序章の一 君が消える前日
この世界は下らない。そう思ったのはいつからだろうか?
個性を出したものは腫れ物扱いされて、長所も短所になってしまうこの世界
大好きなことが認められず、建前だけが増えていくこの世界
努力は無駄になり、才能で地位が決まってしまう世界
沢山の偽物が詰まっている、本物が存在しない世界
親によって、力によって、国によって、運命によって、既に決まっている世界
つまらない、生きている意味もない。かといって死ぬ意味もない。
縛られて、妨害されて、だからといってなにもできず、流されたままの無力な自分が嫌になる。
この世界には何もない。
気持ち悪い偽りだらけのこの世界で、本当に欲しいものが見つからない。
別の世界にいきたい。
つまらないこんな世界が消えて、好奇心溢れる未知の世界を見てみたい。
そんな現実逃避をしているときに、彼女は僕の目の前に現れた。
彼女が僕を変えてくれた。
僕は彼女と・・・・・・
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「異世界というのは本当に存在するのだろうか?」
突然、彼女は僕に質問をしてきた。
学校の放課後、旧校舎の二階の一室で僕は彼女にそう尋ねられた。
「いや、いきなり何なの?異世界って・・・小説の?」
「そう、ライトノベルによく登場する異世界だ」
唐突に彼女が話題を出すのは別に珍しいことではない。いやよくあることだ。
僕は彼女が不機嫌にならぬように、その会話を途切れさせぬために必死で会話に応える。
「・・・えっと、一般的な意見と個人的な意見がありますが、どちらがよろしいので?」
「両方だ」
僕が極小のコミュ力で必死に作ろうと、場が盛り上がるような軽い口調で言っているのに、彼女は「真面目に答えろよ」とした目でそう言った。
えっと、僕は何か気に食わないことでもしたのだろうか?
だが、彼女が言えと言ったのでは仕方がない。僕は真面目に応えることにした。
「一般的な意見でいえば『存在しない』というのが、普通でしょうね。」
「なぜ?」
「異世界が存在していても、それを証明することは決してできないからです。
自分たちの現実はこの世界のこの時間にしか存在しないのですから。
そして、一般的は証明できないものは存在しないと意見しますので」
幽霊などがその例である。テレビなどで放送されているのは殆どが紛い物だろうが、何もないところで声が聞こえたり、誰かがしゃべっているのを感じたりするのがそうだ。
殆どは科学や心理学で片付けられるが、それが真実とは限らない。
それはあくまで他の説の証明が出来ないから、そう判断するしかないのだから。
もし、幽霊が存在する立派な証明をすれば、それが真実になりうる。
僕がそういうと彼女は何か納得した顔を見せた。
「ふむ・・・ちなみに貴様個人の意見を聞かせてもらえるか?」
「僕の意見は簡単ですよ。『分からない』、『どうでもいい』、『それより先日財布を忘れた君に貸した千円はいつ返してくれるのか?』のうちどれか一つです。さて、どれでしょう?」
てへっ!
そんな顔で質問に質問を返していたが、彼女はニヤリと笑って僕の目を見た。
「・・・つまり貴様は異世界を信じていると?」
その言葉に一瞬ドキッとしたが、すぐに平静な顔を作る。
「どうして、そう解釈したんですか?」
「貴様の答えが先程の中の三つ目に該当するからだ。
そして君はどれか一つと言っていた。
つまり、一つ目と二つ目の意見は違う。
そして、一般的な意見とは違うと言うことは、『信じていない』も該当しない。
必然的に『存在する』が回答として残・・・いや、貴様のことだから『存在すると信じたい』だろう」
「・・・まあ、正解」
僕がため息をついてそう言うと、彼女はグッと拳を握って喜んでいた。
いや、喜ぶ前に本当に千円返してよ。
「ちなみに『存在すると信じている』理由を聞こう」
「それを聞く理由は?
何で理由もなしに一般的に恥ずかしいことを言わなくちゃいけないの?」
黒歴史でも作らせるつもり?『こいつ中二病だぜ!だっせ!』と言った中学時代のクラスメイトを思い出す。まあ、彼とは二度と会うことはないだろうが・・・
「ああ、すまない。黒歴史を作らせるつもりはない。ただ、リアリストを気取っているが、頭の中がお花畑の貴様の思考を予測できないので、特に無意味だが参考にだ」
毎度毎度、僕の心を読んでくる。一体、何の参考なのでしょう?というより思いっきりバカにしてそれが聞く態度だろうか?つーか無意味だと思っているなら聞くな!
腹はたつが、それを理由に答えないと言う選択肢はなかった。彼女にたいしてはある程度したがった方が楽だからだ。
まあ、楽と言うよりはマシと言うだけなのだが。
説明をしなくてはいけないのなら仕方ない。ああ、しかたないが説明するとしよう。
「例えば、小説でいう異世界やSFでよく見る異能力ですが、この世界ではありえない。念じただけで物体は動かないし、水や火が生まれるわけがないと物理学的に言われている。そもそも小説や漫画の超常現象は一つの理論の一端だけで動かしており、他の要素を無視しているものが多い。だから多くの人は漫画のような出来事はあり得ないと誰もが言っている。
だけど、科学は完璧に世界の理を究明したのだろうか?かつて、『万有引力の法則』を気づいたアイザック・ニュートンが重力の存在を証明したのはわずか350年ほど前のことだ。人間の歴史は数百万年前からあると言うのにだ!
ならば、数百年後、数千年後には新たな物理学の法則が見つかるだろう。また、地球の中心部、もしくは宇宙から新しい物質が見つかるかもしれない。たかが数千年の文明しかもたないのに、世界の理を知ったかぶっている駄目人間は否定するかもしれない。だが、数千年後、数万年後には遺伝子改造などによって本当に超能力が生まれるかもしれない。
このように一件、不可能と思えるような出来事も、今では考えることができないだけであって、ないと証明されない限り可能性を否定することは絶対にできない!
であれば、異世界も同様の意見が言える!ここには存在しない概念、理、物質、生物、文明、宇宙にそのような可能性があるように、宇宙の外にだってそのような可能性を秘めているのだから!」
僕が自信満々に説明したが、彼女は引いていて、目を細めながら言った。
「キモいな、無駄に説明が長いし、論点があまり合っていない」
・・・だったら聞くなよ!
何のためにこっちは恥ずかしい思いをしたと思っている。
「まあ、生き生きと説明した貴様はともかく、とりあえず貴様の解は『否定の反対は肯定』というわけなのだな」
「ああ、それであっているよ」
「意外だな、貴様らしくもない。
自分の言葉に矛盾が生じている。
それを通すなら『肯定の反対は否定』も認めないといけない。
つまり、貴様の意見は間違っている」
「でしたら、自分の答えを言ってもらいましょうか?」
「とりあえず、存在することにしよう。そっちの方が楽しそうだ」
俺は彼女の言葉を聞いて苦笑いした。
まるで、今までの僕の意見は存在してなかったかのように簡単な理由で簡単に決めてしまった。
「続いての質問だ」
「まだあるのですか!?」
今のでだいぶ疲れたのだが。
「もし、異世界があるとして・・・貴様は異世界に行きたいか?」
「いいえ、今のところは全く」
僕は即答で返事をした。
興味がないわけではない。行きたくないわけではない。だが、今ではない。
この世界でやるべきことはたくさんある。まあ、行く方法があったらの話だけどさ。
僕がそう言うと、彼女は何か覚悟を決めた顔をした。
・・・何だろうか?絶対何かある!
「ここで本題だ、深山 和志」
「・・・なんでしょうか、三島 京様」
彼女は話題を変えるように手を叩き、こちらを見つめている。
「いきなりですまんが、貴様に伝えなくてはいけないことがある」
「まあ、そういったことは日常茶飯事ですので大丈夫ですよ。で、内容は?」
余裕の顔を見せて僕は彼女にそう言った。
なに、今までのお願いをことごとくクリアした僕なら問題はないだろう。
購買部で売っている先着5名のカツサンドを買わされに行ったり、
教頭の脅迫ネタを探させるために一人で風俗街で監視させられたり、
彼女への忠誠の証としてクラスメイトの前で「今日から僕のことを『ドMナイト』と呼んでくれ!」と言わせられたり、
・・・ああ、ちょっと泣きたくなってきた。
まあ、と言うわけで、ちょっとやそっとのことではもう動じなく・・・
「私は貴様が好きだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
本当にいきなりだった。唐突のセリフに、予想外のセリフに、二人だけの教室にその言葉がはっきりと聞こえた。
自分が反応して高い声を出したのに14秒はかかった。
・・・あれ?今のは何?もしかして告白か?
?????
なぜこのタイミング?いや、それより三島が?
僕に?ドMナイトに??
「・・・・えっと、・・・・いや、え?」
自分でも情けないと思えるほどの対応だ。
だけど、許してくれ。そういう空気など全くなかったし、そういう態度を彼女は見せたことがなかった。
人間関係に敏感というわけではないが、それでも、鈍感ではない。
そもそもドMナイトと呼ばせる人間に好意を持たれると思っているのかい?
罠か?罠なのか?俺を再び黒歴史で従者にしようと何か企んでいるのか?
「以上だ!帰っていいぞ!」
「へ!?え!」
それ以上に再び理解不能の言葉を放ち、彼女は教室から出ようとした。
「いや、三島!ちょっと待って!」
あまりのスピード、あまりの不意打ちにもう少し呼吸が欲しかった僕は出ていこうとした彼女の肩を掴んで止めた。
「どうした?」
「どうしたって・・・今の何?まさかとは、いや、本当にまさかとは思いますが今のは告白なのでしょうか?」
「どこからどう見ても告白だろう。私は貴様が好きだといった。嘘偽りない」
ごめんなさい。僕の知る告白は雰囲気を作って行う行為だと思いました。
だって初対面の人にいきなりパイ投げをするくらい突然のことだよ!分かる?
まあ、例えは全然うまくないと思うが。
いや、それよりも・・・・・・
「だったら、返事を聞かなくていいのか?普通は『付き合いましょう』とか『考えさせてくれ』とか・・・」
「好きだと伝えたかった。それだけでいい」
・・・訳が分からなくなってきた。彼女は何を言っているのか分からなくなってきた。
いや、少し落ち着いてきたかも。
えっと、たぶん、唐突に僕のことを好きだと感じたのだろう。
どこでそうなったのかは分からないが・・・そして、僕のことが好きだと告白して、それで満足したのだろう。
こちらの対応などはどうでもいいらしく、要件を終えたので帰ろうとしたのだろう。
うん、三島だ。三島らしい行動だ。
そう考えると僕は落ち着いた。要は彼女の気まぐれだったのだろう。
まあ、本当に好意を持たれていたのかと考えれば疑問点はいくつも溢れてくるが、彼女のことだ。
おかしいのも今さらだ。
それに、別に付き合おうと言っているわけではないのだ。その気がないのかもしれない。
仮に好きだったとしても『友人として』の好きかもしれないし、そこまで深く考えなくてもいいだろう。
「わかった。好きって言ってくれてうれしいよ」
僕がそういうと彼女は笑った。
「そうか。では、またな」
そう言って、彼女は教室を出た。
「やっぱり彼女は変人だ」
少なくとも僕よりは変人だろう。ドMナイトよりも変人だろう。
明日はどんな事に巻き込まれるのだろうか?
そんなことを思うと、彼女の笑顔が思い浮かび少し顔がにやけた。
しかし、明日になっても、明後日になっても、一週間経っても、おかしな事は起きなかった。
ただ、一つの事件を除いては・・・
三島 京はこの日を境に誰にも姿を見せなかった。