序章の十一 魔術を放て!
「はあ、どうするッスかね」
溜め息を吐いていた少女は一ヶ月後のことを考えていた。
彼女は村の近くで採取した薬草や退治してもらった魔物の皮をきれいに剥ぎ取って加工し、解毒薬や防寒具等を隣の町で売っていた。
だが、彼女が3ヶ月かけて稼いだ金額は銀貨10枚(日本の相場で10万円)だった。
この世界で生活をするには十分すぎる額だが、彼女はある理由で近い期日までにたくさんのお金が必要だった。
(今月までに金貨20枚(200万円)・・・そんなの集まるわけない。そんなにあるなら小さな家を建てられる。でも集められなければ子供たちが・・・ん?)
彼女が憂鬱な顔で空を眺めていると、小さい何かが下に向かって、落ちてきているのが見えた。
「何っすか?あの小さいのは?」
鳥ではない。でも動いているから生き物だろう。
竜にも見えない。こんな場所には普通はいないから、見たことはないが明らかに違うだろう。と言うよりもその形を見たことがある。
頭、腕、足、いつも見ている生物にそっくりだ。というか同じだ。
「・・・うわーーーーーーーー!ヒトが落ちてくるッス!!!」
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ーあと15秒ー
標高1000m位だろうか?どれくらいの高さになるか分からないが、地上から見ている人は手のひらの上に乗っている一寸法師より小さく見えるだろう。
だが、20秒経てば僕の体は大量のミンチになって、動物の餌になるか、あるいは腐ってしまうだろう。。
このままでは、だ。
残り時間は10秒ちょっと、時間は十分にある。まず僕がやること。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
魔力を放つ。それだけだ。
そのために僕は雄叫びをあげる。モチベーションをあげて緊張を解すためだ。ただ力を入れて放とうとはしない。
イメージをしろ。
普通の人が簡単にできるものかどうかは分からない。
だが、僕にはイメージがある。あの魔人が使っていた火の玉の魔法だ。
別に火の玉でなくともいい。不完全なものでいい。
あのように放出することだけをイメージをしろ。
すると、僕の体に異変があることがわかった。
それは魔人を退治した時に、僕の体に起こった現象、身体全体に火傷しそうなほどに、溢れてこぼれ落ちそうなほどに、内側から感じる熱だった。
「これなのか?」
目で見えることはできない。実際にそうだという証拠や証明があるわけでもない。
でも、僕は理解した。これが魔力なのだと。
「よし、あとはこれを!」
僕は掌のうえにそれを集めるイメージをする。
全身にめぐっている、熱のこもったそれを掌に流れるように意識する。
水が流れるように血管からたどっているように明確なイメージを行うと、一瞬ではないが、確実にだんだんと全身の熱が徐々に掌に集まっていくのがわかった。
全身の熱が掌に集中しているためか、掌に激痛が走る。
手は赤くなり、血管がビクンビクンと大きく動いているのを見て、僕はその手を下に向けた。
ーあと10秒ー
「いっけええええええええええええええええええええ!」
僕は掌から全ての魔力を放出するイメージを作る。
すると、掌からズドンと、とてつもない衝撃が下から発生した。
「狙い通り、やはり思った通りだった」
作用・反作用の法則
ロケットを飛ばすときも燃料を運動エネルギーに変化させて、下に向けて放出することで反作用の力を作り出して、その力を推進力として利用する。
僕がやっていることは逆だ。
体内にある魔力を下に向けて放出していた。正確には若干左側、平原に向けてだ。
するとどうなるか?
まず思い浮かぶのは減速して無事に着地するという結果だろうか?だが今回はそれは無理だろう。
今は速度は変わっていないが、現在、重力によって秒速9m/(秒の2乗)の加速度があると思う。異世界の重力がどれくらいか分からないが、地球と同じならそうだろう。その力があるため、多少減速しても、再び加速して元の速さに戻ってしまう。
それに、僕の魔力のエネルギーは未知数だが、あの時の魔人の使い方を見て、あまり有効な手では無いと判断した。
魔人は宙に浮く魔術を使った時、こんな使い方をしていなかった。つまり今の僕は非効率な使い方をしていることがわかる。
知能が低い奴だったが僕には知識も経験もほとんどない。
あの魔人のような力を発揮するのは難しいだろう。そもそも、あいつと同じ魔力を持っていると思えない。そもそも時間も足りないだろう。
だが、僕の目的は減速ではない。
僕の体は体制が崩れそうになりながらも、休まずに魔力を何度も放出した。その度にズドン、ズドンと衝撃が走る。
すると、自分の位置が少しずつだが、ずれてきているのがわかった。地上からの。高さのことを言っているのではない。平面的に位置がずれたのだ。
そう、僕が考えていたことは着地点をずらすこと。
重心を頭にいれて、姿勢が崩れないように着地点を海に行くために右方向へとずらしていた。転移した場所が不幸中の幸いで海に近い場所だからとれる行動。
墜落による衝撃を出来るだけ最小限にする作戦を僕は実行していた。
ーあと5秒ー
墜落位置がずれて何とか海に着水する事ができるだろう。だが、このままだと墜落死する。何故かと言われれば理由は簡単だ。
こんなことは無かっただろうか?プールの飛び込みで腹から飛び込んで打ってしまったこと。その時結構痛かっただろう。
飛び込んだときの高さが水上15mからであればコンクリートと同じ固さになると言われている。だから地上5000mからぶつかればこのまま死ぬことくらい理解している。わずかに減速したが、それでも無理だろう。
でも、僕にはもうひとつの策があった。
魔力を放っていた二つ目の理由、それは魔力について理解すること。
どういう物質なのかはどうでも良い。あとで調べる。ただ、魔力を集めてみたり、放出したりして、法則を調べてみて分かったことがある。
一つは一定量の魔力が全身から少しずつ送られてくる。
全身と言ったが、厳密には心臓がたくさんあって、そこから遠くなると、少しずつ減っていく。本当に心臓かどうかはわからない。まあ、そちらはどうでも良い。
一定量ということは自分の意思で魔力の放出量を調整できないと言うことだ。
つまり、威力の制御は出来ないのだ。普通に撃っては。
もうひとつ分かったことがある。
魔力は人体の中であれば、その部分に貯めることができる。
先ほど放った魔力も掌に貯めていたので放った瞬間はものすごい威力だった。だが、それも最初だけで途中から連続で放ったものは威力が弱く、一定になっていた。
だから、墜落地点が海に代わってからは魔力を流さず、そのまま貯めていた。今度は両手ではなく、片手でだ。
ーあと1秒ー
僕が頭から落ちる寸前を狙う。
早すぎても、遅すぎても駄目。
失敗すれば死、成功できるかもわからない。
成功しても無事かどうかわからない。
ただ可能性を信じるだけ!
「僕が信じるだけ!」
ーあと0・・・
「今だ!」
顔面と海面が1mも満たない瞬間を狙って、
僕は右手に貯めていた魔力を一気に放出させた。
それは先程放ったものとは全く違う威力だった。右手一点に蓄えられていた魔力は海面にぶつかると海水が外へと弾け飛んだ。
海面には十数メートルの穴が開いた。
その穴へ僕は潜っていく。そして、海も元の形に戻るようにその穴に海水が入った。
僕は右手で放った魔力のおかげで衝突による反動はほとんどなく着水することができた。怪我はない。
ただ、誤算もあった。
(あれ?体が動かない。くそ・・・・・)
僕は知らなかった。魔力が全体の保有量の1割未満までに枯渇すると、体が動かなくなる現象が起きるということを。
また、先ほどの威力が予想以上に大きかったので、戻ろうとした海流の流れが大きかったため、飲み込まれてしまい、制御ができなかった。
(・・・・・京)
(・・・め・・・い)
(・・・・・・ご・・・・・・め)
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サントリア王国 アニマ領 海岸
そこで二人の男女が慌てて駆け寄っている姿があった。
「メイン!どうしたんだよ!何でこんなところに連れていくわけ?」
「ギルバートさん!早く来るっす!人が倒れてるっす!」
メインという少女が空からヒトが落ちていく光景を見て、そこに駆け寄っていた。
意識のないヒトを応急処置して、近くにいたギルバートという男性に助けを求めたのだ。
「おいおい、何で人間がこんなところで倒れてるんだよ!死んでんじゃねえだろうな!」
「一応、応援を呼ぶ前に法術はかけたので、命の危険はないと思うっす、でも、私だけでは彼を連れていけないので・・・」
『連れていく』という言葉にギルバートは驚いた。彼女の言葉に問題があると気づいていたからだ。
「連れていくって・・・メ、メイン!まさかこいつを村に入れるつもりか!ダメだ!村にだけはダメだ!」
「このまま見捨てるっすか?」
「助けるのはまだいい!だが、村に連れてくれば確実に騒ぎになる!しかも、お前が連れてみろ!あの領主が何をするか・・・」
「だから助けるために村に連れていくっす!このままにしていれば、通りかかった魔物に殺されるっす。ヒトだったとしても、もしかしたら奴隷にされるかもしれない。ならば、連れていくしか彼を助けられないっす!」
メインは知っていた。このような場所で長時間放っておいたら、この世界では死を意味する。
「ぐっ・・・!だが・・・」
「ギルバートさん!」
「ああ、もう!わかったよ!とりあえずこの黒髪の人間をお前の村まで運ぶぞ!村の奴らに見つかるなよ!面倒くさくなる!」
「了解っす!私が運ぶので、ギルバートさんは魔物が来たら追い払ってくださいっす!」