1章の二 30分
「・・・その質問の前に僕が質問する番です」
僕は彼女の問いに誤魔化し、その質問に飛びつきたい衝動を抑えて、僕は冷静に質問を問いかける。
ここでは僕は怪我をしてここで運ばれた男性なんだ。そのような人物になりきらないと、変人と言われてしまう。
「僕はここで目覚める前の記憶が思い出せません。村にいたはずなのですが、急に視界が暗くなって・・・この腕もおかしいですし、僕に何が起きたのかわかりませんか?」
質問の権利を一回失うが、演技のためだ。彼女には『僕がこの世界の住人で、別の場所に飛ばされた』と思わせないといけない。それにこんな質問だが、もしかしたら大きな情報を得ることがあるかもしれない。いや、ないと思うが。
「おかしいっすね?空からカズシ落ちているところを見ていたっすよ」
「え!」
あの時の出来事を見られていたのか!
「・・・空から落ちた?僕が?」
知らないような素振りでメインにどこまで知っているか聞いてみた。
「多分っすけど、空から人が落ちているのを見てたっす。
そして、人が落ちた瞬間に水がものすごい勢いで『ドッバーン!』ってなって、急いでそこに向かったら、近くにカズシが倒れてたっす」
それを見て助けてくれたのか?わざわざ来てくれたのか?
「その腕は多分っすけど、魔力が原因でそうなったと思うっす。魔力制御ができていない人が陥る症状に似てるっす。
まあ、こんなに酷い症状は初めて見たっすけど、これは流石に王宮術師クラスじゃないと難しいと思うっす」
予想以上に情報を得ることができた。色々と知らない単語が現れてくる。
魔酔病、魔力制御、王宮術師
単語のいくつかは小説や漫画などでは聞き覚えのあるような言葉だが、この異世界でその単語がそのままの意味なのか?詳しく知る必要があるかもしれない。
「そんなことが自分の身に起きたんですか?・・・信じられません。そんな記憶がないですし・・・」
記憶にはあるが、そう言っておく。
「もしかしたら、落ちた衝撃で記憶が混乱してるかもしれないっす」
うん、そういう設定を貫こうとしていました。察してくれてありがとうございます!
「じゃあ、さっきの続きっす!そのアリア様・・・アリアという人物は白髪の女性っすか?」
彼女は少し張り切った声で僕に問いかけた。きっと彼女に関係のある人物だろう。でなければこんなにぐいぐい聞き出さない。
「いえ、僕と同じ黒髪ですよ」
だから僕は嘘をついた。理由は簡単だ。他の実在の人物と勘違いされたら面倒なことになる。
サクラ村のアリアという領主は架空の人物でないと困る。
それに、これが三島の手がかりになることはあるまい。確かに、三島の髪色は地球では珍しい色であったが、ここでは異世界だ。目の前にはゲームや漫画で出てくる桃色の髪、つまり、髪の色による常識が違うのだ。
「・・・そうっすか」
と彼女は残念そうな顔をした。その顔は少し悲しみがにじみ出ていて思わず視線をそらす。
何だろう?何か期待を持たせて絶望へ送り込んだような気分になった。いや、何かすいません!
でも、僕には余裕がないので、無視させていただきます。
「それじゃ、続いては・・・」
と僕が質問しようとしたときだった。
「メイン姉ちゃん!ご飯まだー?」
「早く作ってー!」
「おーなーかーすーいーたー!」
突然したから甲高い声が響き渡る。子供の声だ。
「あ!ごめんっす!チビ達の食事を作るのを忘れてたっす!」
そういってメインは立ち上がると急いで扉の方へ向かった。
弟、妹なのだろうか?それにしては数が多い気がするが。
「悪いっすけど、ちょっと下に行ってくるっす!あとでご飯持ってくるっす!」
そう言って、彼女が部屋を出ていき、階段を降りる音が聞こえた。
「そういえば、腹が減ったな」
ここへ落ちて何日寝ていたのだろう?
これからどうしていこう?
悩みはたくさんあるが、今はできることをしていかないと。
まずはこの世界の知識を収集する事からだ。
「『ヘルプ』」
僕は女神からもらった情報を調べることにした。
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『・・・ということです』
およそ30分経過して、僕は軽くため息をついた。
結論から言えば、この機能は役に立った。
空から落ちたときとは違い、僕が知りたかったことをきちんと教えてくれた。
なら何故、あのときはダメだったのか?簡単に言えば、使い方が間違っていたのだ。
「何でインターネットみたいな『検索式』なんだよ」
この恩恵は『ヘルプ』と唱えて、いくつかのワードを発言すると、それに該当したいくつかの項目が目の前にずらっと現れる。
その中で必要なものを選択すれば、説明が表示されるものだった。
また、この検索では類似項目等は一切適用されていないため、文章のように言えば、殆どが検索対象から外れてしまう。
つまり、空から落ちたときに言った『文章言葉』ではダメで、もし言うのであれば、「『魔術』、『操作』」というように、単語の名詞だけで言う必要があった。
まあ、いくつもある項目から適切なものを選ばなくてはならないため、あの時にうまく使えたかどうかは解らないが・・・
とにもかくにも、使い方が分かれば、ウィキペディアと変わらなかった。類似検索がないのは不便だが、ネットがなくても利用できるのは便利だ。しかも、画像が添付されているのもあったので分かりやすい。
何故こんなに分かりやすく教えられるのに、使い方に対して説明不足していた女神に、どう問いただすかは後にして、分かったことがいくつかある。
この異世界は法術というものが存在する。
法術とは人間が主に使われる術の1種である。
自身の体内の魔力を糧として、術を発動させる。
そもそも法術とは、『昔の人物が創った超常現象を起こすもの』であり、それが『魔言』として引き継がれているもの。
人々はその『魔言』という決められた言葉を言い、魔力を操作することで発動する事ができる。
決められた言葉を発言し、魔力を供給して操作することで術が発動する。
簡単に言えばこんなところだろう。まあ、ゲームみたいな魔法がそのまま異世界でできると言う、きわめて王道な展開だ。
先程の法術も『ヘルプ』で検索すれば出てきた。
『リラ』・・・精神系状態異常を正常に戻す聖法術 ランク2
ヘルプの内容を見ればわかると思うが、説明がゲームそのものだった。
聖法術と言うように法術はたくさんの種類があり、それらをいくつかの種類に分類されている。
聖法術は主に人体に影響を及ぼすもので正常、能力の促進を促すものをそう呼ばれているらしい。
逆に、人体に影響を与えて、異常状態、能力の衰退を促すものを呪法術と呼ばれるみたいだ。
そして、説明の最後に示されているランクというもの
これはその法術の取得難易度だそうだ。
法術というものは誰にでも出来るものではなく、適性や相性というものがあるらしい。適正や相性については詳しくはまだ調べていないが、ランクが大きいものほど、凄まじい効果であり、取得が難しい。
そして、僕はこの右腕を直せるような聖法術を検索して、ある魔法を見つけた。
『レストヒール』・・・一部損傷している人体を正常な状態で復元する聖法術 ランク7
ランク7というのは異世界中に数百人しか取得されていないレベルの取得難度だそうだ。
しかも聖法術自体珍しい系統なので、この魔法を覚えている人はさらに少ないだろう。
流石にこの腕のままというのは少々不便だ。
三島の行方、自分の右腕、異世界の常識、拠点、生き残るための術を身に付けるには必然的にひとつの方法が思い浮かんだ。
すると、階段を登る音が聞こえた。
その足音を耳にすると・・・
僕は左手で自分の右ポケットに手を伸ばした。
足音が先程とは違った。
普通の人であれば気づかない位の小さな足音、じわりじわりとゆっくりと、だが先程聞いた音よりも明らかに重たい鈍い音
先程の少女とは別人の足音であることがわかった。
ポケットの中には折り畳み式のナイフが入っていた。リュックに入れたものはどこにあるか解らないが、ナイフだけはポケットに入ったままだった。
僕は近くにあるものをベッドの中に入れて、以下にも人が眠っているように見せかけた。
そして、相手が足音を極力消して近づいているように、僕も足音を消して、ドアの横に隠れる。
近づいてくる奴がノックをしたのなら、足音を消したのは気遣いとか、そういうので納得できる。
だが、いきなりドアを開けて襲う様子があったら、こちらも反撃する。
そして、足音がドアの前で止まる。
いきなりのことだった。
寄り添っていた壁ごと僕は吹き飛んだ。
地面にぶつかり、向かいの壁にぶつかり、胸と背中を強打してしまい、呼吸が上手くできなかった。
だけど、耳は正常だったから聞こえた。先程とは明らかに違う重たい足音が。
そして、視線があった。黒い体毛で被われている二足歩行の動物を。
これって獣人という奴か?
体格はものすごく大きかった。2mは余裕であるだろう。そして、その身長に見合う程の太い手足だ。
「てめえ、どこの国のものだ!王都の腐った貴族達か?公国か?帝国か?少なくとも、ただの一般市民ではなさそうだな」
何だ?何か勘違いをしている。
潜入捜査員とでも思っているのだろうか?
「悪いけどよ、ここには何もないんだわ。お前らが望むものなんてねえんだよ」
「!!!」
そう言って、そいつは僕の胸に脚をのせてグリグリと踏みしめる。
ただでさえ打撲で全身が痛いのに、あばらが折れそうになる程に踏みつけてくる。
痛みで叫びたかったが、それは口にしなかった。
「おい、もう一度言うぞ!お前は何しにここに来た?
メインは良い奴だから手当てをしてくれたみたいだけど、俺の嗅覚が言っているんだよ!お前は危険な人間だって!
血の臭い!それも魔族の血だ!
ただの一般人じゃ絶対につかないんだよ!」
血の臭い?
・・・あれか?魔人の血か?
確かに手洗いしていなかったけど、全然臭いなどしない。
獣人だから臭いに敏感とかか?
「僕は・・・ただの人間ぐああああああああああ!」
「口に出さないならもういい!死ねや!」
そう言って、そいつは僕の首を掴み、そのまま締める。
息ができない。頭に血が入らない。
だんだんと意識が薄れていく。
そして・・・・
・・・
・・
・
「てめえが死ねよゴミ」
俺は左手をかざして魔力を放った。