1章の五 悪い領主の息子
「・・・あいつ等がまた来たのか!」
「・・・お姉ちゃんが危ない!」
アレスとセーラがそう言って、孤児院のところに戻ろうとする。
「あいつ等って?いったい誰が来たんだ?」
なんとなく、先程の発言でこの孤児院の敵みたいなことは分かったけれども、詳しい人物を僕は聞き出していた。
「領主の息子だよ!悪い方の領主の息子!あと、その取り巻き!」
「色々と圧力をかけて、お姉ちゃんを自分の奴隷にしようと思っているんだ!」
「・・・奴隷ね」
言葉のあやなのか?実際にそういう制度があるのか?どちらにせよ、メインを狙っている事が分かった。何というか、物好きだねえ。
いや、確かにあいつは美人だよ?でも、あいつは『スットーン』よ!『スットーン』!何がまでは言わないが・・・いや、三島も『スットーン』と『ボヨヨン』のどちらかと言えば『スットーン』だったけど、あれは手足が長くて細いモデル体型に似合う『スットーン』だった。逆に桜さんは『ボヨヨン』が似合う女性だ。出るところは出て、引き締まっているところはきちんと締まっている。あの人の妖艶な魅力は三島とは違ったものがある。何というか、『エロス』があるのに、それを感じさせない清純さがあるというか、不思議な魅力がある。だけども、だけども、ぶっちゃけて言えば僕の一番好みの体格だったのは意外美人なんだよな。小柄な体型には似合わない、かといって主張しすぎない胸に尻。そのアンバランスさが、僕のなにかを訴えているのだ!いや、ロリコンではないですよ!アンバランスな所がいいと言うだけだからね!・・・とはいえ、珍しい体型ではない。探せば何処にでもあるような体型だ。だが、『美しい』のだ!三島とは違った美しさがある!険しい山の中に咲く一輪の花が三島とするなら、意外美人は何処にでもあるような、でもよく観察すればキレイだと思ってしまうタンポポのような、そんな魅力が・・・
「「カズシ(さん)!!」」
「・・・は!ああ、悪い!ちょっと考え事をしていた」
「そうか?メイン姉に対して邪な事を考えていたんじゃないのか」
「そんなわけないだろう」
いや、メインに対しては本当に考えていなかった。メインに対しては!
「アレス!カズシさんはアレスみたいなのとは違うんです!変なことを考えるわけないじゃない!」
アレスに対してセーラは怒っていた。・・・ごめんね!信頼しているのは嬉しいけど!別に僕は賢者じゃないから!すみません、邪な事を考えておりました!
と心の中で謝っていると、セーラは何か考え込んでいた。
そして、しばらく考え込むと「よし!」と左手の上に拳をのせた。
「・・・カズシさん、お姉ちゃんのところに来てください!私に考えがあるんです!」
「え?」
「セーラ?何をするつもりなんだ?」
「あの人達がいつもいつも来るから、追い払いましょう!」
「・・・は?」
アレスは訳がわからない顔をして僕を見る。奇遇だな。僕もセーラが何を言っているのかわからない。いや、分からないのは事情を全く知らないからなんだが・・・
僕はアレスと共にセーラに左手を引っ張られて孤児院へと向かった。
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「さあ、メイン!そろそろ返事を聞かせてもらえないかな?」
「・・・・・」
メインは黙っていた。口を塞ぎ、目の前にいる気に食わない人間を睨んでいた。
「おいおい、てめえみたいな女をグリル様は下僕にしていいと言っているんだぞ!その態度は何だ!」
「その態度?奴隷になれって言われて笑顔で迎えてくれると思うっすか?」
「黙れ!貴様みたいなゴミが!グリル様の前で口を開くな!」
「それならば返事はできないだろう」と、呆れてため息を吐くメインに怒りを表していたのはメインの目の前で見下げた視線を送る青年と、その取り巻きの四人の人間だった。
「いいか、グリル様はこの土地を治める領主の息子、次期領主になられるお方!いずれはアマル領だけでなく、ヒューマ地方を治める貴族となる方だ!そのような方の奴隷になれるという事がどれくらい誇り高く、素晴らしいことか分からないのか!」
「・・・分かるわけないっす」
メインは知っている。奴隷になった人物がその後どんな人生を送るのかを。
どんな最期を送るのかを嫌というほど知っている。
それを理解している人間なら、奴隷になるくらいなら、一家心中を決行するだろう。
「まあ、落ち着けお前ら。お前らが大きな声をあげるから、メインが脅えて返事を返せないだろう」
そう言って、場をまとめようとするのが、アマル領の領主の息子、グリル・モースだった。
彼が左手を上げてそう言うと、取り巻きの四人が一斉に黙った。
「メイン、君が奴隷になるのを恐れるのを理解できない俺ではないよ。奴隷の多くの人々がどんな最期を迎えるのかくらい俺も知っている。だが、安心してほしい!俺は正直言って君に惚れている!
君が一生懸命生きている姿に目が離せないんだ!どんな苦難に立たされていても決してくじけないその姿を思うと、胸がドキドキするんだ!
身分の違いで君を妻にすることはできないが、必ず幸せにして見せる。危険なことをしなくていい!君を死なせない!
大丈夫!心配しなくていい!子供たちのことは心配しなくていい!彼らは責任を持って面倒を見てくれる人を探すよ!今の暮らしよりもさぞいい暮らしをさせてあげるさ!」
そう言ってグリルは右手を伸ばし、彼女の返答を待つ。
「・・・」
「さあ、メイン!手を!」
「・・・・・・お姉ちゃん!」
「ん?」
グリルは後ろから何かを耳にして振り返る。
そこには取り巻きと・・・奥からものすごいスピードで走り出す子供たちの姿が見えた。
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「メイン姉!大丈夫か!」
「お姉ちゃん!カズシさんを連れてきたよ!」
「はあ、はあ、お前ら!速すぎる!」
すっげえ息が切れる!体力ありすぎだろ!最近の子供はすごいな!
僕が息を整えようとしていると、その間にセーラがメインに話しかける。
「お姉ちゃん!カズシさんを連れてきたよ!」
「え、セーラ?何しに来たっすか?」
メインは戸惑った顔をして僕を見るがやめてくれ!僕も知らないんだ!
と、僕が顔でそう返事すると、セーラがおそらく領主の息子である人間に声をかけた。
「あ、グリル様!こんにちは!ウチの姉がお世話になっております」
「あ、ああ、セーラちゃん、こんにちは」
領主の息子のグリルは気まずそうに挨拶をする。その様子に少し思う事はあるが、今はそれどころではないようだ。
「ごめんなさい、お姉ちゃんは悪くないんです。ただ、グリル様の情熱な求愛に言い出せなかっただけなんです」
「・・・何を言っているんだ貴様は!部外者は黙っていろ!」
取り巻きの一人がセーラに向かって怒鳴りつけるが、セーラは無視して言葉を続ける。
「グリル様、実はお姉ちゃん・・・メインには既に心に決めた人がいるんです!」
「・・・知っているよ、セーラちゃん。彼女はラキアス教のシスターだから神に心を決めていると言いたいんだろ」
・・・え?ラキアス教?・・・ラキアス?
あれ?あいつ、本当に神様なの?自称なんちゃって女神じゃないの?
・・・あいつを崇めるこの国の人間がかわいそうだなとぼくはおもいました。
「ラキアス教は神に身をささげたものでも婚姻はできる。神の信仰心を後世に伝わるために両者がラキアス教徒であれば可能だよ。いや、そもそも、そんなのは大した問題じゃない。俺は彼女とどんな形でも一緒にいたいだけなんだ」
「それが無理なんです。だって・・・」
その後に続く言葉に僕は耳を疑った。
「お姉ちゃんはカズシさんの婚約者なんですから」
・・・・・・・・・・・・・・・は?
ナニヲイッテイルノ?
「セーラ!何を言っているっすか!」
メインは顔を赤くしてセーラの肩を捕まえて問いかける。
「お姉ちゃん、前に言っていたじゃない!ずっと前からカズシさんと結婚の誓いを立てていたって」
その言葉に僕は彼女の意図を理解した。
要は僕は婚約者を演じてほしいのだ。
僕がメインと結婚するからお前はあきらめろとさせるつもりなのだ。
「・・・ちょっと!カズシの前でそんなことを言わないでくれッス!」
メインは涙目になりながら、セーラの口を塞ごうとする。
そうね。メイン、できればこのままセーラの口を塞いでいて!お願い!領主の息子とその取り巻きが、ものすごい顔でこっちを見てる!
「なんだてめえは?名乗れよ!」
取り巻きの一人が僕に寄って来て睨む。近い近い近い近い!ダチョウ倶楽部の真似は絶対しないぞ!
「・・・カズシです」
「変な名前だし、ここらで見たことがないな?どこから来た?」
もう嫌だ。何でこんなことになるのだろう?
何で異世界に来て地球でいう「どこ中だ!おらあ!」みたいなノリについていかなくちゃいけないの?
センスが古い!これだから田舎は・・・
「どこの人間か聞いているんだよ!おらあ!」
「・・・サクラ領」
彼らの質問に答える必要はない。
もし言ったら、彼らはその情報を便りに調べるかもしれない。
まあ、実際には存在しないが、存在しないという事実を知り、それをメインたちに言われたら、信頼を失う。
そういうのはもうちょっとの間だけ勘弁してほしい。あと少しで三島を探す準備が整うのだ。
でも答えるしかない。
何故ならば彼らは領主だ。答えなければ、適当な理由をつけて僕を捕まえるだろう。不法入国罪とか、不敬罪とか、
まあ、今も偽証罪で逮捕される危険があるが、そう言って誤魔化すしかない。
「それを証明するものはあるのか?」
「今は持っていません」
『今は』・・・便利な言葉だ。
コレを言えば大抵は誤魔化すことが出来る。
「今は持っていないけど、別のところにありますよ」ともとれるし、「今は紛失して、再発行の途中なんです」とでもとれる。
・・・まあ、解釈は相手次第なのであまり効果はないけど
「証明できないのなら不法入国罪だな。おい、こいつを連れていけ!」
ああ、結局捕まるのかよ!どう選んでもダメじゃん!LボタンとRボタン、どちらを選んでも結果が変わらないやつだ!
グリルがそう言うと取り巻きの一人が僕の肩を掴んだ。
僕はセーラを見る。彼女の意図を知るためだ。
ここで狼狽えるようであれば彼女の思惑は外れている事になる。
そうであれば、危険は残るが、ここを去る。孤児院に恩を返せなくなるが、仕方がない。
でも、彼女の視線は落ち着いていた。つまりまだなにか考えがあると言うことだろう。
あとは、どのような行動が正解であるか?
・・・はあ、考えるのが面倒くさい。
でも、考える。考えることが最善の選択の一つなのだから。
「僕をどうするつもりで?」
相手の出方を伺う。相手が答えなくても、どのような反応をするのかよく観る。
僕がそう言うと、領主の息子は真面目な顔で・・・しかし、口許にわずかな笑みを見せて僕に言った。
「貴様を我が父である領主ポアレ様に突き出す。領主の判断で裁かれるだろうが、まあ、十中八九、犯罪奴隷になるだろうな」
成る程・・・捕まったら非常に不味いな。
となると、僕がここで大人しく捕まるという選択はほぼ無くなった。
僕は顔を動かさず、瞳だけで全体の状況を把握すると、腕を掴んでいた取り巻きの一人を頭突きした。