、恐らく孤児院の人間から嫌われていて、この状況で提案をする度胸、武術に自信があるのか?
信用できる人間ではないのは確かだ。だが・・・
・・・こいつはゴミでは無さそうだ。
「話だけなら・・・良いですよ。グリル様」
俺は構えていた拳を下げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
近くにあった大きな石に腰掛けて、グリルに簡単ないきさつと自己紹介をした僕は突拍子もない事情を聞かされた。
「領主が村人を洗脳ですか?」
「ああ、お父様は何らかの方法でこの村の長や裕福な村人を操って支配しているんだ。いや、この村だけではない。領の中心地にも支配が進んでいる」
うわー、いきなりスケールが大きな話が来たな。洗脳された村ですか。僕は孤児院の周りしか行動していないから実感がわかないが、すぐ近くでそんなことが!
ってなる前に疑問がつきない。疑問だらけである。
「この村を支配して何をするつもりですか?僕は自分が住んでいた村以外の事情には疎いんですが、お世話になっている孤児院がそれとどう関係あるので?」
「まあ、君の境遇には同情するが聴いてくれ。このままだと、この孤児院も、このアマル領も、大変なことが起きる」
まあ、村が危険になれば、村の中にある孤児院も大変だろう。だが・・・
「それと、メインの求愛行動と何が関係するんでしょうか?」
はっきり言って、話が繋がりそうな気配がしない。いや、展開を考えることはできるけど、あまり予想したくない。今のところ、悪い予感の的中率が100%に近いので、非常にまずい!
「そうだな・・・何から話せばいいのか?君は奴隷制度を知っているか?」
「一応、概念だけなら・・・詳しい事情は知らないですけど」
先程『ヘルプ』で確認したら簡単に検索できました。
奴隷はこの国に存在する。ただし、簡単に奴隷になることはない。
このサントリア王国はどうも生産業に労働力が不足している事が無さそうなので、そもそも多くの奴隷は必要ないみたいだった。
文明の発展も地方によって格差はあるらしいが、法術を取り入れて産業を発展させているため、法術による技術先進国では日本と同じくらいに裕福に暮らせてるという。
そのため、多くの国は奴隷に対しての厳格な制度をつけており、簡単に奴隷を作ることができなくしている。
奴隷が存在するのは、経済能力のない人物が他者に借金をしてしまい、返済能力がないと判断された場合、特別措置として借金が返せるまで、正当な手続きをふんで奴隷に身分を落とさせるからだ。
漫画のようにコキ使われる事はあるだろうが、奴隷にも最低限の人権はあるそうで、命に関わる行為を行えば罪に問われる・・・とそういう風なことを文面では書いてあった。メインやアレス、セーラの様子を見て何かおかしいとは思ってはいるがな。
まあ、そんなのは表向きのことだろう。裏ではたくさんの奴隷が渦巻いている可能性が大きい。
平和と言われる日本でだって、表向きはなかったが、確かに存在したのだから。
「それならば話は早い。お父様はここの孤児院の子供達全てを奴隷にしようとしている」
「・・・は?」
何故あいつ等を?
「子供の労働力など、たかが知れているだろうに。何故?」
「才能のある君はいまいち事の重大さを理解していないだろうが、法術というのは君が思っているほど簡単に扱えるものではない」
「?」
何故法術?
「法術は本来であれば、専門の講師を雇い、現象が起きる法則を理解して、適正を持つ人間が何ヵ月もかかって習得するのだ」
「・・・平民はその環境が無いから、難しいと?子供たちが法術を扱えるから珍しいと?」
「そうだ、魔言を言っても、その言葉の意味を理解していなければ発動しないし、理解していても、適性がなければ発動しない」
今の台詞、グリルには悪いが、別のところに着目してしまった。
成る程、言葉の意味か。つまりイメージが必要だと言うことか。
そう言えば、魔力弾もあのクソ魔人が放った火の玉をイメージしてやった。使える法術もメインがやっているところを見ている。
だが、それだけだとあまり子供達の凄さが分からない。理解して、適性があるのなら、他の地域でも珍しくはないだろう。
着目すべきは適性か?
「適正を持っている人間の割合は?」
「貴族が優秀な才能を持っている割合が多いが、適性自体は誰にでもある。平民でも使える人間はいる。
大人であればな。
通常なら法術の適性は通常は成人になってから徐々に現れていくのだ。
だけど、たまに子供でも適性が現れることがある。そういう人物は、俺の知っている殆どが国の有力者となっている程の才能の持ち主だ。歴史上の有名な法術師もそうだった。
だが、子供で法術を扱える人間は貴族でも僅か・・・それもあんな大勢の人間が扱えるのは見たことはない。彼らは適性が他よりも高すぎる。君も含めてな」
・・・うわあ、スケールが本当に大きくなってしまった!
ええ!あいつ等の将来性マジでヤバイ!チートじゃん!
っと心の中で突っ込んでいると、グリルが不穏な事を言ったことに気づいた。
「あれ?僕もですか?でも、僕は成人ですし、聖属性以外の適性は絶望的だと言われましたよ」
因みにこの国での成人は16歳である。僕は17歳。
先程の話だと珍しい事はないと思うのだが・・・
「一応言っておくがな、貴様が事情を話していたとき、ランク2の法術を一発で出来たと先程言っていたな?
ランク1ならともかく、ランク2の法術をいきなり簡単に扱える人間は見たことがない。
1種類だけしか適性がないとはいえ、十分に才能がある人間だ」
「・・・・・」
うわあ!僕もチートだった!・・・てはならないな。
僕を倒せそうな奴は結構いるし、というより死にかけたし、全然実感がわかないです。
「話が逸れたな。そんな子供がここの孤児院にたくさんいる。金剛石の原石がたくさんあるんだ。お父様が狙うのもうなずける」
「・・・奴隷にしてどうするつもりで?」
「いろいろ、使い道はあるだろう。死ぬまで道具として扱ったり、争いの兵器として駒にしたり、悪趣味な奴らの愛玩道具に・・・」
「いや、待ってください!それはできないはずでしょ!」
心にも思っていないことを言う。実際はあるだろうが、どうした手段で奴隷にするか気になった。
「普通の奴隷制度であればな・・・だが、犯罪奴隷、重度の罪で囚われた場合は別だ。因みに不法入国罪も通常は犯罪奴隷だからな」
成る程、事実なり無実なりの罪で犯罪者にして、それを罰する形として奴隷にする。
そういえば、犯罪奴隷は奴隷の項目にもあったな。くそ、関係ないと思ったから、調べてなかった。
だが小説なんかでは、厳しい事をさせられるものが多い。そう言うものと考えていいだろう。
・・・それでグリル様、僕をチラリと見るのは止めてもらってもいいですか?逃げたくなるんですが!
でも、話を聞いてわかった。彼がメインに何をしようとしたかを。
「・・・それで、メインに求愛していたのは、グリル様が所有権を持つことで、領主に直接奴隷をさせないようにすることで、メインや子供たちの身の安全を守る最後の手段だったと」
「貴様は頭が切れるな。従者にしたいところだ。そう、最後の手段だった。最も失敗したがな。だから、君の力を借りるのが本当に最後の手段なのだ」
褒めているのやら、責めているのやら・・・前向きに捉えようかな?
「お褒めの言葉ありがとうございます。
今の推理は自分で言って半信半疑ですが、もし本当なら、それは悪いことをしました。現時点では信用できる話ではないですが・・・」
アレスやセーラは物凄く嫌なやつみたいに言っていた。事情を知らなければ別だろうが、現時点でそれを本当だと言う証拠もなにもない。
「では君の信用を得るために質問に答えてやろう。今までの話で何を聞きたい?」
そう言って手を広げて、何でも質問してみろと言わんばかりのポーズをとった。それならば、遠慮なく質問しましょう。
「領主様はメインや子供たちをどのようにして奴隷にするつもりですか?このことはメインも知っているのですか?」
「簡単だ、ここの孤児院にだけ土地の税金を高く設定している。適当な理由をつけてな。払えなければ、非国民として扱わられ、税の滞納が続けば犯罪奴隷として捕まる。
他の場所に移動しようにも、安全な場所は殆ど残っていないし、村の中の土地は村長を操って、防いでいる。
メインは領主の企みについてすべては知らないだろう。洗脳も含めてな。
だが、このままだと犯罪奴隷になることは知っているし、何とかお金を工面しようとしているが、税の額があまりにも理不尽な額で払えそうにもない」
そうか・・・それならばグリルがどうやって奴隷にしようとしたのかも分かる。
あいつは自身のお金をメインに貸して、その金で税金を納める。そして、払いきれない金額を通常の奴隷手続きで奴隷にする。
そうすれば、犯罪奴隷のような危険なことは出来なくなる。・・・筋を通せばな。
「そうですか・・・次の質問ですが、今までの話だけだと、貴方がメインや子供たちを守る動機がない。なぜ助けようとするのですか?領民が奴隷にされるのは馬鹿な発想だと思いますし、止めようとする理由も理解はできますが、彼女たちを特別視する理由が分からない。」
「簡単だ。俺はメインのことが好きだからだ。」
「・・・は?」
「君も分かるだろう!彼女の魅力が!あの儚さが!あの素敵な笑顔が!」
「は、はあ」
何かまずいスイッチを押したような気がする。押したら面倒臭いスイッチを!
「彼女を始めて姿を見たのは3年前のことだった。それは・・・・・」
領主はものすごい勢いで説明をしているが興味ない。聞きたくない。うざい。
まあ、ところどころ聞いていると、要は3年前から出会っていて、一目惚れしたと解釈すればいいような話だった。そんな説明に10分以上説明しているからすごいと思う。
「つまり、純粋に助けたいからでいいですか?」
僕が簡単にまとめると、グリルは笑顔で頷いた。
「その通りだ」
早く話を切り替えよう。正直言って耳にタコができそうだ。
「では、次の質問です。子供たちは今の領主様を『悪い領主』と言っていた。つまり、最近まで良い領主がいたという事でしょう。今の領主はその方と入れ替わった形で領主になったと推測しますが、これについては」
アレスが言っていた。つまりアレスが生まれる前とは考えにくいので昔ではない。あいつらが世間について知る事ができる頃からと考えれば、近年に変わっているはずだ。
「そうだ、お父様は半年前に領主になった。アリアという本当に慕われていた領主が突然行方不明になってしまったのでな、本来は領主代行という形なのだが、実質領主になったと言っても過言ではない」
・・・アリア、まじでか。
「もしかして、白髪の女性ですか?」
「ああ、領主としては若いが、しっかりとした女性だ。」
何で僕が目覚めた日にメインが僕に期待した目で聴いてきたか理解した。そりゃ、期待するわな。
うわー、創造したアリア様は名前も地位もアマル領のアリアと一致していた!すごいニアピン!白髪とか言っていたらホールインワン!僕の立場も変わっていただろう!
と、ふざけてる場合じゃないな。余計なことを突っ込まれる前に質問しないと・・・
「・・・では、最後の質問です。貴方の目的・・・いや、理想の結末を言っていただきたい」
これが大事だ。この質問でこいつの人間性を理解するヒントを得られる。
信じる信じないの話ではない。どういう人間かを知ることが大切だ。
「・・・まず、第一にお父様が起こしている問題の解決だ。メインと子供たちの安全も見逃せないが、まずはそれが大事なことだ。問題が解決できるなら、お父様が正気になってくれるなら、貴族の身分など、簡単に捨ててやる」
その言葉を嘘偽りない態度で、最後にははっきりと断言した。
「・・・分かりました。協力の件ですが、考えさせてください。僕はこの村の事情を実際に見てないですし、メインや子供たちからも聞きたいことがあるので」
あらかじめ用意した回答で僕は彼との話に区切りをつけた。
「できれば、この事は知られたくない。君を利用して何とかしようとしたのがばれたら、メインは絶対君に迷惑をかけないように奴隷に身分を落とすだろう。そういう人間だから好きになったのだが、それはあまりに悲しすぎる」
「あなたの奴隷になる可能性もありますが?」
「それでもだ。俺が好きなのは笑顔でいる彼女だ。何事にも一生懸命で取り組む彼女だ。子供達の面倒を見て幸せそうな顔をする彼女だ。辛い彼女等みたくない!
それに、そろそろ時間も残されていない。お父様の策も実ってきて実現可能なところまで来ている。あと1週間もしないでここは潰れるだろう」
残り時間はあと1週間、いや、予測だから3日、下手したら明日もあり得る。
「・・・貴方の話が本当なら、貴方の言葉が本当なら僕は領主の悪事を止めたいです。メインを助けたいです。でも、そのためにはあなたを信頼しなくちゃならない。だから、一日だけ。そのための情報を得る時間をください」
すぐに行動しない。行動が遅ければそれだけ、選択肢が消えていくのは知っている。でも、考えずにすぐに行動して、最善の結果を得たことがない。
こんなところで失敗していられない。
「・・・うむ、信じてほしいが仕方ない。むしろ、簡単に信じるような愚かな人間を仲間にしたら不安だ。でも、メインに危害を加えないようにしてくれ。頼む」
「分かりました」
領主の息子の願いに応え、僕は腰を上げて、振り替えって、メインのいる場所へと向かった。